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京大生って挫折経験あるの??2


1. 2004/03/10(水) 13:23:47
前スレ:

http://www.kyoto-u.com/lounge/talk/html/200403/04030013.html

「挫折を経験した事ない人間にはろくな奴がいない」についても意見求む。
雰囲気がマジメになってきたので、雑談板から移動。

2. 前すれ最後の 2004/03/10(水) 18:08:39
むやみに埋めてる王子様ってのは何者?
言ってることも痛いし。

3. それと 2004/03/10(水) 18:10:33
>今、このサイトで「無知の知」とかいうと荒れますよ。。。。気をつけて。
これって何?

4. まあ 2004/03/10(水) 18:47:19
失敗したらすべて本人の責任、っていうナイーブな考えのやつは多いと思う。

5. 王子様は 2004/03/10(水) 18:57:41
埋めているのではなく、無理やりレス数を増やしているのでは?100突破で

6. N 2004/03/10(水) 20:12:02
いつもは眺めているだけのこの掲示板ですが
非常に興味深くなってきたので参加してみようと思っています。
そして、真摯に相手の言うことをとらえて考えてみようと思います。

●虎次郎 2004/03/09(火) 07:20:21
>Nさんが病気をしたときの希望って何だったんですか?

私はおそらく多くの京大生と同様に、苦労して得た「京大生」という
ちっぽけなブランドをひっさげていわゆる「ええとこ」に就職して、
バンバン稼ぐエリートサラリーマンが希望でした。(ちっぽけです)
私は京大卒の後の人生が非常に楽しみでした。

>執着しないことが解脱で、解脱できないものは敗者だって言うけど・・
>ある癌患者が「もっと生きた」とか「手術をしたら治るかも」って思うことは、
>敗者ってことになるのかな??

解脱に関してはアトラスさんが非常に明確に明快に述べていらっしゃるので
そちらを参照してくださったらいいと思います。
人間である以上、解脱の境地というのは100%不可能と言ってもいいと
私は思います。
私事ですが、病気という突然の出来事で、がけから突き落とされたような
気持ちでありましたし、現在もその状況から何か変わったわけでもありません。
泣いても泣いても、戻らない健康。自由にならないこと。

末期ガン患者が「もっと生きたい」と思う気持ちを敗者という表現をするのは
いささか言葉が悪すぎるようですが、アトラスさんも述べているように
この点は「勝者」「敗者」の言葉の定義の違いだと思います。
あまり勝者敗者というくくりは私もしたくはありせんね。

でも、考えてみてください。
生きられないとわかっているのに、生きたい。
自分はこんなに生きたいのに、生きられないという。
これが挫折の最もわかりやすい形でないかと。そして、↓
私の挫折に関する定義もアトラスさんとほぼ同意です。
>「絶望の一形態。抱えている問題に対し、もはや自力でできることが
>何もないと自覚した状態」だと捉えています。

挫折を経験すべきことかという議論になりますが、
経験したくはないものです(笑)
しなければならないものとも思いませんが、する運命になるだろうとは
思います。なぜならば、多くの人はいつか死を宣告されるから。

●浪人経験者 2004/03/09(火) 10:53:31
>「挫折したことの無い人間に弱者にたいする本当の理解は得られない」
>とは詭弁にすぎない。
>経験したものにしか、経験者の気持ちは分からないのなら、
>戦争を経験していない我らが平和を望むのは間違ったことだろうか?

確かにその通りかもしれません。
しかし、戦争で旦那を失った祖母と、私たちとが同じ強さで平和を希求
しているとは思いませんよね?私にもそんな自信はない。

私が京大生に感じるのはその、温度差の点です。
勿論、京大生全体をひとくくりにするつもりは毛頭ありませんが、
どうやらやはり挫折経験がないがために人間の気持ちの理解に関して
未熟な人間が多いのではないかと感じるのです。

挫折によって得られるものは、将来的に襲う自分への更なる挫折への
免疫も勿論あると思います。
でも、他人を思いやる気持ち、他人の立場に立つ思考回路。
痛みを経験した人間はたとえ他者が感じている痛みが自分の経験したものより
はるかに重くても、それを推測し共感する能力、温度差は違うと思います。
それが京大生には少ないのではないかと。最近思うのです。

無論、昔の自分がそのような冷たい人間であったがゆえに、痛切に感じます。

7. つい最近 2004/03/10(水) 22:26:58
挫折を経験しました…。
馬鹿には何を言っても無駄でした。
こんなに心が苦しいことはない。

8. momo 2004/03/11(木) 00:46:12
>N
私にはそんなふうにうまく表現できないけれど、
とても共感しました。

小学生からずっとお利口さんで、
中学高校ではそんなに勉強ばかりしなくても成績上位、ほとんどトップ、
浪人もしないで京大に合格、
大学でも適度に遊びながらそつなく単位を揃える。
そんな人たちと私とは根本的な考え方が違う気がします。
うまく生きているなと思います。
それぞれいろいろ悩みがあって一生懸命生きているのでしょうけれど。

9. 2年前… 2004/03/11(木) 00:58:15
ちょうど2年前。東大入試不合格後。。。。全てが無、無、無。今思い出しても本当に辛かったね。。。。で、結局後期で京大入ったけど、その後も首吊ろうとしたことだってある。正直、挫折したからこそ、今の彼女、そして周りの人にやさしくしてあげられる自分がいると思う。でもね、正直言いたい。今だってそれを肯定できないよ。失敗した自分が大嫌い。人にやさしくなれることよりも(自分でも思うが昔自分はかなりやばい性格だった…)あの時東大に受かってて挫折を知らない自分の方がいい。とげとげしくて友達失う自分の方がいい。今日ネットで東大の胴上げ見てて思った。つらい。もうあの悲劇を封印したつもりだったのに。。。僕には二つの人生が今も交差することなく、そしてこのまま一生交差することなく進んでいく。一つは東大生として進んでいく自分。そして一つは京大生として歩んでいる自分。東大行っている自分。こっちは夢の中で輝いていて、嫌な思いなんてしなくて済む最高の人生。そして今の自分はなんの取り柄もなく、ダメダメな僕。ちょっとでもうまく行かないことや嫌なことがあるとすべてあの時落ちたから行けないんだ。。。。。。ってなっちゃうんです。

挫折のない人生などないかもしれません…でも僕は挫折を肯定することができません。経験したほうが良いなどという輩がいたら許せません。取り止めのない文章で済みませんでしたが、何か意見があればお願いします。自分は、学歴コンプレックスがかなり強いです。

10. 2004/03/11(木) 01:05:05
で、将来何がしたいの?

11. ↑↑ 2004/03/11(木) 01:18:33
>自分は、学歴コンプレックスがかなり強いです

わざわざ説明しなくても充分それが伝わってくる
でも今更そんなこと言っても仕方がない
何なら海外の有名な大学院に行けばいい

12. 2004/03/11(木) 01:21:13
その程度の理由で海外の有名大学院に行くと大変な目に遭う。
誰でも入れる東大の院にでもいっとけ。

13. ああ 2004/03/11(木) 01:26:49
潜入工作員の多い議論板にもってきたのは失敗だったな

14. >momo 2004/03/11(木) 01:37:19
そんな順風満帆に見える人生送ってきたけど
まあ見えないところで悩んだりはしてるよ
成績とか表面上の遊びとかそんなんじゃない
人としての在り方を悩んでいる

15. N 2004/03/11(木) 03:40:10
なんかカキコがあったので書いてみます。

●つい最近 2004/03/10(水) 22:26:58
>挫折を経験しました…。
>馬鹿には何を言っても無駄でした。
>こんなに心が苦しいことはない。

バカの壁というよく売れた新書がありましたが、読みましたか?
まさに「バカの壁」を最近痛感する出来事がありました。
言葉を尽くせば通じる、というのは嘘だと実感せざるを得ない。
そこにあきらめの境地があって、少し悲しいことだとは思う。
でも結局自分の筆舌を尽くしても通じないと思ってしまった
相手には結局のところあまりこちらからはアプローチしないことに
しています。
そんな自分はもっと他者とのコミュニケーションをすべきかと
感じるときもありますが、そんな気力がないのが現実です。

