京都大学ポータルサイトサイトマップ問い合わせ

談話室

ホーム > 談話室 > 議論 > 文系学部の存在意義。その五

文系学部の存在意義。その五


1. うぼぁー 2004/06/04(金) 16:02:15
文系学部の存在意義。その四
http://www.kyoto-u.com/lounge/discuss/html/200405/04050064.html

文系学部の存在意義。その二(←正しくは「その三」)
http://www.kyoto-u.com./lounge/discuss/html/200405/04050056.html

文系学部の存在意義。その二
http://www.kyoto-u.com./lounge/discuss/html/200405/04050047.html

文系学部の存在意義
http://www.kyoto-u.com./lounge/discuss/html/200405/04050045.html

2. うぼぁー 2004/06/04(金) 16:24:04
>>工学さん

>これに代表されるように、やはり過去の偉人が残した思想にはなんらかの真実があると思っている人が多そう・・

過去の偉人が遺したから真実を含んでいるんだと思っているわけではありません。過去の偉人が遺したというだけで真実を含んでいると思っている人なら、その辺りに転がっている人生哲学と区別できないでしょ。

>哲学の勉強は数学の勉強とは違う。
>哲学の本で「であるからして〜だ」なんて言ってもその因果関係がまったく必然でなく、しかも命題自体があまりにも抽象的でどうとでも取れる単語で満ちており、その曖昧さゆえにクダラナイ権威による語りが生じる余地がいくらでもある。このようなあいまいな内容を「理解する」などありえんだろ。

何か誤解があるようです。

数学の論理的な展開ほど厳密ないことは仕方ないですが、まったく必然でないなんてことはありません。ある程度は文意に揺れが生じることがあるとしても、どうとでも取れることはありません。少なくとも工学さんがおっしゃっているほどは曖昧ではありません。

哲学では、おそらく大まかに理解するところから入って、徐々に知識を精緻化していくと思いますが、確かにそこに曖昧さが生ずるでしょう。しかし、大まかな理解といっても、どうとでも理解できるというものではありません。

工学さんの、哲学が曖昧だと思うようになったきっかけは何でしょう? ●●先生の講義を聴いたとか、『●●』という哲学書を手に取ってみたとか……。

3. 工学ではないですが 2004/06/04(金) 19:24:33
方法序説や、純粋理性批判は数学のそれと比べて論理展開が結構あいまいで、粗があると思いました。

言葉で議論しようとするからあいまいになるのであって、きちんと定義した記号で議論すればあいまい性もなくなるのに・・・

4. 工学系院生 2004/06/04(金) 19:55:20
>あじの塩焼きさん
>僕の考えは逆ですね。「真理は存在する(と思いたい)」けど「科学では全てを知ることができない」
私も同じ立場です。まあ、でもこれは「信条」の話だからこのくらいにしておきましょうか。

>ごめんなさい。いじわるで難しいとこ持ってきたかなあと思ったので。だって僕の苦手な分野だったから(笑)
>でも「説明できますか」ってのはほとんど説明してみろってことじゃないですか?
ああ、誤解させちゃってごめんなさいね。「反語」のつもりだったんですよ。だからわざわざ難しいところを出したんです。

>だから僕は、多少の正確さを犠牲にしてでも相手が直感的に理解できるような説明を心がけるのです。
おっしゃりたいことはわかりました。
ただ、その説明は、相手がこちらの説明を信用して理解する気のある人にだけ通用すると思います。
実際、相対論の啓蒙書を書くと、議論をはしょったところを誤解してトンデモさんが食らいついて来て困るそうですよ。

>工学君
>>あなたの書き込みはそれが完全に混同され、純粋な数学の理論の部分ばかりではなく、それの応用なども全て正しく、理系は客観的かつ実証的だと論証してたんですよ?
>そうだが?基礎も応用も今現在通用している理論が全て正しいかどうかは別にしても、正しいものが存在するし、その理解に向けて理工学は発展してる。
君、文章の意味わかってますか?ここでいう「応用」とは、「数学の応用」のことで、自然科学のことなんですよ。
それから、「正しいものが存在する」という言い方は、「真理など存在しない」という君の立場に矛盾します。

>それに数式から導かれたものは常に正しいというのはそうだが?
>式の現実世界への適応まで数学的な必然性はないというだけで。
しかし、数学の体系ってのは結局は公理から演繹されるもので、その公理ってのは結局「都合のいいように」人間が決めたもんですよ。君が存在を否定している「倫理」と一緒ですよ。つまり、倫理がフィクションなら数学もフィクションですよ。

>そこから理工学が完全に客観的ではないといったのは式の適応が数通り可能だからか?
違います。「式の適応」(正確に言うと理論の数学的枠組み)が適切か否かの判断に主観が介在するということです。

>式の適応も唯一の正解があるだろ。
なぜそう思うのですか?

>それにどうしてその式が逆3条でなくて2条の世界にしか通用しないのかにはやはり何らかの必然性があると思う。ここから先はなぜかとはいえないけど・・
説明できないことを議論に使ってはいけない。これは学問をやるものの鉄則です。

>確かに半分ボケたようなジジイの名誉欲を満たすためカミオカンデ作成に膨大な金をかけたのは許せないことだが、
それもまた極端な意見ですね。

>そっちは理系の社会への貢献をしてない例を探すのがやっとだろ?文系は社会に貢献している例を探すのがやっとなのに。
そんなことはありませんよ。少なくとも前者はいくらでもある。

>文系の場合主流の理解が正しい理解だろ。
>「正しい理解」とやらがいく通りでも存在するんだから。
それは違います。「主流の理解」とは、「現時点で最も正しいと広く信じられている理解」にすぎません。特殊相対論や量子力学と同じですよ。
というか君の言い分は、「相対論は間違っている」のトンデモ本の著者にそっくりですよ。「過去の偉人の誤りを訂正できない学会の権威主義的硬直」とかいうの。

>誰も彼もが人を殺すことのない社会を都合が良いと感じるその感覚自体の正当性を考えたことはないのか?
子供の頃は考えましたけど、今は、意味のないことを考えるのはナンセンスだと思ってます。それは、逆3乗に比例する力学系の数学的性質を議論することと同様の理由で、まったく無駄なことでしょう。

>偉人の本の内容そのものでなくて、本を読んで勝手に感動して勝手に自殺を思いとどまったなんていうのはいってみればそれは副次的な効用。
じゃあ、「内容そのもの」とは何ですか?「副次的」でない「効用」とは何ですか?逆に、自然科学の技術への貢献は「副次的な効用」じゃないのですか?

>哲学が解析幾何のヒントになったのもたまたまだろ?
なぜ「たまたま」なのですか?

残りの箇所はうぼぁーさんのレスを見てください。

5. 工学系院生 2004/06/04(金) 19:58:03
あ、挟んだ。

>言葉で議論しようとするからあいまいになるのであって、きちんと定義した記号で議論すればあいまい性もなくなるのに・・・
じゃあ、やってみてください。そんなことができれば、あなたは論理学のみならず、あらゆる学問分野から最大の貢献者として永代崇められることでしょう。
そういうことができないから、ああいう風になってるんです。
そんなの、「万病に効く薬を作れば外科手術なんて不要なのに・・・」っていうのと同じぐらい無意味な議論です。

6. あああ 2004/06/04(金) 21:51:02
馬鹿が不毛な議論を繰り返す糞スレはここですか?

7. 2004/06/04(金) 21:54:10
いちいち煽りに来なくてよろしい。
精神的ダメージでも受けてるのか?

8. かかか 2004/06/05(土) 01:08:58
>確かに半分ボケたようなジジイの名誉欲を満たすためカミオカンデ作成に膨大な金をかけたのは許せないこと
工学は文系の学問に続いて、理学部も批判対象に加えたようです。結局のところ、こいつは工学部が一番エライと言いたいだけなんじゃないだろうか。

9. つまり 2004/06/05(土) 02:04:48
工学は自分の優越性を誇示したいに過ぎない。こういうやつは使うだけ使って捨てればよい。

10. 2004/06/05(土) 03:15:09
それもまた悲しい発想だね。
心が貧相なのは貴方も同じ。

11. 2004/06/05(土) 04:18:00
それもまた悲しい発想だね。
心が貧相なのは貴方も同じ。

12. 文系に意義はありません。 2004/06/05(土) 05:13:38
さあ、文系研究者の卵の皆さん、研究に戻りましょう。

「文系に意義は無いです、ごめんなさい」と言っておけば、
理系の不毛な煽りに邪魔されることなく研究できますから。

13. 2004/06/05(土) 15:02:10
「負け犬」理論みたい。あれは自慰臭くて嫌い。

14. 話をそらすな 2004/06/06(日) 00:59:53
工学の反論はまだか?

15. 北部人降臨希望 2004/06/06(日) 02:07:29
ご意見伺いたし。

16. (たまに)北部人 2004/06/06(日) 04:27:32
とりあえずやって来たものの途中全然読んでません(^^;)

よく分からんけど文系学問(学部?)の存在意義の話で
哲学などかなり純粋なもの以外無視なんですか?
逆に理系学問は工学だけなんですか?
というか論点がよく分からない・・・

個人的には数学も哲学も趣味だし、パトロンとして国からお金もらってる
ってことでいいと思うのですが。
時として数学はどっかで役に立つし、哲学はどっかで誰かの考えに影響を
与えるかも知れませんが、そんな事目的にしてないと思うし。
(哲学の研究というのはそういうのでもないのかな?)
プロスポーツプレイヤーと同じことだと思いますけどね。
まぁ正直文系学問にはかなり疎いんでこんな議論には参加できません(^^;)

17. 工学 2004/06/06(日) 13:55:43
確かに自然科学も突き詰めていけば例えば、数学の公理を見て、「そもそもこれらが絶対とは限らないね」などということはできる。
宗教の一種とみなしてもいい。
だけど自然科学を信仰することは生きていくうえで圧倒的に「得」だ。

少なくとも「人を殺すことはいけない」という宗教を本当に信じて、絶対見つからないと分かってても殺したいやつを殺さないなどということはしなくなる。
科学でさえ疑うくせになぜ下らん倫理をコロッと信じるのか理解できん。

ピカソの絵を見て、眠いクラシックの演奏を聞いて、文学的な本を読んで、ありもしない「深さ」があるように信じることがいかに馬鹿げてるかもわかるようになるし。
例えば以下のように。

「ああ心のこもったすばらしい演奏だった」などと言っても、音なんて所詮は物理的な波の振動であると信じていれば「心のこもった演奏」と全く同じ音波を機械で作れば、心が無いはずの機械が心のこもった演奏をすることが可能である事が分かっている。

文学で「殺してやると叫んだ小学生の目はうつろな目だった」などと出てきても、写真で目の部分を拡大して撮って普通の人のそれと比較してどちらがうつろか?なんて聞いても単に目が細かったり斜視気味のほうがうつろだと答えられるだけだろう。と分かる。
もっと文学っぽい、例えば「自己の喪質」などという感情も、単にカッコいいから使われているだけでそんなモンはないことを知っている。
上のほうであったような「理系の人ってかわいそう。かわいそすぎる・・」等という言葉を見ても、傲慢な相手にかわいそうという感情が湧き得ないとを知っている。

今のところ科学以上に世の中のあらゆることを合理的に記述できる宗教が存在しないのでそれを俺は信じる。

ウィトゲンシュタイン(なぜウイトゲンシュタインかと言うと、もっとも「論理的」な本を書いた哲学者の一人であろうと君たちが呼んでいるから)の本に何か深さを求めて読み始めるのは構わないが、一、二行目の、
「世界とはそうであることの全てである」
「世界は、事物の全部であってものの全部ではない」
という文章を見た瞬間に、「うわ、あいまいで何とでも解釈可能やん」と本を閉じるのでなければとても明晰な頭とは言えない。

「やはりえらい哲学者。言ってることが深い」
などと思って読み続けてしまった文学部のあなた。
心配することはありません。文学部というぬるま湯の中で、批判されることもなく幸せに生きられる制度が大学にはありますから。
(しかし50年後100年後には世の中がもっと理性化されて蒙昧なものが淘汰されていく可能性は高いですが)

18. (たまに)北部人 2004/06/06(日) 14:49:34

結局単に信じてるだけなんやね・・・
なんか最初っから周りの人はそう言ってたのに、やっと認めたってことですか(^^;)

それとなんか議論になってないですよね・・・周りの人の質問に答えないし(^^;)

19. 工学 2004/06/06(日) 15:25:41
いや、だって数学の公理まで絶対ではないって言い出したらもうそれは信じてるかどうかの世界の話にならざるを得ないわけで。。

>倫理云々
「意味の無いことを考えるのはナンセンス」か・・
英語になっただけだろそれ・・
まぁそれはおいといても倫理を信じねばならないのはどうしてかに直接効いてくる重要な問題だろ。

>副次的云々
まぁ副次的っていうのは例えばその哲学を学べばだれが如何なる状況で学ぼうとも解析幾何が導出されるわけじゃないということ。タマタマその人がその時代にそういう思考からたどり着いたわけだろ?
自然科学から工学への応用は誰がやっても一意に決まる。

20. ↑×3 2004/06/06(日) 16:40:34
解釈は文脈や背景知識抜きには定まらないから、写真で目の部分だけ拡大したり、哲学書の最初の方だけ取り出して来ても、意味不明だったり、あいまいな解釈になるのは当然では?

