塾講・家庭教師が集まるスレ パート2
2. 真剣擁護派
2003/06/03(火) 19:18:10
真剣さんを擁護してきた者だが、以下の発言は同意しかねる。
>子供の頭が悪くなったのは生活の中で知性を身につけられていないことが原因なのであって、授業時間を増やしても、指導要領を増やしても、何の解決にもならないと思っています。その点では、文科省が始めた一連の流れは、まったく正しいものであると思います。子供の知識や理解がヘボくなったのは、"授業時間を減らしたから"では断じてないと思いますね。
記憶のメカニズムを無視しているから。2桁のかけ算ができなくても、学年があがるにつれできるようになるのは、やはり反復の力による。
こうした記憶のメカニズムなどを配慮しないといけないと思う。
我々だって、毎日英語や数学をちょっとずつでもしないと感が鈍るだろう。
1週間に1日だけ7時間ぶっとおしで勉強するのと、毎日1時間やるのとは、集中力の問題もあるが、全然違う。
>子供の頭が悪くなったのは生活の中で知性を身につけられていないことが原因なのであって、授業時間を増やしても、指導要領を増やしても、何の解決にもならないと思っています。その点では、文科省が始めた一連の流れは、まったく正しいものであると思います。子供の知識や理解がヘボくなったのは、"授業時間を減らしたから"では断じてないと思いますね。
記憶のメカニズムを無視しているから。2桁のかけ算ができなくても、学年があがるにつれできるようになるのは、やはり反復の力による。
こうした記憶のメカニズムなどを配慮しないといけないと思う。
我々だって、毎日英語や数学をちょっとずつでもしないと感が鈍るだろう。
1週間に1日だけ7時間ぶっとおしで勉強するのと、毎日1時間やるのとは、集中力の問題もあるが、全然違う。
3. パルティータ
2003/06/04(水) 00:32:32
前スレ読ませていただきました。ちょっと急いで眺めたのでもしかすると勘違いしているかもしれませんが感想です。
>真剣 さん
そこまでの認識がありながらバイトを続けておられる理由が僕にはいまいち掴みきれませんでした。
正確の違いという可能性も十分あるので、お返事はいりません。
あるいは「バイトの人間だからこそ使える言葉」なのでしょうか。
>真剣擁護派 2003/06/03(火) 19:18:10 さん
以下の論は僕の言葉でしかないので非常に申し訳ないのですが、
あなたの上の文章には根本的に欠けているであろう視点を指摘させていただきます。
訓練と反復とによって身につける技能としての知識と真剣さんの使っている知性という言葉の間にはおそらく隔たりがあります。
「最近の子供」は相当に感受性・洞察力その他文科省のいう「生きるチカラ」が足りない、
ということを仮定したうえでの論になりますが、僕はこれを次のように言い換えます。
「既知・未知を問わず環境中に飛び込んでいくコトが少ない。そして反復可能性の推定できない試行の経験が少ない」
原因に対しては様々な視点があるでしょうが、一つには情報源から絶えず与えられるヴァーチャルな経験に対して
ただ無為に受け入れて過ごす時間が生活の大半を占めている、ということでしょうか。
(上はちょっと無理に一般化を試みているので文章がヘンテコですがお許しを)
そして感受性が育っていないからそれを感情としてコントロールする術を知らない。自分の身体をコントロールするコトも不得手になるでしょう。
しかしながら言い訳や正当化の手段は身に付いていく(なぜなら常に試されているからです)。
結果として得られるのは全能感、自分をどこまでも拡張できるという感覚かもしれません。
でも当然人によってそれぞれの限界があるでしょう。壁にぶつかったとき、感じるのは孤独孤独孤独。
精神を病む人間に少なからずこのパターンを類推させる例があるようです。
僕自身は疫学的な視点を少しかじったくらいなのでこの分析が正確であるかはよく分かりませんが、
こんな可能性もあるんじゃないかな…という程度に考えています。
根拠になりそうな僕の経験も書き込んでませんしまたレスがあれば今度(いつになるかは分かりませんが)覗いた際にでも…。
>真剣 さん
そこまでの認識がありながらバイトを続けておられる理由が僕にはいまいち掴みきれませんでした。
正確の違いという可能性も十分あるので、お返事はいりません。
あるいは「バイトの人間だからこそ使える言葉」なのでしょうか。
>真剣擁護派 2003/06/03(火) 19:18:10 さん
以下の論は僕の言葉でしかないので非常に申し訳ないのですが、
あなたの上の文章には根本的に欠けているであろう視点を指摘させていただきます。
訓練と反復とによって身につける技能としての知識と真剣さんの使っている知性という言葉の間にはおそらく隔たりがあります。
「最近の子供」は相当に感受性・洞察力その他文科省のいう「生きるチカラ」が足りない、
ということを仮定したうえでの論になりますが、僕はこれを次のように言い換えます。
「既知・未知を問わず環境中に飛び込んでいくコトが少ない。そして反復可能性の推定できない試行の経験が少ない」
原因に対しては様々な視点があるでしょうが、一つには情報源から絶えず与えられるヴァーチャルな経験に対して
ただ無為に受け入れて過ごす時間が生活の大半を占めている、ということでしょうか。
(上はちょっと無理に一般化を試みているので文章がヘンテコですがお許しを)
そして感受性が育っていないからそれを感情としてコントロールする術を知らない。自分の身体をコントロールするコトも不得手になるでしょう。
しかしながら言い訳や正当化の手段は身に付いていく(なぜなら常に試されているからです)。
結果として得られるのは全能感、自分をどこまでも拡張できるという感覚かもしれません。
でも当然人によってそれぞれの限界があるでしょう。壁にぶつかったとき、感じるのは孤独孤独孤独。
精神を病む人間に少なからずこのパターンを類推させる例があるようです。
