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文学作品を学生時代に読む意味って何?


1. 1回生 2003/07/03(木) 21:00:21
親から自分の世代はみんなドストエフスキーとかの文学作品を読んでいたものだとよく聞かされます。
教官からもそういうことは聞きます。
でも最近は文学部で専門の人以外あんまり読んでる人を見ませんね。
あんな長ったらしいものを読むのがどうして必要なのか?そもそも本当に必要なのか?
議論してみましょう。

2. 別に 2003/07/03(木) 21:08:57
必要だから読むってわけでもないんじゃない?

3. (=゜∀゜)ノ 2003/07/04(金) 00:06:14
>1回生氏
読みたければ、読めばいいのではないか?
我々の親や教官の世代と、我々の世代は、
違う時代に青春を生きたのだから、
読む文学作品も自ずから異なってくるはずだ。

私は古典文学は読書感想文の課題本以外では、
一冊も読んだことが無いが、一向に不自由していないぞ。

4. 1回生 2003/07/04(金) 00:32:20
そうなんですけどね。
何も読んだことが無いって50代くらいの人に言うと
無教養な馬鹿だという風に思われません?

読む文学作品も違ってくるとおっしゃいましたが、
昔は例えばドストエフスキーとしてじゃあ今は何かと聞かれると何も無いってなるような・・

文学作品って映画や漫画みたいにドキドキワクワク面白いってものでもないですし、何よりあの分厚さで敷居が高い・・

5. (=゜∀゜)ノ 2003/07/04(金) 00:48:18
>1回生氏
>何も読んだことが無いって50代くらいの人に言うと
>無教養な馬鹿だという風に思われません?
人によって、知っていること、見てきた物が違うのは当たり前だ。
あなたが相手の知っていることを知らなければならないという義務も無い。

>今は何かと聞かれると何も無いってなるような・・
これだけ本が溢れている時代なら、
興味と必要に応じて読めばいいんじゃないか?

>文学作品って映画や漫画みたいにドキドキワクワク面白いってものでもないですし、
映画や漫画でドキドキワクワクできるなら、それはとてもいいことだ。
教養とやらを積むために、分厚い文学作品をしかめっ面しながら読むよりは、
ずっと人生が豊かになる。

6. 1回生 2003/07/04(金) 01:30:32
確かに単に教養のためならあらすじをかいつまんで教えてもらえば事足りることです。
でもなにか、なにか他にも読む意味はあるんじゃないかと思いまして・・文学部の方とか肯定派の人はいませんか?

7. ジュジュ 2003/07/04(金) 01:56:30
(=゜∀゜)ノ氏のいうとおりだと思います。
無理に読む必要はないです。あなたがそれを
欲する限りで読めばよいでしょう。

でも肯定派を求めるということは、やはりあなた自身
読みたいのでは。試しに読んでみてはいかがか。意味があるのか、ないのかはそのときわかるでしょう。
たとえ、意味がなかったとしても、一度そういった本を読んでみる時間は決して無駄ではない。自分には意味がないとわかるのだから。

8. 反教養主義者 2003/07/04(金) 03:19:32
私は自他共に認める文学嫌いで、特に現代の小説なんて絶対に読みません。
村上春樹?死ね!とか思ってる嫌な奴ですが(笑)。
いわゆる「文学臭さ」は反吐が出るほど嫌いです。
ただし、全く読まない訳じゃありません(理由は後で書きます)。それを断っておくとして。

>1回生さん

> でも最近は文学部で専門の人以外あんまり読んでる人を見ませんね。

え、いくらなんでもそんなことはないでしょう。
私の周りだと、読んでいない人を捜す方が難しいですよ。

> 何も読んだことが無いって50代くらいの人に言うと
> 無教養な馬鹿だという風に思われません?

思われて、どうだというんです?
そもそも、「教養」って何ですか?
あなたにとって「教養」ってのはそんなに切実なものですか?