21. 工学系院生 2004/06/06(日) 18:58:37
>工学君
結局、君は主張を全面的に撤回するのですね?自然科学だけは客観的であり、他の学問に比べて絶対的な優越性があるということを。

>宗教の一種とみなしてもいい。
たぶん、宗教ってもんを完全に誤解してると思います。あまり突っ込むと話がずれるから書かないけど。
ただ、「信じるしかない」一線があることはその通りで、私も自然科学の正しさは信じます。その意味では君の意見に同意すると言えなくもない。

しかし、自然科学の正しさを信じれば、君のような立場が必然的に出てくるかというと、それは全く同意できないというか、飛躍に過ぎると思います。
根拠は、過去の偉大な科学者のうち、たとえば無神論者が殆どいず(ということは特定宗教の信者であり、自然と倫理を肯定する)、また哲学や芸術方面にも造詣が深かった人が圧倒的に多いということです。既存宗教や倫理や哲学や芸術が無意味という主張はこの点ですでに客観性を持ちません。
だから、君が「科学の正しさを受け入れるなら、これらのものは当然無意味と捉えられるべき」と主張するなら、その根拠を示す必要があります(過去の偉人は科学以外の点で「アホ」、という言い切りはダメですよ。それは君の主張と矛盾していますし、そもそも彼らがことごとくアホだなどと誰も認めないでしょう)。

しかも、本当のことを言えば、そう主張するときは、数式と同等の論理的厳密性を持った記法を使うべきなのですよ。
でないと、「どうとでもとれる曖昧な」言語で、曖昧なものの曖昧さを批判するという自己矛盾が生じますからね。
まあ、そんなものを書かれても読むのがしんどいだけだし、そこには目をつぶってあげてもいいですが。

>少なくとも「人を殺すことはいけない」という宗教を本当に信じて、絶対見つからないと分かってても殺したいやつを殺さないなどということはしなくなる。
それで君は本当に幸せですか?
「殺したいという気持ちが起こらないような境地になる」方が幸せじゃないですか?

>科学でさえ疑うくせになぜ下らん倫理をコロッと信じるのか理解できん。
科学を疑ってるんじゃないですけどね。「信じること」と「論理的な結論」の違いを明確にしようとしただけ。「公理系を整備した」のと同じですよ。
それから、倫理を下らんと思うのは君の主観であって、それをいうなら、倫理を下らんと思う方が下らん、というのが私の正直な気持ちですよ。そういう水掛け論はよしなさい。

>ピカソの絵を見て、眠いクラシックの演奏を聞いて、文学的な本を読んで、ありもしない「深さ」があるように信じることがいかに馬鹿げてるかもわかるようになるし。
「深さ」というのは、「あると思えばある」のです。ここでは人間が価値の基準なのだから。
というより、私は音楽も文学も美術も好きだから言わせてもらいますけど、せっかく得た精神の充実の源をわざわざ放棄しようとは思いませんよ。それがくだらなく思える境地なんて、不幸だとしか思えません。
それは単に、君が音楽や文学や芸術を理解しないから、そういうものを捨てても惜しくないと思えるだけですよ。そこを勘違いしないように。

そもそも、君は学問以外の趣味はないんですか?趣味と言わぬまでも、たとえばうまいものを食いたいと思わないのですか?でもなければそんな主張はできないと思いますがね。

22. 工学系院生 2004/06/06(日) 18:58:56
長くなったので続き。

>「ああ心のこもったすばらしい演奏だった」などと言っても、音なんて所詮は物理的な波の振動であると信じていれば「心のこもった演奏」と全く同じ音波を機械で作れば、心が無いはずの機械が心のこもった演奏をすることが可能である事が分かっている。
それは間違い。音楽を聴いて感動するというのはそんな単純なことではなく、「演奏の場」という状況それ自体が音楽なんです。
それからもう一つ、現実的にそんな音波を発生させる機械はありません。そんなものができるまで待つならば、今、金を払って演奏会に行きます。当然ですね。

>という文章を見た瞬間に、「うわ、あいまいで何とでも解釈可能やん」と本を閉じるのでなければとても明晰な頭とは言えない。
だったら言わせてもらいますが、君自身、自分の文章を見た瞬間に、「うわ、あいまいで何とでも解釈可能やん」と投稿するのをやめなければとても明晰な頭とは言えない、のではないですか?

>いや、だって数学の公理まで絶対ではないって言い出したらもうそれは信じてるかどうかの世界の話にならざるを得ないわけで。。
何を言うのですか。私は最初からそれを言っていたのです!それを君は、科学だけは絶対的真理であるかのように主張したわけでしょう。

>「意味の無いことを考えるのはナンセンス」か・・
>英語になっただけだろそれ・・
そういうこと言うと思って、わざと書いたんですよ。「意味のない」と「ナンセンス」の間に横たわる微妙な違いを読めぬほどの言語感覚では、とうてい哲学書など読めぬでしょう、とね。

>まぁそれはおいといても倫理を信じねばならないのはどうしてかに直接効いてくる重要な問題だろ。
「不条理故に我信ず」です。理由がわかるものを信じる必要はない。理解すればいいだけです。
もう一つ、原理まで納得しなければ先に進んではいけないということはない。現に、数学の論理的基礎付けという問題が出現したのは20世紀になってからです。論理的不備を認めつつも、ひとまずは直感に従って生き、後からその間隙を埋めることも必要です。人間の能力も人生の長さも有限なのだから。

>まぁ副次的っていうのは例えばその哲学を学べばだれが如何なる状況で学ぼうとも解析幾何が導出されるわけじゃないということ。
意味不明です。デカルトの哲学はまず第一にデカルトのものであって、デカルト自身が解析幾何を発見したのなら、それはある意味必然的帰結でしょうに。

>自然科学から工学への応用は誰がやっても一意に決まる。
決まりません。実際に研究をしてみれば(しなくても)わかるが、理論を作るということがそんなに易しいことなのであれば、誰も苦労して学問などしません。

23. 工学 2004/06/06(日) 20:01:31
自然科学が他の学問に比べて比較にならないほど客観的ではあるが、どこかに信じるか信じないかの一線があることも確かに否定できない。
数学の公理を見て正しいと感じ無い人が居るなら確かにその人にとっては数学は意味の無い下らん学問だと認める。
であるが数学の公理を見ても疑わないのなら数学の全てが客観的で正しく、他の学問に比べて絶対的な優位を保つ。

ときには自分のメリットを放棄しても従わなければならない倫理がこの世には有るとあなたは信じてるわけでしょ?
そんなもんを信じて自分のメリットを放棄せねばならないのは端的に損だ。
しかも本当の正しさとか真実は無いって言ってるのに、人を殺しても平気という感覚は幸せですか?
などとまるで自分が信じてる倫理こそ正しく相手の感覚はおかしいのだと決め付ける始末。
いったいその感覚の傲慢さはどこから来るんだ?

美術や音楽や文学にもありもしない「よさ」を設定し、
(あなたが言ったように、「あると思えばある」ような程度のものだぞ、それは?)
そんなのはくだらないと誰かが率直な感想を言えば
「それが理解(芸術を「理解」するという言葉のくだらなさ!)できないなんて不幸なヤツだ」と切り捨てる。

俺は旨いものを食いたいという欲求はあっても決して抽象画を見たい、見てその深さを理解したいなどという欲求は感じないし、ましてやそれが理解できない人の感覚はおかしいなどと決して思わない。
結局のところあなたはピカソの絵が何億何十億出しても欲しがる人がいることや、美術界で絶賛されていることを知っているからそれに迎合して賞賛しているだけだし、同じようなことが文学部の仕事ほとんど全てにでもいえる。

24. わわん 2004/06/06(日) 20:24:27
抽象画くらいまでくると、ある程度訓練しないと(楽しみ方を知らないと)分からないと思う。それなりに知識を得たり、鑑賞の仕方を習得しないと、本当には楽しめない芸術分野はあるよ。

25. 工学 2004/06/06(日) 20:53:42
「>」
を入れてレスしないと議論になってないとか言われるんでやっぱり書こう。

>過去の偉大な科学者のうち、たとえば無神論者が殆どいず(ということは特定宗教の信者であり、自然と倫理を肯定する)、また哲学や芸術方面にも造詣が深かった人が圧倒的に多いということです
昔は今よりもさらに文学・芸術の権威が圧倒的に強く、「これらが理解できない人間はおかしい」と一方的に決め付けられたためだろ。
もちろん本人は無自覚だろうが。

>それからもう一つ、現実的にそんな音波を発生させる機械はありません。そんなものができるまで待つならば、今、金を払って演奏会に行きます。当然ですね。
誰もそんな事は聞いてない。音楽の深さを語るときにしばしば音楽が心を投影しているという風に語られるのでそんなものがいかに下らないかということを言ってるだけで。

>そういうこと言うと思って、わざと書いたんですよ。「意味のない」と「ナンセンス」の間に横たわる微妙な違いを読めぬほどの言語感覚では、とうてい哲学書など読めぬでしょう
もうそういう態度に出るということ自体が・・
「意味のない」と「ナンセンス」の違いが大事なら書けばいいのに、これが理解できないとはお前は哲学なんて到底理解できないねといいたいだけなんかよ。

結局「相手を馬鹿にしたい」とかそういう欲求が文学や哲学・芸術にまぎれやすく、これらを語るやつのものすごく鼻につくところなんちゃうの。
だってどんなにアホでも理解できないやつは感覚がおかしいと切り捨てるだけで人を馬鹿にできるんだから・・

>実際に研究をしてみれば(しなくても)わかるが、理論を作るということがそんなに易しいことなのであれば、誰も苦労して学問などしません。
誰も易しいなんていってないだろ。
同じことを説明する科学理論が2つ以上あってそれらが矛盾するならどちらかが正しいってこと。
これが文学の世界ならどちらの解釈も可能などとしょうもないことを言って終われるところだがな。

26. 2004/06/06(日) 21:06:30
2つ以上の解答、解釈が駄目なのは何故〜♪

27. 数学 2004/06/06(日) 21:40:14
科学的合理性・現実妥当性を追及していけば工学氏のような結論に至ることは、じつは自分も昔同じように考えていたから分かるのだが、そういう考え方はよくないぞ。

なんでかというと、工学氏の論は現実的なように見えて、実際の研究という現場では全然現実的ではなく、むしろ形而上学的な発想だから。
相対主義全盛の哲学的風潮から外れてるかもしれないが、研究者は「真理がある」と信じて研究してるもんだ。
芸術にしろ文学にしろ、検証不可能でも「絶対的価値」があると信じて創作がなされているのだと思う。
自然科学にしろ、工学氏のように割り切った考え方で研究されるのではなく、頭の中では自由に考えてるはずだよ。

それと、他の分野の専門家には一応敬意を払ったほうがよい。権威主意に見えるかもしれないが、そうではなくて、価値あることを自分が見落としている可能性があるからだ。
ウィトゲンシュタインの『論考』を曖昧な著作と評しているが、じつは私も以前はそう思っていた。
だが、様相論理のセマンティックスなどの問題を自分で考えてみるといい。コンピュータに自然言語をどうやって教えるか? というような、じつに明晰に定義された問題を考えてみると、そのうちウィトゲンシュタインの考えたような問題にどうしても行き当たると思う。

とまー、以上のように思うな。

28. とある理学部生 2004/06/06(日) 22:26:56
どうでもいいことですが、工学さんは公理について少し誤解があるようです。非ユークリッド幾何学を考えてみればわかりますが、公理とは絶対的、もしくは普遍的な真理と捉えるのは正確ではありません。公理が絶対だ、公理を疑う、公理を信じる(信じない)などの言明は意味をなしません。また公理が破綻するといった表現も無意味です。正確ではありませんが公理を性質と考える方がより適当です。つまりある公理から演繹された理論はその公理が成り立つ対象においてのみ適用できます(普通は対象が無数に存在しますが、必ずしも対象を必要としません)。したがって一度ある定理が証明されれば、それが覆るといったことは起こりません。そこが現代数学を強固たらしめていることであり、数学の魅力のひとつでもあります。

29. もうひとりの理学部生 2004/06/06(日) 22:42:58
それでウィトゲンシュタインは現代数学を複数の公理体系が相互に干渉しあう言語ゲームであると考え、すべての数学を集合論とか論理学とかいったあらゆる公理体系に通底するような基礎論に還元できるかのような見解を批判したわけだ。ってほんまか?なんとなく書いてみたんやけど、だれか添削して。

30. 工学系院生 2004/06/06(日) 23:32:18
理学部の人が何人か来ましたけど、なんか話の方向がずれてるようなので略。
一言だけ言うと、ヴィトゲンシュタインは「論理哲学論考」だけではないし、私はあの考え方にはついて行けないので何とも申し上げられません。

あともう一点だけ。
>公理とは絶対的、もしくは普遍的な真理と捉えるのは正確ではありません。公理が絶対だ、公理を疑う、公理を信じる(信じない)などの言明は意味をなしません。
それは数学の公理系の中に入ってしまって初めて言える立場だと思います。やはり実感に反する公理は現実問題、学問の対象としては無視されるでしょう。だからこそ、選択公理を受け入れるかどうかとか、そういう論争が未だに続いているわけで。