僕自身は疫学的な視点を少しかじったくらいなのでこの分析が正確であるかはよく分かりませんが、
こんな可能性もあるんじゃないかな…という程度に考えています。
根拠になりそうな僕の経験も書き込んでませんしまたレスがあれば今度(いつになるかは分かりませんが)覗いた際にでも…。
4. ゆう
2003/06/04(水) 10:02:15
ここに、「愚民どもを、宗教によって、先導してやる必要性」なるものが出てきたわけだな。
5. 霞
2003/06/04(水) 16:12:26
バルティータさんの発言、真剣擁護派さんへのレスについてですが、言葉(今回は知識とか知性など)の混同が生じるのも仕方ないかと。
真剣さんのいう知性とはいろんな意味で考える力である(超大ざっぱなまとめか方ですが)。真剣擁護派さんのいう知性はもう少し狭義の学校の勉強に関しての力である。
真剣さんは確かに、このスレで議論している間中そういう定義を掲げてらっしゃいますが、書いている内に混乱したものか、やはり矛盾した記述が現れてます。円周率を3にする云々の話で、真剣さんは知性を持ち出してますが、その話の流れだと真剣擁護派さんが勘違いするのも無理はないです。明らかに計算能力に関して言及してるわけですから。よって、いくら言葉の定義を行っても人それぞれ微妙に異なったり、書き間違えたり、論理が混乱したりすることはあるわけです。ですので、皆さん混乱されそうだなーと言う単語にはできるだけ、毎回定義を簡単に書く、あるいは『』付きで表現するなど、何らかの配慮をして頂きたいです。そうしないと、議論が前に進まない・・・
こんな事言っといて、私の文章能力も論理的な思考力も怪しいものなんですが・・・できるだけ気を付けましょうということで(爆)
真剣さんのいう知性とはいろんな意味で考える力である(超大ざっぱなまとめか方ですが)。真剣擁護派さんのいう知性はもう少し狭義の学校の勉強に関しての力である。
真剣さんは確かに、このスレで議論している間中そういう定義を掲げてらっしゃいますが、書いている内に混乱したものか、やはり矛盾した記述が現れてます。円周率を3にする云々の話で、真剣さんは知性を持ち出してますが、その話の流れだと真剣擁護派さんが勘違いするのも無理はないです。明らかに計算能力に関して言及してるわけですから。よって、いくら言葉の定義を行っても人それぞれ微妙に異なったり、書き間違えたり、論理が混乱したりすることはあるわけです。ですので、皆さん混乱されそうだなーと言う単語にはできるだけ、毎回定義を簡単に書く、あるいは『』付きで表現するなど、何らかの配慮をして頂きたいです。そうしないと、議論が前に進まない・・・
こんな事言っといて、私の文章能力も論理的な思考力も怪しいものなんですが・・・できるだけ気を付けましょうということで(爆)
6. 真剣擁護派
2003/06/04(水) 23:21:01
霞さん
私は、「知育は最大の徳育である」と考えております。
よく「想像力を働かせたらこんなことはしない」とか「相手を思いやれ」だのといいますが、道徳の時間を増やしたってむだでしょう。
これらは広い意味での論理力です。これらは、数学でかなり鍛えられるのは経験上お気づきと思います。数学をはなから放棄した私立文系受験者と京大などの国立大学学生を比べると、その差はわかると思います。
たしかに、微分・積分をしっていたから実社会でどうなるというのではない。けれども、知性とはバランスのよい学力の総合の上に成立するものだと考えます。これこそ自己の確立であり、将来の生きる力であるはずです。
そうして、この若い世代が自己の鍛錬で獲得した知性でもって民主主義・市民主義の理念を咀嚼し、浸透していけば、将来に対する希望も生じるはずです。
私は、「知育は最大の徳育である」と考えております。
よく「想像力を働かせたらこんなことはしない」とか「相手を思いやれ」だのといいますが、道徳の時間を増やしたってむだでしょう。
これらは広い意味での論理力です。これらは、数学でかなり鍛えられるのは経験上お気づきと思います。数学をはなから放棄した私立文系受験者と京大などの国立大学学生を比べると、その差はわかると思います。
たしかに、微分・積分をしっていたから実社会でどうなるというのではない。けれども、知性とはバランスのよい学力の総合の上に成立するものだと考えます。これこそ自己の確立であり、将来の生きる力であるはずです。
そうして、この若い世代が自己の鍛錬で獲得した知性でもって民主主義・市民主義の理念を咀嚼し、浸透していけば、将来に対する希望も生じるはずです。
7. 真剣
2003/06/05(木) 02:09:35
計算力や漢字の知識などは、勉強という具体的行為によって培われる部分が大きいので、その点は否定しません。
僕が書いたのはむしろ、霞さんの書かれたような包括的な学力に関してです。
たとえば、「98+2=」と書いてあったらパッと100と書けるのに、「98より2だけ大きい数はいくつですか」と聞かれると答えられない子供の話です。
「円周率3」という事例に関しても、「3.14にしてしまうと計算できない子が多いから、3にしてしまっていいじゃないか。」という気持ちではなくて、「円周率が3.14であることにこだわるよりも、円周率なんか3でもいいから、もっと他にやるべきことがあるんじゃないか」というニュアンスです。
僕の言っていることは、上に書いたような子供は、たくさん(狭義の)勉強を"させれば"何とかなるようなものではないだろうということなんです。上のは極端な例ですが、あらゆる場面でそういう状況があります。
そういった問題点を無視して、「計算などの基礎的能力を培わずして"生きる力"なんて空虚だ」といった論理で、授業時数の復活を唱える人たちに首をかしげてしまうのです。
言いようによっては、「計算ができたからって何になる。」と言うこともできるわけです。(これも極端ですが。)