本を読むってのは自分のために何かをすることなんですよ。
特に小説なんてのはフィクションなんだから、現世的な価値には直結しない。
それを、外からの動機によってやるってのは全く無意味だと思いますよ。

> 確かに単に教養のためならあらすじをかいつまんで教えてもらえば事足りることです。
> でもなにか、なにか他にも読む意味はあるんじゃないかと思いまして・・
> 文学部の方とか肯定派の人はいませんか?

うーん、私自身肯定派に回るのは非常に違和感あるんだけど、誰もいないからなあ。
例えばあなたは展覧会に行ったり、演劇観たり、音楽聴いたりしませんか?
なんでそんなことするんです?理由を説明しようとしてもなかなか言葉にならないでしょう?
ひとえに、「観たいから」「聴きたいから」それしかないですよね。
文学だって同じなんですよ。ひとたび読み出すと、結局面白いんです。
それも、単に面白いというだけでなくて、人生観が変えられてしまうほど
感動させられてしまったり。文学のない人生なんて考えられなくなるんです。

ただ、映画や漫画なんかにはまるように、簡単にその面白さはわからないんですよ。
だって、複雑だから。奥が深いから。そんなに簡単にわかるわけがないんです。

僕は「文学なんて難しくない」なんてお為ごかしをいうのは嫌いだから率直に言いましょう。
奥が深いものを、そんなに簡単にわかるわけがないんです。当たり前でしょ?
こっちから働きかけて、読みとろうという努力をしなければ。
いや、それでも得てして全然わかった気にはならないものなんですよ。
何かきっかけが必要なんです。

例えば、好きな映画の原作を読んでみたい、とか、そんなんでも良いでしょう。
「レ・ミゼラブル」なんて何度も映画やミュージカルや TV ドラマになってますよね。
それとか、昔の映画だけれど、「マイ・フェア・レディ」とか「ウエストサイド物語」とか、
どちらも、純文学の領域の作品の翻案なんですよ。
要するに、動機は何だって良いんですよ。とりあえず、何だかわからんけど「文学」ってのが
気になるんだったら、自分の興味に近いところから手をつけていったらいい。
さしあたっては、そういう、純文学の映画化みたいな映画を観てみるぐらいから始めてはいかが。

ちなみに私は、文学なんて読む必要ないことを立証しようと思って色々読んでみました(笑)。
でも、結局、そんな私でも認めざるを得ないほど凄い作品があるということに気づいてしまって、
それ以降は、「良いものは良い、悪いものは悪い」で柔軟に考えて読むことにしてます。
結局、面白いものはやせ我慢をせずにどんどん読んだら良いということですからねえ。

9. 2003/07/04(金) 05:22:00
冗長な文章だな.

スレタイに忠実に応えると,むしろ学生時代以外に文学作品を読む機会がない
だろう,と言わざるを得ない.活字媒体は一次元情報伝達だから順方向に読み
進む必要があり,かつ,文学書は活字だけで,ある種の世界を構築するから,
文学作品を味わうには時間が要る.その時間は一個人のライフタイムのうちで
どの期間に捻出できるかと自問すれば,それは自明だろう.

尚,なにを読むべきかは気にしなくて良いと思う.本は出会いやから.

10. 一次元情報の定義? 2003/07/04(金) 16:51:09
>↑
>活字媒体は一次元情報伝達だから

ここ気になりますた。
二次元情報は絵画、三次元情報は映像なのですか?
では、音楽はどうなのですか?

11. 胎内巡り 2003/07/04(金) 17:41:44
読みたくもない、敷居の高いと感じるものであれば
近づく価値は然程ないと思います。時間の無駄です。
文学作品を読むということは、中学高校時代に
ある程度強要された経験のある人が多いと思いますが、
本来は楽しむ、と、少なくとも私は思います。
理解できない・楽しめない・身にならない、では
事実上無駄な労力としか言いようがないでしょう。
その中で読書が楽しめるよう、変革が起こりうるならまだしも。