●momo 2004/03/11(木) 00:46:12
>>N
>私にはそんなふうにうまく表現できないけれど、とても共感しました。

ありがとうございます。共感してくれる人がいることが嬉しいです。
でも私もなんとなくうまく生きている派の人間だったからこそ
昔の自分と周りの人間の共通項を見出してしまい、反吐が出そうです。

●2年前… 2004/03/11(木) 00:58:15
>人にやさしくなれることよりも(自分でも思うが
>昔自分はかなりやばい性格だった…)あの時東大に受かってて
>挫折を知らない自分の方がいい。
>とげとげしくて友達失う自分の方がいい。

そのお気持ちは私も痛いほど感じています。
私は難病を得て、いろいろなものを失いました。自信喪失が大きかった。
今でも思います。病気なんかいらないし、もとに戻りたいと。
昔のなんでもできてなんでも自分の手に入っていた自分のほうがいいと。
しかし私は病気になって得た自信がひとつだけあるのです。
それは、他人の痛みをわかる気持ち、心、優しさ。共感して泣ける心。
そんな心のアツさは、負けない。きっと。(笑)
その気持ちが一体この世の中でどのような役に立って、
どのようなメリットがあるのかはわかりません。
でも冷酷な人間を見ると、こうならなくて良かったと心から思うのです。
もしあなたがそのような冷酷な人間と会っていないのなら、
それは非常に幸福な人生であるといえると思います。

挫折は肯定する必要も無いと思います。否定する必要もないけど。
ただ、失ったものをカウントする人生って、つらい。
私は病気になって打ちひしがれていたときに恩師に教わりました。
「これができるようになった」をカウントしてみようと。
過去は消せないのだから、自分が変わるしかない。
彼女も、今の自分も本当に捨てても、東大生な自分になりたいと
心から思っていますか?
私はそのように過去を悔いているあなたがとても素敵な人間に見えて、
冷酷な挫折経験のない京大生の中ではすごく輝いた人間で
素晴らしい人間だと自信を持っていいと思います。
これでは納得いかないでしょうかね?

これは自分に言い聞かせていることでもあります(笑)。

16. おもろい 2004/03/11(木) 04:32:07
挫折なんてしないほうが良いと思います。
挫折すると、挫折そのものによる精神的なショックを
受けるし、挫折していた間はなんつーか時がとまってしまう。それが後に響く。おいてけぼりを食う、あるいはそのまま終わる。
また、挫折がきっかけで新たな道を探り始めた、とかって
聞こえはいいけど単純にリスクが高い。無になるんだし。

挫折も経験、失敗も経験であって、挫折したやつの話が
面白いってのは、そいつが経験豊富だから。経験豊富な奴
の話って面白いことが多い。
そもそも、話が面白いってのはあくまで受け手の側で
面白いと感じる場合があるってだけであって、挫折未経験者に挫折の体験話しても“面白がられる”だけ。

ちなみにおれは浪人して京大きた。浪人したての3月4月は落ち込んだけど、単純に時間の無駄だったと思ってます。方向性変わらなかったし。

意味不明だったらごめん

17. ↑×5&↑×6 2004/03/11(木) 08:20:00
>何なら海外の有名な大学院に行けばいい

それはそれで自分の分野の「一番」に入れないと
また「○○大に入れなかった」
とか新たなコンプレックスを生む予感

18. 2004/03/11(木) 13:18:32
入っても卒業できないから無駄だって。
世界中から最優秀層の学生が集まる大学院に
屈折したコンプ君がいっても通用するはずがない。

19. (たまに)北部人 2004/03/11(木) 13:25:47
挫折したと思った事はないですけど、
先生を見てると、頭の構造が違うんじゃなかろうか、と不安になります。
それでも楽観主義者の自分としてはなるようになると思ってますが。
「挫折した」と感じた事のない僕が言うのも何ですが本人の性格による部分もあると思いますよ。

20. 京大生は 2004/03/11(木) 18:56:08
挫折経験がない奴がほぼ全員じゃないの??勉強に時間を使ってることが多かったと思うし。それに俺は公立出身者で普通の家庭に育ったけど、京大はボンボンやお嬢が多いし、余りの多さにびっくりした。

21. お名前 2004/03/11(木) 19:17:09
親の経済力と子供の学歴はある程度比例しているとかなんとかの記事が昔あったな。
見るからに必死の「ガリ勉君」がへったとかなんとか

22. pine 2004/03/11(木) 19:22:25
新入生のときは競争心満々だったんだが、とにかく金に苦しんでた。
バイトで授業中ねむい、予習なんかやってられん、土日は遊べんでマジでつらかったな。
仕送りで悠々と生活してそうな連中みると悲しくなってアホらしくなって
3週間くらいでドロップアウト。それ以来カンニングで単位をそろえきるように
なったんだが今考えると、それって挫折だなって思える。

23. あー 2004/03/11(木) 22:57:51
別に京大とか関係なく、若ければそれだけ困難に出会う機会は
少ないというのが前提として・・・。

京大生だから、挫折に会ってないとしたら、
1勉強ができるということで、挫折に会い難いという状況が生まれるか、
2勉強に時間を費やしすぎて、挫折に会う暇がなかったかどっちかだよね。

2に関しては、最近少子化で、大学受験が易化してるとすると、
そこまで努力していなくても大学に入れるようになってきた。
元々それなりに頭がいいから、勉強をする時間を、他のことに
費やして挫折する可能性は他の人と同様にありうる。

1に関しては、
挫折が、勉学・恋愛・スポーツ・友人関係・親子関係・健康
という場面でありうるとすると、
勉強ができると、
もてるか、運動ができるか、友人ができるか、
親子の関係がよくなるか、健康になるか、ってことだけど、
親子関係以外ではそんなに相関関係があるとは思えない。
昔は、いい大学に入ればいい企業に自動的に入れたけど、
今はそこまでは楽じゃない。(まあESは確実に通るけど。)
オーバードクター溜まりまくり。

そんなわけで、別に京大生だから特別に挫折に会わないっ
てことはないんじゃないの?

あー、財前先生が挫折したー。

24. N 2004/03/13(土) 01:46:21
アトラスさん見かけませんね。
私はアトラスさんのご意見を楽しみにしていたのに。
残念な限りです。あきれていなくなってしまわれたのでしょうか?

●おもろい 2004/03/11(木) 04:32:07
まったくその通りだと思います。
挫折なんてしたい人はそうそういないと思うし私ももうしたくないです。
でも挫折なんて突然現れますし、挫折なしで人生終えるという
可能性も非常に低いのではないかと思うのも事実です。

●京大生は 2004/03/11(木) 18:56:08
>挫折経験がない奴がほぼ全員じゃないの??
>勉強に時間を使ってることが多かったと思うし。

なんとなくこのスレ自体見ていてもそのような感じがしますし
リアル京大生活の中でもそう感じることの多いこと。
なんというか、言葉が通じないことがしばしばあります。
私の日本語がヘタなだけかもしれませんが。

●あー 2004/03/11(木) 22:57:51
>京大生だから、挫折に会ってないとしたら、
>1勉強ができるということで、挫折に会い難いという状況が生まれるか、
>2勉強に時間を費やしすぎて、挫折に会う暇がなかったかどっちかだよね。

果たしてそうでしょうか。
2の可能性は否定できないと思います。
いくら少子化が進み大学入試が易化しているとはいえ、
ちょっとやそっとの努力だけで入学できるほど簡単な入試問題を
京大が課しているとは思えません。
もともとの能力の差もあるとはおもいますが相当の時間を大学入試に
費やしているのではないかと思います。

