新たな共同体としての掲示板サイトとkyoto-u.com

京都大学経済学部新三回生 「入り浸り」

 今日の京大はかつて「人間を高める場所」であったのとは異なり、「勉強をしにくる場所」となっている。広大な敷地と広い教室を持ち、さらに一部の学生にとっては不幸な事に桂キャンパスも完成する。しかし、私自身がそうであるように、学生は講義には出てくるが(出てこない時ももちろんある)、そうでない時はそれぞれの時間を楽しむ。ある者はバイトに、ある者は遊びに、また殊勝な者は勉強に、資格の取得に時間を使い、学校に出てくるものはサークル活動が学校である者、レポートや論文のために学校に通う者くらいしか存在しないのが実情である。かつてのように教官室に学生がたむろしたり、教授が学生達を集めて勉強会を開くといったことはかつてに比べて非常に少なくなったといえよう。もちろん、大学以外に魅力のある場所が増えたとも言えるだろうし、もはや京大教授に京大生が知的な魅力を持たなくなったのかもしれない。また、寮ももはやそこに住みたいと思うものは少なくなった。今日、寮に積極的に住みたいと言えばよほどおかしな奴と思われ、危険人物と言われる可能性もある。また、経済的事情によって寮に住まざるを得ない者、他の事に金を使いたいために寮に住むものも十分な金を与えれば寮を出て行くだろう。つまり、寮というシステムは今日では崩壊していると言わざるを得ない。このことから結論付けられるのは、かつて、戦前や戦後の一時期まで存在していた大学内における学生コミュニティというものが失われてしまい、学生達はバラバラになってしまったということである。しかし一方で近年、その学生コミュニティが復活しつつある。それは教官室ではなく、寮でもなく、インターネット上である。特に京都大学ではkyoto-u.comにそのコミュニティが出来上がってきている。この新たな共同体であるkyoto-u.comに注目してみたいと思う。

 今日、インターネットの世界では利用者が自由に意見を書き込める掲示板と呼ばれるシステムが存在し、ほとんどのインターネット利用者はこのシステムを使ったことがある。また、何かの話題について利用者が意見や感想を書き込み、議論を行ったり楽しんだりすることを主目的にした掲示板サイトと呼ばれるものがある。  kyoto-u.comは京大生のためのコミュニティサイトとして1999年11月に設立されたウェブサイトであり、京大生が京大生のためにさまざまな情報や交流の場を無料で提供する京大最大規模のコミュニティサイトである。その中にはイベント情報、試験対策、サークルなどの各種団体のホームページへのリンク、京大公論、談話室などのコンテンツが揃っているが、この中で最もよく利用されているのが最後に挙げた談話室である。この談話室は一つのトピックにつき一つのスレッドを作ることのできるマルチスレッド・フローティング方式によってコミュニケーションを行う掲示板群であり、このことからkyoto-u.comを掲示板サイトと考える者も多い。新たな共同体としての掲示板サイトを論じるという観点から、ここではkyoto-u.comの掲示板サイトとしての役割に注目したいと思う。

 さて、kyoto-u.comについて語る前に、日本の最大手掲示板サイトとして、「2ちゃんねる(2ch)」を挙げなくてはならないだろう。この掲示板は1日におよそ300万人が訪れる掲示板であり、1日およそ2000万ページビューを誇るサイトである。日本のネット文化の発信基地であり、ネットのいい点と悪い点を最大限に引き出したサイトである。この日本最大の掲示板サイトで最近、注目すべき動きが出てきている。それは、2chの共同社会化という現象である。

 2chの共同社会化という現象が最もよく観察できたのは2001年8月末に起きた2ch閉鎖騒動である。当時、2chにアクセスする人の増加が著しくなった結果、月に700万円という高額のデータ転送量の支払いを求められた2chは閉鎖の危機にあった。しかしその時、UNIXの話題を扱う2ch内の掲示板で自発的に公開プログラムを打ち始めたプログラマがおり、転送量の大幅な減少に成功したため、2chは閉鎖を免れた。この時、多くの2ch利用者が2chの転送量削減のため、やはり自発的にアクセスを控え、有料サイト化にも同調する利用者が多く出た。結局有料化はなされず、今日でも一部を除いて2chの情報は無料で提供されているが、この事件は2chが一つの共同体として機能しているという事実をネット界に知らしめた。この他、2chのマスコットキャラである「ギコ猫」がある有名企業(しかもこの企業は「ギコ猫」に対し何らかの関係があったわけではなかった)に商標登録されそうになった時に、2chの利用者が一致団結してその企業に抗議行動を起こし、それを撤回させたこともまた2chの共同社会化を現す現象として記しておきたい。

