日本の半導体産業について
1. 佐藤幸人
2003/12/16(火) 19:43:20
この夏、2度目の台湾滞在を終えた。前回の滞在が始まったのは日本のバブル経済がはじける直前。留学先の台湾大学の同級生からは「日本は野心に満ちているのだろう?」と聞かれた。あのころ、日本は自動車に続き半導体でも米国を圧倒していた。
そして今回の滞在までの間、日本は「失われた10年」に陥った。それとともに、アジアの発展を「雁行(がんこう)形態論」によって表すこともなくなっていった。かつて日本はアジアという雁の隊列の先頭を飛ぶと思われていた。それを韓国、台湾が追い、続いて東南アジア諸国連合(ASEAN)、さらにその後を中国が飛んでいると。
半導体では、最も大きな市場規模を持つ半導体メモリーのDRAMで日本企業が世界のシェアの8割を占め、競争力は抜群だった。しかし、今、DRAMの世界一は韓国の三星電子だ。一方、台湾の台湾積体電路製造(TSMC)や聯華電子(UMC)は、受託生産(ファウンドリー)専業という独自のビジネスモデルを構築した。現在2社は合わせて、受託生産の世界市場で過半数のシェアを誇っている。
UMCは99年、新日鉄の半導体子会社を買い取って、日本ファウンドリー(現UMCジャパン)を設立した。先進国の中で日本は直接投資の受け入れが極端に少ない。その日本にUMCというアジアの企業が、しかもハイテク分野で投資を行ったことは時代の大きな変化を示している。
UMCの日本進出を可能にしたのは台湾企業の「知恵」だ。ファウンドリーはもともと日本企業が生産設備に余力がある時に片手間にしていたビジネスだ。しかし、顧客の設計会社は「片手間」ゆえの不安定な納期に不満を抱き、またアイデアが盗まれるのでは、と疑った。TSMCの創業者、張忠謀氏はこのような不満を聞き、専業化すれば新しいモデルになると見抜いた。その後、UMCも追随し、いまや台湾は半導体の世界有数の生産地となった。この間、日本企業は相変わらず横並びでDRAM生産に固執した結果、半導体市況の激変に振り回され、しばしば大幅な赤字も計上した。
9月初め、東京・神田にあるオフィスでUMCジャパンの呉宏仁社長にインタビューした。呉さんは昨年、副社長から昇格した3代目、初の台湾人社長だ。
呉さんによれば、UMCジャパンを受託生産専業というモデルに転換する上で最も苦労してきたのは、顧客本位の精神を組織に浸透させることだった。買収前の企業が元々生産していたDRAMは汎用(はんよう)品なので、顧客の顔を思い浮かべる必要はなかった。けれど顧客の要求にいかに的確に応じるかが受託生産の生命となる。このような台湾で開発され、蓄積されてきたノウハウを、日本人社員は台湾人の上司や同僚から、あるいは台湾から送られてくる英語や中国語資料を通じて学ぶ。
「雁行」は崩れ、日本が「何でも一番」という時代ではなくなった。アジアの企業が独自の知恵を生かして、日本よりも先を飛ぶような分野が現れてきた。そして日本にも入ってくる。多くの日本人が、アジア系の会社でアジアから来た経営者のもとで働くのが何の不思議でもない、そんな時代が始まっている。
そして今回の滞在までの間、日本は「失われた10年」に陥った。それとともに、アジアの発展を「雁行(がんこう)形態論」によって表すこともなくなっていった。かつて日本はアジアという雁の隊列の先頭を飛ぶと思われていた。それを韓国、台湾が追い、続いて東南アジア諸国連合(ASEAN)、さらにその後を中国が飛んでいると。
半導体では、最も大きな市場規模を持つ半導体メモリーのDRAMで日本企業が世界のシェアの8割を占め、競争力は抜群だった。しかし、今、DRAMの世界一は韓国の三星電子だ。一方、台湾の台湾積体電路製造(TSMC)や聯華電子(UMC)は、受託生産(ファウンドリー)専業という独自のビジネスモデルを構築した。現在2社は合わせて、受託生産の世界市場で過半数のシェアを誇っている。