一方、計算の反復練習が減らされたのは、授業時数が減ったことよりも、「計算練習をさせたり漢字練習をさせたり、九九を覚えさせたりすることは、その子の個性をつぶす詰め込み教育だ。無理に勉強させることが子供の心を傷つけている。」というような70年代の風潮から、振り子が大きく振れてしまったことに原因があると思われます。
このへんの議論は複雑な問題をはらんでいて、僕も考えをうまくまとめることができていません。識者間の議論などでも、かみ合わなくなることが多くあるように思います。
ただ、学力が下がると愚民が増えて民主主義の基盤が揺らぐという危機意識だけは誰しもに共通なのではないでしょうか。
僕が書いたのはむしろ、霞さんの書かれたような包括的な学力に関してです。
たとえば、「98+2=」と書いてあったらパッと100と書けるのに、「98より2だけ大きい数はいくつですか」と聞かれると答えられない子供の話です。
「円周率3」という事例に関しても、「3.14にしてしまうと計算できない子が多いから、3にしてしまっていいじゃないか。」という気持ちではなくて、「円周率が3.14であることにこだわるよりも、円周率なんか3でもいいから、もっと他にやるべきことがあるんじゃないか」というニュアンスです。
僕の言っていることは、上に書いたような子供は、たくさん(狭義の)勉強を"させれば"何とかなるようなものではないだろうということなんです。上のは極端な例ですが、あらゆる場面でそういう状況があります。
そういった問題点を無視して、「計算などの基礎的能力を培わずして"生きる力"なんて空虚だ」といった論理で、授業時数の復活を唱える人たちに首をかしげてしまうのです。
言いようによっては、「計算ができたからって何になる。」と言うこともできるわけです。(これも極端ですが。)
一方、計算の反復練習が減らされたのは、授業時数が減ったことよりも、「計算練習をさせたり漢字練習をさせたり、九九を覚えさせたりすることは、その子の個性をつぶす詰め込み教育だ。無理に勉強させることが子供の心を傷つけている。」というような70年代の風潮から、振り子が大きく振れてしまったことに原因があると思われます。
このへんの議論は複雑な問題をはらんでいて、僕も考えをうまくまとめることができていません。識者間の議論などでも、かみ合わなくなることが多くあるように思います。
ただ、学力が下がると愚民が増えて民主主義の基盤が揺らぐという危機意識だけは誰しもに共通なのではないでしょうか。
8. 真剣擁護派
2003/06/05(木) 03:08:12
>上に書いたような子供は、たくさん(狭義の)勉強を"させれば"何とかなるようなものではないだろうということなんです。
わたしはこれに同意できないのです。
学力の積み重ねの上に、自分でものを考える力=「知性」が身に付くと考えるからです。どんな子だって、ある程度は矯正が可能なはずです。私は、絶望よりは、子供の可能性に驚かされることがおおかったのです…
問題は、親の世代の非寛容で固定的な職業観に起因するあやまった学歴信仰が、子供達をしばってきたことです。
むかしは、たとえば職人さんは、小学校しか出ていなくても、それなりのペイを受け、敬意を払われていました。
時代背景が違うと言われたらそれまでですが、いま、この不況で、「いい大学に入ればいい会社にはいれて幸せな人生がおくれる」という「信仰」は崩壊しつつあります。
また、日本はハードを重んじてソフトを軽んじてきましたが、これも変化しつつあります。
幅広い選択枝のなかで各自の能力が正当に評価されそれに応じたペイが受けられるようになれば、専門学校などの役割は飛躍的に向上するでしょうし、勉強のための勉強という不毛なモチベーションはかなり軽減されるでしょう。
また、学力という単一の物差しによる人間の序列化が衰退すれば、「勉強」に向き不向きは当然あるので、無理な背伸びは必要なくなるでしょう。
しかし、知性を身に備えた自我の確立のためや、民主主義の恩典を享受しかつそれを将来の国民に伝える義務を負った子供達は、一定程度の学力を身につける道義的責任があります。
日本国憲法の理念をもう一度かみしめたいと私は思います。
わたしはこれに同意できないのです。
学力の積み重ねの上に、自分でものを考える力=「知性」が身に付くと考えるからです。どんな子だって、ある程度は矯正が可能なはずです。私は、絶望よりは、子供の可能性に驚かされることがおおかったのです…
問題は、親の世代の非寛容で固定的な職業観に起因するあやまった学歴信仰が、子供達をしばってきたことです。
むかしは、たとえば職人さんは、小学校しか出ていなくても、それなりのペイを受け、敬意を払われていました。
時代背景が違うと言われたらそれまでですが、いま、この不況で、「いい大学に入ればいい会社にはいれて幸せな人生がおくれる」という「信仰」は崩壊しつつあります。
また、日本はハードを重んじてソフトを軽んじてきましたが、これも変化しつつあります。
幅広い選択枝のなかで各自の能力が正当に評価されそれに応じたペイが受けられるようになれば、専門学校などの役割は飛躍的に向上するでしょうし、勉強のための勉強という不毛なモチベーションはかなり軽減されるでしょう。
また、学力という単一の物差しによる人間の序列化が衰退すれば、「勉強」に向き不向きは当然あるので、無理な背伸びは必要なくなるでしょう。
しかし、知性を身に備えた自我の確立のためや、民主主義の恩典を享受しかつそれを将来の国民に伝える義務を負った子供達は、一定程度の学力を身につける道義的責任があります。
日本国憲法の理念をもう一度かみしめたいと私は思います。
9. 霞
2003/06/05(木) 10:56:25
どちらの意見も甲乙付けがたしって感じですね〜感情的にいうと、私は真剣さんに近いです。理論的に考えると、真剣擁護派さんが正しいような・・・