>工学君
暴言がひどすぎますよ。落ち着きなさい。自分が何を言っているかよく考えること。

>であるが数学の公理を見ても疑わないのなら数学の全てが客観的で正しく、他の学問に比べて絶対的な優位を保つ。
「自分にとって正しい」ことを「客観的」とはいいません。
それから、数学以外にも「正しい」と信じることがあり、それが背反しないならば、それが数学と同等以上の価値を持つこともあります。当然ですね。

>ときには自分のメリットを放棄しても従わなければならない倫理がこの世には有るとあなたは信じてるわけでしょ?
違います。倫理にもとる行動にそもそも「メリット」を感じないのです。

>しかも本当の正しさとか真実は無いって言ってるのに、
言ってません。私は「真理」はあると信じます。
ただ、それを論証することが不可能だと言っているだけです。
君が、科学のみが問答無用の真理であるかのごとく言ったから、それに反駁したまで。

>などとまるで自分が信じてる倫理こそ正しく相手の感覚はおかしいのだと決め付ける始末。
>いったいその感覚の傲慢さはどこから来るんだ?
そういう感情的な言葉は慎みなさい。幸せか、と純粋に問うているだけです。君はYesかNoかで答えればよい。

>美術や音楽や文学にもありもしない「よさ」を設定し、
>(あなたが言ったように、「あると思えばある」ような程度のものだぞ、それは?)
違います。「あると思えばある」と言ったのは、君が「ありもしない」と根拠を明示せずに言うからそれに反駁しただけ。
たとえば、分数の足し算すら理解できない人に、科学のリアリティを力説しても無意味。それと同様に、君みたいな人に音楽の良さを説いても無意味でしょう。だけど、私は現実に音楽に心を動かされる人間であり、それを「音楽によさなどありはしない」などと言われても、その言葉は「太陽は西から昇る」というようなナンセンスな物言いでしかあり得ない。私にとって「音楽がすばらしい」ことは否定しようもない現実なんです。これは私に限ったことではなく、他の音楽愛好家にとっても全く同様のこと。「あると思えばある」というのはそれほど強い言葉です。

31. 工学系院生 2004/06/06(日) 23:32:37
続き。

>そんなのはくだらないと誰かが率直な感想を言えば
>「それが理解(芸術を「理解」するという言葉のくだらなさ!)できないなんて不幸なヤツだ」と切り捨てる。
曲解も甚だしいですね。私は君の言う、「音楽に『よさ』などないとわかる」という境地、もしそんな境地があったとしたら、それは「私にとって」不幸だ、ということです。
君は「科学を『信じる』ことが、損得勘定からいって得だ」というから、反例を挙げただけですよ。

>俺は旨いものを食いたいという欲求はあっても決して抽象画を見たい、見てその深さを理解したいなどという欲求は感じないし、ましてやそれが理解できない人の感覚はおかしいなどと決して思わない。
それは君の自由ですが、理解したい人をおかしいと思うのはやめていただきたい。はっきり言って失礼極まりない発言です。

>結局のところあなたはピカソの絵が何億何十億出しても欲しがる人がいることや、美術界で絶賛されていることを知っているからそれに迎合して賞賛しているだけだし、
侮辱も甚だしいですね。根拠もなしに人をスノッブ扱いですか。ピカソは私はよくわからんけど、音楽や美術や文学の中で、私に人生観を変えるほどの衝撃を与えたものは多いし、私はその体験に基づいてものを言っているだけですよ。

>「>」を入れてレスしないと議論になってないとか言われるんでやっぱり書こう。
そんなこと言っていないでしょう。「根拠を書け」と言っているのです。引用するとかしないとかは問題外です。

>昔は今よりもさらに文学・芸術の権威が圧倒的に強く、「これらが理解できない人間はおかしい」と一方的に決め付けられたためだろ。
事実に反します、とだけ答えましょう。芸術家の地位がこれほど高かった時代は現代をおいて他にないですよ。
たとえば、ヨーロッパの一流ホテルでは、第一次大戦前までは、音楽家なんて泊めてくれなかったそうですよ。

>誰もそんな事は聞いてない。音楽の深さを語るときにしばしば音楽が心を投影しているという風に語られるのでそんなものがいかに下らないかということを言ってるだけで。
あのねえ、音楽ってのは言語の一つなんです。冷たい活字の上の言葉が気持ちを伝えられるなら、録音された音楽が気持ちを伝えられるのも当たり前。逆もまた真。君の言うことは全く何の論証にもなっていない。
ついでに言うと、人工的に作った演奏だって、誰か「作者」がいるわけだから、その作者の感情が演奏に投影されることは当然でしょ。

>結局「相手を馬鹿にしたい」とかそういう欲求が文学や哲学・芸術にまぎれやすく、これらを語るやつのものすごく鼻につくところなんちゃうの。
偏見です。

>だってどんなにアホでも理解できないやつは感覚がおかしいと切り捨てるだけで人を馬鹿にできるんだから・・
そんな風に人を馬鹿にしているのは君の方ですよ。
アホ、アホといって、少しもアホであることを論証していないじゃないですか。

>同じことを説明する科学理論が2つ以上あってそれらが矛盾するならどちらかが正しいってこと。
あのねえ、君、はっきり言って勉強不足。
同じことを記述する等価な理論が複数存在することなんて当たり前です。だけど、視点を変えただけでどれほど世界が変わって見えるか、それを味わったことないなら、科学をやる意味ないですよ。

>これが文学の世界ならどちらの解釈も可能などとしょうもないことを言って終われるところだがな。
理論の記述と「解釈」は違うんですね。たとえば、量子力学の解釈は未だに三派に分かれて争っている。ボルンの確率解釈に、ボームの隠れた変数理論、それから多世界解釈。「どの解釈も可能」。そしてそれは、まさにこの現実世界がどういうものであるかという、いわば物理学の根本問題への一つの態度なんであって、決して無意味なものなんかではありはしないんです。

32. あじの塩焼き 2004/06/07(月) 01:15:27
ところで工学さんはファッションには興味ないですか?かっこいい、ダサいの基準は人によって違うし、服のよさなんて「あると思えばある」程度のものなので気にしないですか?やっぱり機能性を重視して

【イカ京の第十法則】
ほとんどのイカ京が眼鏡を掛けている。
機能性が特に重視され、レンズの面積がかなり広い。

【イカ京の第十三法則】
通学等に使用するかばんは、実用的なななめかけかばんもしくはリュック片方がけである。

【イカ京の第十五法則】
ポシェットを用いる。

こんな格好をしておられるのですか(笑)

33. 工学 2004/06/07(月) 01:38:41
それで幸せですか?
と言ったらそれは人殺しが平気なんて不幸だ
と暗に言ってるのと同じだろ・・
yesnoでの答えを期待した文脈とはとても思えない。

>倫理にもとる行動にメリットを感じない
例えばお国のために特攻しますと言ってる60年前の若者は倫理的には立派(だった)けど今の人から見たら損に見えるのと同じようにあなたの生き方は下手糞な生き方に思えるね。

芸術や文学のよさについてはあると信じて幸せと感じるならそれもいい。良さ・深さがあると心から信じている人は決して論破されないしな。
だけど俺から見たらそれは通販で買った幸せのサイフをその効力を「信じて」大事にしている人のように滑稽だ。
まぁ本来ありもしない何かに個人的な解釈を挟んで楽しむこと自体は好きにやればいいが、同じような趣味を持つものが集まって権力を持ち、それを理解しないものを淘汰しようとするのは控えて欲しいものだ。

>科学者と芸術
「俺は芸術なんて何がいいのかゼンゼン分からない」などと公言しようものなら如何に社会で生きにくいか・・
現に科学者が哲学や音楽に造詣が深いことが「良い」と思われるからそれが語られるわけで。

「感情が演奏に投影される」などと本気で信じてることは幸せだが科学主義から見れば馬鹿らしい。
「腹が立つことが散々続いて内心穏やかでない演奏家」が外面をつくろって単にゆっくりと弱く弾けばあなたはきっと「優しい心がこもった演奏だ」などというであろう。

>それは「私にとって」不幸だ、ということです
私にとって不幸ですと言えばそれは音楽を理解しないやつが不幸だという排他の力が内在した主張になることがなんで分からんのだ。

>少しもアホであることを論証していないじゃないですか。
ありもしない道徳に縛られ、ありもしない文化に深さを見出してる滑稽さ、おろかさ、については散々言及しているのだが。

>二つの解釈
例えば「シュレディンガーの波動方程式と行列力学の関係」みたいなのはお互いに矛盾してないし二つはまぁ同じものだったわけだろ?
そのあなたの言った3つの解釈が何か知らんけど、
それらは等価か間違ってるかかしかないわけだ。
だけど文学の解釈はお互いに矛盾しててもそれには「さまざまな解釈が可能」「答えは人の数だけある」そして終いには「答えより問いが大事」などと言えるわけだ。
なんと蒙昧なことか。

34. 工学 2004/06/07(月) 01:55:23
>あじの塩焼き
現実世界でどう振舞えば得か?
と本音とはいつも極めて乖離しているわけで・・
この場合イカ京ファッションをすることによる損失がかなり大きいと思われるのであえてする必要が無い。
だけど本音を言えばイカ京ファッションとブランド固めとでは質的に差は無いわけで・・
例えばイカ京を見てそいつが面白いヤツかもしれないのにキモイという大衆迎合的な考えを信じて付き合ってみないのは端的に損だ。

まぁどっちかというと割りに真面目にレスしてたあなたがどうして急に荒らす方向に行こうと思ったのかが気になる・・

35. うぼぁー 2004/06/07(月) 02:13:56
工学さんが哲学についてそう思うようになった具体的なきっかけは、何でしょうか。この質問とつながるかもしれませんが、哲学についてどの程度ご存じなのでしょうか。

哲学に対する“よくあるイメージ”以上のことはおっしゃっていないので、気になりました。

36. あじの塩焼き 2004/06/07(月) 02:14:50
すいません。荒らすつもりはないんですけどね。普段から変な例え話を交えながら面白おかしく議論するのが僕の信条です。

>例えばイカ京を見てそいつが面白いヤツかもしれないのにキモイという大衆迎合的な考えを信じて付き合ってみないのは端的に損だ。

その通りですね。どんな芸術だって学問だってやってみれば以外と興味深いものであるかも知れないのに、役に立たないという俺的な考えを信じてやってみないのはもったいないですよ。

37. うぼぁー 2004/06/07(月) 09:32:34
>工学さん

芸術がわからないことで生きにくいことはないですよ。芸術の価値を否定しようとするから生きにくいわけで。

「感情が演奏に投影される」ことが馬鹿らしいというのは非科学的態度。実際に美を感じる人は多いわけだから、いかに美を感じるかを解明するのが科学。もちろん、解明されたとしても、芸術の価値が減ずるわけではありません。むしろ、芸術の価値が科学によって支持されたことになるでしょう(それが芸術を楽しむ人々の本意であるかは別にして)。

38. 工学系院生 2004/06/07(月) 11:19:41
あのねえ、暴言もいい加減にしなさい。段々腹が立ってきた。

>例えばお国のために特攻しますと言ってる60年前の若者は倫理的には立派(だった)けど今の人から見たら損に見えるのと同じようにあなたの生き方は下手糞な生き方に思えるね。
特攻隊が損な生き方とは思いませんけどね。要は、自分が納得して生きられるかどうかです。癒えることのない後悔を背負って苦痛の中に生きるのなら潔く散ったほうが良いと考える人がいても不思議はない。

特攻隊は政治的な議論になる危険があるので、例を変えよう。
一つ訊きたい。
親が、自分の身を犠牲にして子供を助けるのは「下手糞な生き方」なのだろうか?
ちなみに私はそうは思わない。身を挺して子供を助ける習性は、人間以外の動物にも備わっているわけで、生き物として当然の感情をまっとうできるのならこれほど美しいことはないと思いますね。

>だけど俺から見たらそれは通販で買った幸せのサイフをその効力を「信じて」大事にしている人のように滑稽だ。
君がそう思おうと勝手だが、それは君の主観に過ぎないのであって、そういう言辞を公共の場に垂れ流すのはやめていただきたい。はっきり言って非常に不愉快です。

>まぁ本来ありもしない何かに個人的な解釈を挟んで楽しむこと自体は好きにやればいいが、同じような趣味を持つものが集まって権力を持ち、それを理解しないものを淘汰しようとするのは控えて欲しいものだ。
被害妄想に過ぎます。むしろ君のほうが興味を持つものを淘汰しようとしているのではないですか!

