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無知と純粋論


1. 水色の幻影 2003/05/01(木) 19:19:28
無知と純粋は同じなんでしょうか?意見ください。

2. 水色の幻影 2003/05/01(木) 19:53:17
自分はある純粋な人を知っています。その人は何も知りません。だから、幸せなのです。…と思います。逆に自分は知りすぎてしまっています。だから、不幸なんです。知らないほうがいいんでしょうか?その人に知らせることはやはり罪なんでしょうか?

3. 2003/05/01(木) 20:10:27
具体的な状況はわかりませんが…

何も知らないでいるというのはある意味幸せなことかも知れません。
傍から見たらそう思えても仕方がないと思います。

しかし無知と罪というのは裏返しと言うこともできるかと。
無知が既知になる瞬間、その人は知らなかったことに対するすべての責任を負わなければならなくなる。

それにその人がもし、気づき始めているのだったら
それは幸せとはまったく逆の状態にあることが想像につくと思う。
何も知らないということは裏返せばそれほど怖いことはない。

それならば段階を経て教えてあげたほうがいい。
その人がそれを受け入れるかどうかという問題もあるかも知れませんが、
それはその人次第だと思います。

4. 水色の幻影 2003/05/02(金) 18:57:56
ちょっと具体的過ぎる質問をしてしまって、主題からずれてしまいました。
このことで自分が思ったのは、知っている時と知らない時では行動に違いが出るということです。知らなければ、何も考えずに行動できる。動機が善意からであれば、それは純粋ということになると思うんです。でも、それが相手に対して悪い場合もあります。その悪い影響がとても大きいとき、そのことを言ってしまうと、その人は純粋でいられるかどうかが問題になるんですが…
でも最近はその人の純粋を肯定しています。その人は善意ですから。

5. 2003/05/03(土) 12:46:52
要するにその人は馬鹿で他人に迷惑なことをやっているにもかかわらず、自分でそれを正しいと思い込んでいる。ということですね。

おまけにその人は弱い。それゆえそのことを言ってしまうと、ひどく落ち込んでしまうかもしれない。

確かに迷惑ですね。

その人に何を隠しているのかは知りませんが、少なくともその人が
それを自分で直そうとしているときでないと意味がないと思います。

6. 2003/05/03(土) 13:48:32
言葉が過ぎました。
荒らしみたいなカキコすいません。

7. いやはや 2003/05/08(木) 23:53:29
大変だね

8. 水色の幻影 2003/05/13(火) 17:20:22
人は生まれたときは純粋で無知です。だから善意も悪意も同じくらいあると思うんです。
だから純粋で善意のある人はいい育ち方をしてると思うんです。
だからこそ肯定してるんですが…そういうひとっていつまで純粋でいられるのでしょうか?事実を知ったとき?だまされたとき?

9. 感動した!!!!!!! 2003/05/13(火) 18:18:32
時事時事時事時事jっ時事時事時事時事十時事時事じい時事時事時事時事じじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじじいじっじじじじじっじじじじじじじじじいじじじじじじじじじじじいじじじじじじじ

10. taro [E-Mail] 2003/05/13(火) 23:09:26
言わせてもらうと、 
 純粋は無邪気に通じる。
 無知はただ知識が足りないだけ。
だから、純粋な人は善い人だが、無知なだけの人は性格まで言及できないといえるな。初め純粋で無知な人も現実の世界のなかでいろいろ知って、きずついて大人になっていくもんだ。その結果、性格の悪くなるやつもいるだろうな。ていうかいい大人になっても、まるっきり純粋ってやつも気持ちわるいよな。そういうやつは、宗教にはまっていくんだろうな。

11. 2003/05/13(火) 23:12:42
無知というのは純粋な闇。
知っているということは色で言えば黒、たくさんの絵の具を混ぜたような色。

知っている人は目の前が黒く覆われているの見て、嘆く。
知らない人は何も見えない。

12. パルティータ 2003/05/14(水) 00:26:32
はたして少年の純粋さと成人の純粋さとは同列に比較できるものなのでしょうか?