 2chという匿名掲示板での共同社会の形成という現象は完全にバーチャルな世界で行われている。総理大臣が書き込もうともそこらの中学生が書き込もうとも現実世界における記号性を剥奪され、「レス」という形に切り取られてしまう2chでは、全ての利用者は名もなきレスであり、そのレスという枠の中で活動しなければならない。その平等感がユーザーの間に一体感を生み出しているのであろう。また、もともと匿名性掲示板であるというブランドを確立して成長してきた2chは、他のサイトに比べてアングラ感をユーザーに与えるサイトであり、アングラなサイトにアクセスして会話をしている自分を他のインターネット利用者、もしくは非インターネット利用者に対して差異化しようとした結果、同族意識が高まって共同社会のようなものが形成されたとも言えるだろう。こうしたアングラな場所では仲間内でだけ通じる特殊な用語が多様される傾向にあるが、実際に2chの常連ユーザーは自分を2chの常連、2ちゃんねらーだと主張するため、2chの常連ユーザーは一般社会とは異なるネット用語を使いたがる傾向にある。「がいしゅつ」(既出を故意に誤読)「香具師」(奴→ヤツ→ヤシ→香具師の連想)「基地外」(気狂いを故意に誤変換)などが特殊な用語の一例である。この他にも2chでのみ通用する言葉は数百にものぼると言われている。

 このように、2chにおいては完全にバーチャルな形で共同社会が形成されつつあるが、他の掲示板サイトにおいてはこの事情が少し異なる。他の掲示板サイトもまたインターネットというバーチャルな環境の中で共同体を作るが、他の掲示板サイトではそれが現実とある程度繋がった形で共同社会が形成されるという点が2chと異なる点である。例えば、釣り、野球、プログラムといった趣味を中心にした集まり、または主婦、学生、サラリーマンなど、現実世界での生活環境を共にする者たちの集まりといった具合にユーザーの間にある共通点が見出せるのがそれ以外の多くの掲示板サイトの特徴である。こういった掲示板での特徴は管理人を含む常連ユーザーの合意によって掲示板上でのルールやマナーが決定され、それに従うことによって掲示板の利用や管理における混乱を避けようとする点である。この傾向は2chにも存在し、多くのカテゴリには自治スレッドと呼ばれるその掲示板でのルールやマナーを決定する場所が存在している。この状況だけをもって共同社会というべきかどうかは疑問があるかもしれないが、互いが快適さを得るために無償で政治的な行為が行われているという点は注目すべきだろう。

 さて、上で私は「この状況だけをもって共同社会というべきかどうかは疑問がある」と書いたが、それにも関わらず掲示板サイトが共同社会であると主張する理由は、2chにせよそれ以外の掲示板サイトにせよ、「ヨコのつながり」を強く形成しているからである。

 「ヨコのつながり」とは、ある人間集団の中に序列が形成され、上下関係が存在している関係ではなく、対等な個人が同輩として付き合う関係である。ネット外の世界では人間は全て自分の立場というものを考慮して発言したり行動したりしなければいけないが、ネット上ではそれが存在しない。総理大臣もサラリーマンも、大学教授も学生も同じ立場で発言し、意見を述べ、議論する。その意味で掲示板はヨコのつながりを強く強調するコミュニティであるといえよう。通常、このことはネット上における罵詈雑言の横行として批判的に語られる事が多いが、そのことはここでは論じない。また、ネット上ではどのサイトを訪れようともユーザーの自由であるため、一つの掲示板に特定の趣味、意見、環境を持った人が集中しやすい傾向があり、例えばバイクの趣味、例えば財政に対する考え方、例えば学生、主婦といった立場などである。kyoto-u.comもまた、京大生、京大関係者、京大に興味を持つものが集中する傾向があるといえる。

 さて、kyoto-u.comはたしかに他の掲示板と同様にヨコのつながりを持った掲示板サイトであり、利用者に特定の傾向が見られる掲示板である。しかし、kyoto-u.comが他の掲示板と異なる点は、その機能が単にヨコのつながりを持った掲示板というだけではなく、かつて京大生の間に存在したヨコのつながりの代替として機能しているという点にあると私は考える。