しかし私はどちらかというと、入学後に挫折経験の少なさの原因が
あるのではないかと思います。
ひとつの例ですが、京大生には恋愛経験のあまりない人が多いのも
ひとつの挫折経験者数の少なさに通じているのでは?
恋愛というのは一対一の真っ向勝負(勝負でもないですが。。)
なので、如実にどうしようもない環境になることもあるし、
勝負の放棄もできないことが多くないでしょうか。
その「どうしようもなさ」にあまり遭った事の無い人が多いのではと
少しだけ思います。勿論、全員に当てはまるなどとは思っていません。
特別な根拠のある話でもありません。。。。

京大生であるという絶対的な自信というかバックグラウンドがあって
それが挫折を挫折と思わないように仕向けているというか。
そんな面も感じます。

人間的な優しさの欠乏を感じます。
なぜなのでしょうか。
日本の教育が悪いのか、京大という環境もしくは入試制度が悪いのか。
なにが原因かは私にはわかりませんが、悲しい人間が多いと感じております。

25. アトラス 2004/03/13(土) 03:55:30
呼ばれたので登場します(笑)。忙しくて書けませんでした。ごめんなさい。
といっても、Nさんの発言にこれ以上付け加えるべきこともないのですが、
まあ一応、少しだけ思ったことを。

>つい最近さん
>挫折を経験しました…。
>馬鹿には何を言っても無駄でした。
>こんなに心が苦しいことはない。
まあ、状況はわからないので、何ともいえませんが、お察ししますよ。
ただ、そういう状況って、お互い相手が「馬鹿」って思ってることも
多いですよね。結局、誤解を解くためには時間が必要なのだと思います。

問題は、人生は有限だということ。
特に、最近の世の中は「即時の結果」が求められるので、
「相手を納得させられなかった方が負け」とされてしまいます。
私も口下手なので、辛いことだと思っています。

>2年前…さん
皮肉なものですね。。。。正直、私はあなたの話を読んで、
「あなたと立場を取り替えたい」とさえ思いました。
というとお腹立ちでしょうが、まあ、聴いて下さい。

詳述は避けますが、私の挫折の根本原因は人間関係にあります。
ある不幸な事件に巻き込まれ、極めて大きな精神的打撃を受け、
しかもそのせいで、殆どすべての友人を失い、敵が大勢できてしまった。
誰も彼もが信じられなくなって、狂気の淵を歩みました。
しかも、その事件ではむしろ私は「被害者」でした。
事実はともかく、裏切られたような思いを味わったのは私なのです。
どうしてそんな追い打ちをかけられねばならないのか!
当初は文句も言いました。でも、そうすると「負け犬のたわごと」扱い。
私一人だけが、他の人の幸福のために、生贄にされてしまったのです。

現在は一応立ち直りましたが、それも今だけのこと。
理解してくれるのはほんのごく少数の友人だけ。
その友人も、そのうち京都から去ってしまう。
他に有意義な出会いがある可能性なんてほとんどない。
将来に、何の明るい展望もないです。

そんな状況にいる私から見ると、あなたの挫折は「過去のこと」です。
周りの人に優しくできるし、恋人までいるのですから。。。。
何を悩むことがあるのかと思えます。
しかも文章から察するに、あなたは私よりも若い。
何もかもが羨ましすぎます。

ことほど左様に、「挫折」の原因は、他人には窺い知れぬものです。
いや、立ち直れないときは、自分でも原因がわからないのでしょう。
だから、人から冷たい言葉をかけられることもあるでしょうが、
どうか、自分を責めたりしないで頂きたいと思う。

想像でものを言って申し訳ないのですが、おそらくあなたの挫折の
本当の原因は、「学歴」ではないと思います。
冷静に考えれば、東大と京大は結局のところ似たもの同士です。
あなたの中で、「東大」は、あなたの理想たるべきものの
「象徴」として偶像化されていないでしょうか?
逆に、「京大」は「現実」の象徴であって、理想と現実の乖離が、
あなたには「学歴コンプレックス」として見えているのでは。。。。

あて推量なので、全く根拠はありません。もし傷ついたらごめんなさい。
でも、一つだけアドバイスさせて下さい。自殺を考えるまで
追い詰められてしまったのなら、精神科医なりカウンセラーなり、
専門家のところに行ってみたほうがいいと思いますよ。
ダメで元々ですし、何かの役に立てば儲けものです。
私自身、専門家のお世話になりました。物足りない思いが
常につきまとっていましたが、今考えると、見えないところで
何らかの助けになっていたのではという気もします。
一度、気軽に門を叩いてみてはいかがですか。
大学のカウンセリングセンターは無料ですし、
敷居が高ければメールでも相手してくれますよ。

26. アトラス 2004/03/13(土) 04:03:08
長くなってしまったので、続きです。

>Nさん
挫折の原因に社会的な要因を探しても無意味ではないでしょうか?
日本なんて、世界有数の金持ち国です。戦争もないし、テロも少ない。
それなのに、自殺者や精神を病む人は決して少なくない。
受験なんて、挫折の原因の一つになりうるかどうかですし、
他に挫折の原因になるべきことはいくらでもあると思います。

私は有名進学校にいたので、高学歴者が普通の人に比べて
人間的な「優しさ」に欠けるのか、その辺はわかりません。
ただ、私に言わせて頂ければ、高学歴者には高学歴者ならではの
軋轢もあります。立場は結局相対的なものだと思います。

恋愛に関しては、むしろ器用な人が多い気がします。
男女の人数比にあれほどの偏りがあるのに、恋人を持ったことの
ない人間は、男女を問わず肩身が非常に狭く、心を引き裂かれる
悲哀を味わっていると思います。「もてない人」は見下されて
然るべき、という風潮があるので、その悩みを公言することも
できない。一般社会と何も変わらないのではないですか?

むしろ、「恋愛したこともない」という言い方に傷つく人も、
陰では結構いる気がします。いくらしたいと思っても、
巡り合わせの悪い人は、できない。これほど悲劇的な人種も、
そういないのではないかと思うのですが。

27. 虎次郎 2004/03/13(土) 04:37:42
「病気になった人にしかわからない気持ち」という場合、「病気になった人」とは一般にすべての病人のことを指すのではなく、「病気のなった‘その特定の’人のみがもつ気持ち」を指すと思う。一度入院してみればわかると思うが、いろいろな患者がいる。骨折してる人や白血病を患う人や精神病である人など様々である。患者が抱く思いは様々である。その中で、「あんたの気持ちはわかるよ」などと、たかだか尿管結石で入院していた者が白血病患者に向かって言えるかよってんだ。だから挫折した経験があるから、他人にやさしくできるというのはおかしい。。それは嘘だ。。
>N
>自分はこんなに生きたいのに、生きられないとい
>う。
>これが挫折の最もわかりやすい形でないかと
Nさんには希望があった。そこが俺が見た白血病患者とは違う。彼には希望はなかった。実際に二日後には亡くなっていた。正直に俺は、なんてラッキーなんだとその時思った。しかも俺にも希望があった。これは、挫折や病気の程度の問題だと言う人がいるかもしれない。しかし俺は、他人の気持ちがわかるという奴ほどうさんくさい奴はいないと思っている。他人を見て悲しい人間と判断する人に他人の気持ちがわかるとは到底思えない。一般に、京大生だからといってあれこれ判断する奴に人の気持ちがわかるはずがないと思うのです。

28. 2004/03/13(土) 13:54:53
ママはに話しておけば良かった。
ママはこういう話が好きだった。

よく考えてみれば、僕は運がよかった。
たとえばボストンで腎臓手術を受けたあの男。
新聞に名前は出たが、死んでしまった。

あるいは、宇宙を飛んだあのライカ犬。
スプートニクに積まれて宇宙へ送られた。
心臓と脳にワイヤーを付けられて、さぞかし嫌だったことだろう。
食物がなくなるまで、地球を5ヶ月回って飢え死にした…。

僕はそれよりもましだ…。

         「マイ・ライフ・アズ・ア・ドッグ」より

29. あー 2004/03/13(土) 15:33:40
議論する雰囲気じゃないけど・・・。

>N 2004/03/13(土) 01:46:21
>入学後に挫折経験の少なさの原因が
>あるのではないかと思います。
>ひとつの例ですが、京大生には恋愛経験のあまりない人が多いのも
>ひとつの挫折経験者数の少なさに通じているのでは?

