「こころ」とは何ですか?
元文学部
2002/03/17(日) 14:26:37
文学部・教育学部系の学問領域の中心概念である「こころ」とはなんですか。
VA
2002/03/17(日) 18:15:39
やまいもすったやつ↑
2002/03/17(日) 20:42:18
そりはトロロ花鹿
2002/03/17(日) 22:36:25
となりのこんなもんでしょ
2002/03/18(月) 00:15:20
「こころ」、それは、野性を脱して安定した生活基盤を得た人類が、暇を潰し、気を紛らわす為に、考察の対象として設定した仮想事物。理学部的には
2002/03/18(月) 00:54:58
実体が空間を埋め、心が双対空間を埋めるというイメージ。動物には
2002/03/18(月) 07:27:18
こころがないの?コテハンは
2002/03/18(月) 07:28:46
心無いのか小ネタ
2002/03/19(火) 03:08:23
http://www.cocolo.co.jpサニーとダリンが好き
オーガーピロム
2002/03/19(火) 13:50:39
そこになくここにあるものなつかしーねー
2002/03/20(水) 00:54:17
「モーレツ!ア太郎」に出てたタヌキの親分でしょ??こころ?
2002/03/20(水) 00:58:20
千円札でスッポンポンのおっさんの作品だろ。こころん?
2002/03/20(水) 01:16:02
図書館司書やってる3人姉妹の末っ子。ネ右一
2002/03/20(水) 01:57:05
↑CVは斎藤千和http://www.jvcmusic.co.jp/m-serve/tv/kokosho/
焼き鳥屋の大将
2002/03/20(水) 22:12:09
へい!ココロ一丁!小学生6人
2002/03/31(日) 19:11:57
体操?ネ右一
2002/03/31(日) 19:16:47
↑天使のしっぽからって、あなた、通ですなw
あ法学部生
2002/09/13(金) 21:23:08
>こんなもんでしょ 2002/03/18(月) 00:15:20>「こころ」、それは、野性を脱して安定した生活基盤を得た人類が、暇を潰し、>気を紛らわす為に、考察の対象として設定した仮想事物。
>理学部的には 2002/03/18(月) 00:54:58
>実体が空間を埋め、心が双対空間を埋めるというイメージ。
全然分りません。誰か翻訳してください。
工学部的に
2002/09/14(土) 00:16:13
>実体が空間を埋め、心が双対空間を埋めるというイメージ。しかし現実問題的にモデル化する際には
実態がグラフであり、心が双対グラフを埋める、
とした方が扱いやすそうである。
空間は3次元か4次元のユークリッド空間で十分なはず。
ななし
2002/09/22(日) 13:22:56
↑ココロを表現するのに平行線定理は必要なのか?むしろ非ユークリッド的であるかと思われる。
現実世界→認識(作用素)→ココロという写像空間。
などといって知的に文型板を荒らしてみるテスト
蘂
2002/10/02(水) 17:41:14
http://www.aozora.gr.jp/cards/souseki/kokoro.html夏目漱石
2002/12/10(火) 22:04:19
私の作品「こころ」を読みましょう。ついでに3部作も。神経科学的には
2002/12/13(金) 18:20:11
脳内シナプスを経て、伝わる統合情報処理の総体だそうです。科学者は脳も心もサイエンスの領域のものとみなしていますが、既存の
科学の概念だけで説明できないかもしれません。
一応、大脳前頭葉が自我機能を受け持つといわれていますが、
はっきりしたことはまだわかっていません。ペンローズや、ペンフィールド等
ノーベル級の業績をもつ著名なキリスト教系科学者が、晩年に「脳は心とは別」
と主張したりするので、なかなか世論がまとまらないみたいだけど、
日本の神経学会では、「心は主に大脳真皮質の高次情報処理の過程である」と
いう確信があるようです。以上。
↑事実?
2002/12/18(水) 10:22:27
情や、感性や閃きが数理解析される時代が来るの?ななし
2002/12/21(土) 00:40:24
量子脳理論は?高次情報処理の過程がココロなら、非生物もココロを持ちうるのか?
↑事実?