なぜなら、真剣擁護派さんがおっしゃる『学力の積み重ねの上に、自分でものを考える力=「知性」が身に付くと考えるからです。どんな子だって、ある程度は矯正が可能なはずです』という言葉は、あまりにも難しいからです。真剣擁護派さんがどのような環境にあるのか知らないので非常にいいにくいんですが、塾や家庭教師で本当にレベルの低く、なおかつ大人の言うことなどぜんぜん聞かないような子の世話をしたことがありますか?それをやっているなら、この台詞を言えないような気がするんですが・・・それを経験した上でこれが言えるなら、あなたはすごく愛情のある方だと本気で思います。
確かに『ある程度は』と限ってはいますが、正直なところ、絶望してしまう気持ちが私も強いです。矯正は可能かもしれませんが、彼ら自身が矯正の道に入ろうとしていないのですから、ほぼ不可能かと思います。
なぜなら、真剣擁護派さんがおっしゃる『学力の積み重ねの上に、自分でものを考える力=「知性」が身に付くと考えるからです。どんな子だって、ある程度は矯正が可能なはずです』という言葉は、あまりにも難しいからです。真剣擁護派さんがどのような環境にあるのか知らないので非常にいいにくいんですが、塾や家庭教師で本当にレベルの低く、なおかつ大人の言うことなどぜんぜん聞かないような子の世話をしたことがありますか?それをやっているなら、この台詞を言えないような気がするんですが・・・それを経験した上でこれが言えるなら、あなたはすごく愛情のある方だと本気で思います。
確かに『ある程度は』と限ってはいますが、正直なところ、絶望してしまう気持ちが私も強いです。矯正は可能かもしれませんが、彼ら自身が矯正の道に入ろうとしていないのですから、ほぼ不可能かと思います。
10. 霞
2003/06/05(木) 10:56:45
それから、計算などの反復学習に関する議論ですが、これは明らかに真剣さんに賛成です。授業時間を増やすことで多少の改善は当然見込まれるでしょうが、一番の問題はそこではなく、意識の問題かと思っています。これは生徒たち自身の考え方、そしてそれ以上に、教師や大人の考え方の欠陥なのです。
2〜30年前に起こった詰め込み教育に対する懐疑は、全く関係のない部分にまで影響を及ぼしました。たくさんやっても仕方がない、効率のいい勉強、内容のある勉強をしないと・・・などと、本当にまともに勉強ができた(なおかつまともな知性があるのかどうか)のかどうか怪しいような連中が吐く言葉に踊らされているだけでしょう。数学でもなんでも、まずは反復、それによって学力がつきます(ここでは狭義で使ってます)。それの上で知性を育てることが教育の最終目標であり(この知性は広義)、擁護派さんのおっしゃる徳育とはまさにこれだと思っています。そして、詰め込み教育に対する懐疑とは、このようにして得られるはずの知性を得ずに、教育を難関大学進学、一流企業就職に直接的に結びつけてしまう点にこそ向けられるべきだったのです。それなのに大人は、そのような神話を半ば温存したまま勉強を減らすことだけを馬鹿みたいに考えてきました。それによって、今の子供たちの大部分はそれを鵜呑みにして何もわからず『詰め込み教育』をやられていないことに満足し、『詰め込み教育』をやろうとする『時代錯誤な熱血教師』に対して白い目を向けるんです。
(・・・『』はもちろん、言葉を狭義で使用していることを明白にするために付けました)
よって、反復をやらない教師と、反復をやらない生徒が生まれ、愚民の生産ラインが構築されたという・・・
擁護派さんのおっしゃる職業に対する『信仰』の崩壊、これによって何とか今までの神話を打ち破り、なおかつ反復練習などの詰め込みと思われてきた詰め込みではない教育を再評価し、真に勉強(徳育)の意味が認められる社会になってほしいものですね。
いろんな失礼なことを書いてるかもしれませんが、根本的な憂いに関しては、私は真剣さんと真剣擁護派さんと共通だと信じています。
2〜30年前に起こった詰め込み教育に対する懐疑は、全く関係のない部分にまで影響を及ぼしました。たくさんやっても仕方がない、効率のいい勉強、内容のある勉強をしないと・・・などと、本当にまともに勉強ができた(なおかつまともな知性があるのかどうか)のかどうか怪しいような連中が吐く言葉に踊らされているだけでしょう。数学でもなんでも、まずは反復、それによって学力がつきます(ここでは狭義で使ってます)。それの上で知性を育てることが教育の最終目標であり(この知性は広義)、擁護派さんのおっしゃる徳育とはまさにこれだと思っています。そして、詰め込み教育に対する懐疑とは、このようにして得られるはずの知性を得ずに、教育を難関大学進学、一流企業就職に直接的に結びつけてしまう点にこそ向けられるべきだったのです。それなのに大人は、そのような神話を半ば温存したまま勉強を減らすことだけを馬鹿みたいに考えてきました。それによって、今の子供たちの大部分はそれを鵜呑みにして何もわからず『詰め込み教育』をやられていないことに満足し、『詰め込み教育』をやろうとする『時代錯誤な熱血教師』に対して白い目を向けるんです。
(・・・『』はもちろん、言葉を狭義で使用していることを明白にするために付けました)
よって、反復をやらない教師と、反復をやらない生徒が生まれ、愚民の生産ラインが構築されたという・・・
擁護派さんのおっしゃる職業に対する『信仰』の崩壊、これによって何とか今までの神話を打ち破り、なおかつ反復練習などの詰め込みと思われてきた詰め込みではない教育を再評価し、真に勉強(徳育)の意味が認められる社会になってほしいものですね。
いろんな失礼なことを書いてるかもしれませんが、根本的な憂いに関しては、私は真剣さんと真剣擁護派さんと共通だと信じています。
11. こんちわ
2003/06/05(木) 23:25:12
皆さん、愚民愚民って…ちょっとひでえんじゃないか?
まあ立派な考えもっておられるのはよくわかる。
でも子供んときはあそばないかん。お勉強とか読書とかをおしつけるのはいかんとおもう。
まあ立派な考えもっておられるのはよくわかる。
でも子供んときはあそばないかん。お勉強とか読書とかをおしつけるのはいかんとおもう。
12. ねぇ…
2003/06/06(金) 00:41:24
最近の子供ってちゃんと遊んでるの?