教養のある人としてみられたくて、そのために
ドストエフスキーを語りたいのならば
粘って読んだらいいと思うけど。

12. 胎内巡り 2003/07/04(金) 17:43:02
>本来は楽しむ、と、少なくとも私は思います。
修正
本来は楽しむためのもの、(以下略

13. 教養としての読書 2003/07/04(金) 21:31:10
これに関して戦前の教養主義とその解体は、セクハラで話題の筒井先生が研究しておられました。
むかし、講義でも最近の学生はこういうのがないから本を読まなくなったと否定的でしたね。
先生の人格的な問題は措いて、その著書は、一読の価値はあると思います。


「教養主義」というのは、確かに一歩間違えば知的高踏主義というか、ディレタンッチズムにおちいります。

しかし、昔「大学生のくせにこんなんもよんでいないのか」という周囲の無言の圧力で読んだものが、その後の精神の糧となっていることを自覚するからこそ、年輩の人は、最初からそれを放棄して読まない人を残念に思うのではないでしょうか。

わたしもそれに同じです。古典の宝庫は広大で、くだらないものもいっぱいあります。けれどもそれはくみつくせぬ世界です。

社会人になると、時間に追われてそういうものに親しむ時間が減ってきます。
必要かどうかはわかりませんが、スレタイのようなもので悩むくらいなら、学生時代に別に長くはなくても何冊か有名なものでも読んでみたらと思います。

ドストエフスキーは個人的にはすきではありませんが、漫画・ナニワ金融道の著者、青木雄二さんは人生観が変わったとおっしゃってますね。
人によっては、人生を変える場合もあるのです。

14. 教養としての読書 2003/07/04(金) 21:42:37
いいわすれましたが、古典は時の試練の中をのこってきたものなのです。


もちろん、時の流れの中で価値を失い、虚名を残しているものもおおいですが…。

たとえば、ゲーテの『若きウェルテルの悩み』なんか、今時の人にはお笑い材料にしかならないでしょうしね。
でも、かつてこれがベストセラーになった時代もある、なんでかなあとそういうことを考えるのもまたおもしろきかな、という感じです。

でも、どうして、「古典は、分厚くて、しかめつらしながら読む、かびくさいものだ」というイメージがあるんでしょうかねえ。

15. 反教養主義者 2003/07/05(土) 16:56:20
>↑
> 冗長な文章だな.
失礼ですね。まあ、そうおっしゃるのは勝手ですが、あなたの文章、意味が不明ですよ。だって、
> むしろ学生時代以外に文学作品を読む機会がないだろう,と言わざるを得ない.
って、答えになってない。そもそも「(学生時代云々を差し置いて)読む意味があるのか」が問題になっているのだから。

>胎内巡り
> 読書は本来は楽しむためのもの、と、少なくとも私は思います。
同意します。明治期まで、小説家などやくざな商売と思われていましたが、その感覚こそが正常だと思います。
しょせん、つくりあげた虚構が重要な意味を持つかどうかは受け手次第なわけで、その価値判断を外部から押しつけるべきではないでしょう。

>教養としての読書
> 先生の人格的な問題は措いて、その著書は、一読の価値はあると思います。
面白そうですね。どんな本があるでしょうか?よければ紹介してください。

> しかし、昔「大学生のくせにこんなんもよんでいないのか」という
> 周囲の無言の圧力で読んだものが、その後の精神の糧となっている
> ことを自覚するからこそ、年輩の人は、最初からそれを放棄して
> 読まない人を残念に思うのではないでしょうか。
これは大事な点ですね。
ちなみに私はむしろ、周囲の圧力をはねのけるために、「こんなものはつまらん」と立証しようと思って読み出した訳なんですけどね。

> もちろん、時の流れの中で価値を失い、虚名を残しているものもおおいですが…。
> たとえば、ゲーテの『若きウェルテルの悩み』なんか、今時の人にはお笑い材料にしかなら
> ないでしょうしね。
うーん、個人的には「ヴェルテル」は名作以外の何ものでもないのだがなあ……(-_-;)。
個人的なことながら、オクテな私には、ヴェルテルほどのアグレッシブさも煎じて飲みたいぐらいだし、これが笑い話程度にしか扱われない現代社会にはほとほと住みにくさを感じていますよ。

