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京大構内の建築物について


1. 五一 2003/04/15(火) 20:50:59
ついに、医学部構内に明治期〜大正期を彷彿させる新建築が現われた
医学部は、デザインにも十分費用が回るほどで、羨ましい限り
この新建築は、京大の今後の新建築に何か強い主張を与える力が感じられる
建築には、機能重視は勿論だが、使う人間の心や主張、学風までも暗
に込められるから、立てる側には予算の範囲もあるが、潜在的な責任
は、計り知れないものがある

惜しくも取り壊された、過去の建築物
・文学部旧館
・工学部機械系工場レンガ群
・医学部旧本館(現在の方がいい)

ここでは、京大構内の建築物について、討論して行く場にしたい

2. バーニ− 2003/04/15(火) 21:13:30
ちょっとずれるけど、あまり新築の建物がいいとは思わない。
実際に臭いわけで。
シックハウス。。。不安。

3. おお 2003/04/15(火) 22:42:15
>五一
この名前で笑ってしまった。五一さんの建物ってけっこうまだ残っていますね。
今の建築の教授たちも歴史に名が残るような建築物を学内に残してくれたらいいのに。
時代と予算が許さないか。

京大で最も気品がある建物は、北部キャンパスの東、北白川の住宅地のなかに
たたずむ人文科学研究所だと思う。大学入学以前、建築マップ京都でその存在を知り、
入学してから真っ先に見に来た初恋のような存在。白く輝く外壁、緻密でありながら
過剰感の感じさせない装飾。本当にほれぼれする素晴らしい建物だと思います。

4. 2003/04/15(火) 23:46:17
武田五一先生は、プロとしても成功した希有の学者である。
ただ、その分、保存もおくれている。代表作の一つ、明治末年の岡崎の京都府立図書館は、あの素晴らしいアールデコスタイルの内装・調度が全部パーになり、外壁保存になってしまった。悲しい。

なお、人文研分館を実質上設計した東畑謙三さん自身は、年寄りの審美眼に妥協したということで複雑な心境だったと回顧している。

古い京大の建物をしりたければ、『京都大学建築八十年の歩みー京都大学建造物調査報告ー』(京都大学広報委員会、1977年)をみればいい。
この書では、歴史的建造物の保存がうたわれているのに…。現在の状況は、東大キャンパスとの相違が浮彫になっている。

かつてのキャンパスはもっと閑散として、ゆったりした時間が流れていた。
あの文学部旧本館のスクラッチタイル貼りの落ち着いたたたずまい、第六講義室のステンドグラスの光、大きなヒマラヤ杉のあった静かな中庭、天井の高い教室、薄暗い書庫は、眼底に今なおありありと懐かしく想い出される。

古き良き京都大学の臨終に立ち会った卒業生より

5. 2003/04/16(水) 00:00:13
羨ましい。。。マジで。

6. 卒業生 2003/04/16(水) 00:28:59
文学部旧本館は、朝日新聞でも報道されたように、確かに危険な状態であった。
玄関通り抜け上部二階廊下の床にはひびがあり、目でおっていくとそれは壁をはいのぼり、天井を縦断し、反対の壁を降って、床に繋がっていた。まるで、ポーのアッシャー家の崩壊にでてくるような感じである。
保存が望まれながらも建築の寿命がきていた帝国ホテルライト館と同様である。
その意味で仕方ないとおもっている。

ただ、あのピンク色の砂岩貼りの共通講義棟(避難先として先にこちらの建設が進められた)とれんがタイル貼りの文学部本館との現在のミスマッチは大学の責任である。

学友会主催で、立替に関する学部長説明会が行われたとき、日頃はこういうことにうとい私もさすがに傍聴に出かけた。共通棟設計の工学部教授も同席したので、共通棟の概観についてキャンパス景観との不一致を指摘したが、それはもう変更がきかず、以降の本館建設も同様のデザインでいくため、問題はないと回答したから、皆引き下がった。

ところが、なぜか本館は法経本館のデザインとの整合をはかったため、あの部分は、景観上の整合性を欠いている。
これは本当に口惜しい。

私は、医学部など最先端の研究を行う必要性がある所や諸事情で立替がやむを得ないことに対しては、寛容でありたいと願っているが、こうした景観への配慮を欠いた首尾一貫しない計画には憤りを感じている。

7. 物理系校舎 2003/04/16(水) 02:12:26
あの屋上(?)のよくわからん扇形っぽい物体と二股に分かれてるあたりが気に入ってるんですが…
まぁ僕は法学部なんで関係ないんですけど