 昭和ひと桁世代、戦中世代、また全共闘世代までの人々の大学時代を回想する文章を読んだり話を聞いたりすると、しばしばそこにヨコのつながりを感じさせる文章がある。ある者は寮で、ある者は下宿で友人と深夜遅く、あるいは夜明けまで政治、思想、人生について、音楽、芸術、恋愛について、あるいはくだらないことを話し、そして試験の時は協力し合い、時にはずるい手段を使って合格しようとしていた。これは当時の学生が学生の間に存在していた学生コミュニティの中で生活しており、外部の人間とは異なる学生という身分と特権と義務の中で生活していたことを示している。しかし、今日の学生はほとんどが寮に住まず、下宿をするか親元から通い、下宿はわずらわしい人間関係を避け、マンションやアパートで孤独に暮らしている。そのため、同世代間のヨコのつながりは生まれず、わずかにサークル活動やゼミなどで形成される程度である。この結果、学生コミュニティは崩壊し、大学において人間関係を大きく広げることが非常に難しくなってきた。しかし、kyoto-u.comの利用者はこのヨコのつながりの欠如を掲示板を通じて回復しており、結果としてkyoto-u.comはかつて寮などに存在していたヨコの共同体をそれらに代わってかたちづくっている。この事は実際にkyoto-u.comがどのように利用されているかを見ることによって理解することができる。

 kyoto-u.comの掲示板には議論、相談、雑談、趣味とサークル、ローカルトーク、京大ライフ、各学部掲示板など十数個の掲示板カテゴリが存在しているが、その中の書き込みを見るとかつて寮などで交わされていた学生同士の会話と通じるものが多く観察される。最も顕著なのは議論板だろう。ここは社会の出来事などについて議論を交わす場所であるが、その話題は政治、経済、社会、外交、環境、女性、文化、歴史、大学など多岐にわたる。これは皇国の未来について語りあった戦前の学生達、安保と社会主義について語り合った戦後の学生達と同じである。相談板では恋愛相談、学生生活のトラブルなどについての相談が行われているが、恋愛と生活の悩みは時代を問わない。雑談板では他愛のない会話や今日起こった身の回りの出来事、ネットにある面白そうなものの話題などが行われている。ネットという環境ゆえにネットの話題が多いが、面白そうなものの話題や身の回りの出来事の話題もまた時代を超えた話題である。ローカルトーク板では下宿をして心細い学生達に同郷者という心の支えを与えているが、これもまたかつては寮で同郷者と知り合っていたのがネット上に移しかえられたものである。学生コミュニティが崩壊し、人間関係を広げにくい現代社会では同郷者と出会えるというのは地方出身者にとっては非常に貴重なことと言えるのではないか。京大ライフ板では、相談板と内容が重複することも多いものの、学生生活の知恵や技術が書き込まれ、引き継がれている。このような知恵はかつては口伝であったものなのだが、人間関係が広がりにくい今日では非常に狭い人間関係の中でしか伝わらない。それをネットという文字媒体によって広めることにより、広く知恵を広め、さらにかつてより進歩している点として集積することができるようになった。各学部掲示板では主に試験情報のやりとりが行われており、ノートの売買やレポート課題の情報提供などが見られる。これらの書き込みもまたかつては寮や教室などで口コミによって行われていたものであった。学生コミュニティが崩壊し、口コミ情報網というものが弱体化している今日、kyoto-u.comというサイトが京大生の学生共同体の機能を代替するか、またはそれにとって代わろうとしている現象は注目すべきであろう。

 今後、kyoto-u.comはどうなっていくのか。学生共同体が今日崩壊しており、当分回復する見込みがないことから考えると、学生共同体としてのkyoto-u.comはまだまだ存在意義を持っていると言えるだろう。また一方で、学生に対して情報を提供し、学生同士が語り合う場であるという点で、ますます内向きになっていくことが考えられる。京大生のみに必要な情報、京大生にしか分からない言い回し、そういったものが増えてくるだろうが、それが決して自家中毒に陥ることはない。なぜならば、掲示板というシステムによって常に外部の情報が取り入れられて自己進化が起こるからである。また、数年で利用者が完全に交代してしまい、1年ごとに新入生が新しく訪れる場所であるため、新しい感性や思考が入りやすいからである。また、他のサイトがkyoto-u.comに取って代わることもないだろう。なぜならば、WindowsがOSを支配し、Yahooが検索サイトとして最大手であり、YahooBBがADSLの標準となりつつあるように、kyoto-u.comは京大生のコミュニティサイトとして最大規模のものであり、他のサイトの追随を許さない状態にあるからである。もしもkyoto-u.comに対抗する京大生のコミュニティサイトが登場したならば、それはWindowsに対するLinuxのような形で存在することになるだろう。

今後のkyoto-u.comは新しい学生コミュニティとしてその利用者を拡大していくだろう。
その成長を一参加者として見守っていきたいと思う。

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