2002/12/22(日) 00:55:07
>量子脳理論は?量子的確率ゆらぎが、機械的神経で構成された大脳新皮質に、
自由で不可思議に揺れ動く脳の不確定性を生み出している、と
いう「論理的必然性」から生まれたのが、量子脳。
量子が私たちの生きるマクロの世界に現れるのは、超伝導だけなんです。
それも常温の脳の中で、超伝導状態が起きるなんて、トンでも理論。
あくまで理論の段階の話ですし、実験で証明されるには相当な時間が必要。
寧ろ、私は、回路が10の11乗のニューロンがつくる大脳回路の複雑
さが生み出す確率揺らぎが、機械的な大脳構造に「創造性を生み出すこころ」
を生み出すのではないか、と考えたい。
ちなみに、植物も、下等動物も、感覚受容器から、感覚神経、中枢神経を
経て、運動神経まで行き着く間の、神経回路の複雑さが全然ない。つまり
情報の与えられ方に対して、反応の組み合わせがあまりに小さいため、
霊長類が持つような短時間に自身を環境に適応させるに足る「ゆらぎ」が
生まれえない。その意味で、「自我、自覚」という人間の持つ得意な
心理を覗けば、すべては神経回路の複雑さが生む、情報処理過程の
確率的ゆらぎと、それを補佐してより的確なアウトプットを優先させる
フィールドバック機能が生み出すのが、霊長類の「こころ」だと
思っている。その理論の立場は、「心」を化学反応のみで大筋説明しきる
ことが可能性をもつが、「自我」を説明できていない、という弱点を
持つ。21世紀最初のパラダイムは、「自我」認識の脳科学の進展
が握っているのかもしれない。
民事再生法
2003/01/18(土) 04:52:37
地味に良スレなのでage↑
2003/01/20(月) 00:23:10
> ちなみに、植物も、下等動物も、感覚受容器から、感覚神経、中枢神経を(以下略)
それは「こころ」に限定されない。
複雑な反応は、すでに反射などの神経系の段階で起こっている。
それは現在の科学が力不足で、理想としては単純な反応に還元できるとしても、それは論点が外れている。
単純な刺激→反応の寄せ集めは、ある行動がまさしく「行動」として成立していることは説明できない。
生気論的とか有機体論的とかいって無視するのではなく、なんとか自然科学のうちに取り込まなければ、↑さんの仰っているとおり「自我」なんか解明できない。
そうじゃなければ、たとえ量子脳のようなものができたとしても、それが単なる複雑な計算処理なのか、
いわゆる「こころ」や意識といったものを持っているのかを判別する術がない。
民事再生法
2003/01/20(月) 08:07:22
↑に同意。「こころ」を複雑な計算処理とみなすのは限界があると思う。たとえ、心的作用が化学的、数理的に解析できたとしても、その心的作用の契機となった現在の経験や体験、また主体の内にある過去の思い出は客観的に数量化できない。
つまり、複雑な計算処理や化学反応だけでくくりきれない、あぶれてしまう要素がある思う。計算処理は「こころ」の本質の全てではい。「こころ」は計算処理プラスあぶれてしまう何かを包括するものではないか。
あー、説明になってねー。
ななし
2003/01/21(火) 13:44:42
「複雑な」の解釈が単なる量的な問題としてしか捉えられていないけど、カオス的な要素、「解析不可能な」処理がこころのゆらぎを生むと考えるべきでは?
個々の運動が追跡できなくても全体の運動を統計的に見るとあるルールに乗っ取っていて、
そのルールも時間的統計を取ればあるルールに乗っ取った動きを見せている。
分子運動と人間の行動の類似性に注目した場合、人間の個体の揺らぎ=こころに相当するものは?その辺に鍵があると思うんだが。
もうひとつの鍵はプリコジンの散逸構造論でしょう。
ある状況下で「複雑さ」は、自発的にエントロピーを減少させる排他的システムを形成する(台風とかいった揺らぎ拡大=フラクタル形成過程)
生命のカオティックな部分が「こころ」として理解されるわけで、
台風も昆虫も植物も地球も宇宙も「こころ」を持っていると思うんだが。
ただし人間のような「こころ」の外部への働きかけのひとつである「感情」はないと思うけど。
ポイントレスなので要点をつまむと、
「複雑系」は「ゆらぎ」によって望ましいプロセスを選択するので、
「こころ」とは「ゆらぎ」では?