>「俺は芸術なんて何がいいのかゼンゼン分からない」などと公言しようものなら如何に社会で生きにくいか・・
そんなことはないでしょう。むしろ、君みたいに揶揄する輩にスノッブ扱いされて居心地悪いですよ。問われない限り趣味を語らないようにしている人も多いですよ。君の被害妄想です。

>「感情が演奏に投影される」などと本気で信じてることは幸せだが科学主義から見れば馬鹿らしい。
だから、「馬鹿らしい」と思うことが科学主義の帰結である、という論旨には私は納得していませんよ。
私は「投影される」ということを論証したのだから、君はそれに反証しない限り「馬鹿らしい」などと言ってはいけません。

>「腹が立つことが散々続いて内心穏やかでない演奏家」が外面をつくろって単にゆっくりと弱く弾けばあなたはきっと「優しい心がこもった演奏だ」などというであろう。
言いません。君は音楽をやったことないからそんなことが言えるんです。音楽はそんな単純なものではない。

>私にとって不幸ですと言えばそれは音楽を理解しないやつが不幸だという排他の力が内在した主張になることがなんで分からんのだ。
被害妄想に過ぎます。君は音楽に対して何かコンプレックスを持っているからそういう風に受け取るのでしょう。
例えば、食べ物だったら、他人がうまいと思うものをまったくうまいと思えないことだって当然あるはずですね。
で、例えば私がマクドナルドが大好きだとして、毎日食べても飽きないほどだったとしましょうか。
で、私が「マクドナルドが存在しない世界に住むのは、私にとっては不幸だ」と言ったとして、君はそれで排他の力を感じるのですか?「ご勝手に」ですむことじゃないですか。
それを君が、「科学的に考えれば、マクドナルドがうまいなどあり得ない、馬鹿らしい」などというから、私は腹を立てるわけです。それが何が科学的なのかまったく理解不能だし、君が「マクドナルドはまずい」と思おうが思うまいが、それを私の前でわざわざ言うことは失礼千万です。
君の言っているのはそういうことでしょ。

39. 工学系院生 2004/06/07(月) 11:19:59
>ありもしない道徳に縛られ、ありもしない文化に深さを見出してる滑稽さ、おろかさ、については散々言及しているのだが。
だから、「ありもしない」というのは君の主観でしょうが。
私は「誰かが『ある』と思えばある」と言ったんです。これは、科学で言えば「実験事実だ」というようなもので、いくら理屈をこねても反証は不可能だ、と主張したわけです。
君は、私のこの主張を崩さない限り、「ありもしない」などという資格はないんです。「ありもしない」と言い出したのは君なのだから、証明責任は君にある。

>そのあなたの言った3つの解釈が何か知らんけど、それらは等価か間違ってるかかしかないわけだ。
あのですね。「等価か間違ってるかかしかない」かどうかは置いておきますが、同値なものを全て同一視すれば、そりゃ真理は一つしかないのは当たり前ですね。「正しいことは正しい」と言っているだけです。トートロジーです。無意味な言説です。情報量0です。
言っておきますが、普通のユークリッド空間では、「1+1=2」と「三角形の内角の和は2直角に等しい」は同値ですよ。同値なものをすべて同一視すると簡単にいうけど、そんな生易しいことじゃないんです。正しいことにはいろいろな表現があるのであって、それのうちで興味のあるものを探すのが科学です。
「正しい命題」を全部挙げられるのでもないかぎり、「科学の論理展開は同値なものを除いて一意」などという言説には全く現実的な意味はない。

>だけど文学の解釈はお互いに矛盾しててもそれには「さまざまな解釈が可能」「答えは人の数だけある」そして終いには「答えより問いが大事」などと言えるわけだ。
偏見です。そういう実例があるなら出してきてもらいたい。

>例えばイカ京を見てそいつが面白いヤツかもしれないのにキモイという大衆迎合的な考えを信じて付き合ってみないのは端的に損だ。
だったら、芸術や哲学に対しても同じような考えをどうして持たないのですか。別に持たないのは勝手だが、他人の趣味まで冒涜するのはやめてほしい。

40. 工学 2004/06/07(月) 12:18:10
ちょっと時間的にひとつだけ。

>身を挺して子供を助ける習性は、人間以外の動物にも備わっているわけで、生き物として当然の感情をまっとうできるのならこれほど美しいことはないと思いますね

そのような感情は生き物として当然ではない。
例えばハムスター買ってる人は分かると思うけど、
腹が減ったら自分の子供を食ったりする。ちゃんとエサあげてても。
動物に倫理などないから腹が減ったら目の前にいる子供を食うんです。だって得だから。だって旨いから。自分の子供を食うとはなんとおぞましい云々なんて彼らは思いません。単純に腹が減ったから食うまで。非常に合理的。

41. 2004/06/07(月) 15:47:03
お久しぶりです。ちょっと忙しくて覗けませんでした。

私も時間ないので少しだけ。。。

>>身を挺して子供を助ける習性は、人間以外の動物にも備>>わっているわけで、生き物として当然の感情をまっとう>>できるのならこれほど美しいことはないと思いますね

>そのような感情は生き物として当然ではない。
>例えばハムスター買ってる人は分かると思うけど、
>腹が減ったら自分の子供を食ったりする。ちゃんとエサあ>げてても。
>動物に倫理などないから腹が減ったら目の前にいる子供を>食うんです。

違います。全ての動物がそうだとはいいませんが、大部分の場合、親は子供を守ろうとするはずです(親の習性です)。ただそれは、さらに大事な習性によって打ち消されます。それは、生き物としての習性。つまり子供を殺して食べるか、自分が身を挺して子供を守るか、どちらが種全体として得か、より生き延びられるか、そういった行動原理に基づいているはずです。

つまり、親がもうある程度年老いていて、子供を食べて生き残ったとしてもそれほど長くは生きられないなら、子供の寿命の長さにかけるでしょう。逆に親が若く子供が小さすぎるなら、それを食べて生き残り、新しく子供を作るでしょう。

今の食べる云々の話に関しては、私はこう思います。生物としてよりよい選択肢を選ぶと思いますよ(それは倫理がある人間の目から見ると、合理的と映るでしょう)。
ただ、動物に感情がないかというと、それも違うと思いますよ。ニホンザル、犬などで観察された行動ですが、死んだ子供を親や兄弟が守ろうとする、あるいはすでに死んでいる子供を愛おしげに抱きかかえるなどの行動をとりますから。

>「ああ心のこもったすばらしい演奏だった」などと言って>も、音なんて所詮は物理的な波の振動であると信じていれ>ば「心のこもった演奏」と全く同じ音波を機械で作れば、>心が無いはずの機械が心のこもった演奏をすることが可能>である事が分かっている。

相変わらず論理が破綻してますね。。。
心のこもったすばらしい演奏。これはいったい誰の心をさしていると思ってるんですか?その演奏家、あるいは作曲家などの心ですね。
さて、機械の行った演奏にこもっている心は、いったい誰の心でしょう?それはやはり、演奏家や作曲家です。機械は、それらの心を代弁したに過ぎない。機械の心がこもったわけでは決してない。

「心がこもった」という言葉は、こういうことを表しているんですよ。それを真似するのは誰だってできます。だがその人なりの、その人の心がこもった演奏というのは、その人にしかできない。

それから、
>お国のために特攻しますと言ってる60年前の若者は倫理的には立派(だった)けど今の人から見たら損に見える

また別種の難しい議論を引き起こしそうなので詳述はしませんが、なぜ損に見えるのですか?損に見えない人だっていますよ。
ついでにいうと、なぜ立派だったのですか?祖父に聞きましたが、決して納得ずくで特攻して行った人たちばかりではないですよ。

いずれにせよ、例が悪すぎます。その年代の方が直接見ているという可能性は少ないでしょうが、身内を探せば関係ある人はたくさんいるでしょう。原爆の発言といい、もう少し慎みなさいな。

42. ・・・ 2004/06/07(月) 17:06:28
俺の友人の爺さんは機体が故障したと嘘ついて特攻から2回逃げ帰ってきたらしい

43. 2004/06/07(月) 20:18:35
話の流れをそらさないように。
それより、工学の続きのレスはないのか?
院生に反論できないから逃げたのか?

44. もうひとりの理学部生 2004/06/08(火) 01:20:25
>どちらが種全体として得か、より生き延びられるか、そういった行動原理に基づいているはずです。

これってほんまかい?進化心理学とかドーキンスの議論とかと相容れなくない?

45. うぼぁー 2004/06/08(火) 02:33:27
>もうひとりの理学部生さん

ウィリアムズが群淘汰批判を行って以降、そのような種を単位とした考え方は間違いとされています。遺伝子を単位とする血縁淘汰を考えることで、ハミルトン、ウィルソンなどの考え方が出てきたわけで(ドーキンスは血縁淘汰理論の一般向けスポークスマンですよね)。だから、ただ、霞さんの言う「子供の寿命の長さにかける」というようなことは、血縁淘汰に矛盾しません。

ハムスターの話は、キャプティヴなのでよくわかりませんが、ハヌマーンラングールやマサイライオンの子殺しも、実子を殺すわけではありません。子どもを殺すことで、その親のメスが早く繁殖可能になるということです。

46. 2004/06/08(火) 07:04:01
だから話をそらすなっての。
枝葉末節に入り込んだら工学の思う壺。
芸術や哲学は「科学的には馬鹿らしい」という主張について、が本題だろう。

47. もうひとりの理学部生 2004/06/08(火) 11:07:45
>うぼぁー
ありがとうございます。

>枝葉末節に入り込んだら工学の思う壺。
親の子殺しに関する議論も何個か続いていますよね?正直そのどれもがまともな生物学の知識に基づいているとは思えないんだけど、霞さんが少なくとも一つ決定的な間違いをおかしていたので一応突っ込んどきました。

48. いまもう一人の理学部 2004/06/08(火) 13:29:26
>芸術や哲学は「科学的には馬鹿らしい」という主張について
理学部から見ればおかしな話だ。科学はある種の「美しさ」を追求しているという点で芸術と同列のものであろうに。
技術を生み出すための下地といったプラグマティックなモチベーションは少なくとも僕にはまったく無くて、人間であるという不完全性を現象を理解するということによって乗り越えようという試みが科学であると思う。
上に述べた不完全性について大雑把に述べよう。
まず外界から内的精神(あるいは自我)に情報を取り込む段階における不完全性。それはつまり「外界」、「自我」という概念がナイーブ過ぎるという問題に関係する。
つまり、僕らが観測によって得ているものは存在そのものではなく僕らが存在と強く関連付けられていると信じてやまない感覚のみである。その先に絶対的な客観性を主張することは論理的ではない。
その辺をもっと詳しくやると実在論になるのだろう。
それ以外にも情報を取り入れた後の問題も有る。それは論理そのものであり記憶力の限界である。
論理そのものに関しての問題とは本当にそれ以外に情報の処理方法は無いのかという問題だが、これは「論理的」には論じることができないように思う。よってもやもやを感じながらも無視。
あと記憶力が有限であるうんぬんは今の議論には関係なさそうなので省略。

49. 2004/06/08(火) 13:29:37
>親の子殺しに関する議論も何個か続いていますよね?正直そのどれもがまともな生物学の知識に基づいているとは思えないんだけど、
だから何やねん。スレの本題と関係ないやろ。
そこにばかりレスする他の奴も他の奴だが、
だからっておまえがそこに食らいついていいってことじゃない。
そういう話はよそでやってくれ。

50. さらに別の理学部生 2004/06/08(火) 16:43:40
科学の芸術性が信じられないとは、哀れですね。
というか、じゃぁ何のために勉強してるの?
そもそも、現実って何なの?
役に立つことって、どう役に立つの?
とりあえず人間に役に立つことだとして、人間って何のために生きてるの?
あなたも含めて人間が生きている必要性って見出せるの?
誰にとって必要なの?
ある人間にとって必要であれば、それは必要と認めるの?

などと、実に様々な質問が考えられますが。

みんな、生きたいから生きるんじゃないの。結局、全部各々のエゴでしょう。もちろん、それは科学的に元を辿れば素粒子の振る舞いに行き着くけれど、ブラックボックスっていう概念は無いのかな。

いろんな人が、芸術性によって心が和むのならば、芸術にもいわゆる実質的な貢献があるのでは。
感情や心が演奏に投影されるのは、人間が感情をこめようとすることによって、無意識のうちに操作が微妙に変化することによって発生する現象であると考えれば、何の不思議もないはずですが。これで十分、科学的ですよ。そして、それは神秘でもある。
そこに、人間が半ば無意識のうちにこなしている行動の神秘を見出すことができることこそが、まさに人間の良いところでは。
どんなことにでも、何か理由をつけて取り組むことができるのが、人間のよさでしょう。どんな分野についても、それを否定することは不可能です。

ただ、実はたらたらした文系が要らないと言いたい気持ちは分かる。頑張ってる人たちじゃなくて、ね。頑張ってる(つもりになってる)ひとたちですらも、駄目すぎて何をやってるのか分からないこともあるし。でも、それを言うなら大半の学問をやっている人間は要らないことになってしまうのでは。理系だって、割合が少ないだけで事情は変わらないよ。自分のやっていることの意味を理解している人が、どれだけいるの?