16. age 2003/07/06(日) 20:19:46
あげ

17. ↑↑ 2003/07/06(日) 20:46:38
人を脱力感でいっぱいにさせる文章ですね

18. ↑同感。 2003/07/06(日) 21:11:40
近頃の若者は無教養だ、などとのたまう年輩には逆に切り返したらいい。
じゃああなたは若いころに何を読み,それはどんな話で、そしてあなたは何を感じたのか。
文学=教養と考えるような奴にすらすら答えることはできないだろう。
そもそも本当に文学を愛している人間は文学が毒である事を知っているためそんなことは言わない。

そして文学にのめりこむと「反教養主義者」氏のようになるわけだ。
こうはなりたくないなって思うでしょう?「1回生」さん。
知識人気取りしたいならユーモアや共感に溢れた中間文学でも読んだらどうでしょう。

19. は? 2003/07/06(日) 21:34:37
>そして文学にのめりこむと「反教養主義者」氏のようになるわけだ。
のめり込んでるように見えんがなあ。

>こうはなりたくないなって思うでしょう?「1回生」さん。
どの辺が?

20. 反教養主義者 2003/07/06(日) 23:56:52
脱力感でいっぱいだとか言われてしまいました(苦笑)。
でもねえ、根本的に誤解されているような気がしてならないんですが。

> 近頃の若者は無教養だ、などとのたまう年輩には逆に切り返したらいい。
> じゃああなたは若いころに何を読み,それはどんな話で、そしてあなたは何を感じたのか。
> 文学=教養と考えるような奴にすらすら答えることはできないだろう。

それ、私が書いたこととほとんど同じなのですが。
私自身、「教養」及び「文学=教養論」への懐疑を表明してます。

> そもそも本当に文学を愛している人間は文学が毒である事を知っているためそんなことは言わない。

私は、文学が教養だなどと一言も言った覚えはありません。

> そして文学にのめりこむと「反教養主義者」氏のようになるわけだ。

意味がわかりません。
私は「自他共に認める文学嫌い」だと言ったはずですよ。
実際、嫌いであっても否応なしに読まされてしまうものしか読みません。

> こうはなりたくないなって思うでしょう?「1回生」さん。

失礼な言い方ですね。
私は、あなたとほとんど同じ主張をしているにもかかわらず、
「こうはなりたくない」とまで言われる。
そうおっしゃるからには、私のどこが気に食わないか、
きちんと説明して頂きたいものです。

> 知識人気取りしたいならユーモアや共感に溢れた中間文学でも読んだらどうでしょう。

知識人気取りなんてしても少しも嬉しくないと思う。

21. パルティータ 2003/07/07(月) 00:36:07
一言で表現すれば、
「何らかの哲学がそこに見つかるから」
ではないでしょうか。でもあくまで他人の考えた結果なのでそっくりそのまま
コピーするわけにもいかないといったところでしょう。

恋愛する必要ってあるの?
という質問に対する答えと同じ。
それがどうしても必要な一瞬があるかもしれないし、ないかもしれない。
無理して求めたところで、形式主義に終わってしまう。
自分がどんな目的で、どんな想いでそれに臨んでいるか、判らなくなってしまいがちですね。

でも形式に徹することこそが教養であり文化、ハイカルチャーなんですよおそらく。

22. そろそろ本題にはいらない? 2003/07/07(月) 02:00:46
今ざっと読んでみて思うこと。

・トピ主は文学作品を読む気はあるが、往々にして長ったらしい文学作品を読むかわ
りに、何らかの見返りがあるのかどうか知りたいようだ。

・反教養主義者さんは荒らし?
「自他共に(私は知りませんが…)認める文学嫌い」なのに、ここで「文学(?)」を
語っていらっしゃる。「(読書の)価値判断を外部から押しつけるべきではない」の
に「周囲の圧力をはねのけるために、「こんなものはつまらん」と立証しようと思
って読み出した」。矛盾しているように見受けられる。

・あとの人は読書の意味(効用?)を精神論、一般論で片づくことを言っている。
「読みたいなら読め」「興味と必要に応じて」「無理に読む必要ない」
「読む理由は不要。面白ければ」「時間のある学生時代に読め」
「あとで読んだことが為になる」等々。