>ななし さん
2003/01/21(火) 22:46:40
>「複雑な」の解釈が単なる量的な問題としてしか捉えられていないけど、>カオス的な要素、「解析不可能な」処理がこころのゆらぎを生むと考えるべきでは?
上の方のレスでは「量的な問題としてしか捉えていない」つもりはないです。
量的か質的かを選択できないところに、こころの問題はあるんじゃないかと。
>台風も昆虫も植物も地球も宇宙も「こころ」を持っていると思うんだが。
>ただし人間のような「こころ」の外部への働きかけのひとつである「感情」はないと思うけど。
台風や昆虫のようなものにも「こころ」があるようにモデルを考えているだけでは。
「こころ」が生命のカオス的な部分であったとしても、
生命のカオス的な部分すべてか「こころ」というわけでもない。
生命の反応・行動といったものを「カオス的じゃない部分/カオス的な部分」に分けてしまうことはできないと思う。
「自己意識」(ななしさんの仰る「感情」)が「こころ」の重要なファクターだと思っているので、
ミミズが這ってることについて「こころ」があるとは考えないが、
それが単なる化学的な反応なんじゃなくて「這っている」という「行動」となっていることを考えると、
「単なる化学的な反応/行動/こころ(自己意識的な)」のように分けることもできるし、
具体的に見ると、これも便宜的な分け方にすぎないかもしれない。
複雑系のことはよく知らないが、
>「複雑系」は「ゆらぎ」によって望ましいプロセスを選択するので、
>「こころ」とは「ゆらぎ」では?
複雑系では「望ましい」があくまでメタファーなのに対し、
「行動」では「望ましい」がもっと強い意味を持ってくるのでは
(また「こころ」の倫理的な「望ましい」よりは弱い意味で)。
↑
2003/01/21(火) 22:49:56
>複雑系では「望ましい」があくまでメタファーなのに対し、「複雑系では『望ましい』があくまでメタファーなのか、
現実的に意味を帯びてくるのかが判別できない」に訂正。
これが判別できるかどうかで「こころの進化、精神そのものの現象」を捉えられるような気がする。
気がするだけ。
ななし
2003/01/22(水) 20:51:32
↑、↑↑いいとこついてきますね。
1.量と質の話
「ラプラスの悪魔」について調べてもらったら話は早いんですが、
頑張れば処理できるとすれば、単に情報量が多いだけの話で、
どれだけ頑張っても処理不能な領域があるという「複雑さ」ってのは確かにあって
「こころ」の複雑さがどちらに属するのか、それはやっぱり後者でしょ。
だいぶ上の人の「量子は超伝導にしか現れない」という意味がいまいちよくわからないんだけど、
「量子」とは物質や空間といった全てのものが不連続であることに起因して、
確立統計的な扱いしか出来ない領域の存在を示すものであって、
例えばスリットを通り抜ける一電子の挙動すら不確定であるわけで。
この辺は有名な「シュレーディンガーの猫」とかでも参照してください。
2.「こころ」のモデル
単純に「快/不快」という感情と、それによる行動の選択について考えてみる。
通常のロボットだと、ある閾値による判定によってデジタルに行動を起こすしかなくて、その行動は予測可能である。
しかし上で「こころを持つ」と言ったものだと、閾値や、行動の選択の曖昧さ、
再現性のなさなどから個々の行動は予測不可能であるものの、
統計的予測は結構当たる。ある程度以上の母集団(十分大きな、と数学や物理でいうけど)
だったらまず外さない。
個々の自発的選択に関しては完全に自由である。あなたは何をしてもいい。
それでも全体の行動は統計的に素直な振る舞いをしてしまう。
つまり僕らの「こころ」、自由意志、自己意識とはカオス的揺らぎに過ぎないのでは?てことが言いたかった。
3.最後の指摘
複雑系の振る舞いと行動の振る舞いは違うのでは?と言う指摘でいいんでしょうか。
僕もそれが分かると精神構造なんかの解析が可能になると思います。
僕は同一だと思ってます。最終的には量子脳コンピュータも意思を持てると思ってます。
「こころ」の定義がちょっとずれている事に起因している意見の相違があるかも。