えーと、挫折が、
勉学・恋愛・スポーツ・友人関係・親子関係・健康があるって書いたけど、
これは納得できますか?
一つの例として出してきた恋愛経験の少なさは、
周りを見ていて思わない事はないけど、他の挫折は別段
普通に味わってるんじゃないかな。
バイクで事故ってる人はいるよね。程度はあるけど。
他の例としては、就職は結構平等に挫折をもたらすと思う。

周りにいる冷たい人っていうのは、どういう見た目の人が多い?
服は金使ってる?貧相? 見た目はガッチリ?ヒョロヒョロ?
騒ぐのが好きそう?引き篭もり?

そういうので類型化できなかったとしたら、
冷たさを感じる京大生特有の構造があるのかもね。

30. N [E-Mail] 2004/03/13(土) 22:55:35
あ、アトラスさんいらっしゃったんですか(笑)
よろしければお手紙待ってます(笑)

>アトラスさん
確かに挫折の原因に社会的要因を探すのは無意味なことかもしれないですね。
それでも、なんとなくですが、京大生にその割合の高い感を受けるのは
気のせいでしょうか?
要因を詳細に考慮する気力と能力が私には無いのですが、現実、
いかがお考えでしょうかね?

恋愛したこともないという表現をしたつもりはあまりなかったのですが
恋愛に対して器用な人が多いというのはうなづけます。
あまり悩まないというか、ドライなのかな?と思います。
頭がいいと逆に悩まないのだろうか??
私が泥沼な恋愛しただけなので、幸福な恋愛に対する一種のひがみ
発言であったかもしれないです。反省。

>虎次郎 2004/03/13(土) 04:37:42 さん
>しかし俺は、他人の気持ちがわかるという奴ほどうさんくさい奴は
>いないと思っている。他人を見て悲しい人間と判断する人に
>他人の気持ちがわかるとは到底思えない。
>一般に、京大生だからといってあれこれ判断する奴に人の気持ちが
>わかるはずがないと思うのです。

白血病患者の気持ちがわかるとは公言できないですね。
基本的に他人の気持ちなんてわからないことが大前提にあることぐらい
みんな心の中でわかっていると思うんです。
でもそういいきってしまったら、誰とも理解しあえなくないですか?
友達は誰も俺のことわかってない、と思うより、あいつは
俺のこんなところをわかっていくれる、のほうが幸福ではないか。
「わからなくても、わかろうと努力する気持ち」は伝わると思いますよ。
理解しようとする、その気持ちの問題ではないのでしょうか。
挫折経験をしていてもやさしくできない人間もいるのでしょうね。
それじゃなんか、せっかくの挫折の価値が半減するような気がします。
ちょっとヘンな表現でしたね。

私には生きる可能性はありましたが、詳細は述べませんが治療法のなさ
を宣告されることの絶望感はありました。
私も、他人の気持ちの痛みをわからずに傷つけるような発言をする
人間の気持ちはわかりませんし、わかりたくもないというのが本音です。

病気になったことのない人間には私の気持ちはわからないと発言する気は
ありませんが、正直、全てをわかるはずもないとも思っています。
確かに以前の私には病人の世界なんてわからなかったし、
20代とかで病気や健康の苦しみをわかってほしいという気持ちは
少々乱暴なのではないかと、感じています。
だから、私はそんな私に同情し気遣ってくれる友人たちの行動だけで
十分すぎると思うことにしています。

>あー 2004/03/13(土) 15:33:40 さん
>他の例としては、就職は結構平等に挫折をもたらすと思う。

それはあたっていると思いますね。それが結構大学で一番の挫折とか
言っていた友人もいたような気もしますが、未経験なため
想像の域を出ない状況です。他人の話を聞く限りそのようですね。

>周りにいる冷たい人っていうのは、どういう見た目の人が多い?
>服は金使ってる?貧相? 見た目はガッチリ?ヒョロヒョロ?
>騒ぐのが好きそう?引き篭もり?

さあ、強いて言えば比較的普通というか、イカ京でない人に
そのような傾向の人が多いのではないかと。。。。
あ、イカ京の定義とかはちょっとカンベンしてください(笑)
イカ京のサンプル数が私の中で少ないだけでしょうか??

>そういうので類型化できなかったとしたら、
>冷たさを感じる京大生特有の構造があるのかもね。

なんかさっきのアトラスさんの発言ではありませんが、
類型化や普遍性の発見はナンセンスなのではないかという気がしてきたので
あまり気にしないようにしようと思います。。。

そろそろ日本語を尽くしても通じない「バカの壁」を感じてきました。
筆舌を尽くしても通じないものは通じないのかと。
言葉の無力というか、私の無力さを感じてきた次第です。
言葉を言葉としてしか捕らえられない人が多いのかな?
私もその点は注意したいと思いますが……。

31. アトラス 2004/03/14(日) 01:24:58
>虎次郎さん
>だから挫折した経験があるから、他人にやさしくできるというのはおかしい。。それは嘘だ。。
確かにそれはおっしゃる通りかと思います。
私はその意見には与しないつもりです。

>これは、挫折や病気の程度の問題だと言う人がいるかもしれない。しかし俺は、他人の気持ちがわかるという奴ほどうさんくさい奴はいないと思っている。他人を見て悲しい人間と判断する人に他人の気持ちがわかるとは到底思えない。一般に、京大生だからといってあれこれ判断する奴に人の気持ちがわかるはずがないと思うのです。
申し訳ないのですが、あなたが何をおっしゃりたいのか
今一つわかりません。「思う」と、主観ばかりを書かれても、
こちらとしてはお返事がしにくいところです。

ただ、一つだけ言わせて頂くと、希望のあるなしは、
病気など外的条件の軽重と、ある程度関連はあるでしょうが、
必ずしも絶対的な繋がりを持つものではないはずです。
そうでなければ、病気一つしない健康体の若者が多く自殺を図る
理由が説明できないのではないでしょうか?

結局、人の気持ちなど、その本人になってみなければ、
わかるはずもない。その点では、あなたのおっしゃることは
正しいと思います。
ただ、挫折が全く無駄なことと、もしおっしゃるつもりなら、
それは違う、とだけ申し上げさせて欲しい。
人が辛い目に遭っているとき、その辛さを完全に分かち合うことは
できないにしても、せめて相手の気持ちを些かでも推し量り、
一緒に悲しんであげようとすることぐらいはできるはず。
決定的な挫折体験が、そういった気持ちの契機になり得ることが
極めて多いということは、事実として否定できないと思うのです。

勿論、挫折を味わうことなく、想いを推し量ろうとすることが
できる境地というのもあり得るかもしれませんが、それが
誰にでもできるものとは思いにくいのではないでしょうか?