UMCは99年、新日鉄の半導体子会社を買い取って、日本ファウンドリー(現UMCジャパン)を設立した。先進国の中で日本は直接投資の受け入れが極端に少ない。その日本にUMCというアジアの企業が、しかもハイテク分野で投資を行ったことは時代の大きな変化を示している。
UMCの日本進出を可能にしたのは台湾企業の「知恵」だ。ファウンドリーはもともと日本企業が生産設備に余力がある時に片手間にしていたビジネスだ。しかし、顧客の設計会社は「片手間」ゆえの不安定な納期に不満を抱き、またアイデアが盗まれるのでは、と疑った。TSMCの創業者、張忠謀氏はこのような不満を聞き、専業化すれば新しいモデルになると見抜いた。その後、UMCも追随し、いまや台湾は半導体の世界有数の生産地となった。この間、日本企業は相変わらず横並びでDRAM生産に固執した結果、半導体市況の激変に振り回され、しばしば大幅な赤字も計上した。
9月初め、東京・神田にあるオフィスでUMCジャパンの呉宏仁社長にインタビューした。呉さんは昨年、副社長から昇格した3代目、初の台湾人社長だ。
呉さんによれば、UMCジャパンを受託生産専業というモデルに転換する上で最も苦労してきたのは、顧客本位の精神を組織に浸透させることだった。買収前の企業が元々生産していたDRAMは汎用(はんよう)品なので、顧客の顔を思い浮かべる必要はなかった。けれど顧客の要求にいかに的確に応じるかが受託生産の生命となる。このような台湾で開発され、蓄積されてきたノウハウを、日本人社員は台湾人の上司や同僚から、あるいは台湾から送られてくる英語や中国語資料を通じて学ぶ。
「雁行」は崩れ、日本が「何でも一番」という時代ではなくなった。アジアの企業が独自の知恵を生かして、日本よりも先を飛ぶような分野が現れてきた。そして日本にも入ってくる。多くの日本人が、アジア系の会社でアジアから来た経営者のもとで働くのが何の不思議でもない、そんな時代が始まっている。
2. 誰か誰か!
2003/12/17(水) 17:04:21
↑のを要約してきんしゃい。
3. .
2003/12/19(金) 23:21:57
IT分野研究で包括協定
東北大と通信総合研究所
東北大電気通信研究所(仙台市)と独立行政法人通信総合研究所(東京都小金井市)は18日、情報技術(IT)分野研究で相互協力を進める包括協定を結んだ。
東北大電通研は国内の国立大学の中で唯一、IT分野の研究を専門に行っている。また通総研は2001年に総務省から独立した国内最大規模のIT分野の研究所。
両者はこれまでも電子機器から放出される電磁波の計測技術などで共同研究をしてきたが、今回の協定締結を受け、超高速通信ネットワーク技術の開発など、より幅広い分野で情報交換や人材交流を図るほか、シンポジウムの共催なども行う予定。
http://www.kyoto-np.co.jp/news/flash/2003dec/18/CN2003121801003317C2Z10.html
東北大と通信総合研究所
東北大電気通信研究所(仙台市)と独立行政法人通信総合研究所(東京都小金井市)は18日、情報技術(IT)分野研究で相互協力を進める包括協定を結んだ。
東北大電通研は国内の国立大学の中で唯一、IT分野の研究を専門に行っている。また通総研は2001年に総務省から独立した国内最大規模のIT分野の研究所。
両者はこれまでも電子機器から放出される電磁波の計測技術などで共同研究をしてきたが、今回の協定締結を受け、超高速通信ネットワーク技術の開発など、より幅広い分野で情報交換や人材交流を図るほか、シンポジウムの共催なども行う予定。
http://www.kyoto-np.co.jp/news/flash/2003dec/18/CN2003121801003317C2Z10.html
追加発言