書けば書くほど分からなくなってきた・・・
↑
2003/01/25(土) 05:01:08
カオス的ゆらぎの意味がよくわからないので、ぜんぜん違ってたら申しわけありません。>「こころ」の複雑さがどちらに属するのか、それはやっぱり後者でしょ。
かならずしもそうとはいえないと思います。
ここより下であなたが仰っているように、
>それでも全体の行動は統計的に素直な振る舞いをしてしまう。
ということ“も”「こころ」のはたらきならば、
「こころ」をたんなるカオス的ゆらぎにすぎないとするだけでは不十分。
つまり「こころ」が生物としての個体の内部で簡潔していて、
統計的に素直であることが、個体的な「こころ」の観点からすれば、付属の領域にすぎないなら、
「こころ」がカオス的ゆらぎにすぎないと断言することはできるけど、
統計的に素直であることも「こころ」の中心的な問題であるなら(社会心理学のように)、
たんなるカオス的ゆらぎでは終わらない面もあわせ持っているように思います。
>複雑系の振る舞いと行動の振る舞いは違うのでは?と言う指摘でいいんでしょうか。
行動の振るまいが複雑系の振るまいの1種でないと私が主張することはできません。
そんな知識ないし。
ただ、もし行動の振るまいが複雑系の振るまいの1種であるとすると、
一般に「行動」と呼ばれているものの振るまいが他の複雑系の振るまいと、
質的にどう区別されるのかがいえなければ、
「行動」がどのようなものか、わかっているとはいえないと思います。
「こころ」についても同じようなことがいえると思います。
>「こころ」の定義がちょっとずれている事に起因している意見の相違があるかも。
「こころ」をあらかじめ定義しておけるなら、話は簡単でしょう。
そうではなくて「『こころ』とは何か」が問題なんだから、
操作的にならともかく、あらかじめ「こころ」を定義するのは、難しいです。
そうやって文学部の心理学が
2003/01/25(土) 05:09:22
無理に科学的構造、および機能解析からの脳機能の解明に固執してきたために、工学院の人工知能に、先に市場を開拓されて後手を取るのでは
ないか、と言われるんだよね。
事実は、どうかではなく、価値はなにか、と考えるのは、やはりセオリー
でないか。
民事再生法
2003/01/25(土) 06:33:38
いやいや。
↑↑は「文学部の心理学」の意見ではないと思うんだけど。
ななし
2003/01/25(土) 13:50:19
カオスとフラクタルについて本とか読んでもらったほうが早いかも。カオスってのは単なるランダムではなく、規則性を持ったランダムであり、
個々の選択は不規則でも周期的規則性を持つ性質であり、
それは神経伝達の量子的揺らぎに由来して、統計がマクロな揺らぎを持つ。
要するに人間の活動が決定論的かそうでないか、といわれれば当然違うわけで。
残された可能性はカオス的なのかそうでないのか(完全なランダム)
しかし「生命」の定義から考えると、量子から宇宙に至るまで「複雑な」ものが
カオスに支配されているのに、「生命」だけが特別とは思えないのですよ。
カオスはフラクタルと言う規則性を持っていて、それは重層構造を作る。
各々の構造が最適化を図る結果、ミクロとマクロの構造を区別できなくなる。
結局僕らの世界はフラクタル構造の中の一つのスケールに過ぎなくて、
「自由」は存在しない、そういうことです。
カオス論とかフラクタル構造とかを知らないなら僕の意図は掴んで貰えないと
思うので、興味があるならちょっと調べてみてください。
この話はあくまで「生命」の持つ「こころ」に対して科学的根拠を示す
数学的理論展開に過ぎないのであって、
↑↑の人も言っているように科学的構造や脳の機能解析というのは
数学や物理の専門知識が無いと厳しいと思います。
先ほども指摘したように僕が重要だと思うのは、そんなことよりも、
まず第一に「こころ」としてどういうものを想定するのか、
次にそれはどういう機能を果たしていると考えるのか、
そしてそれをどう評価するのか、
その辺の議論をしたほうが、「こころ」とは何か?と言う問いへの
答えとしてふさわしいものが得られるんじゃないでしょうか?