ところで、私が前スレッドで書かせて頂いたことには、
いかがお考えでしたでしょうか?
お聞かせ頂ければ幸いです。

>あーさん
私は議論は大丈夫ですよ。ご意見、お待ちします。

>Nさん
メール送っておきました。よろしくお願いします。

>それでも、なんとなくですが、京大生にその割合の高い感を受けるのは
>気のせいでしょうか?
何とも申しません。先にも申しましたように、私は
「高学歴」な社会でばかり生きておりましたし、身内の人間も
揃って、世間で「高学歴」の分類に入ってしまいます。
私はそういう、世間の狭い人間ですので。

>恋愛したこともないという表現をしたつもりはあまりなかったのですが
ああ、これはあなたに向けたつもりではなかったのですが、
誤解を与えたのならごめんなさい。社会から受けるメッセージとして、
「二十歳過ぎて恋人の一人もいたことのない人間は落伍者」
というものがあるような気がしたので。
実際、ゲーテの「若きウェルテルの悩み」など、
主人公はナイーブすぎる、現代では通用しない、というような
評を、ここかしこで耳にします。そういう感性に違和感を
ずっと感じていたので、どうしても一言言いたかったのです。

>恋愛に対して器用な人が多いというのはうなづけます。
>あまり悩まないというか、ドライなのかな?と思います。

正直、悩んでいる暇もない気が、個人的にはしますね。
逡巡しているうちに、他人に取られてしまったりとか。
この掲示板での恋愛談義を見ていても、違和感ばかり募ります。
まあ、余り書くと荒らしに攻撃されそうなのでこの辺で。。。。

32. 虎次郎 2004/03/14(日) 01:27:42
>周りにいる冷たい人っていうのは、どういう見た目の人が多い?
>服は金使ってる?貧相? 見た目はガッチリ?ヒョロヒョロ?
>騒ぐのが好きそう?引き篭もり?

>さあ、強いて言えば比較的普通というか、イカ京で>ない人に
>そのような傾向の人が多いのではないかと。。。。
>あ、イカ京の定義とかはちょっとカンベンしてくだ>さい(笑)
>イカ京のサンプル数が私の中で少ないだけでしょう>か??
以上の言葉の端々に「バカの壁」を感じるのは、わたしだけでしょうか?Nさんが挫折したということは、文面から十分過ぎるほどわかりましたけどね。あと、ぜひNさんに教えて欲しいのですが、
>言葉を言葉としてしか捕らえられない人が多いのかな?
言葉を言葉以外で捉えるとはどのようなことなんでしょうか?古今東西の思想家が、言葉で表現しようとしてきたことの意味は何なんでしょう?彼らと同様の経験をしなければ、彼らの境地に到達できないのでしょうか?彼らに同情できないのでしょうか??それとも、思想ということではなくて、もっと人間的なことなんでしょうか?煩悩というやつです。言葉で表わすことができないが、何となく感覚でわかるということを指した言葉で「皮膚感覚」という言葉があります。物事を皮膚感覚で語られて、わからなければ「バカの壁」を感じるというのでは、たまりませんね。まぁそう言う養老孟子は脳の専門家ではあるが、例えばおいしいキムチの作り方については素人でしょう。
私は自分が受けた傷を他人に見せる必要はないと思っています。ましてや、受けた傷を慰めあう関係を他人と結びたくはありません。某予備校のある講師が「悩むということについての悩み以外は悩みではない」と言っていましたが、一体挫折って何なんでしょうね。

33. 2年前… 2004/03/14(日) 01:43:47
すみません、聞いといてここに書きこまないっていうのもひどいですよね。最近見ていなかったもので。

>Nさん(引用は概略)
>私は難病を得て、いろいろなものを失いました。
>病気なんかいらないし、もとに戻りたいと。それは、
>他人の痛みをわかる気持ち、心、優しさ。共感して
>泣ける心。でも冷酷な人間を見ると、こうならなくて
>良かったと心から思うのです。挫折は肯定する必要も
>無いと思います。「これができるようになった」を
>カウントしてみようと。彼女も、今の自分も本当に
>捨てても、東大生な自分>になりたいと心から思って
>いますか?冷酷な挫折経験の>ない京大生の中では
>すごく輝いた人間で晴らしい人間だと自信を持って
>いいと思います。

お返事ありがとうございました。自分は挫折は知りましたがまだまだです。人間関係は未だに問題を起こしてばかりです。大学のサークル等でも、家族でも。彼女とも自分の性格のせいで喧嘩してばかりです。いつももっと大人にならなければと思うのですが、いつも同じようなことでダメにしてしまいます。共感して泣ける心…実は昨日彼女と2人して泣きました。。。恥ずかしい。僕は強がって泣いてないって言い張ったけれど…。こんなこと初めてです。これがきっとカウントできる最高の内容かも。今を捨ててまであの時の受験の後悔はないけれど、さすがにあの赤門前での胴上げを見てしまったら耐えきれませんでした。

>アトラスさんへ

>正直、私はあなたの話を読んで、「あなたと立場を
>取り替えたい」とさえ思いました。私の挫折の根本
>原因は人間関係にあります。殆どすべての友人を
>失い、敵が大勢できてしまった。誰も彼もが信じら
>れなくなって、狂気の淵を歩みました。裏切られた
>ような思いを味わったの>は私なのです。そんな状況
>にいる私から見ると、あなた>の挫折は
>「過去のこと」です。何もかもが羨ましすぎま
>す。。

過去のこと…確かに僕にとって大学に落ちたことで友達が減ったり、いなくなったりしたことはありません。確かに、端から見れば僕は大した挫折ではないのか、とも思える時もなくはないです。上にも書きましたが、以前よりはとげとげしさはなくなったのですが、それでもまだまだダメだと思うことが多いです。いや、まだ平均的にすら辿り着いてないと思う。だから僕について善く思っていただきたくないのです。僕もまだまだダメです。落ちた直後はそれはもう自分でも周りの人々へのやさしさが身にしみて分かりました。でも2年経ち風化している気がしてしまって。せめて挫折した分、少しでもこれをプラスにできる材料があればいいと思いますが。


>想像でものを言って申し訳ないのですが、おそらく
>あなたの挫折の本当の原因は、「学歴」ではないと
>思います。あなたの中で、「東大」は、あなたの理想
>たるべきものの「象徴」として偶像化されていない
>でしょうか?自殺を考えるまで追い詰められて
>しまったのなら、精神科医なりカウンセラーなり、
>専門家のところに行ってみたほうがいいと
>思いますよ。

仰る通りです。偶像化していると思います。東大は成功の、そして幸福の神様みたいなものです。また、勉学、スポーツ、恋愛(これは違う場合の方が多いかな)とは基本的に競争心による所だと思います。競争相手がいるからこそそれに打ちこめる。これはこれですばらしいと思います。でも挫折もまたこの競争心のせいで苦しむのではないかと。簡単に言えば、同じ学校には現役で東大に行った人が数人います。これです。もう何をやってもこの人達に勝てないんです(受験の意味では、です。しかし僕の中ではこれは大きいんです。勉強に打ちこんだ分。)。おそらくこれです、僕が感じるコンプレックスは。また、第三者に、あいつは京大か、で○○君は東大。こうやって誰も思ってもいないのにみんなが僕をバカにしているんじゃないかって思うこともあります。自分は過大評価されたいという虚栄心が強いのだとも思います。それと、今は自殺など考えていません。大学一年生の時は酷かったですが…。僕にはまだまだ他人の心を理解できるだけの心がありません。ですが、アトラスさんも2年経てば僕のようにマシになるのではと思います。ごめんなさい、これしか言えません。

最後に、読んでいて思ったのですが、挫折に社会的要因うんぬんは僕のような受験に関してでは関係ありそう…と思います。一応、現役、一浪などなど社会的に決まってしまうことですからね。

34. みそ 2004/03/14(日) 13:08:38
初めて書き込みます。

>虎次郎
論点がずれてきていませんか?
とりあえず、バカの壁=バカというわけではないので、あまり感情的になられないように・・・
私も本は読んでいないので詳しくは知りませんが、バカの壁という言葉は、言葉による説明だけではどうしても互いに共有する価値観を見出せない限界を示していると思います。
要するに、人生観・価値観の大きく違う人間同士では、いくら言葉を尽くしても互いの意思が通じ合わず、じれったい思いをするという状態ですね。