51. もうひとりの理学部生 2004/06/08(火) 18:53:58
>芸術や哲学は「科学的には馬鹿らしい」という主張について、が本題だろう。

どう読んでも主題はそれだけではないし、親の子殺しの議論を全体から見て枝にあたる部分であると認めても、それは 倫理が必要か否か? という太い幹に連接して派生した枝であって、その議論の領域が工学さんその他数名のひとにとっては『語り得ぬべきもの』の領域に含まれるということを示唆することによって、不必要な方向にそれた枝葉末節をそぎ落とす、ってな作業はそれほど非難されるべきものだとはおもえないんですけど、とかまあ頑張ってみるだけ頑張って、確かにウザいんでここらでフェイドアウトしますね。ではでは。

52. 工学系院生 2004/06/08(火) 21:24:36
議論が混乱しているようですね。話が脇道に逸れては嫌なので、「身を挺して子供を助ける習性」云々の話は撤回します。私自身生物学の知識は中学生レベルなので、正直なところ正確なことがわかりませんし。
もっとも、この主張は「親が、自分の身を犠牲にして子供を助けるのは『下手糞な生き方』なのだろうか?」という私自身の問いかけに対する私自身の回答の、そのまた補足でしかないので、ここが崩れても私の論旨自体には変更ありませんし、その必要もないでしょう。

本来は工学君のレス(特に、マクドナルド云々のくだりには返答してほしいものだ!)を待つべきなのでしょうが、他の方の書き込みが増えたので、ひとまずそちらに。

>いまもう一人の理学部さん
だいたい同意します(細かい点で疑問はあります)が、結局それでは「言いっぱなし」になってしまって、工学君を説得する力はないと思いますが・・・。
もう少し、「なぜそう思うのか」を書いてくれないと、議論の発展のしようがないと思います。あなたに限ったことではないのですが。

>さらに別の理学部生さん
ほぼ全面的に同意します。

>感情や心が演奏に投影されるのは、人間が感情をこめようとすることによって、無意識のうちに操作が微妙に変化することによって発生する現象であると考えれば、何の不思議もないはずですが。
私の言いたいことを非常にわかりやすく代弁してくださいました。ありがとうございます。
そもそも、ある系に対して入力と出力の間に何らかの相関関係があれば、因果関係のあるなしを含めてそれを調べることはすでに科学の対象になり得るんですよね。
そういう意味では、音楽家という人たちは、求める出力を実現することを目指しているわけで、「技術者」あるいは「工学者」として捉えることができるかもしれませんね。

>でも、それを言うなら大半の学問をやっている人間は要らないことになってしまうのでは。理系だって、割合が少ないだけで事情は変わらないよ。
まったくおっしゃるとおりですね。「割合が少ない」かどうかには疑問がないでもないですが・・・。

今回はこれぐらいで。
上にも書きましたように、工学君のレスが来るまでは話が進まないと思うので。

53. つっこみ 2004/06/09(水) 13:30:20
>とりあえず人間に役に立つことだとして、人間って何のために生きてるの?
「人間に役に立つ」ってどういうこと?

54. 2004/06/10(木) 10:51:27
なんか最近忙しいです。覗けなくてごめんなさい。

→もう一人の理学部生さん、うぼぁーさん
フォローありがとうございます。あまり詳しくない分野で議論に踏み込むべきじゃないですね。ごめんなさい。

そんなことがありましたらこれからもご指摘よろしく。

→さらに別の理学部生さん
>というか、じゃぁ何のために勉強してるの?
>そもそも、現実って何なの?
>役に立つことって、どう役に立つの?
>とりあえず人間に役に立つことだとして、人間って何のた>めに生きてるの?
>あなたも含めて人間が生きている必要性って見出せるの?
>誰にとって必要なの?
>ある人間にとって必要であれば、それは必要と認めるの?

まさにその通りだと私も思います。前にもそれを主張したんですが、「〜ではない」とか「〜だけとは限らない」とか「〜が絶対ではない」といった相対的な物の見方ができないようでして。。。

というか、できてるのかもしれないけど、都合の悪い質問は全部スルーするという姿勢でして。。。

残念ながら議論の進展にはならないと思います。

>実はたらたらした文系が要らないと言いたい気持ちは分か
>る。頑張ってる人たちじゃなくて、ね。頑張ってる(つも
>りになってる)ひとたちですらも、駄目すぎて何をやって
>るのか分からないこともあるし。でも、それを言うなら大
>半の学問をやっている人間は要らないことになってしまう
>のでは。理系だって、割合が少ないだけで事情は変わらな
>いよ。

そうですね。文系には、やらされないのをいいことに、何もせずにただ遊んでるだけの人が大勢います。でもこれはやはり、やらされないからというのが最大の、そして唯一の理由であるように感じます。
文系にはダラダラした人間が多くて、理系には自立的なまじめで向上心の強い人間が多いかというと、決してそうは思えません。理系は、やらされてるからやっているような気分になっているだけです(誤解の内容に言っておきますが、あくまで大部分の人に関してです。理系にせよ文系にせよ、やらされるのではなく自主的に、本気でがんばっている人は少数ながら確実にいらっしゃいますので)。研究室や教授の強制力が弱まれば、実質は文系と何も変わるところはないと思います。

自分は文系と違って大いにがんばっていると考えておられる理系の方は、少し自分を振り返ってみてくださいな。研究室がなく、授業もなく、レポートもなく、試験もないとき、それでもあなたは勉強していますか?本を読むことでも、数式をいじることでも何でもかまいません。知識や技術を向上させようと、何らかの学問をしていますか?

今の日本にあるすべての大学を対象とするならば、99パーセント以上がただの遊び人でしょうね。京大であればその比率はもう少しましでしょうが、それでも九割程度ちゃうかな(苦笑)

だから、文系学部の存在意義に関して、勉強をしていないという理由を挙げるのは、かなり筋違いだと考えます。私は事実を捻じ曲げてこんなことをいっているのではなく(文系が理系に比べて勉強してないことはよく知っている)、その理由をもうちょっと考慮してみてくださいと主張したい。
「勉強をさせられていない」という主張であれば、それはそれで議論したいテーマではあります。果たしてこういう体制のままでいいのか、とね。私自身、疑問に感じていることではありますし。

55. 工学 2004/06/10(木) 18:10:45
>マクド
もしもマクドナルド研究に公金がつぎ込まれ、その理由として
私達はマクドナルドが好きだからとか
マクドナルドの研究が欧米の文化を知る事になるなどと言えば誰もが文句を言うだろう。
しかしそれが文学部に属する学問ならなぜか許される。
趣味を冒涜するなだと?
趣味は趣味で勝手にすればいいと言ってるだろ。ただ、一体何の権利があって趣味に公金を使う?と聞いてる。

>芸術と科学
また技術的に難しい音楽を聞いて、写真同様の絵を見てすごいと言う感覚はもちろん分かる。

それらを単純に楽しむまではいいが、それらが抽象性を帯びてくると全く下らない権威のための語りに利用される。
「自分と趣味が違う」を権威は「この音楽にこめられた心が理解できてない」とよび、「この絵にこめられた意味が分かってない」と呼ぶ。
仔犬のワルツを知らない人が始めて仔犬のワルツを聞いて仔犬を思い浮かべる可能性などほぼ0だ。
例えその人が「音楽的感性(くだらん)」に優れていても。
初めてみる抽象画をみて何をモチーフに描かれたかをあてることもまず無理だろ?
もう単に芸術の「知識がある」ことを「感性豊か」「人間的」などと呼ぶのはやめろ。
これら芸術と人間性なんて全く関係ないのだから。

56. まあ、 2004/06/10(木) 18:30:35
音楽的感性と曲の題名当てにそもそも関連性があるのかと。音楽的感性は、音の物理的調和にその根拠を置くものにすぎない。

57. 工学系院生 2004/06/10(木) 18:57:34
>趣味を冒涜するなだと?
>趣味は趣味で勝手にすればいいと言ってるだろ。
話を変えないでください。君は「科学的視野に立てば芸術など馬鹿げている」と言ったでしょう。その発言が冒涜的だと言っているのです。
そういう二枚舌は卑怯です。

>ただ、一体何の権利があって趣味に公金を使う?と聞いてる。
理系の学問にも公金が出ていますが、それはなぜですかね?「役に立つ」というのなら、企業の研究所でやればいいじゃないですか。

それともう一つ、世の中を経済原理にだけ任せておいて放置していたら、「多くの人が欲するけれど採算が取れないもの」が絶滅してしまうのですよ。たとえば、福祉にしてもそうでしょう。
で、芸術ってのは、愛好家がそれなりに多くいて、なおかつ「後世に残したい」という人が多いわけだから、公金で補助するのもまた当然ですね。

>また技術的に難しい音楽を聞いて、写真同様の絵を見てすごいと言う感覚はもちろん分かる。
それは「芸術的審美眼」じゃないです。芸術はサーカスじゃない。そういうアクロバット的要素が皆無とは言わないが、飾りにすぎません。本質ではない。

>それらを単純に楽しむまではいいが、それらが抽象性を帯びてくると全く下らない権威のための語りに利用される。
「下らない権威のための語り」の具体例を挙げてください。

>「自分と趣味が違う」を権威は「この音楽にこめられた心が理解できてない」とよび、「この絵にこめられた意味が分かってない」と呼ぶ。
具体例を挙げてください。

>仔犬のワルツを知らない人が始めて仔犬のワルツを聞いて仔犬を思い浮かべる可能性などほぼ0だ。
事実が根本的に間違っています。ショパンはあの曲には「Valse Op.64-1」という機械的な題名をつけただけで、「仔犬のワルツ」なんていう題名は誰かが勝手に言い出したことです。
そもそも、クラシック音楽の世界で標題音楽は必ずしも主流ではないし、あったとしても「そういうものを連想してくれ」というヒントにすぎないものです。事物を描写するだけが目的の音楽は「前衛」の域を出ていません。

>もう単に芸術の「知識がある」ことを「感性豊か」「人間的」などと呼ぶのはやめろ。
>これら芸術と人間性なんて全く関係ないのだから。
では、君の言う「人間性」とは何なのですか?
君は「客観的」である「科学」だけを原理とせよなどと主張していましたが、それが「人間的」な生き方なのですか?

58. さらに別の理学部生 2004/06/10(木) 19:43:52
>工学さん
では感性や人間性が、知識でないと言うのでしょうか。感性や人間性って、そのほとんどは教育や文化によって育まれるのではないの?知識と完全に一致するまではいかなくても、多くの部分が知識では。
狼に育てられた少女は、普通は人間性豊かとか人間的だとか言わないよね?あなたは動物に感性というものが存在すると考えるわけですか?もしそうならば反論はできませんが、あなたが今言っている感性というものは動物性とは反対の人間に顕著なものをさしているように聞こえるし、だったらそれは多くの場合は経験=知識によってはぐくまれるのではないのでしょうか。もちろん、同じ人間に違う人生を与えて実験することはできないから、れっきとした証拠のある話ではないですけど。
それは別にしても、芸術っていうのは嗜好の問題でもあるので、人間性に大きく関与するのは間違いないでしょう。

>「自分と趣味が違う」を権威は「この音楽にこめられた心が理解できてない」とよび、「この絵にこめられた意味が分かってない」と呼ぶ。
趣味が違うのならば、理解できないこともあって当然では。作品をつくるのは人間なんだから、何か考えながら作ってるにきまってます。だから、それが作品に表れているかどうかは別にして、思いがあったはずです。表れていなかったら当然読み取ることもできませんが。

あと、抽象画って、モチーフがどうの以前の問題として、それ自身が美しいかどうかというのもあるんじゃないの?で、モチーフが何かを教えてもらえば、より作者の視点や観点を意識した見方が可能になって、哲学的思惟の世界に入り込むことが可能になるのでは。世界の捉え方の切り口として。

59. つーか 2004/06/10(木) 19:47:46
芸術、アートなんて文系じゃないだろ。
理系でもないけど。

いかにも自分たちの領域みたいに語るなよ。

60. 工学 2004/06/10(木) 19:50:48
では結局「子犬」じゃなくても「大蛇」でもなんでもよかったわけだ。
ならこの曲の解釈なんてものは人の数だけあり、
「やぁなるほど確かに子犬が走り回る姿が思い浮かびますなァ」
などとほざいたヤツは権威に迎合したただのアホだった。

お前らは芸術を鑑賞してそこにこめられた作者の心が読み取れると本気で信じてるんだろ?
ところが一方で、ある曲を聴いてそれが人によって子犬を思い浮かべようが大蛇を思い浮かべようが構わないとしたら変だと思わんのか。

「芸術は心の投影」など、芸術の普遍的、必然的な解釈が可能な上でしか言えないはずだ。
もちろんあなたが持ち出す普遍的解釈など全て権威に与えられたものであって人間固有のものではないがな。

>霞
「勉強をさせられていない」という主張であれば、それはそれで議論したいテーマではあります。果たしてこういう体制のままでいいのか、とね。私自身、疑問に感じていることではありますし。
それよりも勉強をしなくてもなぜ文系では卒業できて理系は勉強しないと卒業できないのか疑問に思ったほうが良い。
結局文系は「私はカントを読んで思ったことを書きました」ですむ学問であり、「自分の考えを持った」「自分の解釈を紙切れに書いた」というだけで「哲学した」と呼ばれ、何か知的活動をしたとされる。そんな程度のものだからだろ?
そりゃ誰も勉強しないし、させないわな。

61. 2004/06/10(木) 19:52:34
意味不明。知ってるなら語ってもいいやん?
それに、文系・理系を区別せないかんってこともないだろ?
もっと言えば、「工学」も「院生」も「理学部生」も理系なんだけど。

62. 語るななんて誰も… 2004/06/10(木) 20:01:24
「いかにも自分たちの領域みたいに」

って書いてあるじゃん。

63. さらに別の理学部生 2004/06/10(木) 20:07:29
作者の心が完全に読み取れるはずはないし、それはさすがに思い上がり。ほんの一部がすくいとれるかもしれないだけ。もちろん、自己満足なだけという危険も潜んでいる。
でも、ほんの少しでもすくうことができれば、それが刺激になって自分の世界を広げることができる可能性はあるでしょう?