13. 真剣
2003/06/06(金) 03:41:43
>知性を身に備えた自我の確立のためや、民主主義の恩典を享受しかつそれを将来の国民に伝える義務を負った子供達は、一定程度の学力を身につける道義的責任があります。
>反復練習などの詰め込みと思われてきた詰め込みではない教育を再評価し、真に勉強(徳育)の意味が認められる社会になってほしいものですね。
その通りだと思います。僕もその考えはお二人と完全に共有しています。
最低限の知識と技能の上に知性が築かれ、人格が築かれるのだということにもまったく賛成です。
しかし、「だから計算練習をさせろ」という結論にはならないのではないかということなんです。たくさん(狭義の)勉強をさせれば(広義の)学力がつくという考えが誤りではないかということなんです。(標準以上の(広義の)学力を備えた子供はこの限りではありませんが、そうでない子がかなり多くいると思います。)
僕の感情としては、すべての子供にあらゆる可能性があって、どんな状況からでも"矯正"できると信じています。「勉強のできない子にはやらせても無駄だから、好きなことをさせてやれ」と言っているのでは決してないのですよ。
僕が言っているのは、「生活の中で知識を得る術をもっておらず、言語感覚も数量感覚も未発達な子供においては、単に(狭義の)勉強をさせることでは根本的な問題は解決しない」ということなのです。(だからさせるなと言っているのではありません。)
僕がもどかしく感じるのは、「(狭義の)勉強をさせ、(狭義の)学力をつける」ということが教育の目的となってしまっている親や学校が多いという点です。
(この憂いはお二人と共通なのではないでしょうか。)
しかもそのやり方じゃあ、"狭義の学力すらつかない"ということを言いたいわけです。(しかし学校は"評価"して終わり。親は嘆くか、叱りつけて終わり。です。)
>反復練習などの詰め込みと思われてきた詰め込みではない教育を再評価し、真に勉強(徳育)の意味が認められる社会になってほしいものですね。
その通りだと思います。僕もその考えはお二人と完全に共有しています。
最低限の知識と技能の上に知性が築かれ、人格が築かれるのだということにもまったく賛成です。
しかし、「だから計算練習をさせろ」という結論にはならないのではないかということなんです。たくさん(狭義の)勉強をさせれば(広義の)学力がつくという考えが誤りではないかということなんです。(標準以上の(広義の)学力を備えた子供はこの限りではありませんが、そうでない子がかなり多くいると思います。)
僕の感情としては、すべての子供にあらゆる可能性があって、どんな状況からでも"矯正"できると信じています。「勉強のできない子にはやらせても無駄だから、好きなことをさせてやれ」と言っているのでは決してないのですよ。
僕が言っているのは、「生活の中で知識を得る術をもっておらず、言語感覚も数量感覚も未発達な子供においては、単に(狭義の)勉強をさせることでは根本的な問題は解決しない」ということなのです。(だからさせるなと言っているのではありません。)
僕がもどかしく感じるのは、「(狭義の)勉強をさせ、(狭義の)学力をつける」ということが教育の目的となってしまっている親や学校が多いという点です。
(この憂いはお二人と共通なのではないでしょうか。)
しかもそのやり方じゃあ、"狭義の学力すらつかない"ということを言いたいわけです。(しかし学校は"評価"して終わり。親は嘆くか、叱りつけて終わり。です。)
14. 真剣
2003/06/06(金) 03:52:27
もし真剣擁護派さんが、「いや、計算などの単純な反復学習・記憶学習によって広義の学力の芽が育まれ、知性の土台になるのだ」という主張をされるのであれば、僕としては霞さんと同様の意見を持ちます。
つまり、またたとえ話ですが、「1日が24時間であるということを知らない子に分数の計算をさせて、(広義の)学力がつくでしょうか?」ということですね。
それよりは、情報のアンテナを広げて、生活の中のあらゆる場面から知識と技能を学びとる方法を身につけることの方が重要ではないでしょうか。それを身につけて初めて、(狭義の)勉強の理解度も上がるし、意味も出てくるのだと思います。
文科省の政策はこういった考えに基づいているのだと思われますが、それに対して「勉強の価値を貶めて、反復を軽視している」といった批判をするのは、少し話の次元が違うのです。
学力低下論者と文科省擁護論者の間で話が食い違いを見るのはいつもこの点です。
国家の政策としては、具体的に「両者のバランスをとるために、授業時数をどのように配分するか」という点に絞られていいと思います。
子供の現実を見ずに、「国語と算数・数学をしっかり教えれば、学力は上がるのだ」といった論調は説得力がありません。大学教授に多いですが。その人たちは、東京と大阪の区別がつかない中学生の存在を知らないのではないでしょうかね。そういったことに対して、「学校できちんと教えれば済むことだ」と言われてしまえば、もはや世迷い言に聞こえます。
つまり、またたとえ話ですが、「1日が24時間であるということを知らない子に分数の計算をさせて、(広義の)学力がつくでしょうか?」ということですね。
それよりは、情報のアンテナを広げて、生活の中のあらゆる場面から知識と技能を学びとる方法を身につけることの方が重要ではないでしょうか。それを身につけて初めて、(狭義の)勉強の理解度も上がるし、意味も出てくるのだと思います。
文科省の政策はこういった考えに基づいているのだと思われますが、それに対して「勉強の価値を貶めて、反復を軽視している」といった批判をするのは、少し話の次元が違うのです。
学力低下論者と文科省擁護論者の間で話が食い違いを見るのはいつもこの点です。
国家の政策としては、具体的に「両者のバランスをとるために、授業時数をどのように配分するか」という点に絞られていいと思います。
子供の現実を見ずに、「国語と算数・数学をしっかり教えれば、学力は上がるのだ」といった論調は説得力がありません。大学教授に多いですが。その人たちは、東京と大阪の区別がつかない中学生の存在を知らないのではないでしょうかね。そういったことに対して、「学校できちんと教えれば済むことだ」と言われてしまえば、もはや世迷い言に聞こえます。
15. 真剣
2003/06/06(金) 04:57:22
>子供んときはあそばないかん。お勉強とか読書とかをおしつけるのはいかんとおもう。
>最近の子供ってちゃんと遊んでるの?
その点は心配されなくても、これでもかというくらいに遊びほうけていますから、大丈夫です。きっちり宿題をやって来る子でも、きっちり遊んでいます。宿題をやってこない子は、朝から晩まで(学校の授業中も含めて)遊び続けていますよ。
歴史的事実としては、「勉強させる」ことが「自由を奪う」ことと同一視され、勉強が諸悪の根元のようにみなされ、「詰め込み教育反対」という風潮を生み出し、「勉強ができる奴は性格が歪んでいる」といった偏見を生み出し、「勉強無価値論」に説得力を持たせてきたのです。
しかしこれは正しくありません。
このような思想が流布することは、まさに愚民による愚民の再生産と言えます。
霞さんも指摘されているように、問題はもっと別の所にあります。
>最近の子供ってちゃんと遊んでるの?
その点は心配されなくても、これでもかというくらいに遊びほうけていますから、大丈夫です。きっちり宿題をやって来る子でも、きっちり遊んでいます。宿題をやってこない子は、朝から晩まで(学校の授業中も含めて)遊び続けていますよ。
歴史的事実としては、「勉強させる」ことが「自由を奪う」ことと同一視され、勉強が諸悪の根元のようにみなされ、「詰め込み教育反対」という風潮を生み出し、「勉強ができる奴は性格が歪んでいる」といった偏見を生み出し、「勉強無価値論」に説得力を持たせてきたのです。
しかしこれは正しくありません。
このような思想が流布することは、まさに愚民による愚民の再生産と言えます。
霞さんも指摘されているように、問題はもっと別の所にあります。
16. 霞
2003/06/06(金) 12:44:35
>子供んときはあそばないかん。お勉強とか読書とかをおしつけるのはいかんとおもう。
>最近の子供ってちゃんと遊んでるの?