8. 2003/04/16(水) 07:37:42
あの扇形がキライという人もいる
やっぱり、箱型が京大らしさなのかと
総人の新校舎も、タイルの色・箱型を意識してるしね

9. ↑↑ 2003/04/16(水) 23:23:19
直径1mを越える大木(航空工学教室左方前)を切り落として・・・・
工学部は、その後吉から見放されるだろう。事実、天の声か如何か?桂計画で追い出される嵌めになってるから・・・

10. ↑↑ 2003/04/16(水) 23:26:23
直径1mを越える大木(航空工学教室左方前)を切り落として・・・・
工学部は、その後吉から見放されるだろう。事実、天の声か如何か?桂計画で追い出される嵌めになってるから・・・
あれは、創生期以前の藩からのものかも?

11. 時計台も 2003/04/17(木) 00:23:17
ぶち壊したしな・・・
授業の合間に旧法経第一教室の講義机のあたりから見る満開の桜は最高でした。
今の法経新棟は味気ないねぇ。

>>人文科学研究所
あの中、一度入ってみようかな・・・。

12. 国会議事堂 2003/04/17(木) 00:30:06
時計台、建築学教室本館も、武田先生の作品です。。

13. ↑↑ 2003/04/17(木) 12:32:07
ほんと時計台計画は無茶ですよね。
法経第一教室は、あれこそ京都帝国大学の光栄を築いた記念物ともいえるのに。
桜が一杯切り倒されたのも残念です。

いずれ法経本館もつぶすつもりらしいです。

14. 2003/04/18(金) 15:28:47
本郷キャンパスの理学部で複雑系だとかちょっと精確でないけど、
時計台後に、新校舎が数年前たった。

ただ、鏡のような細工で高層建築なのだが・・・

あれって、何十年、百年、伝統を刻んできた卒業生にはちょっと受け入れられないでしょうね。ばればれな、景観破壊なわけで、誰も批判を生でいえない環境なのか
どうか・・

京都だと、言葉で遠まわしでも、きっちり指摘するだろう。環境と計画の調和の負荷について。それが、まかり通らない社会が東京と指定してもいいくらいだ!

15. ・・・ 2003/04/18(金) 15:39:08
現存の文学部旧館には柱の天井にも装飾の細工が施してある。そうした
レベルからしたら、灯台の新校舎の配慮って、子供使いレベルだろう。
見えない部分への装飾に対する、建築家のデザインに対する意識が、欠落
している現状を強く指摘し、改善を強く期待したい。。

16. あの〜 2003/04/18(金) 21:13:57
正門前の銀文字の京都大学、たいへんセンスがないと思うんだが..

17. てけてけ 2003/04/18(金) 21:19:52
ではお好きな色に塗りなおしてください。



責任は取りませんが。

18. 蜻蛉 2003/04/18(金) 22:22:05
二年前のパンキョーの心理療法なんたら…の試験、法経一番教室でしたな。
いい感じの教室だったのに…

19. ↑↑↑ 2003/04/19(土) 00:40:47
ほんとあの銀文字の京都大学はセンス皆無ですね。
門に似合わないといったら。
せめてサンドペーパーで削ってマットな質感にしてほしい。

20. ↑×6 2003/04/19(土) 01:22:53
東大安田講堂の後ろの高層建築は本当に邪魔ですね。
せめて、階数を削って後ろにみえないようにすべきだと思います。
あれでは、せっかくの安田講堂の威風がけしとんでしまう。

東大も大分改修が進んでしまった…。

21. 2年前 2003/04/23(水) 20:33:46
の法経一番教室。河合塾の机を半円状につなぎ合わせた感じの内部。
ぶち壊して、新しくするか、改装するかの状態でしたが、現役で講
議できるほうが良かったでしょうね。記念館なんかにしない方が良かった..