…なるほど自らを智慧ある者と自負するものには結局コトの本質は見えていないというわけですね。

なんだか釣られたような気もしますけど

13. 他大のよそ者 2003/05/14(水) 01:04:27
無知と純粋は別物であるが、時たま同じときがある。
「純粋」とはあくまで「純度」を表す言葉である。
その中でも「純度100%」「純度0%」「混ざりけなし」を意味するのであるが、
とにかく独立して意味をなさないことに注目しよう。
我々が「純粋」という語を使う際には、
溶液と溶質にあたる変数を固定しなければならない。
すると、「純粋」と「無知」との関係も明らかになるはずだ。

「彼は純粋です」
という文には、「溶液」の「何が純粋なのか?」という部分が省略されてることが分かる。つまり、「彼は」とは「彼の心」か「彼の彼女に対する気持ち」か全く分からない。
さらに、「溶質」の「何が、混ざってしまう予測を裏切って、混ざってないのか」
が明らかにされていない。

その省略部分は暗黙の了解として皆分かりきったこととされるのだろうが、
実際やってみると人によってそれぞれ補う言葉は変わってくる。
だが、話を進めるために、
とりあえず私が一番一般的だと思われるものをやってみよう。

無知といのは、
こころ(溶液)の中に、
世俗的なこと(溶質)←愛欲だとか権力欲だとか野心だとか計算された行動だとか
が全くない状態を表す。

「彼は純粋です。」
と言った場合、
「彼(の身体二元論に基づいた「精神」)は混ざりけなしである。」

14. 他大のよそ者 2003/05/14(水) 01:18:23
つか、話を変えます。
「純粋」「無知」がイコールになるときもあります。
それは、そういう文脈の中でのみです。
「彼女が敵味方構わず兵隊をたすけるのは、
純粋に看護婦としての倫理によるものです。」
と言った場合、当然「無知」と「純粋」は同じにならない。
(「(政治に関して)無知」とかは言えるかもしれんが。)

テクストから離れた語句を使っての「言葉遊び」は賢しらな小僧共の特権ですね。
それぞれの定義が違うから全く話がかみ合ってないのに、
使ってる言葉が難しいからなのか、
議論(?)してる本人たちは悦になってるという。

ここまでウダウダ言ったのに、行き当たりばったりで意味不明じゃん・・・。

15. 無知=純粋 2003/05/14(水) 01:31:05
かどうかなんてどうでもいい。
ネズミの類をごらんなさい。
無知ゆえに幸せそうに見えますね。
あなたにはそう見えますね?
僕にもそう見えますが、僕はネズミになりたいとは思いません。

16. 2003/05/14(水) 01:34:56
>無知=純粋かどうかなんてどうでもいい。

つまりスレ違いということですね。

17. ↑↑の者 2003/05/14(水) 02:05:15
いいえ、スレの全否定ですw

18. taro [E-Mail] 2003/05/14(水) 09:27:01
 暇だからきたけど
 「純粋」をひとにあてはめるなら、純粋なひと、純粋な心を持った人、といえるが、それは裏表のない真摯なこころを持った人、多くの場合は善人を指すときにもちいられる。
 また「無知」というのは、特定の事象において知識がない状態をさす。たとえば、あいつ野球に関しては無知だな、とか。世間知らず、というのも世のなかにたいして無知だという状態を指す。
 すこし複雑だが、純粋と無知は厳密には同じではないが、知識のあるものから知識がなく純粋なものをみれば、無知で純粋なやつだ、ということになる。だから一般におとなが子供をみれば、純粋で無知だということになる。このように、純粋と無知がセットでつかわれることが多いため、純粋と無知は、混同されやすい。
 
 いじょう!!