ま、話を脱線させた犯人は僕ですが(;-_-)
あのー
2003/01/25(土) 21:07:40
プラトンの『パイドン』に書いてあるように心身二元論は認められないのですか?
ななし
2003/01/30(木) 22:07:20
心身二元論について私見でも述べてもらわないことには返答のしようがありませんな…
こころが単なる物理化学的作用の範疇だっていうのは少し乱暴で寂しいですかね。
こころを身体の作用と切り離して考えるのは大変な作業ですが。
あのー
2003/01/31(金) 21:01:35
言葉たらずでした。私の意見と対立するものは、例えば、まず養老の唯脳論で、脳とこころを構造と機能とし機能をになう心はただの
作用にすぎないと言い切ってしまっているものです。しかし、よく
考えてみれば、まあ譲歩して心は作用だ、としてもその脳は心(自分)が
脳であると考えているところの主体が不在だと思います。心は脳である
と言うところの主体が、おかしなことに何を根拠にしているのか
わかりませんが客観となってしまっている気がします。
第一、心は脳であるといっても、それが前提としているところのものも上記
の様にあくまで仮言の上に成り立っているにすぎないのではないでしょうか?
医学、工学、情報科学は、このような何も確実な根拠のない始まりの上に
なりたっているにすぎない、ということが言いたかったのです。あくまで
心の問題については。そのうえで私の考えとしては、こころと脳はべつもの
である、とも言えます。しかし、これも心体一元論と同様に、仮言にすぎ
ないものです。身体一元論が決定的物的証拠を出せないように、心身二元論
も決定的結論を演繹できないのだと思います。だからプラトンなどは
イデアの世界を定義付け、それはだれも触れることができないものとして
いるのだと思います。科学者が私のような考えを茶番だと思うのでしょうね。
ななし
2003/02/01(土) 11:18:07
熱弁多謝。私は茶番だとは思いませんよ。ただちょっと思ったのは、
1.「こころが脳である」根拠が無い?
こころ=脳とは私も思っていません。ただし脳はその神経系の複雑さから、
こころなどの複雑で再現性の無いソフトを構築していると言うのは
なかなか根拠もあって説得力のある考えだと思いますが。
脳が未熟なのに精神が発達している人をつれてくれば、良い反例となるかもしれませんが。
2.科学には根拠が無い?特にこころの問題については。
そうなんですか?身体一元論が全くもって荒唐無稽で棄却されるべき考えならば
そこから始まる科学は無意味ですが、そうではないかと。
物理学の例を出すのは手前味噌で申し訳ないですが、
古典力学のいうような絶対静止空間も一義的な時間の矢もないけれど、
古典力学は多くの自然現象を上手く説明するので、説明可能な範囲で用いられます。
古典力学が破綻するミクロなスケールでは量子力学を考える。
そういうやり方で科学は発展するのだと思います。
例えば医学では脳機能の解明によって、ソウやウツなどに始まる精神障害の治療への応用、
工学では「こころ」に代表されるような再現性の無い処理を機械に持たせる
ファジーコンピュータへの応用、
情報科学ではカオス解析などの技術によって、複雑な処理のもたらすゆらぎを調べ、脳医学や工学へのフィードバックを得る、
など、一定の業績と評価を得ている点を重視すべきでは?
けれども私は心身二元論にも可能性を見出しています。
科学者がそんな事言うほうが、茶番かな・・・
あのー
2003/02/01(土) 14:44:44
>ななしさんなるほど。当方、科学にうといため、発言に無理がありました。
また、茶番かもしれませんが生物学については少々の知識は
ありますが「量子」については知識がありません。
量子について学ぶよい本はあるでしょうか。
しかしわたしはあくまで心身二元論に可能性をかけたいです。
↑
2003/02/03(月) 14:38:02
>>ななしさん>その辺の議論をしたほうが、「こころ」とは何か?と言う問いへの
>答えとしてふさわしいものが得られるんじゃないでしょうか?