22. mnsk 2003/04/24(木) 00:17:08
京大構内で保存すべき建築物は、今や吉田寮くらいしか残っていないのでは。
少なくとも建築史的な価値は十分にあると思うがどうか。

23. 2003/04/24(木) 00:22:54
微妙に倉庫みたいなのでふるーい感じのが残ってまっせ。

24. 2003/04/24(木) 22:27:48
なにげに鋭い。

吉田寮入口の門右脇の二階建てのハーフチンバースタイルのしゃれた建物は、
永瀬狂三の設計で、1911年に建てられた。
もっと大切に使ってほしいものだ。

ちなみに吉田寮は1913年の建築。

25. おお 2003/04/25(金) 03:53:39
数年前はメディアセンターのPC置き場として解放されてた楽友会館。
内部の落ち着いた感じがすごく好きでした。外観はそれほどでもなかったですが。

26. 良すれ 2003/04/25(金) 08:41:38
「外国からの客をもてなす場所がない」という理由だそうな。
法経一が潰されてレストランみたいのになるのは。

27. 2003/04/25(金) 15:22:25
というか、本音は「学生と一緒に飯を食いたくない」では?
教員専用のレストランを作りたいのでしょう。

28. 吉田寮わきの 2003/04/25(金) 15:27:07
「学生集会所」は建築的評価が高いね。
97年(?)の火事で向かいの棟は焼失したけど。
(確か門を入ると左右対称の建物だった。)
吉田寮とセットで保存する価値はあると思う。

29. 人環棟 2003/04/25(金) 20:53:12
建築途中で阪神大震災に遭い、基礎がずれた?にもかかわらず建築続行。
そのためか建物の中の壁は細かいヒビが散見される。
外壁も塗り直すことを強いられた。
この建物は吉田寮より保たないかもしれない・・・

30. 入り浸り [E-Mail] 2003/04/26(土) 01:31:12
今、正門の横で工事してるけど、あそこはカフェかレストランになるらしい。

31. 文学部 2003/04/26(土) 02:58:27
旧本館の外壁の装飾の意味するものは

左右非対称だった

夕焼けを背景に、周囲の樹木が風になびかれて、ロマンチックに佇んでいた
あの風景

あの、ちょっと気取った建物は、少なからず文学に影響を与えたいたのでじゃないかな

一見無駄で用途のないようにみえる装飾、そんな設計が今日欠け過ぎている
数日前、国宝の仏像の手のひらの中に真珠が数個埋められていたような、ああいったのは、現代の公共建築物にはもう不可能なのだろうか

32. 2003/04/30(水) 17:32:23
目に見える短期的効率がこうまでやかましく言われるようになったら、もうおわりざんす。建物だけではなく、人文系・基礎科学系という学問の本体まで、だいなしになろうとしてる。

こぼればなし。
登録文化財に指定されている文学部陳列館は、むかしロの字形だったが、文学部博物館(現総合博物館)建設に際して北・東部分が取り壊された。青蓮院門跡の東伏見宮慈洽殿下は、京大国史の出身で、殿下の為に北2階中央には専用の便所が設けられたそうだ。卒業後は、教授用となったらしい。
往事を知る人が、この便所の取り壊しは惜しいと言っていた。

33. 2003/04/30(水) 22:41:38
文学は、内容は基より、使う”言葉・語調”に於いても、美が要求されるのではないだろうか?京都学派には、その素養が何より暗黙の基準になる。

具体化・内容第一重視の他地域とは、違った基準があるように思われる..

34. つまり 2003/04/30(水) 23:04:34
文学=センス=建築

35. つまり 2003/04/30(水) 23:17:31
建物の”機能”がどれだけ良くても、美や調和を欠いた建造物は、京都には評価の対象とならない。
内容が幾ら良くても、体裁・格調を弁えてない文学は、京都では、鼻でせせら笑われる。。
つまり、受け入れられない文学となる。。。

36. 構内? 2003/05/01(木) 11:14:34
あのさあ、なんで京大では構内構内っていうんですか?

37. 2003/05/01(木) 18:34:43
>↑
むしろ疑問なのだけど、他の大学では何というのですか?

図書館の奥のほうにある尊攘堂↓(埋蔵文化財研究センター)も相当古いらしい。
http://www.kyoto-u.ac.jp/maibun/siryou_index.htm
授業にでてきたんで初めて知ったけど、名前の付け方が直裁的でいいねえ。
今だったら『反米会館』とか、たとえ思っててもそんな名前つけられないよね。

38. 2003/05/02(金) 19:39:38
上のリンクの写真は古い状態ですね。

入口階段両側の唐草透彫鉄柵4つの内、一つはながらく欠損していましたが、数年前、やっと復元されました。

前々からずっと気持ち悪いと思ってたけど、宿便がとれたようで、すっきり。

中はものおきとなってますが、正面にはこじんまりとした舞台があります。

39. ↑↑ 2003/05/03(土) 03:54:08
へー、そんな名前だったんだ。
ただの古びた物置かと思ってた。

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