えと、元の挫折の議題に戻ります。
これまでにすでに出てきているように、挫折が必ずしも人を成長させるとは限らない、という事に関しては私も同意します。
挫折という言葉の定義自体には単なる失敗の意味しかなく、挫折という言葉がよい意味に過大評価され乱用されている現状にあると思います。
ときとして、エリート・器用な人間に対する皮肉に使われる用語でもあります。
では、挫折には人を卑屈にさせるようなマイナスの意味しかないのでしょうか?
私はそれは違うと思います。
私もちょっと挫折の意義について考えてみたのですが、それは「自己と向き合う・自己を客観的に見つめる機会を与えること」なのではないかと思います。
人を成長させるのは挫折そのものではなく、その後、自己と向き合うこと、自分の弱さを見つめることなのですから。
挫折がどの程度そのきっかけを与えるかはその人次第で、その人がどれだけ努力をしたか(前スレに全力を尽くした上での努力でなければ意味がないとありましたね)、どれだけ謙虚な姿勢を持てるかにかかっていると思います。
怠けて失敗した人、傲慢な人は挫折しても何も成長しないでしょう。
また、日常からちょっとしたことから自分と向き合える人は、大きな挫折がなくても成長できてまた相手を思いやれる気持ちも持てるのではないかと思います。
だから、挫折していない人がだめなんてことはないわけで。

私自身、挫折という言葉の乱用に少なからず流されていたので、考えるよい機会になりました。
長々と書きましたが、何か意見があったらください。

35. N [E-Mail] 2004/03/14(日) 16:15:28
なんだかいろいろあって考えてしまってたとこです。

>アトラスさん
>人が辛い目に遭っているとき、その辛さを完全に分かち合うことは
>できないにしても、せめて相手の気持ちを些かでも推し量り、
>一緒に悲しんであげようとすることぐらいはできるはず。
>決定的な挫折体験が、そういった気持ちの契機になり得ることが
>極めて多いということは、事実として否定できないと思うのです。

まさにそれでした。それがいいたかったんです。どうもです(笑)
自分の文章力のなさを恨む次第です。

>虎次郎さん
言葉を言葉以上として捕らえることがもし本当にできないとしたら
私があなたに言うことは何もありません。

>2年前…さん
私も似たようなことがあります。
自分の中でもう風化したはずの感情がぶりかえしてしまうというか。
あえてその辛かった事実の場所なり人間に遭わないよう避けて逃げる
ことで日常の平安を保っていることはたくさんあります。
大人になればそんなことが増えて、そしてもっと大人になれば
もっと冷静に見つめられるのではないかと、とりあえず私は
逃げて避けることで忘却のかなたへ追いやろうとすることしかできない。
今はそれでいいやと思うようになりました。
あえてどうしようもない事実に向かい合いつらい時間に身を置かなくても
つらい事実が存在するということは無意識にあると思うから。
十分すぎるくらいその挫折が人間性の成長に良きに関与しているように
私には見えます。
世の中総合力じゃないのかなあ?
この考え方は一種の負けの正当化なんて言われたこともありますが、
RPGゲームじゃないけど、「力」「守備力」「すばやさ」とかいろいろ
あるじゃないですか。力ばっかりでもあまり役に立たない。
その配分の個性ってあると思うし、それが「わたし」という人間の
オリジナルな所だと思うんです。
だから「勉強」がやたら強くなくても「あたたかさ」とかそういった面を
たくさんもつことで誰にもマネできない個性になるのではないかと。
だから挫折で得たものを組み込んで、自分が一段とオリジナリティ溢れる
魅力的な人間になったと思えば納得がいきました(笑)
ごくたまに、勉強もできてやさしくもあり、というどのカテゴリーでも
ずば抜けている方がいて俺って一体?と思うこともありますが。

>みそさん
おっしゃることにはまさに同感です。
>人を成長させるのは挫折そのものではなく、その後、自己と向き合うこと、
>自分の弱さを見つめることなのですから。
ただ、私はこのプロセスまでを含めて「挫折」だと思っています。
なんというか「へこむ」のと「反省する」の違いみたいなもんですね。
だからそういう意味で挫折経験が少ない人が多いのではないかな?と。

自分の中で、これが俺の挫折だ!と言い切れるものがある人は
その前後で自分がこのように変わった、と言えるものがきっと
あるんじゃないかと思うわけです。
私はそれが他者の立場に立つだとか、弱者の気持ちを理解しようとする
想像力といいましょうか、そういったものだったわけです。
他にも思いつかないわけでもないですが。

36. ん… 2004/03/14(日) 21:26:12
>N
あんたの意見が間違いだとはいわない。
だがあんたの意見の「言葉の裏にあるもの」に胡散臭いモノを感じる。
それこそ「私の意見を受け容れられないのは人でなし」といわんばかりの勢いが見える。
一服でもしてゆっくり考えてみたら?

論理的に読めば、矛盾だらけだ。
それを補うように配慮すると、よくある「洗脳されたエリート」と同じ妙な視野の狭さがある。
追い詰められてないか?

誰だって食事をしなければ生きていけない。
道を歩いていて知らないうちに小さな生き物を踏み潰すことだってある。
でも、それを忌まわしく思ってしまったら、身動きはできない。
何もいわないけれど、それに気付いている人間はいる。
それでもちゃんと受け止めて生きていく人間はいる。
あんたに必要なのは主張することより、そういった連中がどういう振る舞いをしているかを
ちゃんとその目で見ることだ、というべきだろう。
邂逅の機会を探すことだろう。

「言葉以上のモノ」を大切にしたいというあんたなら、俺の言いたいことを理解してくれると思うが…。

37. 虎次郎 2004/03/14(日) 21:56:54
>みそさん
確かに論点がズレていますね。しかし、
>人生観・価値観の大きく違う人間同士では、いくら>言葉を尽くしても互いの意思が通じ合わず、じれっ>たい思いをするという状態ですね。
ならば、次にあなたはどうするの?何も話すことがないといって談話を中止するの?他人と向き合うとき、他人の歩んできた道を見て、聞いて、あれこれ判断することはできますよね。そして自分が受け入れられると判断できる人には語りかけ、そうでない人には語りかけもしないというのでは、いかがなものかな。挫折をすれば自分が変わるというよりもむしろ、自分が他人とは違うということがわかるというか、自分のアイデンティティが確立できることだと思います。挫折の捉えかたは人様々です。他人と関わるときの出発点としては、僕は自分と他人とはまず違うということと、僕の意見を主張するということ。その上でしか、他人と分かち合う事はできないです。
実は僕は帰国です。ディベートでは、価値観が違う人がいくらでもいました。しかし、価値観が違うから、話が通じないからといって放棄すことはありません。価値観が違えば違うほど、また話が通じなければ通じないほど、話すことは増えていきます。価値観が同じであることの方が、何も話すことはありません。また、友達は価値観が違うもの同士がほとんどです。僕を平気で批判してきます。しかしまた、僕の話もよく聞いてくれます。僕はNさんの態度には、がっかりしました。Nさんにとって、僕はまさしく「他人」ではありませんか。
みそさんに、また論点ずれてるって言われてしまいますね。

38. みそ 2004/03/14(日) 23:58:30
虎次郎氏はおそらく、N氏の書き込みすべてを熟読されていないのではないでしょうか。
またN氏の方は、ここに書き込む人はこれまでの書き込みをきちんと読んで理解している、という前提で話をされているのではないでしょうか。
私には、それで話がかみ合っていないだけのような気がするのですが・・・
なにぶんこのスレも文章量が多いですから、ちょっとした行き違いは仕方ないと思います。
どちらが悪いというわけでもない。
まぁ冷静に話し合いましょう。