64. さらに別の理学部生 2004/06/10(木) 20:13:38
ていうか、何で同じものを想像する必要があるの?
仔犬にしたって、いくらでも細かい区別はあるよ。
世界中の人が同じことしか考えられないなら、寂しすぎるね。
↑↑とかその他
別に自分たちの領域みたいに語っている人はいませんが。各自、意見を述べているだけでしょう。

65. 工学 2004/06/10(木) 20:39:43
子犬のワルツってそうだったのか・・
まぁいいや。とにかくショパンが何かを思って作った曲を聞いて他人がショパンと同じものを思い浮かべることは無いということで。

まぁ芸術の純粋に趣味的な部分は認める。
考えたら全くの趣味的な側面に対して科学的な説明を加えようとするほうがナンセンスだしな。(なんでそれが好きなの?には好きなものは好きしかないしな)
ただその趣味があたかもあらゆる人間に共通の趣味であり、
理解しないものを人間性の欠如したやつと異端視することは認めない。

>「多くの人が欲するけれど採算が取れないもの」が絶滅してしまうのですよ。
別に福祉など必要ない。
社会的弱者を守る理由などどこにある?
弱いものは滅び、強いものが残るならば人類全体の能力としては大きく底上げされるだろう。
まだ社会とか世間体が良く分かってない幼稚園児・小学生が、年よりや障害者を見てきもいとか死ね等と悪態をつくのを目にすることがあるが、これは弱いものが生きていることに対する本能的な嫌悪感の表れじゃないのか?
ハムスターの続きじゃないけど、種全体のことを考えればどう見ても弱いものを排除するほうが全体の為になる正しい行為と思うのだがね。

>愛好家がそれなりに多くいて、なおかつ「後世に残したい」という人が多いわけだから、公金で補助するのもまた当然ですね。
では今すぐテレビゲームに公金を出しなさい。
莫大な愛好家が世界中に・・

>具体例を挙げてください
何を期待してるのか良く分からん。
芸術が崇高でそれを理解するやつは人間としてすばらしく、知的だというような発言全てだ。

>君は「客観的」である「科学」だけを原理とせよなどと主張していましたが、それが「人間的」な生き方なのですか?
当然。

>では感性や人間性が、知識でないと言うのでしょうか

は?
俺の発言は君たちが感性等と呼んでいるものなど所詮知識にすぎないんだ。というものだが・・

66. こんなんありました。 2004/06/10(木) 20:53:49
http://www.bas.nias.ac.jp/~cafe/code/code.html

科学的な説明

67. さらに別の理学部生 2004/06/10(木) 21:09:10
>もう単に芸術の「知識がある」ことを「感性豊か」「人間的」などと呼ぶのはやめろ。
>これら芸術と人間性なんて全く関係ないのだから。
とあったので。人間性も知識なんだったら、芸術も感性も人間性も深くつながってしまうことになり、関係を肯定してしまうのですが。
ここで、むしろ感性の定義を「芸術に感動する知識を持ち合わせていること」という風に解釈することも可能なのではないかと思います。

とにかく、たかが知識、されど知識という考え方はないわけですね。言ってしまえばたかが知識だけど、それに感動するということもないわけですか。

あと、科学っていつから客観的になったのですか。少なくとも科学者は主体性の塊です。他の人の業績になる前に自分の業績にしたいし、新しいパラダイムも受け入れられないことが多々あるし。そんな科学者たちが作った体系が、客観的だなんて思えること自体が不思議ですね。というか、あなた自身が科学を宗教として見るような発言をしていた気がしたのですけど。科学も、客観性なんか持ち合わせてませんよ。ただ、多くの人を認めさせるだけの何かを持っているだけ。多くの人が認めることと、客観的ということは違うでしょう。
科学だけを原理とするのは、絶対に不可能ですよ。だって、「科学」には人間の行動指針は含まれないのですから。人間が行動するには、何らかの意思決定の理念が必要です。科学は学問であって、理念ではないと思うのですが。あなたが指針としているのは、科学ではなく(似非)合理主義だと思いますね。それが人間的かはともかくとして。

68. 工学系院生 2004/06/10(木) 22:04:37
>工学君
>まぁいいや。とにかくショパンが何かを思って作った曲を聞いて他人がショパンと同じものを思い浮かべることは無いということで。
だから?
作者も「聴衆」の一人であることには変わらないのだから。それを超えて、人を感動させる「普遍的」な力を持っているのが芸術。

>ただその趣味があたかもあらゆる人間に共通の趣味であり、
>理解しないものを人間性の欠如したやつと異端視することは認めない。
誰がそんなことをしましたか?

>別に福祉など必要ない。
>社会的弱者を守る理由などどこにある?
ふざけるのもいい加減にしなさい。
今はそう言うかもしれんけど、自分が年老いるなり事故に遭うなりしてそういう立場に追い込まれたら、泣き叫んで許しを請うのが落ちですよ。人間なんてそんなもんです。その想像力がなんでない?
百歩譲って、あんたはそれでいいとしても、他人にその「あんたの価値基準」を強要する権利がどこにある?
身内に障害者がいる人間として、これだけは許せない。そこだけははっきり言っておく。

>まだ社会とか世間体が良く分かってない幼稚園児・小学生が、年よりや障害者を見てきもいとか死ね等と悪態をつくのを目にすることがあるが、
事実認識として間違い。それは親の言動を真似していることが多く、むしろ子供はそういう偏見を持たないという意見もある。

>>愛好家がそれなりに多くいて、なおかつ「後世に残したい」という人が多いわけだから、公金で補助するのもまた当然ですね。
>では今すぐテレビゲームに公金を出しなさい。
テレビゲーム業界は公金の補助なしでも成り立ってるのだから必要ないでしょ?
まして、「後世に遺したい」と思ってる人がどれだけいる?

言っておきますが、伝統がないものに公金なんて生半可なことでは出ませんよ。出る理由がありますか?

>>具体例を挙げてください
>何を期待してるのか良く分からん。
そういう、君が「被害」を受けた事例があるなら具体的に挙げてみよということです。どう聞いても君の言い分は思いこみか被害妄想にしか思えない。

>>君は「客観的」である「科学」だけを原理とせよなどと主張していましたが、それが「人間的」な生き方なのですか?
>当然。
なぜ?
で、再度問うが、「人間的」って何?

>俺の発言は君たちが感性等と呼んでいるものなど所詮知識にすぎないんだ。というものだが・・
それどころか、自我や意識自体も、知識の集積に過ぎないという説もありますね。で、それがどうかしましたか?
知識の集積からそれだけのものが出てくるなら、知識ってすばらしいことじゃないですか。それ以上なにがありますか?

>こんなんありました。さん
残念ですけど、それじゃ「芸術性」の説明は出てこないし、それ以前にそれぐらい常識でしょう・・・。

>さらに別の理学部生さん
>「科学」には人間の行動指針は含まれないのですから。人間が行動するには、何らかの意思決定の理念が必要です。科学は学問であって、理念ではないと思うのですが。あなたが指針としているのは、科学ではなく(似非)合理主義だと思いますね。
まったくおっしゃるとおりですね。
私の言いたいことを、簡潔に述べてくださって、本当にありがたいです。

69. こんなんありました。 2004/06/10(木) 22:56:36
全くの趣味的な側面に対して科学的な説明を加えようとするナンセンスな例を挙げました。

70. 工学 2004/06/10(木) 23:35:28
>今はそう言うかもしれんけど、自分が年老いるなり事故に遭うなりしてそういう立場に追い込まれたら、泣き叫んで許しを請うのが落ちですよ。人間なんてそんなもんです
もちろんそりゃそうだ。
だが俺が言ってるのはそこで老いぼれて半分ボケた、あるいは事故で大きな障害を負った俺を助けるために社会が経済的な負担をすることがその社会全体の進歩にプラスかどうかだぞ?

最近環境問題が叫ばれて資源が限られていることが分かって来た。いつかは人が生きられなくなる環境になるだろ。
では今その限りある資源を無駄に弱者のために消費するべきなの?
ウン百年後のヤツはどうでもいいの?
違うだろ。
資源が限られている以上は生きる人間の数も限られてる。
ではその「定員」を埋めるべきは老人か?障害者か?
違うことは明瞭だろ。
強いものが人類を発展させ、弱いものは死に、強いものの子がまた選別され、そのうち弱いものは死ぬ。
それこそがもっとも合理的な方法だ。

道徳主義の「命が大切」だの「命の重さ」だの・・・
もういいって。
じゃぁ明日から牛も魚も食べなきゃ良い。
どうせ大事なのは命じゃなくて自分の命なんだろ?

身内に障害者がなんたらの文を見ても分かるが、もう感情論になってるぞ。しょうもない道徳だけがその主張のよりどころか?
あなたの身内の障害者が生きる価値の無いやつだ
と言ってるわけではない。あくまで「人類全体で見ればどうか」という話な事に気づけ。
もしも明日からこの方針にしたがって老人と重度の障害者は全員死刑、強者はどんどん子を生めとなったらあなたには「お気の毒ですね、でもこれが人類全体のためですから・・・」とでもなるのか。

71. 2004/06/11(金) 00:17:53
相手するのやめとくつもりでしたけど、書きたくなったので。。

→工学
>結局「子犬」じゃなくても「大蛇」でもなんでもよかった
>わけだ。
>ならこの曲の解釈なんてものは人の数だけあり
そうです。蛇でも犬でも猫でもなんでもいいです。連想するものは人それぞれ。犬を連想した人にとっては犬が正解、猫を連想した人には猫が正解となる。だが結果的に、その曲に感動できるかどうかが芸術性の有無に繋がるわけですから、犬だろうが猫だろうが感動するなら(感銘を受けるなら)それは芸術たりうるし、多くの人が感動すれば、それは名作として親しまれることになる。

あなたは科学信仰のために何もかも解を一義に求めないと気が済まないようで。。でもね、あなたが定義する芸術の解って、おかしいですよ。犬を連想するか、猫を連想するかが解じゃない。それは過程に過ぎない(数学でいうなら、途中の計算式やね)。解は、最後の感動と定義するしかないのです。

だからあなたの議論は明らかに的が外れている。工学系院生さんにせよ、もう一人の理学部生さんにせよ、芸術の解をちゃんと「感動」においている。それなのにあなただけ、途中の解釈、つまり犬や猫においている。それが、あなたの文系学問や芸術に対する無知あるいは偏見だと何度も主張してるんですけどね。わからないですか?

数学でも、ある解にたどり着くのにベクトルを使ったり積分を使ったり色々やるでしょ?あなたは、ベクトルの解しか認めず、途中の経過から答えまで全て数学的な誤りがない積分の答えを認めないのですか?

>ところが一方で、ある曲を聴いてそれが人によって子犬を思い浮かべようが大蛇を思い浮かべようが構わないとしたら変だと思わんのか

この意見、撤回できますね?あなたはベクトルによる解法と積分による解法の両方が思いつける問題を、変だと思うんですか?科学信仰者のあなたが、まさかそんな事言わんでしょ(笑)

>お前らは芸術を鑑賞してそこにこめられた作者の心が読み取れると本気で信じてるんだろ?

大学で研究をしているレベルの人で、こんな程度の低い認識をしている人はまずいないな。研究者の皆さんは、なんとかして自分の解釈を合理的に説明して、相対的に真実に近いのではないかと他者を納得させることを目指してます。

ただ、世間のごく一部の人が、自分の趣味の芸術に対して過度に入れ込んでいて、これが理解できないなんて馬鹿だと言い張るのを私は知ってます。だから工学の言うのも
100%嘘だと言う気はない。
でもそれは別に文系だけじゃないし(文系に多いかもしれんけど)、理系には理系で、工学のような科学万能主義(というか近代的(似非)合理主義かな)のような人が多いわけだし、おあいこやで。

自分だけが正しいと思うな。まじめに研究を考えて努力してる文系学生に(数は少ないけどさ)、ほとんど文系学問を知らない、一般常識レベルの芸術などに対する認識もない、しかも理系の学問だってまだ高校レベルしか知らずに研究も経験していない若造に、頭ごなしに馬鹿にされるいわれはないぞ。それなりのことをやってから主張しないと、それは子供の駄々にしか聞こえない。
『弱者』のことといい、暴言はいい加減にしろや。

それから、いつもいつも他人の主張の中で、自分に都合の悪いところをスルーするな。私の書いた上記の芸術と科学の対比に関して、なにか反論してみなさいな。

・・・私自身が暴言づいちゃいましたが(^^;)、勘弁してください。いい加減に許せなくなってきた。。

72. 2004/06/11(金) 00:35:02
書いてる間に進んだな。。。

↑↑
>俺を助けるために社会が経済的な負担をすることがその社会全体の進歩にプラスかどうかだぞ?