子供の現状を知らないんですか?真剣さんと同じく、まったく問題ないと言いたいです。ですが、遊びの質となると大きな問題が・・・これはある面で教育問題にも絡んできますからちょっと触れたいです。
現在の子供は、少なくとも都市部においてはまともな遊びというのをあまりしてないです。つまり、与えられた遊びを与えられた遊び方でこなすだけの、想像力の働かないテレビゲームなどを除いて、友達同士集まって持ってる道具で遊べる遊びを考えて走り回るというようなことはなかなかない。自分で面白いことを考えるのではなく、それよりももっと面白い「ゲーム」を考えて作ってくれている大人を信頼して、それが提供する遊びを必死になって楽しむ。そして、そのゲームが飽きたらお金を持ってる大人に頼ってまた次の新しい「ゲーム」を買ってもらう。次々と襲ってくる娯楽に必死の対応をしているだけです。想像力は働かず、友達との協調性が生まれるわけもない。
もちろん、表で走り回るよりは字を覚えるなどの効果も多少はあるでしょうが、それこそ今まで皆さんがおっしゃったとおり、子供には遊ばせないといけないという大前提どおり、そんな効果のために「ゲーム」をやらせるわけじゃないですよね。彼らは面白いからやってる。大人は、子供が楽しんでるから買ってあげる。なんと「幸せな」構造じゃありませんか。企業は利潤のためにゲームを作っているというのにね。
つまり、大人は子供のことなど考えずに(必死になって考えたようなフリはしてますがね)、いろんなものを押し付けてるだけです。教育問題と同じく、大人の考え方に大きな問題があるといえるでしょう。
あ〜ここに書き込むとどうやらちょっと暴走するらしいです。また大げさな論に・・・(汗汗)
>最近の子供ってちゃんと遊んでるの?
子供の現状を知らないんですか?真剣さんと同じく、まったく問題ないと言いたいです。ですが、遊びの質となると大きな問題が・・・これはある面で教育問題にも絡んできますからちょっと触れたいです。
現在の子供は、少なくとも都市部においてはまともな遊びというのをあまりしてないです。つまり、与えられた遊びを与えられた遊び方でこなすだけの、想像力の働かないテレビゲームなどを除いて、友達同士集まって持ってる道具で遊べる遊びを考えて走り回るというようなことはなかなかない。自分で面白いことを考えるのではなく、それよりももっと面白い「ゲーム」を考えて作ってくれている大人を信頼して、それが提供する遊びを必死になって楽しむ。そして、そのゲームが飽きたらお金を持ってる大人に頼ってまた次の新しい「ゲーム」を買ってもらう。次々と襲ってくる娯楽に必死の対応をしているだけです。想像力は働かず、友達との協調性が生まれるわけもない。
もちろん、表で走り回るよりは字を覚えるなどの効果も多少はあるでしょうが、それこそ今まで皆さんがおっしゃったとおり、子供には遊ばせないといけないという大前提どおり、そんな効果のために「ゲーム」をやらせるわけじゃないですよね。彼らは面白いからやってる。大人は、子供が楽しんでるから買ってあげる。なんと「幸せな」構造じゃありませんか。企業は利潤のためにゲームを作っているというのにね。
つまり、大人は子供のことなど考えずに(必死になって考えたようなフリはしてますがね)、いろんなものを押し付けてるだけです。教育問題と同じく、大人の考え方に大きな問題があるといえるでしょう。
あ〜ここに書き込むとどうやらちょっと暴走するらしいです。また大げさな論に・・・(汗汗)
17. 霞
2003/06/06(金) 12:48:02
うまくわかってもらえてないようなので、「愚民」に関して一言だけ。
→こんちわさん。
別に自分自身とここで同じような議論をしている真剣さんなどを除く人類が馬鹿だとか言ってるのではなく、一つの呼称です。いちいち、学力的に劣っている子供たちと書き、さらにその学力の定義をするの面倒だし煩雑でしょ。文学部の悪い癖ですが、ただのレトリックなんでお気になさらず・・・
→こんちわさん。
別に自分自身とここで同じような議論をしている真剣さんなどを除く人類が馬鹿だとか言ってるのではなく、一つの呼称です。いちいち、学力的に劣っている子供たちと書き、さらにその学力の定義をするの面倒だし煩雑でしょ。文学部の悪い癖ですが、ただのレトリックなんでお気になさらず・・・
18. TATUTA
2003/06/06(金) 14:41:00
まあ馬鹿になっているんは確かでしょうな。学校の授業時間が減っったからといってその時間が塾に費やされるだけならば独創性なんて育つはずもない。都会でそだったんですが、テレビを見ないと友達からのけものにされ、真面目に勉強していればガリ勉といじめられる。他人と違う事を言えばのけものにされる。勉強ができなければ、バカにされて軽蔑の対象です。
10年前がこうですから、今なんかもっと凄いんじゃないのかな。
今の子供にしてみたら
自分の身を守るにはあたらずさわらず、何も考えず大人の言うことだけ聞いて毎日すごしていくほかないんじゃないのかな。
そんなんだったら当然本なんか読む時間もないし、考える時間もないだろうね。馬鹿になるのも仕方ない気がする。
文部省の方針はむしろ子供を塾に追い込んで学歴主義を助長するもののように思える。
そして頭脳が海外に流出、と。
研究機関への補助金を減らそうとしながらノーベル賞受賞者増を希望する
文部省のことがときどきわからない。。。。
10年前がこうですから、今なんかもっと凄いんじゃないのかな。
今の子供にしてみたら
自分の身を守るにはあたらずさわらず、何も考えず大人の言うことだけ聞いて毎日すごしていくほかないんじゃないのかな。
そんなんだったら当然本なんか読む時間もないし、考える時間もないだろうね。馬鹿になるのも仕方ない気がする。
文部省の方針はむしろ子供を塾に追い込んで学歴主義を助長するもののように思える。
そして頭脳が海外に流出、と。
研究機関への補助金を減らそうとしながらノーベル賞受賞者増を希望する
文部省のことがときどきわからない。。。。
19. ゴン
2003/06/07(土) 11:41:04
>「勉強ができる奴は性格が歪んでいる」
そういう面もあるんじゃない?実際「愚民による愚民の再生産」とか言ってるんだよ。価値観狭いと思う。あと勉強と遊びは両立できない。これマジで。
そういう面もあるんじゃない?実際「愚民による愚民の再生産」とか言ってるんだよ。価値観狭いと思う。あと勉強と遊びは両立できない。これマジで。
20. 真剣
2003/06/08(日) 00:53:21
霞さんは良心的な方のようですね・・・。
僕は愚民を見ているとイライラします。
愚民というのは日本国民の総称ではなくて、その中のある一定の集団の構成員を指すのですが。
もう大人はどうしようもないけれども、子供はいくらでも変わりようがあります。
頭のいい大人になってほしいです。(勉強ができるという意味ではない。)
僕は愚民を見ているとイライラします。
愚民というのは日本国民の総称ではなくて、その中のある一定の集団の構成員を指すのですが。
もう大人はどうしようもないけれども、子供はいくらでも変わりようがあります。
頭のいい大人になってほしいです。(勉強ができるという意味ではない。)
21. 霞
2003/06/09(月) 12:51:27
→ゴンさん。