>2年前…さん
ちょっと目に付いたので、レスさせていただきますね。
厳しいことを言うようですが、過去の失敗にとらわれるのは、単純に今現在の努力が足りていないからだと思います。
そして、これまであなた自身の人生に対して真剣に向き合って来られなかったからだと思います。
そもそも、何のために東大(というか大学)に行きたかったのか、そして将来何をしたいのか、そういったことを十分に考えておられたでしょうか?
現在の苦しみはそうした向き合うべき問題を先送りにしたことにあると思います。
「東大に行っていた自分」などというものは存在しません。
過去は絶対に変えられるものではないのですから。変えられるのは未来だけです。
理屈ではそれが分かっていても失敗にとらわれるのは甘えからです。
努力する・将来について考える、といった面倒なことから逃げる口実に使っているだけです。
そこから抜け出せてはじめて、N氏のいうところの挫折の境地に到達できるのだと思います。
とりあえず、どんな些細なことでもよいですから、自分のやりたいこと、目標を一度頭の中で整理してみてください。
例えば、彼女のことをもっと思いやれる人間になりたい、とかでもいいですし。
目標を持てば、過去の失敗で悩んでいる暇なんてなくなりますよ。

今回はN氏定義の「挫折」を使わしていただきました。
挫折に単なる失敗以上の意味をもたせるというのは、言葉の乱用を防ぐにはよいかもしれませんね。

39. 虎次郎 2004/03/15(月) 00:25:46
みそさんはなぜそのように思うのですか?読んでますよ。さらに、感情的だといわれるのを覚悟の上で言いますが、アトラスさんは、「抱えている問題に対し、もはや自力でできることが何もないと自覚した状態」と挫折を定義していますが、これはみそさんが言う「目標をもてば過去にとらわれない」ということとは食い違いますね。どちらがいいのかなんて、わかりません。それにしても、みそさんの発言の前半部は、失礼極まりないですよ。

40. アトラス 2004/03/15(月) 01:13:37
なんだかややこしいことになってしまいましたね。私は蚊帳の外のようですが・・・(泣)

とりあえず、相手にしてもらえないみたいなので(笑)、もめごとの外で話をさせていただきます。

>虎次郎さん
>彼らと同様の経験をしなければ、彼らの境地に到達できないのでしょうか?彼らに同情できないのでしょうか??それとも、思想ということではなくて、もっと人間的なことなんでしょうか?煩悩というやつです。
ある意味ではそうではないでしょうか?結局のところ、他人は他人であって、自分ではないのですから。
日常の些細なこと一つ一つが、過去の集積の上に成り立っているわけで、人が感じたことを、その人と全く同じように感じることは無理でしょう。
それと、申し訳ないのですが、最後の文章の意味がわかりません。「煩悩」という言葉の意味はご存じでしょうか?

>2年前…さん
何となく、わかるような気がします。私も最前までは、何をしても常に劣等感に苛まれ続ける感覚がありました。
でも、最近の「挫折」を契機に、ここからは脱出できた気がします。完全にというわけではありませんが、必要以上に追い込まれることはなかったと思います。

私はみそさんとは違う意見です。
あなたは努力が足りないのではなく、何でも努力で解決すると考えてしまっているのではないかと思うのです。
自分に不満を持ったとき、「自分が悪いから」と無条件に考えてはいませんか?それは、謙虚さを通り越して「卑屈」になってしまう落とし穴です。

なぜ満ち足りた気になれないか、よく考えてみてください。
劣等感を持つということは、自分の外に評価基準を持ってくるということですよね。
でも、結局、誰からも評価されることは不可能ですよ。
あるいは、世のあらゆる人に勝っていなければ、あなたは劣等感に苛まれ続けると思うのです。

よく考えてみてください。欠点を克服するために努力するということは、相手に自分を実力で認めさせようということですよ。それは結局、相手を信じられていないということです。
でも、人を信じるということは、つまるところ実力云々とは全く無関係の次元のところにあると思うのです。

では、どうして人を信じられないか?
ここからは個々人の問題になってしまいますので、私のことを書きます。

私は子供の頃から誤解されやすい性格でした。
そのため、周囲の人、特に大人から正当な扱いを受けたことが少なかったのです。
誤解を受けたときに誤解を解けない口下手さが、余計にそれに拍車をかけました。
そういうことが重なるうちに、自分を過剰に防衛するようになってしまいました。
「自分はダメな奴じゃない!」と、常に主張し続けていないと見捨てられる、そういう感覚でした。
要するに、劣等感に心を乗っ取られていたのです。

そういう気持ちでいたものだから、余計挙動が不審になって、周囲からは奇異の目で見られる。
すると、ますます劣等感に苛まれ、さらに自分を守る、こういう悪循環に陥っていたのでした。

もしあなたがこれで思い当たるようなことがあれば、もう思い切って「自分は不幸だ」と思ってしまっていいと思います。
あなたがつらい思いをするのは、あなたの能力の問題じゃないんです。他人の無理解が原因なんですよ。

でも、所詮、理解してくれない人は理解してくれません。
そんな人に深く関わるのはやめましょう。無駄ですよ。学歴なんかどうこういう人は、無視すればよろしい。
あなたには恋人がいるわけですよ。その人に気持ちをわかってもらえれば、それで十分じゃないですか。

まずは、彼女さんに、とことんまでゆっくり話を聞いてもらうことからはじめてみてはいかがでしょう。
そして、あなたはそれに対して正しく感謝の念を持つこと。それで十分だと思います。
とにかく、自分を見守って助けてくれる存在を実感することですよ。

>アトラスさんも2年経てば僕のようにマシになるのではと思います。ごめんなさい、これしか言えません。
ありがとう。そのお気持ちだけでも本当にうれしいです。

とりあえず、このくらいにしておきます。

41. N [E-Mail] 2004/03/15(月) 03:02:58
結局のところ、京大生には冷たい人間が多いという現実の再認識になった
と残念ながら思わざるをえない結論が私のなかで出ようとしています。
しかしちゃんとかわかっている人もいるんだという事実も知ることが出来て
結構嬉しかったりもします。

>虎次郎さん
価値観が違う人間でも話せばわかるというのは、同意できないです。
話してもわからない人間に会ったことがないのでしょう。
小学生にいくら恋愛の相談してもわからないですよね。
悪く言えばあきらめとも言います。

>みそさん
あなたの考えていることは理解できますし、一理ある点もあります。
人間は多種多様ですのでいろいろな意見があってしかりとは思います。
しかし私は今は、同意見ではないです。

いささか自分に厳しい意見だと思います。
私も実は全く同様の考えを持っていました。
自分を追い込み、そしてその追い込みに耐えて何かを成し遂げる強さ
そして能力を持った人間が多いのが京大生の特徴のひとつと思います。
自分の手で動かせないものは無いと、どこかでみんな思っている。
自分で成し遂げられないヤツは弱虫だ、負けだ、と。
かつて私もそう考えていた人間だから、よくわかっているつもりです。

私にとって初めての「どうにもならないお手上げの状態」が病気でした。
自分が何をしてもダメ。努力とかそういう次元じゃない。
私の手はこんなにも無力だったかと、思うと涙しか出ません。
なんのために京大入ったんだ?これからの人生は?
自分の体さえままならないんです。
それでも、今は退院して、暮らしている。
その現実に感謝してこの先の長い人生を生きていくしかないんです。

なにかの本で読みました。
なやんでもしょうがないので考えても無意味な悩みとは、
1過去への後悔 と 2未来への不安 だそうです。
私は意図的にこのふたつの悩みは脳から抹消することにしています。
勿論、病気を持ってこの先生きていくことに未来の不安は常に感じますが。