確実にならないね。マイナスだ。社会全体から見れば。

では、弱者を全て切り捨てていって、残った人はどうなる?身近な人が排除された人は(さっきの工学の定義で言うと、それは人類の大部分になるはず)、幸せを感じるか。あなたは何のために生きている?後進の人間のためとか思うなら、今すぐ死ねばいいのでは?あなたが存在すればエネルギーをひたすら使いつづけることになるよ。それはあなたの合理主義に反するんじゃないのかな?

こんな主張をすると、きっと、

今の自分は若いから働けるし、働くことを考えれば並みの人より優秀やから社会に必要だ(少なくとも老いぼれるか病気になるまでは)!!!
と反論されそうやな。でも、あなたは社会に貢献するだけして死んで、それで満足するんやね?自分の幸せを追い求めず、社会の発展と人類の進歩(それは工学の定義で言うと科学技術の発達とほぼ同意)に貢献してさくっと死ぬと。

志は立派やが、そんなこと考えてる人はまずおらんのちゃうかな。みんな自分が幸せになりたい、身近な人を幸せにしてあげたくてがんばって生きてると私は思う。そういうこと考えてる人が人類の大部分やとも思う。そういう人にとって、社会の発展は最優先の課題ではない。そんな人が大部分を占める以上、あなたのいう効率的な人間の発展の仕方、エネルギー消費の方法は、幸せを生み出さないと思うわ。

効率的なエネルギーの利用など、主張は極めて正しい。でもそこから発展させる考えがおかしい。今生きている大部分の人間を不幸にして、後進の人間のためにいい環境を残し、そしてその後進の人間もさらに後進の人間の為に不幸な生き方をして効率的にエネルギーを残す・・・ぞっとしますな。何のために生きている?

全く理解できない。これに対する論理的反証があるのなら、しっかり提示してください。


自分の主張の訂正

>それなりのことをやってから主張しないと、それは子供の駄々にしか聞こえない。

→それなりに知識や経験を積んで議論に臨まないと(あるいは主張を持たないと)、それは子供の駄々にしか聞こえない。

73. うぼぁー 2004/06/11(金) 00:42:30
>工学さん
>ハムスターの続きじゃないけど、種全体のことを考えればどう見ても弱いものを排除するほうが全体の為になる正しい行為と思うのだがね。

またトピックから外れている。

前も述べたとおり、今は種全体から考えることはしません。「ウン百年後はどうでもいい。とりあえず自分の子」というように、あくまで個人の血縁度(遺伝子です)から考えていく。社会福祉に関しても、ネアンデルタール人が介護をしていたし(ソース失念)、自分と血縁の高い子を残せる確率が上がるから、適応的と考えられます。

あなたの仰っていることは、優生学思想といって、進化論から誤って引き出されたトンデモムーヴメントの1つで、100年以上昔からある考え方です。それを実行した例もあるわけで、アメリカ合衆国の人種差別主義やアドルフ・ヒトラー率いるナチがその典型です。

スレッドの話題から外れないように言うと、中途半端に現実から抽象して論理を組み立てると、非現実的な合理性になることもあるということです。

74. う〜む 2004/06/11(金) 00:50:59
工学さんは、文系の学問は主観的でどのようにもとれるから・・といって切り捨てておいて、しばしば自分の主観的な価値観を正しいと主張し、強制しようとする(注・少なくとも私にはそのように見える)根拠を明らかにしてほしいと思うのですが。
かなり根本的な問題だと思います。工学院生さんなどが何度も指摘してるような気がするのですが、明確な返答がないような気がします。
もし返答があったのに読み落としてたらもうしわけないですが。

75. さらに別の理学部生 2004/06/11(金) 00:55:35
>工学さん
それは、確かに合理的な、究極の理想かもしれません。僕はそう考えはしませんが、その主張を退けることは不可能です。議論をしたところで、いつまでも平行線になるでしょう。しかし、あなたはそれを貫き通すことができるのですか?しかも、少なくとも自己の中においては矛盾せずに、一生貫き通せるのですか?あなたの主張に関しては、敢えてこれ以上は問いません。

ところで、僕がずっと気にしていたのは、科学にたずさわるにも関わらず、その美しさに感動することができていないように思われることです。神秘や美しさを見出すこともできないのに科学に携ろうとしているんですか、と問いたいですね。

そうなのだとしたら、とても切ない。

僕の言いたいことのエッセンスは、この言葉に詰まっています。
そもそも、芸術云々に関しても、自分がその美しさを理解できないというコンプレックスから書きなぐっているようにも感じられたので。科学に対しても、同じようなコンプレックスがあるような気がして。
科学にある種の神秘や美しさを見出せているのであれば、僕の勝手な勘違いなので無視してくださって結構ですが。

76. もう 2004/06/11(金) 01:05:30
どうでもいいじゃないか・・・

77. a 2004/06/11(金) 01:06:27
今一番kyoto-u.comの議論板らしいスレだと思うけどな。。

78. もう 2004/06/11(金) 01:07:11
一回最初のやつから見返してみなよ。
卒論書けちゃうよほんと。
すごい量だね。

79. りがく 2004/06/11(金) 01:12:32
神秘や美しさはいいんだけど、
それを説明しようとしていながら
余りに説明できていないところに
文系学部の存在意義はない。
と考える人は少なくないと思う。

80. 数学 2004/06/11(金) 02:16:02
役に立つ役に立たんとか、主観だ客観だというのも随分曖昧な区別じゃないかなぁ。

工学は「倫理は主観的で、どうとでもなるもの」と言っているが、必ずしもそうとは限らんよ。

たとえば、
仮説:宇宙に存在する全ての「知的生命体」の行動は、互いの「世界観」を「適切に翻訳すれば」我々の「倫理」で理解できる。
(「」内は未定義。アイデアだけ。)
という仮説をおけば、これは検証できるし、来るべきファーストコンタクトの際に役に立つ可能性もあるわけだしw

芸術だって、現にそういうものが存在している現実を認めるべきで、「ただの権威主義」と根拠もなく決め付けるのは全然科学的ではないと思うんだが。

81. 2004/06/11(金) 02:35:37
逆に文系の学問て論理でがちがちになっちゃってるとこもあると思う。
けっきょくその体系が本質と合ってるかどうかは
主観にゆだねられることになる、と。

82. 関係ないけど 2004/06/11(金) 09:12:18
優生学って、科学的根拠がないということになっているけど、本当にそうなんだろうか?
単にそういう主張をすること自体が政治的にまずいから、誤りということになっているだけのような気がする。
まあナチスの例を見ても分かるように、現実に実行するといろいろ問題があるから、結局は使い物にならない思想なんだろうけど。

83. 2004/06/11(金) 15:23:31
実際、多少の優劣はあると思うけど、
歴史を盛衰を見る限り、それほど強調できるようなものとは思えませんな。
環境とか気候しだいで民族や国の優劣なんていくらでも変わってくるでしょう。

84. 2004/06/11(金) 16:56:30
場所とか状況によって大きく変わるよな。
たとえばトルコが世界最強クラスの国勢を誇ってた時代があるなんて
そのへんのフリーターなんかが聞いても絶対信じないだろうよ。

85. 2004/06/11(金) 17:49:28
黒人は同一環境下での紫外線による皮膚がん率が白人に比べて低いと思うんだが、これも優生学?

86. とあるコテハン 2004/06/11(金) 20:39:47
>霞氏

言いっ放しというのもやはり失礼かと感じたので再度書き込ませてもらいます。

俺は基本的なスタンスとしてここではオーソドックスな議論のルールから外れた
書き方をしているのでやはり誤解も生じうるかと思います。
これに関しては申し訳ないというほかない。
ただ、緻密な構造でない分だけ「語る」ことより「示しうる」こと、
読む人の知識や思考法によって示唆できることもあるのではないか、
ということを念頭において言葉を選んでいるので、御了解いただきたい。

前回の書き込みで引いたのは「『神』が死んだ」ということをはじめに指摘した
F.ニーチェの、晩年の著作「力への意志」の一節です。
「私は私で…」という部分は俺の創作のようなものですが、
より正確には古典的な論理学において前提となっている公理のようなものといえます。
まぁこの点に深く立ち入る必要はないでしょう。

>その「誰」とは、私であり、私以外の何者かの存在でもあり、そしてなおかつ、そのどちらでもなく、生きることそのものにとってでもある。
俺も同じように考えています。
ただ、具体的にそれがどこに反映されていると解釈するか、これが難しい。

さて、少し異なる話題になりますが、
いわゆる合理主義には現実(もしくは世界、真理)に対する「解釈」について、
おそらく2つの段階を認めているという可能性が設けられると俺は考えています。
第一段階は紛れもなく論理的に引き出される解釈。
これは例えば、提示されたデータを解釈すること、になるでしょう。
そして第二段階はその解釈から自由に演繹を行なうこと。
例えば、データを得るための初期設定を変更したらどうなるかという推測や
それを利用してどのような新たな仮説がたてられるかということ。
端的にはその解釈を自分がどのように受け止めるかということ。

ある現実に対する解釈の第一段階をi_1、第二段階をi_2とし、
さらに関係する別の現実に対する解釈の第一段階をi'_1とするなら、
これらの関係はどのような構造として考えることができるか。
リニアな関係であることもあれば、ウロボロスのようになっていることもある。

A氏「ある異性(B氏)が自分のほうをじっと見ていて、すぐに視線をそらした」
具体的にこれを「第一段階の解釈」とするなら、「第二段階の解釈」はどのようになるでしょうか。
 ・その異性は自分に好意を抱いている。
 ・自分の顔が面白い、もしくはキモい。
 ・実は知らないうちに自分がその異性のほうをじっと見ていた。
 ・そもそもじっと見ていたということ自体が勘違い。
B氏が「ある異性(A氏)が自分のほうをじっと見ている」と認識しているとき、
第三者からはどのような「現実」を想定することができるでしょうか。

枝葉の部分が大きくなりましたが、この側面から見た場合には、
「文系」と「理系」のスタンスの違いを少し考えることはできないでしょうか。
これについてはあえて突っ込まず、少し異なる視点をさらに提示してみます。

現実を認識する際の、現実との「距離」は如何ほどのものなのでしょうか。
リアルな「現実」として見ているのか、アクチュアルな「現実」なのか。
それはどのくらいの按配なのか。

分かりにくいですね。

87. とあるコテハン 2004/06/11(金) 20:40:09
>優生学について
現時点では、基本的に優生学を正しいとする根拠も誤りとする根拠も
科学的には示すことができません。
ひとつには生命を構築する情報のすべてが明らかになっていないという点。
さらには、生命の進化は一見しては価値の知れない遺伝情報を持つことが
ひとつの大きなdriving forceとなった点が挙げられます。
これらだけからでも、何を根拠とするかという段階で挫折してしまうことがいえます。
環境による選択(selection)がどのようなものであるかも関与します。
細かいことは進化論と生態学を学んでください。
細菌や「下等な」生物の生命活動がいかに合理的なシステムであるかという点、
それから新たな環境に適応するということは、それまでいた古い環境から逃げ出す、
そしてそれは事実上、生存競争での敗北という意味合いも含んでいるということだと
考えられる点についてはここで説明しておく必要があるかもしれないな。
優生学が否定されているのはまぁ政治的理由というのが大きいかと。
もちろん、科学的にも「やめておいたほうがいいんじゃないか」というくらいには
否定的だといっても差し支えないとは思われるが…。

ただし、これと福祉を厚くする根拠との境を曖昧にするのはいささか行きすぎとは思う。
個人的に福祉はあくまで政治的・経済的な「決断」の色が濃いと考えている。

88. 工学系院生 2004/06/12(土) 15:47:28
>工学君
>「やぁなるほど確かに子犬が走り回る姿が思い浮かびますなァ」
>などとほざいたヤツは権威に迎合したただのアホだった。
そういう奴はスノッブと呼ばれ、「よくある誤り」として類型化されています。どこに「権威」があるのですか?

>お前らは芸術を鑑賞してそこにこめられた作者の心が読み取れると本気で信じてるんだろ?
文章を読んで、相手の意見が読み取れるという程度には、そうです。

>ところが一方で、ある曲を聴いてそれが人によって子犬を思い浮かべようが大蛇を思い浮かべようが構わないとしたら変だと思わんのか。
思いません。それが芸術の普遍性です。

>それよりも勉強をしなくてもなぜ文系では卒業できて理系は勉強しないと卒業できないのか疑問に思ったほうが良い。
理系でも勉強したというほどしている奴はいないよ。はっきり言うが。作業量は多いかもしれんけど、意味をろくに理解せずに課題を消化だけしてる奴のなんと多いことか。

>結局文系は「私はカントを読んで思ったことを書きました」ですむ学問であり、「自分の考えを持った」「自分の解釈を紙切れに書いた」というだけで「哲学した」と呼ばれ、何か知的活動をしたとされる。
されません。根本的に誤っている。いっぺん、じゃあそういう文章書いてごらんよ。どこがお粗末か指摘してあげるから。

>では今その限りある資源を無駄に弱者のために消費するべきなの?
>ウン百年後のヤツはどうでもいいの?
>違うだろ。
意味がわかりません。人間ってのが、弱者が生きられない世の中でなければ存続できないほどの存在なら、存続しなくてもいいですよ。
そもそも、人類を長く存続させることだけが目的なら、せいぜい千人程度の人間を残して他の人間をすべて殺し、残った人間も冬眠状態にして必要なときだけ繁殖行動を行って人口を一定に保ち、生殖可能年齢を過ぎた人間はすべて殺す。後は最小限の水と食物だけで過ごせばよろしい。それこそが「合理的」です。君が理想とするのはそんな社会ですか?アウシュビッツ以下の動物園みたいな社会に生きて、誰が楽しいのですか?