誰だって歪みは持っているんじゃないですか?自分だけは公明正大、清廉潔白なんていえますか?そういうことをわかった上で、つまり価値観の多様性、人間なら誰だって持っている欠点などを認めた上で、あくまで最低限の教養だけは持つ子供が育ってほしい・・・そういう風に議論しているんですが、それが全然わかってもらえてないみたいですね。
それから、勉強、遊びともに、別に一日中それだけをやってろなんて思ってません。両立は、本人のやる気と能力次第でしょうね。あなたが仰っているのは、一体どういう意味で両立が不可能ということなんですか?それを述べない限り、「これマジで」とか断言されても、こっちは何もわかりませんが・・・
→真剣さん
私もそうですよ。イライラします。ただ、そうであってはいけないと思って、ぎりぎりのラインで、せめて議論してるときだけは感情的にならないようにしようとしてるだけ(^^;)
→tatutaさん
私も都会育ちですが、私たちが小学・中学のころの状況をばっちり言い表されてますね。確かにそんな感じです。
んで、そういう子供の社会を形作ってる原因ですが、それこそ私が前に書き込んだ「詰め込み教育」からの反動、大人の誤った認識の子供への押し付けという構造があると自分では思っているんですが、そのあたりどう思われますか?
誰だって歪みは持っているんじゃないですか?自分だけは公明正大、清廉潔白なんていえますか?そういうことをわかった上で、つまり価値観の多様性、人間なら誰だって持っている欠点などを認めた上で、あくまで最低限の教養だけは持つ子供が育ってほしい・・・そういう風に議論しているんですが、それが全然わかってもらえてないみたいですね。
それから、勉強、遊びともに、別に一日中それだけをやってろなんて思ってません。両立は、本人のやる気と能力次第でしょうね。あなたが仰っているのは、一体どういう意味で両立が不可能ということなんですか?それを述べない限り、「これマジで」とか断言されても、こっちは何もわかりませんが・・・
→真剣さん
私もそうですよ。イライラします。ただ、そうであってはいけないと思って、ぎりぎりのラインで、せめて議論してるときだけは感情的にならないようにしようとしてるだけ(^^;)
→tatutaさん
私も都会育ちですが、私たちが小学・中学のころの状況をばっちり言い表されてますね。確かにそんな感じです。
んで、そういう子供の社会を形作ってる原因ですが、それこそ私が前に書き込んだ「詰め込み教育」からの反動、大人の誤った認識の子供への押し付けという構造があると自分では思っているんですが、そのあたりどう思われますか?
22. 霞
2003/06/09(月) 15:45:07
→真剣さん
よく顔を出すメンバーの中では、大体議論が煮詰まってきましたね。同じく教育ネタで別の議論をしたいと考えてます・・・理解する勉強、覚える勉強どちらがいいか(これは結構一方的な議論になると思いますが)。それから、理解する勉強であれば、それは教師に求めるのか、自分の内面に求めるのか・・・って感じで。
すいません。ちょっと急いでるんで言いたいことがうまくまとまらないです。とにかく、そういう議論をやりたいと思ってますが、真剣さんはいかがですか?こういうことも興味ありますか?もし新スレ立てるならできれば来てほしいなーと思ってまして・・・
なんか私的な書き込みになっちゃってすいません。
よく顔を出すメンバーの中では、大体議論が煮詰まってきましたね。同じく教育ネタで別の議論をしたいと考えてます・・・理解する勉強、覚える勉強どちらがいいか(これは結構一方的な議論になると思いますが)。それから、理解する勉強であれば、それは教師に求めるのか、自分の内面に求めるのか・・・って感じで。
すいません。ちょっと急いでるんで言いたいことがうまくまとまらないです。とにかく、そういう議論をやりたいと思ってますが、真剣さんはいかがですか?こういうことも興味ありますか?もし新スレ立てるならできれば来てほしいなーと思ってまして・・・
なんか私的な書き込みになっちゃってすいません。
23. パルティータ
2003/06/09(月) 23:00:31
差し出がましいことながら二度目の感想を書き込ませて頂きます。
発言を求められていないので気になるいくつかの事項についての見解です。
>「遊ぶ」ということについて
与えられる枠の中だけでしか「自由に遊べ」ないならばそれは遊んでいるとはいえないかと思われます。
子供の遊びには自分の身体の限界への挑戦・自覚、極端な言葉では命を懸けるくらい(子供にとって、ですが)の危うさ、無謀さが
少なからず必要なのではないかと僕は思いますけれど。
>「教育のありかた論」
結局のところ「大人の怠 惰 で 実 践 性 の な い理想論」が罷り通る傾向があると僕は感じています。
子供たちはとても正直ですからね。
いかなる議論であれ、教条的なものになることのなきよう願っています。
もしそうなることがあるとすれば、先頭に立って議論を詰めている者自身が「愚民」であるということになりますからね。
発言を求められていないので気になるいくつかの事項についての見解です。
>「遊ぶ」ということについて
与えられる枠の中だけでしか「自由に遊べ」ないならばそれは遊んでいるとはいえないかと思われます。
子供の遊びには自分の身体の限界への挑戦・自覚、極端な言葉では命を懸けるくらい(子供にとって、ですが)の危うさ、無謀さが
少なからず必要なのではないかと僕は思いますけれど。
>「教育のありかた論」
結局のところ「大人の怠 惰 で 実 践 性 の な い理想論」が罷り通る傾向があると僕は感じています。
子供たちはとても正直ですからね。
いかなる議論であれ、教条的なものになることのなきよう願っています。
もしそうなることがあるとすれば、先頭に立って議論を詰めている者自身が「愚民」であるということになりますからね。
24. もしかして
2003/06/10(火) 11:32:12
かいつぶり健在か。
25. 真剣
2003/06/11(水) 00:14:33
>霞さん
新しい話題は歓迎ですよ。
>与えられる枠の中だけでしか「自由に遊べ」ないならばそれは遊んでいるとはいえない
何かで読みましたが、ある小学校で研修授業があって、先生は子供たちが伸び伸びと過ごしているところを見てもらおうと(思ったかどうかは定かではないが)、「遊び」の時間を公開したそうです。授業の時間を使って、運動場に出て、みんなでワイワイと走り回ろうというわけですね。その時間が終わって、先生は満足げ(だったかどうかは知りませんが)。
しかし、ある子供が下校間際に友達に向かって発した言葉は、「さあ、"ほんとの"遊びに行こうぜ」だったとか。
新しい話題は歓迎ですよ。
>与えられる枠の中だけでしか「自由に遊べ」ないならばそれは遊んでいるとはいえない
何かで読みましたが、ある小学校で研修授業があって、先生は子供たちが伸び伸びと過ごしているところを見てもらおうと(思ったかどうかは定かではないが)、「遊び」の時間を公開したそうです。授業の時間を使って、運動場に出て、みんなでワイワイと走り回ろうというわけですね。その時間が終わって、先生は満足げ(だったかどうかは知りませんが)。
しかし、ある子供が下校間際に友達に向かって発した言葉は、「さあ、"ほんとの"遊びに行こうぜ」だったとか。
26. ↑↑
2003/06/11(水) 00:22:46
どれが?