そうですね。
考えたんですが、その「答え」を書くのも難しいですね。。。
>心身1/2元論
「こころ」を脳の機能と考えたとしても、たんに唯脳論には終わらないと思います。
主体が客体化されていると仰っていますが、
「こころ」を脳の物理的な機能と捉えるかぎりで「こころ」を解明するなら、
客体となっているのは主体のメカニズムであって、
主体としての主体そのものではないでしょう。
「こころ」に独自の領域を与えて2元論を認めるか、
「こころ」も結局は物理的な機構に還元できると考えて1元論を認めるかですが、
どちらの考え方も「こころ」の研究には欠かすことができないと思います。
一方で、脳科学が成果をあげている以上、1元論的な捉え方が完全な誤りともいえません。
ななしさんも仰っていますが、内因性の精神病でも、投薬による治療が有効なのも、
1元論の見方があってこそですし。
他方で、幼児との関係がうまくいっていないと感じている母親を考えると、
生理学的にはまったく異常がなくても、彼女にとってみれば「異常」事態でしょう。
これは、彼女が「異常」と判断した「こうあるはずの関係」というのが、
別の母親のものとぴったり一致することを保証するものは何もないし、
厳密に平均からの差が大であるという意味での「異常」ではありませんが。
このような問題の場合は「こころ」を生理学とは別に考えねばならず、
2元論的な捉え方が必要になってくると思います。
子どもの道徳的判断の発達や、社会的認知も、この2元論的な捉え方に含まれるでしょう。
あのー
2003/02/07(金) 19:11:58
>主体が客体化されていると仰っていますが、>「こころ」を脳の物理的な機能と捉えるかぎりで「こころ」を解明するなら、
>客体となっているのは主体のメカニズムであって、
>主体としての主体そのものではないでしょう。
いや、この箇所が私は一番疑問に思っているところです。
なぜ主体としての主体がないのか?ということが聞きたいのです。
↑
2003/02/08(土) 15:50:02
>いや、この箇所が私は一番疑問に思っているところです。> なぜ主体としての主体がないのか?ということが聞きたいのです。
たとえば、脳の反応(スキャン画像)は、認知心理で重要な材料ですが、
主体としての主体にとっては、まったく解らないものです。
脳の反応のようなものは、直接に主体としての主体とは関わらないのかもしれませんが、
主体としての主体(ふつうに「こころ」といわれるもの)を理解するための一助になります。
それと唯脳論とは別の話。
あのー
2003/02/08(土) 21:05:48
いろいろご意見いただいておりますが・・・。あくまで人文の立場で。心は存在します。科学的な客観性は、前レスにも書き込みましたが、
ある物体が存在しA、Bという二人の人が出した観測結果を取りかえ
ても成立してしまうものです。しかしそれが普遍的だという証拠はどこ
にもありません。A、B二人の間の取り決めにすぎません。
「こころ」は存在するのか?という問い、よく見てみると「こころ」
とは何か?と言っている当の本人は「こころ」とは何々のものである
という観念をもっているからこそ「こころ」がとらえられ言語に
なるわけです。ですから人文的立場から言えば「こころ」は脳とは
別に存在すると言えます。それに「こころ」が「脳」と同一だとしても
物理学上、過去を想起するというような作用は説明できないのでは
ないでしょうか?