私はどちらかと言うと「これから読もうとする人」なので、読んだ後の効果よりも読
む過程でのそれが知りたいのですが。
もうちょっと文学寄りで、その読む利点があるはずだと思います。
でも、「似非文学評論」は御勘弁。


余計かもしれませんが、反教養主義者さんへ一言。
必要以上に引用してレスの一貫性を失わせるとスレッドを発散の方向へ導くことにもな
るので、そのようなレスを控えることをお勧めします
(塾講師の添削作業みたいになってますよ。。。)。

23. 1回生 2003/07/07(月) 02:25:08
何度も言うようですが、単にドストエフスキーを語りたい、語ってインテリに見られたいなんて欲求は全くありません。

それにしても意外と読書に積極的でない方が多くて少しびっくりしました。
少なくとも僕が50代の人達から感じたオーラは
「読みたいなら読め」「興味と必要に応じて」「無理に読む必要ない」
「読む理由は不要。面白ければ」
等と言うものではなかったです。
僕が感じたのは「大学生たるもの読んでて当然。」「読んでない奴は人生の機微が分かってない奴だ。」という手の無言の重圧でしたから。

24. 反教養主義者 2003/07/07(月) 02:33:22
荒らしとは失敬な。もう少し礼儀というものを弁えられてはいかがか。
矛盾したことを言えば荒らしなのか。意味が不明である。

> 「自他共に(私は知りませんが…)認める文学嫌い」なのに、
> ここで「文学(?)」を語っていらっしゃる。

だからそれは逆説なんだって。文章が下手なのは認めるけれど。
嫌いなのにもかかわらず、ある程度は受け容れざるを得なくなった過程を踏まえて、
何か言ってあげられないかとしてるだけなんだが。

> 「(読書の)価値判断を外部から押しつけるべきではない」のに
> 「周囲の圧力をはねのけるために、「こんなものはつまらん」と
> 立証しようと思って読み出した」。

君、人の話わかってないでしょ。
「つまらん」と立証するってのは、面白さを外から
規定するのではなくて、「誰にとっても面白い」というような
安易な主張を否定しようとした、というだけの話だよ。

ちなみに、もう本題には入りつくしていると思うがね。
一言だけ言っておいてあげよう。

> 私はどちらかと言うと「これから読もうとする人」なので、読んだ後の効果よりも読
> む過程でのそれが知りたいのですが。
> もうちょっと文学寄りで、その読む利点があるはずだと思います。

とりあえず、
「役に立つから何かをしよう」
という考えは捨てた方がいいよ。それだけ。
私は結局はその一つしか言っていない。

25. 不思議、不思議、覗いてごらん 2003/07/07(月) 03:36:33
当時の現実を最も端的に凝縮した虚構であるという
点において、古典文学は、古典音楽に準じる。

生きるために、モーツアルトを聞く必要性はあるか。
ないだろう。いまここ、現実を語りえないからである。
だが、より良く生きるために、
モーツアルトを聞いた経験があることは有益だろう。

古典には、新しい時代のインクの匂いはないかも
しれないが、古き時代の匂いが篭っている。
古典は古い。だが、「古い」という点においては、
普遍性を持つ。この意味がわかるだろうか。
新しく登場する作品は、新しなったときが、消える
ときである。「古い」と知覚されるまでに、淘汰さ
れてしまう。

新曲は、言い方を変えれば、最先端である。
プロでなくても、一級品を追い求めるのなら
私達は最先端を追わねばならない。
しかし、最先端は、直ぐに時代から切き取られて
しまうものである。

さて、古典を読むのは時間的にみて効率的か、という
話であるが、最先端知識だって直ぐにクズ情報になる
という意味において、十分に非効率である。

古典は非効率だ、という人は、最先端の非効率にまだ
気が付かない人である。
古典も、先端も、それだけで十分、という品ではない。
目的に応じて、使い分けられることが最適ではなかろ
うか。少なくとも、自分の専門分野の古典は一通り
目を通すべきである。古典にこだわる必要は全くないが、古典を知らない、というのは選択肢を狭めること
になるだろう。
古典って効率悪いな、と思うことが体感できたら、
十分古典を読む意味はあったと私は思う。

