信念について
1. 1
2004/04/06(火) 12:28:43
信念という言葉は、実に気持ちのいい言葉であるように思える。しかし、僕はこう思う。
本を読めば読むほど、真理らしい言葉が出てくる。しかし、厳密に言えばどの真理にも反証は存在するものだ。
ここで、考えたいのは信念という言葉だ。もし、上で述べたことが間違っていないと仮定するならば、人々が持っている信念というのは、間違った真理だということになってしまう。ここでいう、「間違った」というのは本質的、非日常的な哲学的意味で間違っているということを必ずしもささない。つまり、生きていく上で、その信念を持つことによって何らかの支障が出てきてしまうということだ。
もちろん、信念を持つことに意義があるということも一応は理解しているつもりだ。「信じる」という行為は時として大きなエネルギーを生み出すし、間違っているとしても、突っ走ることは時として必要である。
実際、僕は信念を持つということは生きていく上で必要だと思っていたから、自分の中でそれを確立しようとしてきた。
しかし、最近疑問に思う。果たしてそれは正しいことだったのか。いろんな障害と出くわす中で、ふとそう思うときがあるんです。
実に抽象的な質問になりますが、皆さんは信念についてどう思いますか?必要だと思いますか?
本を読めば読むほど、真理らしい言葉が出てくる。しかし、厳密に言えばどの真理にも反証は存在するものだ。
ここで、考えたいのは信念という言葉だ。もし、上で述べたことが間違っていないと仮定するならば、人々が持っている信念というのは、間違った真理だということになってしまう。ここでいう、「間違った」というのは本質的、非日常的な哲学的意味で間違っているということを必ずしもささない。つまり、生きていく上で、その信念を持つことによって何らかの支障が出てきてしまうということだ。
もちろん、信念を持つことに意義があるということも一応は理解しているつもりだ。「信じる」という行為は時として大きなエネルギーを生み出すし、間違っているとしても、突っ走ることは時として必要である。
実際、僕は信念を持つということは生きていく上で必要だと思っていたから、自分の中でそれを確立しようとしてきた。
しかし、最近疑問に思う。果たしてそれは正しいことだったのか。いろんな障害と出くわす中で、ふとそう思うときがあるんです。
実に抽象的な質問になりますが、皆さんは信念についてどう思いますか?必要だと思いますか?
2. ビンラーディンの信念
2004/04/06(火) 12:48:17
迷惑
3. >1
2004/04/06(火) 13:38:40
「信念」と「真理」の定義を述べよ。それによって答えは違う。
4. 1
2004/04/06(火) 17:42:47
真理:だれも否定することのできない、普遍的で妥当性のある法則や事実。
信念:当事者が行動の基礎においている態度。
と辞書どうりに考えていますが、訂正させてください。上の文章のままでは、信念は、当事者が主観的に真理だとみなしている概念から成り立っているということになってしまいますね。それは違いますもんね。すいません。普遍的該当性がなくても、自分の中で論理があるなら、それは信念として成り立ちますもんね。でも、その論理も生きていく中でやはり揺らぐことはありますよね?おそらく誰でも。そういうことを、ここではいいたかった。そんなどうせ揺らいでしまう論理(信念)なんか最初から持たければいいのではないか、という考え方もあるんちゃうん?といいたかったのです。
信念:当事者が行動の基礎においている態度。
と辞書どうりに考えていますが、訂正させてください。上の文章のままでは、信念は、当事者が主観的に真理だとみなしている概念から成り立っているということになってしまいますね。それは違いますもんね。すいません。普遍的該当性がなくても、自分の中で論理があるなら、それは信念として成り立ちますもんね。でも、その論理も生きていく中でやはり揺らぐことはありますよね?おそらく誰でも。そういうことを、ここではいいたかった。そんなどうせ揺らいでしまう論理(信念)なんか最初から持たければいいのではないか、という考え方もあるんちゃうん?といいたかったのです。
5. ↑
2004/04/06(火) 17:45:29
普遍的該当性→普遍的妥当性
追加発言