>資源が限られている以上は生きる人間の数も限られてる。
>ではその「定員」を埋めるべきは老人か?障害者か?
>違うことは明瞭だろ。
全然明瞭じゃありません。それは君の主観というか心の卑しさを示しているだけです。

>道徳主義の「命が大切」だの「命の重さ」だの・・・
>もういいって。
>じゃぁ明日から牛も魚も食べなきゃ良い。
>どうせ大事なのは命じゃなくて自分の命なんだろ?
あまりにも幼稚な議論です。ばかばかしくて説明する気にもなれない。自分が(「自分の命が」ではなく)大切であればこそ、他人に優しくする場合もあるし、道徳律を守る場合もあるし、殺生を冒す場合もあるのではないですか。

一度宗教書(特に仏教書など)をひもとくことを勧めます。命が大切であるにもかかわらず殺生をしなければ生きていけない人間の哀しさについては、古来から多くの思想が蓄積されています。

ちなみにたぶん君は宗教を頭ごなしに否定すると思うので先に言っておくけれど、宗教書を「信仰」の立場から離れて科学的に読む方法はいくらでもあるんですよ(以前出ましたが、それが宗教学の方法の一つでもあります)。神仏であるとか神話や伝説のたぐいはある種の「モデル化」や「隠喩」として読めるんです。必ず、自分で体験し感得することのできる次元に引き戻して理解できるようになっています。ただ、表現の幅の広さや、理解を助けるための方便としてそういう存在を想定していたり、あるいは何か抽象的なものを神仏と呼んでいたりする、そう思えば、信者でなくても必ず何かの智慧を得ることができるはずですよ。実際、どの宗教の聖職者も、他宗教の文献を読んでその思想を学ぼうとする人が少なからずいますしね。

>あなたの身内の障害者が生きる価値の無いやつだ
>と言ってるわけではない。あくまで「人類全体で見ればどうか」という話な事に気づけ。
君は「人類全体」という視点を普遍的なものとして提示しているのではないのですか。だとすれば、そんな留保をつけてもいいわけにも何もなりません。そうでないのなら、君の言う「人類全体」という視点には全く意味がないということです。

>もしも明日からこの方針にしたがって老人と重度の障害者は全員死刑、強者はどんどん子を生めとなったらあなたには「お気の毒ですね、でもこれが人類全体のためですから・・・」とでもなるのか。
???日本語になっていません。私が「お気の毒ですね」云々と主張するというのですか?そんな訳ないでしょう。

89. 工学系院生 2004/06/12(土) 15:54:55
>こんなんありましたさん
>全くの趣味的な側面に対して科学的な説明を加えようとするナンセンスな例を挙げました。
いや、ナンセンスではないでしょう。あれは音階を物理学的に説明しているだけであり、芸術性の説明を試みてはいないはず。丁寧に読んでいないからもしかしたら的はずれかもしれないけど。

>う〜むさん
>工学さんは、文系の学問は主観的でどのようにもとれるから・・といって切り捨てておいて、しばしば自分の主観的な価値観を正しいと主張し、強制しようとする(注・少なくとも私にはそのように見える)根拠を明らかにしてほしいと思うのですが。
そうなのですが、その意味を全く理解していないようなので。

>うぼぁーさん
>中途半端に現実から抽象して論理を組み立てると、非現実的な合理性になることもあるということです。
よく見かける疑似科学(社会学の分野に多い)ですよね。お互い気をつけねば。

>数学さん
>芸術だって、現にそういうものが存在している現実を認めるべきで、「ただの権威主義」と根拠もなく決め付けるのは全然科学的ではないと思うんだが。
そういうことですよね。私はそれを「実験事実のようなもの」と言ったのに、彼は全く理解しないようですが。

>関係ないけどさん
>まあナチスの例を見ても分かるように、現実に実行するといろいろ問題があるから、結局は使い物にならない思想なんだろうけど。
そういうことですよね。結局は使えない思想はいくらごもっともであっても無駄、ということです。それは科学理論であろうが社会思想であろうが同じこと。
結局、倫理や道徳を否定してもそういう意味のない思想しか出てこないのであれば、倫理や道徳には単なる一仮説以上のものがあると思わざるを得ない、ということですよね。まあ、科学と同様です。科学を否定しても結局意味のない思想しか出てこないわけで。

>霞さん
>連想するものは人それぞれ。犬を連想した人にとっては犬が正解、猫を連想した人には猫が正解となる。
細かいですけど、そういう具体的事物を連想すること自体が正しいことかは、圧倒的に多くの音楽家の否定するところです。音楽は音楽であって、それ自体として理解すべきとされています。

おそらく、一番工学君が理解できないのはそこなのでしょう。なんでも言葉(の狭い範囲)で説明がつくと思っていて、即時に説明できないものは「非合理的」で片付けてしまう。そのくせ言葉の力の凄まじさには無自覚です。

もともと、西洋思想の根本のひとつであるキリスト教においても、ヨハネの福音書の冒頭で「はじめに言葉(logos)があった」といわれているくらいで、言葉(論理)そのものが神と捉えられるほどの、その恐ろしさにまったく無自覚なんでしょう。だから、「文系」の学問が存在し得る所以がまったくわからない。そのくせ自分はあいまいな言葉で自らの「思想」を語って恥じないという滑稽な矛盾が生じているわけです。

90. ところで 2004/06/12(土) 16:20:15
京大の入試の国語って、かなり簡潔な設問で解答欄もたっぷりあるが、あれってどうやって採点してるのかね。
受験テクニック的なキーワードがどうたらこうたらでは、採点しにくいと思うんだけど。
筋道が通ってるとか文章が明快とか、そういう内容的なことで評価してるのか、それともやっぱりキーワードをチェックしてるのか…。
数学の場合は、証明問題で理屈の組立てを見てるみたいだから(採点大変らしいw)、やっぱり国語も学問的な基準で採点してるのかねぇ。
般教だと筋の通った答案だったら点数くれるけど。

91. 2004/06/12(土) 16:26:54
数学だって、採点者によって点数は異なるらしいよ。
ある程度の基準はあるけど、答案に対して点数が一意に決まるようなものではないらしい。
まあ、それを言えば法律だってそうだけどさ。
「学問的な基準」って言葉のいみがわからんけど、とりあえずそういうこと。

でも、スレとはあまり関係ない話じゃないかなあ。

92. ところで 2004/06/12(土) 16:41:14
>↑
うむ。いや、国語の試験を批判してるつもりじゃなくて、純粋に聞いてみただけ。このスレに書くべきかは迷ったが・・・まーいいじゃんw

京大の入試は良問と、いまになってつくづく思う。

93. マーチャオ 2004/06/12(土) 17:03:39
文学部の人間は、自分の専門外のことに対してなめすぎだと思う。
「あんなん、自分でもできる」と全て思ってる。

気がする。回り見てると。
で、寒い奴が多いっていう風に言われるんじゃないかと。

94. 工学 2004/06/12(土) 17:06:22
>多様な解釈
数学の場合ベクトルの解法と複素数の解法があっても結局やってることというかその本質は同じなわけだ。
で、「絵の場合もそうじゃないか。本質は共通してるから万人が絵に感動するんだ」というか?
違う。
思い浮かべたものが子犬と猫程度の違いなら本質は「生命の躍動感」とかまぁ適当にいえるかもしれんが、
ではある抽象画を見て人によって「インドの夜」と解釈しても「回る洗濯機」と解釈しても「時の不可逆」と解釈してもなんでもいいんだろ?
というかそういう状態は仮定できるよな?
じゃぁこの絵の本質は何??笑

>優生学
例えば親子で外見が似てるという点での遺伝は誰もが認めるところだろう。
白人の子供からいきなり黒人は生まれないし、
だいたい顔が親子で似るし。
ではなぜ頭のよさや体格やその他才能が遺伝することは認めない?
顔の形が似るように、脳みその形も似る。
つまりそれは才能に他ならない。

95. 工学 2004/06/12(土) 17:06:46
>工学系院生
>文章を読んで、相手の意見が読み取れるという程度には
>思いません。それが芸術の普遍性です。
本当か?
子犬のワルツ聴いて文章、例えば俺らのこのやり取り以上の情報を得られるのか?
すごいわ自分(笑
明日から音楽という形で論文を発表すれば?笑

もうやめとけって、ドとかレとかの音が組み合わさってそれが文章以上の情報(作者がこめたなんらかのもの)になりうるわけないってもう分かってるんだろ?本当は。
まぁ「実はドはaで三連符はbの意味で・・」とかなら別だけど笑

>どこがお粗末か指摘してあげるから
いや、文系の学問はいくらでも解釈可能だっていうのが俺のスタンスだったはずだ。
例えばカントについて書かかれた文章についてそれが訂正の余地の無い文章になりうるわけない。
いくらでもケチがつく。
だから逆に指摘の余地のない完璧な論文を教えてほしいものだ。

>君が理想とするのはそんな社会ですか?アウシュビッツ以下の動物園みたいな社会に生きて、誰が楽しいのですか?
違う誰も単に長さを競えなどと言ってない。
楽しさ×人の数(最大多数の〜)が全体的な視点から見たすべきことだとするならばそれこそ科学を発展させればいい。
「とにかく優生学的手段で進歩させた集団A」と
「『生まれたモン勝ち。生まれた俺らの幸福が最優先。あとはしらん』で無計画になんとなく続いた集団B(つまりこのまま行った場合の未来の人類)」
とでどうしてBの幸福だけが問題になるのか?

宗教以下はレスする気もおきない・・
じゃぁ例えば「輪廻転生」という概念を科学的に見た場合なにが得られるのか教えてよ。

96. 2004/06/12(土) 17:21:59
>文章を読んで、相手の意見が読み取れるという程度には
>思いません。それが芸術の普遍性です。

ときにこれは所謂「文系科目」なのか?
違くない?
人間全員が持ってる普遍的な物な気がするけど。
勉強したから、よく読み取れるとかそういうもんでもないだろう?
そんなんわざわざ学問する意味あるの?(価値じゃなくて意味ね)

97. 工学 2004/06/12(土) 18:05:27
>工学さんは、文系の学問は主観的でどのようにもとれるから・・といって切り捨てておいて、しばしば自分の主観的な価値観を正しいと主張し、強制しようとする

そんなこと言い出したらそっちだって自分の主観こそが正しくて、俺の考えを排除(強制)しようとしてるわけだろ・・
議論ってのは自分の意見は正しいとしてそれを戦わせて弱いところをお互い徐々に削って行き、
最終的にはまぁ初めにお互いが思っていた考えよりはマシな考えを得ようとする遊び(語弊あるか)なんだし。

>結局は使えない思想はいくらごもっともであっても無駄
工学系院は「意味の無い〜はナンセンス」とか
「使えない〜は無駄」とかやめようや。
また、理屈でごもっともと思ったのなら無駄とはできないはず。
理系なんだろ?
無駄なら、そのごもっともと思えた考えがなぜ無駄だったのか考えろよ。
あと「結局〜だ」とか「結局〜ということですよね」を多用すると頭悪くなっていくぞ。

98. ん? 2004/06/12(土) 18:09:58
>とにかく優生学的手段で進歩させた集団A
など何やら神がかってきているようだが、
工学君はようするに人類が「強くなって」「生き残るために」邪魔なもんはいらんと言いたいのか。
邪魔と邪魔でないの区別は君の主観以外の何でしているのか?
まさか科学的観察とかなんとか言わんよね。

99. 007 2004/06/12(土) 18:28:54
>また、理屈でごもっともと思ったのなら無駄とはできないはず。
理系なんだろ?

なんかお前理系を勘違いしてないか?むしろ、俺は現実的に可能な方法の中でベストなものを選択するのが理系の発想だと思うが。
その発想は理系というより、宗教とか政治運動にはまっていくタイプの奴の発想だぞ。
大体、仮に優生学が正しいとして、具体的にどう実行するんだ?老人や障害者を殺し、頭の悪い人間や特に取り柄のない人間からは生む権利を剥奪したりするのか?
出来るわけないだろ。世の中そんな単純じゃありません。

100. 工学系院生 2004/06/12(土) 18:49:20
このトピックが溢れてしまったので、反論は以下のリンク先で。

http://www.kyoto-u.com/lounge/discuss/html/200406/04060032.html

このトピックは発言数が100件に達しました。
これ以上の書き込みはできません。
続きは次のスレッドでお楽しみください。
ホーム > 談話室 > 議論 > 文系学部の存在意義。その五