できない自分を寛容するかしないかに関わってくるのでしょうか。

過去は風化すると思いますよ。もう少し時間が必要かと。
かくいう私にもトラウマはあります。
たまに見かけるといてもたってもいられない苦しい気持ちになります。

42. 虎次郎 2004/03/15(月) 07:48:11
>小学生にいくら恋愛の相談してもわからないですよね。
小学生には小学生ならではのものがある、ということでしょうか?僕らは小学生の話を聞いて‘同情’することができますよね。しかし、小学生は大学生には同情することはできないということでしょうか??
このようなNさんの上述の意見に照らし合わせてみると、どうやら僕の意見は受け入れられそうにはないですね。しかし、それでも僕は語り続けますよ。わかろうとしないならいいですよ。僕はわかろうとしますから。

43. 虎次郎 2004/03/15(月) 07:54:25
>僕はわかろうとしますから。
→「僕は‘あなた’をわかろうとしますから」

44. ディズ 2004/03/15(月) 19:02:23
こんな言葉があります。
「経験とは起こったことに対してではなく、
  それをどう受け止めたかである」
だそうです。

私はたくさんの挫折を味わってきました。
事の受け取り方は人様々ですので、
もちろんこれは私の性格からでしょう。
挫折してこそ、人の気持ちが分かり、
本当の優しさや人に対する本当の感情が芽生えてきました。
それまでは「知ったつもり」でいました。
たしかに挫折は過去にまるで「犯罪」でも犯したような、
一生消えることのない悲しみと苦しみになります。
どんなにかき消そうとも記憶喪失にでもならない限り消えることはありえません。
地獄の中の一番の拷問とは、一生「罪悪感」を味わうことだそうです。
ですが、失敗や挫折があったからこそ、幸福を感じることが出来ますし
挫折したからこそ、成功を感じることも出来るようになりました。
「恋愛」という感情が一番凝縮されているように思えます。
失恋したからこそ次はもっと優しく接することが出来ますし、もっと人を大切に生きようと思えるようになります。
反対にフッたほうは次は失恋する確立が非常に大きいのです。
たしかにラッキーな人や、生活に恵まれた人たちは挫折や本当の
苦痛を感じずにそのまま順風満帆な生涯を終えるかもしれません。
ですが私から言わせれば、そんな人たちこそ、不幸にも思えるし、悲しくも見えます。
もちろん自分の人生に対する個々の受け取り方で全然変わりますけどね。

45. マルチネス 2004/04/14(水) 00:05:56
たとえば、運転の経験がないひとに自動車の運転の話をしても理解できませんよね?
パソコンを触ったことのない人にエクセルの話をしても理解できません。
挫折というのも経験のひとつです。
挫折を味わうことで、弱い人の立場を理解することが出来ます。
挫折を味わったことがないというのは幸せなことかもしれません。
ただ、世の中には色々な人がいるわけで、挫折を味わう人も多いわけです。
受験、恋愛、就職、結婚、ハードルの数だけ挫折に出会う確率も高くなります。
挫折を味わってみて、弱い立場にいる人の気持ちを理解できる、そのぶん優しくなれる訳です。
電車でお年寄りや障害者や妊婦さんに席を譲るとか、赤い羽根募金に寄付するとか、そのくらいの優しさかもしれません。
でも、自分と他人の境界線を緩めることが、思いやりではないでしょうか?
一生懸命やっても出来ないひともいる、出来なくてもいいじゃないか?
それが優しさであり、思いやりであると思います。
Nさんはそういうことを伝えたかったのではないでしょうか?

46. 2004/04/14(水) 01:53:41
>挫折を味わってみて、弱い立場にいる人の気持ちを理解できる、そのぶん優しくなれる訳です。
では、まだ挫折を味わっていない人の気持ちはどうですか?
>パソコンを触ったことのない人
の気持ちはどうですか?わかってあげられますか?それとも、経験不足だと言って切り捨てますか?

47. ふんつっちゅ 2004/04/14(水) 04:23:01
挫折だらけです。
唯一の救いは京大に受かったことです。

48. むーん 2004/04/14(水) 11:58:01
挫折を味わって人間的に成長する場合と、自分が経験した挫折や苦労を錦の御旗にして傲慢に振舞う場合があると思うんだけど・・・

49. 挫折 2004/04/14(水) 18:55:15
教官に「何しても良いから、院だけには来るな」と言われたことw

50. 2004/04/14(水) 19:00:27
ひどいな
詳細キボン
ってゆうか、その教官の名前公表汁

51. マルチネス 2004/04/15(木) 00:39:15
言葉尻を捕まえたネガティヴな反論に意味があるとも思えません。
本当のところ、挫折を味わった経験がないということは幸せなことだと思います。
幸せという漢字の意味の成り立ちを知っていれば、言わんとするところはわかると思います。
もし挫折の経験不足に不満を感じるのなら、挫折を味わってみてはどうでしょうか?
たとえば、理系の学生であれば雑誌の小説の新人賞に応募してみる。
音楽のデモテープを音楽プロダクションに送ってみる、フルマラソンに出場して完走を目指す、などです。
自分の畑違いの分野に挑戦して、失敗して挫折を味わってみると良いでしょう。
もし、それでも成功するなら、それはそれで明るい未来と言えるでしょう。

52. 2004/04/15(木) 00:53:59
トウシツはきえろと

>たとえば、理系の学生であれば雑誌の小説の新人賞に応募してみる。
>音楽のデモテープを音楽プロダクションに送ってみる、フルマラソンに出場して完走を目指す、などです。
>自分の畑違いの分野に挑戦して、失敗して挫折を味わってみると良いでしょう。

自分の書いてる内容、ちゃんと分かってるか?

そんな「経験」に意味はない。

53. マルチネス 2004/04/15(木) 01:24:57
>そんな「経験」に意味はない。

それはどうかな?
なぜ自分の知らないことを意味はないと言い切れるのですか?
世の中には知らないことも多いでしょう?
たとえば、人間に感染する病原菌の名前を全て暗記していますか?
知りませんよね?でも意味がないとは言い切れません。
机上の空論ではなくて、実践してみればわかることですよ。

それでは、もっと簡単なところで「24時間以内に、なわとびの四重とびはできるか?」というお題は如何ですか?
実際にやってみて、そのうえで意味があるかないか、判断されてみてはどうでしょう?

54. 2004/04/15(木) 01:35:06
キミオモシロイネ

55. (たまに)北部人 2004/04/15(木) 01:39:25
>マルチネスさん
なんかそれらの失敗は「挫折」とはイメージが違うんですけど・・・
本気で「なわとびの4重とびができないとやばい」と思わない限り、
なんかのゲームで負けた程度の敗北感しか得れないと思うのですが。
いや、まぁ実際にやってませんけどね。

56. マルチネス 2004/04/15(木) 02:53:16
挫折を辞書でひくと、

ざせつ 0 【▼挫折】
(名)スル
事業や計画などが途中でだめになること。
「事業が―する」「―感」

「24時間以内になわとびの4重とびをする」
という計画が途中でだめになれば、多少の挫折感を味わうのではないでしょうか?
簡単には立ち直れないほどの深い挫折感にはならないでしょうけどね。
小説家にしても、ミュージシャンにしても、なれなくて挫折感を味わうひとは多い訳です。
言葉のレトリックで遊ぶのもこれ位にしましょうか?

話はさいしょに戻りますが、
>>パソコンを触ったことのない人
>の気持ちはどうですか?わかってあげられますか?それとも、経験不足だと言って切り捨てますか?

その答えは私の最初の書き込みの中にありますよ。

57. 刷れの趣旨は知らないが 2004/04/15(木) 11:04:17
ぽっかりと深い穴に落ち込んで、
コンビに行く以外に半年間部屋からほとんど出ずに、
誰とも口を利かなかった時期があります。
なんとか今院生です。
大学院には結構僕みたいな経験の持ち主多いんじゃないの?

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