27. 真剣
2003/06/11(水) 00:40:14
文科省の「ゆとり」の路線がある程度是認される背景には、この30年ほどで日本人の間ですっかり既成事実と化した「学歴無価値論」があるわけで、その事実を無視して、学力低下だ何だと文科省をやり玉にあげることは、無責任なことに思えます。「お前らが望んだことだろう」と。僕には、文科省が不憫ですらあります。
親たちは、一方で「勉強なんかできたって意味がない」と見得を切って受験や学校を批判しながら、他方ではテストの点数や通知票に神経質に反応しては、自分たちが一番否定しているはずの受験対策詰め込み教育を求めて塾や私立校に大金をつぎ込むのです。
僕はそういった、教育に対する日本人の精神構造のゆがみを矯正すべきだと思います。しかし「学歴」に対する日本人のコンプレックスは相当に根深いようで、「口先では『勉強なんかできても・・・』と言いながら、テストの点数を見ては言いしれぬ焦りと不安を感じる」という状況は当分続くことでしょう。
かくして子供はどんどんバカになります。
親たちは、一方で「勉強なんかできたって意味がない」と見得を切って受験や学校を批判しながら、他方ではテストの点数や通知票に神経質に反応しては、自分たちが一番否定しているはずの受験対策詰め込み教育を求めて塾や私立校に大金をつぎ込むのです。
僕はそういった、教育に対する日本人の精神構造のゆがみを矯正すべきだと思います。しかし「学歴」に対する日本人のコンプレックスは相当に根深いようで、「口先では『勉強なんかできても・・・』と言いながら、テストの点数を見ては言いしれぬ焦りと不安を感じる」という状況は当分続くことでしょう。
かくして子供はどんどんバカになります。
28. ↑
2003/06/11(水) 01:48:18
学歴が評価されているように見えるのは、基本的にあくまで結果であるのにね。
学歴主義があるから高学歴の人間が無条件に登用されるというのではないはずなんだけど。
原因と結果を混同するからまちがいがおこるんだよね。まして、「頭のいい奴に歪んだ人間が多い」というのは絶対にうそだと思う。むしろ、話の分かるちゃんとした人が多い。
これからどうなるんだろうね。
学歴主義があるから高学歴の人間が無条件に登用されるというのではないはずなんだけど。
原因と結果を混同するからまちがいがおこるんだよね。まして、「頭のいい奴に歪んだ人間が多い」というのは絶対にうそだと思う。むしろ、話の分かるちゃんとした人が多い。
これからどうなるんだろうね。
29. ペンネーム
2003/08/03(日) 21:17:33
学問の楽しさを伝えたい。
私たちは、勉強の楽しさを経験的に知っていますよね。
ところがそれを生徒たちに伝えるのは難しい。
勉強なんてくそったれと考える生徒たちに、いかにして楽しさを伝えられるか、
いいアイディアありません?
私たちは、勉強の楽しさを経験的に知っていますよね。
ところがそれを生徒たちに伝えるのは難しい。
勉強なんてくそったれと考える生徒たちに、いかにして楽しさを伝えられるか、
いいアイディアありません?
30. ゆう
2003/08/03(日) 21:42:57
学歴あったら女にもてることを身を持って証明してあげれば高校生にもなれば、学歴の大切さが身にしみて分かるようになるだろう。
しかし、学歴だけに吊られて寄って来る女は実につまらない教育ママに成り果てるということに将来気づくだろう。
しかし、学歴だけに吊られて寄って来る女は実につまらない教育ママに成り果てるということに将来気づくだろう。
31. むぅ
2003/08/10(日) 01:39:26
金にはなるか。
32. みんな
2003/08/10(日) 04:52:29
大体月どれくらい稼いでんの?
33. レスがある前に
2003/08/13(水) 00:33:30
思いっきり下げられるな・・・
34. 地獄からの使者
2003/09/03(水) 01:00:58
age…………
35. 霞
2003/09/03(水) 13:05:11
懐かしいスレですね・・・(+^^+)
なんかまた色々書きたくなってきましたが、今自分が議論始めても続いて書き込めないんでやめときます(明後日から東欧に一人旅に行くもんで・・・)。十月頃に、また盛り上がってたら顔を出させてもらいます。
ではでは。
なんかまた色々書きたくなってきましたが、今自分が議論始めても続いて書き込めないんでやめときます(明後日から東欧に一人旅に行くもんで・・・)。十月頃に、また盛り上がってたら顔を出させてもらいます。
ではでは。
追加発言