26. 教養としての読書 2003/07/07(月) 15:45:31
そうですね。功利的な判断だけでは、得られないものが文学にはあるわけで。


なにげなく手に取ったある一冊が、深く人生観にまで影響を及ぼすこともあります(これは人に教えたくない)。

まあ、そんなに真剣に悩まれるなら、桑原武夫先生の『文学入門』でも読んでみられたらいかがですか。

ここには、正解はありません(桑原先生自身は正解として提示されていますが)。
けれども、文学の意義を伝道しようというほとばしる熱意はあります。

前レスも含めてそれを擁護し語る人々をしてこうも熱くさせるものが古典文学の世界にはありました。それだけは、事実として胸におさめてください。

27. 文学作品なんて 2003/07/07(月) 17:44:12
高校までに読むもの
大学入ったら人の本読むより自分で考える方が得られるものは大きい

28. 2003/07/07(月) 18:23:48
そうやって言い切るのはどうかな?

29. まあ 2003/07/07(月) 20:50:16
各個人今までにやってきていることは違うからね
理想を考えるとそうでしょう

30. 浮上 2003/07/10(木) 18:23:01
1回生さんの反応が知りたい。

31. 1じゃないけど 2003/07/10(木) 19:06:05
読み耽てて来ないと思われ。

32. でも 2003/07/11(金) 12:35:54
文学作品読まんとやってられんこともあるよね。
私は「月と6ペンス」を定期的に繰らないと精神的に不安定になるし(苦笑←理学部生)、「初恋」以上に萌える話に未だに出会ってないし。(←マゾ)
まあ、ぶっちゃけ、読みたければ読めばいいのでは?現代作品、ヤングアダルト、漫画、アニメにもオモロイのはあるし。

33. 2003/07/11(金) 16:16:49
途中からですが参加させてもらいます。

まず明確に。私は賛成派です。

一回生さんが最初の方に書かれた、「年配の方に無教養だと思われる云々」は、確かにありますね。私も高校の先生がよく口にされていたのを知っています。
教養の定義を何に求めるかは人それぞれ違うのでなんともいえませんが、私は「できるだけ多くの考えに触れて広い視野を持ち、深い思考力を養い、社会で生きるための礼儀を学ぶ」というようなもんだと思います。
実際にどれだけ本をたくさん読んだか、どれだけ勉強したか、などというのは、その本人の教養をはかる上での、非常に一面的なバロメーターなんです。

そういった意味で、このくらいの本を読んでない人間の教養なんてたかが知れている、という意味で馬鹿にされることは多少見当はずれでしょうね。仮にドストエフスキーレベルの著名な作家の作品を古代から全て、世界中のものを読もうとすると、おそらくそれだけで人生は終わります。

要は、それを読んだものとしてふさわしいだけの教養が身についているかどうか、ということに気を配ればいいんじゃないでしょうか?ドストエフスキーを読んでも、人によっては何のプラスにもならないかもしれません。それは個人差です。何を読もうが、最終的に自分で誇れる教養が身につけばそれでいいものだと思います。
もちろん、ドストエフスキーレベルの著名人を聞いたことがない、あるいは、そのレベルの作家の著作を読んだことがない、というのは、それはそれで教養不足かとも思わないでもないのですが・・・
教養を得る過程に関して言えば、今までの年月の試練を経て生き残ってきた古典的名作といわれるものの方が、現代のものより「当たり」が多いのは事実かと。
つまり、最終的には個人の自由で読めばいい、という結論になってしまいますが、私の論は多少他の人と違うので書かせていただきました。

面白いだけ・・・という本を否定はしませんが、自分にプラスになる可能性は、いわゆる名作から比べるとかなり低いだろう、ってことです。一回生さんは面白いから読めばいいとか、そういう議論を求めているのではないでしょう。

34. 文学好き 2003/07/27(日) 10:47:11
これおもしろいのに・・・もっと議論しませんか?

