京大公論
さて、上で私は「この状況だけをもって共同社会というべきかどうかは疑問がある」と書いたが、それにも関わらず掲示板サイトが共同社会であると主張する理由は、2chにせよそれ以外の掲示板サイトにせよ、「ヨコのつながり」を強く形成しているからである。
「ヨコのつながり」とは、ある人間集団の中に序列が形成され、上下関係が存在している関係ではなく、対等な個人が同輩として付き合う関係である。ネット外の世界では人間は全て自分の立場というものを考慮して発言したり行動したりしなければいけないが、ネット上ではそれが存在しない。総理大臣もサラリーマンも、大学教授も学生も同じ立場で発言し、意見を述べ、議論する。その意味で掲示板はヨコのつながりを強く強調するコミュニティであるといえよう。通常、このことはネット上における罵詈雑言の横行として批判的に語られる事が多いが、そのことはここでは論じない。また、ネット上ではどのサイトを訪れようともユーザーの自由であるため、一つの掲示板に特定の趣味、意見、環境を持った人が集中しやすい傾向があり、例えばバイクの趣味、例えば財政に対する考え方、例えば学生、主婦といった立場などである。kyoto-u.comもまた、京大生、京大関係者、京大に興味を持つものが集中する傾向があるといえる。
さて、kyoto-u.comはたしかに他の掲示板と同様にヨコのつながりを持った掲示板サイトであり、利用者に特定の傾向が見られる掲示板である。しかし、kyoto-u.comが他の掲示板と異なる点は、その機能が単にヨコのつながりを持った掲示板というだけではなく、かつて京大生の間に存在したヨコのつながりの代替として機能しているという点にあると私は考える。
昭和ひと桁世代、戦中世代、また全共闘世代までの人々の大学時代を回想する文章を読んだり話を聞いたりすると、しばしばそこにヨコのつながりを感じさせる文章がある。ある者は寮で、ある者は下宿で友人と深夜遅く、あるいは夜明けまで政治、思想、人生について、音楽、芸術、恋愛について、あるいはくだらないことを話し、そして試験の時は協力し合い、時にはずるい手段を使って合格しようとしていた。これは当時の学生が学生の間に存在していた学生コミュニティの中で生活しており、外部の人間とは異なる学生という身分と特権と義務の中で生活していたことを示している。しかし、今日の学生はほとんどが寮に住まず、下宿をするか親元から通い、下宿はわずらわしい人間関係を避け、マンションやアパートで孤独に暮らしている。そのため、同世代間のヨコのつながりは生まれず、わずかにサークル活動やゼミなどで形成される程度である。この結果、学生コミュニティは崩壊し、大学において人間関係を大きく広げることが非常に難しくなってきた。しかし、kyoto-u.comの利用者はこのヨコのつながりの欠如を掲示板を通じて回復しており、結果としてkyoto-u.comはかつて寮などに存在していたヨコの共同体をそれらに代わってかたちづくっている。この事は実際にkyoto-u.comがどのように利用されているかを見ることによって理解することができる。
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