心理学専攻
2003/02/08(土) 23:31:48
「こころ」も結局は物理的な機構に還元できると考えて1元論を認めるかですが、どちらの考え方も「こころ」の研究には欠かすことができないと思います。
一方で、脳科学が成果をあげている以上、1元論的な捉え方が完全な誤りともいえません。
ななしさんも仰っていますが、内因性の精神病でも、投薬による治療が有効なのも、
1元論の見方があってこそ効果との相互関係が生じ、厄介な分析に陥ることを示唆するような環境・ステージを排除できると思います。
あのー
2003/02/09(日) 09:27:42
要は、客観的な意見はいらないわけです。そんなものは参考書なりだれそれの書いた著作を読んでわかった気に「なっている」にすぎません。
私が要求するものはその人その人のオリジナルの意見がほしい
わけです。信念をもって言い切れるように私もなりたいものです。
以上、茶番でした。
心理学専攻
2003/02/09(日) 21:30:12
じゃあ、あんたがプレゼンしてみろ。あのー
2003/02/10(月) 09:24:16
ええ、いいですよ。もう少し時間をいただきます。心理学専攻
2003/02/10(月) 22:48:43
まだでしょうか?>あのー さん
2003/02/11(火) 08:01:41
>心は存在します。これには同意です。とくに人文的な立場と断られると。
>科学的な客観性は、前レスにも書き込みましたが、
>ある物体が存在しA、Bという二人の人が出した観測結果を取りかえ
>ても成立してしまうものです。しかしそれが普遍的だという証拠はどこ
>にもありません。A、B二人の間の取り決めにすぎません。
これはさすがに暴論です。
いろいろな要因で完璧な普遍性はありえないでしょうが、
さまざまな方策によって確信の程度で語ることは可能でしょう。
普遍的ではないから信用できないというのは不誠実な態度であって、
普遍的ではないためにそのまま受け入れられないとしても、
科学のやり方で築かれた理論をどのように理解していけるかを考えるべきだと思いますが。
つまり、全面的賛成でも全面的否定でもなく、吟味。
>「こころ」は存在するのか?という問い、よく見てみると「こころ」
>とは何か?と言っている当の本人は「こころ」とは何々のものである
>という観念をもっているからこそ「こころ」がとらえられ言語に
>なるわけです。
同意です。
>ですから人文的立場から言えば「こころ」は脳とは
>別に存在すると言えます。
「ですから」によって帰結させるだけの論拠が乏しいです。
「こころ」は身体のどこに存在するのでしょうか。
人文的立場でも、心身一如を主張する立場もあります
(唯物論にも心身2元論にも陥らず、1元論と2元論をともに超えていこうという立場であり、
全般的には心理学はこの立場にあると考えられます)。
>それに「こころ」が「脳」と同一だとしても
>物理学上、過去を想起するというような作用は説明できないのでは
>ないでしょうか?
記憶に関して、生物学的な証拠が増えつつあります。
これは、生物学的アプローチのみの還元主義的な方法ではなくて、
生物学的アプローチと認知的アプローチとの相補の方法で、
記憶のシステムが(多少なりとも)解明されていくことに見通しがあるという意味です。
「こころ」が「脳」の1機能だとしても、
「こころ」が存在しないと主張することにはなりません。
あのー
2003/02/11(火) 10:53:48
↑の方。ありがとうございます。心理学専攻さんは私のあげあしとりの文句を書くことを今か今かと待ち構えておられるでしょう。
しかし、もうしばらく時間をください。至らない点は↑の方のように
異議を唱えていただければこちらもそれを吟味します。ソクラテスの
対話の精神とはそのようなものではないでしょうか。
心理学専攻さんも至らない点をどんそん指摘してください。
↑さんにご指摘いただいたように論証に乏しい点、一昼夜で答えは
見つからないので時間をください。
ねずみ
2003/02/13(木) 01:16:10
別れるとき,「あなたにはない」とぼくが彼女に言われたもの.COCOLO
2003/02/26(水) 13:32:47
売りだし中の××女優のことですか?ぶっちゃけ
2003/02/26(水) 22:59:33
河合駿夫と、ユング学派はどうですか?あれは学問ですか?q
2003/03/19(水) 15:56:51
>河合駿夫と、ユング学派世界標準では、変なおっさん扱い。
だが、日本って独自の文化性が高いから、別に日本のなかっでやる分には
いいと思う。学問かどうは別として、実用的なんでしょうね。
心
2004/06/27(日) 18:27:48
動物は心をもっているんだろうか。ロボットが心をもつことはあり得るのだろうか。
うちは、あると思う。
一部のゴミ理系は相手にするな!
2005/11/23(水) 09:13:17
経済研究所の浅田彰や数理解析の望月教授を見習え!!追加発言