35. ↑↑ 2003/07/27(日) 10:50:39
昔Dナビにいなかった?
別人かも知れんけど。

36. テル 2003/07/27(日) 17:07:03
僕も賛成派です,ただし経験的に言ってですが。

「文学」を読むということと,「音楽」を聴くという行為は僕の中では同じことです。どちらもなくてはならないことになってしまっています。

その行為はあくまで強制されません。だからあまり面白くないものだと途中で放り出してしまうことも多々あります。でもそれでいいんです。面白くないものを無理に読むには僕らの人生は短すぎます。

「文学」に縁が無く生きていく人が大多数です。そんなもの無くても十分生きていくだけの「教養」は得られるでしょう。無理して読む必要はまったくありません。読んでみて何か感じたらそのまま読みつづければいいのです。あくまで「面白いかどうか」が大切だと思います。

37. テル 2003/07/27(日) 17:16:01
物語を読むと,自分の立っている位置が変わったように思えることがあります。「何か」が変わったのです。それは言葉では言えないのだけれど,確かに「何か」が変わってしまったのです。それは良い変化なのか悪い変化なのかどうかも分かりません。物語はときとして僕らの人生を変えてしまうほどの力を持ち得ます。

そういう「文学」に出会った人であれば,「文学」を読むことを止められないないのではないでしょうか。誰にでもあることではありません。自分を揺り動かす「文学」に出会うのは相当に幸運な偶然だと思います。

38. 通りすがり 2003/07/27(日) 20:33:52
文芸作品には面白いのもあれば面白くないのもある。
なにが面白いかは人それぞれ違うけどね。
ただ、他の芸術と比べてかなり受け手の能動的作業を必要とするので
読みなれていない人には面白さを味わいにくいこともある。
 
1は長編古典に拘らずに、短編をちょこちょこ読んでみたら?
自分に合う作家が見つかったら、長編も読んでみるといいよ。
一つ気に入った作品が見つかれば、そこから読書を広げていくことが出来る。
あと、読書は極めて個人的な体験だから、
他人の意見にあまり惑わされる必要はないよ。
自分にとって価値があれば、それでいい。
 
世の中には面白い小説が一生かかっても読みきれないくらい存在してるんだから、
読まず嫌いはもったいないよ。

39. 2003/07/30(水) 22:58:54
>面白くないものを無理に読むには僕らの人生は短すぎます。

確かにそうです。人生はそこまで長くはありません。

>あくまで「面白いかどうか」が大切だと思います。

もちろんです。面白くないものが自分にプラスになる(テルさんの言い方をお借りすると『「何か」が変わった』ということ)可能性はかなり低いでしょう。しかし・・・

読書経験(あるいは人生経験なども影響あるかも)ほとんどなしにいきなり難しいものを読んでも、それがしっかり理解できる可能性は低いです。ドストエフスキーなんかはそこそこ難しい方ですしね。
私の周りに今までいた人の例なので適切でないかもしれませんが、難しいものを読んでわからない、あるいは難しいのは面白くないと言ってるのは、ほとんどが読書経験が少なすぎる人でした。語彙が足りず、文学独特の言い回しがわからず、暗喩がわからず、登場人物の気持ちの推察もできず・・・それじゃ無理ですよ。
通りすがりさんの仰る『他の芸術と比べてかなり受け手の能動的作業を必要とするので読みなれていない人には面白さを味わいにくいこともある』ということです。

だから、まずは簡単なものから読んでいき、慣れてから難しいものを読む。そうしないと文学は読めるようになりにくいです。この辺り、個人差があると思うので一概には言えないですが。
通りすがりさんに同じく、読まず嫌いだけはもったいないですね。小説大好きでいろんな恩恵を被ってる身としては強くお勧めしたいです。