19. ↑↑↑の者 2003/05/14(水) 21:20:46
>いいえ、スレの全否定ですw

うまいね。今度使わせてもらおう。

20. 水色の幻影 2003/05/20(火) 18:31:59
それでも純粋にはいかなる知恵者も勝てません。
だってもう限界ですから。

……確かに自惚れてたのかもしれませんね。自分は。

21. 某四回@有知にして純粋 2003/05/20(火) 18:43:55
それを悟りと言う。

無知を純粋として賞賛するのは基督教的思想である。
深淵なる知恵を持ちて純粋になるというのが仏教的思想である。

そもそも人が一度知恵を持たば、
無知に戻ることは脳を損壊せずんば不可能だ。
したがって純粋さを得たければ、
仏教的思考によって悟りを得るのが一番良いということになる。

22. 某四回@そもそも 2003/05/20(火) 18:51:52
無知にして純粋なやつは無用かつ危険なだけであって、
そのような人間を賞賛する西洋思想は愚かである。

有知にして純粋な人間を一つの理想とする東洋思想のほうが遥かに有益だし、
また有知にしてある程度純粋な人間は非常に有用である。

23. NAIVE 2003/05/20(火) 22:27:07
純真と馬鹿
概念規定に関する論議は難しいな。

24. 凡舗凡舗 2003/05/21(水) 01:34:37
「悪気がない人or行動」ほどたちの悪いものはない、とは
最近思いますねぇ。

25. . 2003/06/16(月) 00:02:22
.

26. 結局、 2003/06/16(月) 00:44:25
思いやりや気遣いを他人に与えようと思ったら、
相手の負の感情も理解しなければならない。
理屈で裁くのではなくて、相手の負の感情を、
自分に身の覚えのある感情として理解しなくてはならない。
そうすることによって、相手を傷つけないために言ってはいけないこと、
してはいけないことを、自然に避けることができるようになる。
それが思いやりというもの。

無知で(?)純粋だが、思いやりの無い人間は人に好かれないし、
すぐれた人間とも言えない。
悪気のない人の罪深さは、相手が正面切って反論できないこと、
正面切って受け入れられないことを、何の思慮も無く要求してくることだ。
だから一緒にいるとつらくなるのだと思う。

27. 水色の幻影 2003/06/23(月) 15:47:04
>思いやりや気遣いを他人に与えようと思ったら、
相手の負の感情も理解しなければならない。
理屈で裁くのではなくて、相手の負の感情を、
自分に身の覚えのある感情として理解しなくてはならない。

どこまでが思いやりでどこまでがただの自己満足か……
ほんと、難しい。

28. 広辞苑によると 2003/06/24(火) 01:17:06
純粋:
@まじりけのないこと。異質なものをそれ自身に含まないこと。
Aもっぱらなこと。
B完全なこと。
C邪念・私欲がなく清らかなこと

無知:
@知識が無いこと。不知。
A知恵の無いこと。おろかなこと。

29. >某四回 2003/06/24(火) 03:12:05
子供の多くは私欲の塊ではないか。

30. >某四回 2003/06/24(火) 03:12:48
「>某四回」から「>純粋」に訂正

31. むーん 2003/06/24(火) 03:33:26
pureの語源⇒poor(?)

人間は本来私欲の塊との前提。
成長とともに社会化していく過程で理性を身にまとい
自己を抑制していく。

こども・分別のつかない大人→理性を身に付けていない:poor(pure)

pureの語感は必ずしも良いイメージだけで捉えることはできないようです。
日本語とは直接関係ないかもしれないけれど、若干の検討の価値ありかと。

32. >かなり上の方のやりとり 2003/06/24(火) 03:34:16
>無知=純粋 2003/05/14(水) 01:31:05
>かどうかなんてどうでもいい。
>ネズミの類をごらんなさい。
>無知ゆえに幸せそうに見えますね。
>あなたにはそう見えますね?
>僕にもそう見えますが、僕はネズミになりたいとは思いません。

>------------------------------------------------------------------------------
>↑ 2003/05/14(水) 01:34:56
>>無知=純粋かどうかなんてどうでもいい。

>つまりスレ違いということですね。

>------------------------------------------------------------------------------
>↑↑の者 2003/05/14(水) 02:05:15
>いいえ、スレの全否定ですw
>------------------------------------------------------------------------------
>------------------------------------------------------------------------------
>↑↑↑の者 2003/05/14(水) 21:20:46
>>いいえ、スレの全否定ですw

>うまいね。今度使わせてもらおう。


これおもろいな

33. つまりは 2003/06/24(火) 03:37:45
悪気がない行動ほどたちの悪いものはない
→無知であることほどたちの悪いものはない
→純粋なことほどたちの悪いものはない

pureであることが否定的に捉えられるのと似てますよね

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