京大公論
吉本隆明によれば、日本が大衆消費社会にシフトしたのは1972年頃だという。
「まず72年を境にして、第三次産業の従事者の人数のほうが第二次産業よりも多くなってきます。また、ミネラルウォーターが初めて罎に詰めて売られ始めた。実はこれはとても象徴的なことで、マルクスの『資本論』の基礎は、空気や天然水はとても重要で使用価値は大きいが交換価値はないという認識なんですね。ところが天然水が売られることによって、交換価値を生じたわけです。」(吉本隆明「わが『転向』」『文芸春秋』1994年4月号)
これに先立つ1970年の女性誌『an・an』創刊、71年の『nonno』創刊に続く「アンノン族」の出現、72年の情報誌『ぴあ』創刊による情報の記号化、71年のマクドナルド上陸による外食チェーンの展開、これらはすべてこの時期に集中している。こうして準備された消費社会への道は、1980年代に入ってパルコによる渋谷の劇場化で一気に加速する。コピーライター糸井重里の提案する「おいしい生活」という西部デパートのコピーは、この時代の気分をよく表現している。おしゃれなマンションに暮らす登場人物が生活感の乏しい恋愛ドラマを繰り広げる「トレンディードラマ」がTVで人気を博したのもこの頃である。
こうして到来した大衆消費社会は、ボードリヤールの言うように、モノの使用価値ではなく差異化を示す記号的価値が前景化される社会である。それは『ぴあ』が誌面で実現したように、「埴谷の『死霊』も、コム・デ・ギャルソンも商品として等価であるという徹底した相対主義を最大の特徴とする」(大塚英志『「彼女たち」の連合赤軍』)。このような消費社会では、人は「何を作り出すか」という「生産」の局面においてではなく、「どんな服を着るか」「どんな時計を身につけるか」「どこでデートするか」という「消費」の局面において自己実現を計るようになる。
この結果何が起きたか。ふたつの点を指摘したい。ひとつは「階級上昇の装置」としての大学が無効化されつつあるという点である。
江藤淳は『成熟と喪失』で、近代の日本を特徴づける「恥ずかしい父」と「いらだつ母」に挟まれた子供の葛藤を指摘した。「恥ずかしい父」とは、上の階級に到達できなかった失敗者としてのヒラ社員であり、そのような夫を持つ妻は、「いらだつ母」として子供の教育にすべてを賭けることで自己を救済しようとする。高い学歴を手に入れればひとつ上の階級に移動することができる。これが近代日本の教育熱を駆動する最大の動機であった。
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