40. 猫たん 2003/07/30(水) 23:19:54
上でドフトエフスキーが「取っ掛かりにくいbut読んでたら教養あると思われる」作品代表みたいに書かれてるけど。
なぜだぁ〜?!!
「罪と罰」ほど中に引き込まれて興奮させられる面白い小説はなかなかないのに。
猫たんは読み終わるまで落ち着いていられず朝も夜もそればっか読んでましたよ。
特にすきなのはラスコーリニコフとポルフィーリィの直接対決!
手に汗握りました。
猫たんが本を読むのはそれが面白いから。
面白い本を読んで得られる興奮は他で代替できませぬ。この悦びを知らず大学時代をすごすのはもったいない…

41. >50台の人から受けるプレッシャー 2003/07/30(水) 23:47:16
じゃあその人らは中学レベルの力学をわかっているのか。
ときどき、エネルギー保存則もろくに理解していない中年を見かけるが、そっちの方が教養なく感じるが。

42. テル 2003/07/31(木) 01:33:14
僕の文学作品の取っ掛かりは村上春樹でした。ほんとにすごく面白くて,「ノルウェイの森」,「世界の終わり〜」に関しては,読むと朝が来ていました。そして,彼の小説にはいろいろと古典小説のタイトルが出てくるんです。例えば「魔の山」なんてのは村上作品を読まなかったらまず手にしない小説でしょうね。ドストエフの「カラマーゾフの兄弟」しかり。

村上作品を読んだ後だからこそ,これらの古典小説は僕にとって,村上作品に匹敵するほどの面白さを持ち得たのでしょう。そういう意味でいうと「読書経験を積んだから読めた」ということになるでしょうが・・・。


僕が言う「面白いもの」とは,「そのとき物語に引き込まれ,自分の中の何かを変えてくれる」ものです。それはプラスになるとかメリットがあるとかそういう次元を超えています。むしろマイナスのときだってあるはずです。劇薬,麻薬的小説も中にはありますから。しかし,自分を揺り動かす力さえ一度経験してしまえば猫たんさんや僕らのように読書中毒になってしまうはずです。それは「簡単なものだから無理だ」とか「難しいものを読了したからこそ得られる」とかいうものでは無いと思うのです。

やはり古典は凄いです。さすがに時の洗礼を受けてきただけのことはあります。しかし,あまりに凄くて,さらに時代も違うので理解できなくて,投げ出してしまうものも多いと思います。「古典」は当たりが多いという意見もありましたが,僕は当たり外れの差というのも大きいと思います。「外れ」は読書経験不足かもしれません。

しかし,それ以前に本との出会いは人との出会いと同じようなものですから,「合う,合わない」はあって当然なのです。いろんな本と出会いながら自分が変わっていき,いずれは「合わない」本とも仲良くなれるかもしれません。だから,基本的にはやはり「面白さ」を求めて本を読むべきです。何事も楽しんでしないと嫌になってしまいますし。そういうのが本当の読書経験だと僕は思うのですが。

43. まさや3 2003/07/31(木) 01:58:52
毒にも薬にもなる。

44. niwww 2003/07/31(木) 19:40:20
俺は思う

古典の何が凄いかというのには
その結末、表現、分野などが初めて出てきたものである
ことに対するプレミアみたいなものも含まれているので
はないだろうか?

罪と罰は言ってみればただの鬱ヒッキーを書いた小説だろう?

45. 最近 2003/08/10(日) 01:35:15
本読んでねーなー

46. 京大生といえども 2003/08/10(日) 04:50:35
そういう人多くなっているんでは?

47. 結論は 2003/08/13(水) 00:31:22
結局どうなんだね?放置か?

48. まさや3 2003/08/13(水) 04:28:46
読めと。

49. あss 2003/08/13(水) 11:37:45
意味ってなによ?
文学作品を読んで触発されないならば
読む必要もないし、もとい読む能力も
ないということで。

50. まさや3 2003/08/14(木) 00:50:08
京大生でも、読む能力ないってw

51. 徹頭徹尾 2007/03/17(土) 03:29:38
文化資本蓄積のためです。
人文系と社会学のためです。
岡潔ほか相当多くの数学者も
文学鑑賞してたけど
理数系ノーベル系フィールズ系においては
何か意味あるんですかね?

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