歴史を学ぶ意義
文型
2003/03/22(土) 14:10:34
意義はありますか理経
2003/03/23(日) 00:08:32
ある人にはあるし、ない人にはありません。−−−−−−−糸冬−−−−−−−
↑
2003/03/25(火) 16:21:38
ある人にとっては、どういう意義があるのかを教えて欲しいなあ。↑
2003/03/25(火) 16:38:09
それもその人によりけりだろう。実際意義を感じる人に聞いてみれ。
文学部の学問は
2003/03/25(火) 16:39:04
基本的に自己満足要素が強いけど、それこそが純粋に学問と言えばそうかも。工学部から見ると
2003/03/28(金) 20:41:18
俺らがやってることなんかよりよほど知的に見えるんだよなぁ羨望の眼差しです
文学部
2003/03/29(土) 21:56:06
歴史のない文化は基本的に文字のない文化です。文化あるところには歴史ありってことで
その逆もまた言えるってことで
歴史をまなぶことには意味があるんじゃないですか。
歴史って
2003/03/30(日) 12:57:48
少し違った方向かもしれませんが、歴史を勉強することは価値観や視点を学ぶ力を鍛えることになると思う。
あるいは、事実の解釈能力とか。
子供の頃に大河ドラマとか伝記とか歴史の本をみてると、
誰が正しいのかよくわからなくなった記憶がある。
正しいとか正しくないという観点は的はずれなんだろう、
ということは小学生の時にはまだわからなくて、
徳川家康を中心に学んだときの豊臣・織田観と、
織田信長を中心にしたときの豊臣・徳川観の違い、
にびっくりして、どっちが正しい人なんだろう、
と悩んだことがあった。
そんなの
2003/03/30(日) 21:25:26
メロドラマ見てもできるよ。↑
2003/03/31(月) 00:17:16
多少はできるだろうが、差はやはりあろう。↑↑
2003/03/31(月) 00:17:33
上の文章よく読めよ。↑↑↑
2003/03/31(月) 22:47:38
メロドラマはある種の価値観の押しつけ。新しい価値観にふれることはできるが。
歴史では価値観により変化した事実を学ぶことになる。
同じ事実を違う価値観でみたときにどのように変化するか、は
メロドラマでは問われないこともないが頻繁に問われることはない。
せいぜいその視点も数個。
ところが、歴史ではその視点は無限に近い。
またその視点の在処の幅も段違いに広い。
↑↑↑↑
2003/04/01(火) 00:20:47
メロドラマの時間経過は提供する側によって決定されているが、歴史は学ぶもの自身の判断にまかせられている。この差は大きい。
そして
2003/04/01(火) 01:28:06
メロドラマは、ギャラと視聴率が主導権を握っている。歴史って
2003/04/01(火) 10:01:40
よかった、、少しは賛同者がいて。ほっとした。津場幾
2003/04/07(月) 10:59:45
歴史を知らぬものはえてして歴史に復讐されるって、学部長が言ってますた。知ってるものが常に成功するとは限らんが、とも言ってますたが…果てな。
同じ失敗でも
2003/04/07(月) 14:59:53
意味が違う。トル
2003/04/10(木) 01:48:32
ルネのあたりに立て看があるよね。「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」だっけ?
??
2004/06/26(土) 19:01:26
上の説明じゃあ分からなかった。事実に基づいた歴史と作り物の物語とでは学ぶ時の違いはどこにある?わざわざ大変な労力をかけてまで過去の些末な事実を突き止める必要があるのか。
↑
2004/06/26(土) 19:25:50
宇宙の神秘を知りたくないですか?同じことです。
MMk
2004/06/27(日) 09:50:04
論理的な思考能力を身に着けることjpn
2004/06/27(日) 15:53:23
私もそう思った。そんなことよりさぁ
2004/07/10(土) 20:48:43
日本史や世界史の「史実」って、基本的には文字情報をもとに定義しているものなんだよね?昔の文書に「1192年に鎌倉幕府ができました」って書いてあるからそれを信じている。でも、その文書の正当性を担保するものって、あるのだろうか。「794年に平安京成立」くらい大きな出来事だったら他国にもそれを示す文献資料が残っていたりして、まだ信憑性はあるけれど、例えば単一の文書内にのみ記述されているような事柄なんかは、どうだろう。誤記かもしれないし、何らかの意図を持った嘘かも知れない。それを信じてしまっていいのだろうか。「だって他に頼るものがないんだからそんなこと言ったってしょうがないじゃない」、それはそうだけど、でもなあ。あと、ときどき既存の「史実」が大きく覆ることがある。それだったら、まだ覆っていないだけで本当は間違っている史実もあるだろうし、小さな誤解を内包している史実だってたくさんあるに違いない、と思う。いちおう断っておくと、「だから歴史を学ぶのは無意味だ」とか、そういう価値判断をしたいのではありません。歴史を学んでいる人たちが、その辺りをどう捉えているのかに興味があります。
東北人2
2004/07/10(土) 21:07:20
歴史の意義は社会学や、心理学(場においての人の反応や事象)、経済学(たとえば江戸時代の鎖国制と、同じく競争原理の働かなかった大戦以降の社会主義との比較等)などの判断材料として「現在の事象」を「過去の事象」と比較するのに格好の材料になると思います。また↑についてですが、「学術的な意味で誤謬を含んでいる箇所がある事」は学問の価値自体を肯定するものでも否定するものでもないに思います。なぜなら天動説、地動説論争と同様、或いは、憲法上の国会や天皇の位置付け(日本国憲法第一章)と同様、学問も人為で成立している以上無謬というわけには行かないと考えられますから。
あと司馬遼太郎や吉川栄治みたいに、文化を象徴する意味でも歴史は格好の材料になりえると思います。
霞
2004/07/10(土) 22:55:10
↑の方の仰ることは尤もです。ただ、↑↑の方の疑問とは多少ずれてますので、補足させてもらいますね。
>例えば単一の文書内にのみ記述されているような事柄なん
>かは、どうだろう。誤記かもしれないし、何らかの意図を
>持った嘘かも知れない。それを信じてしまっていいのだろ
>うか。
その通りです。マイナーな事象になればなるほど、あるいは時代が古ければ古いほど、そのことについて記した文献というのは格段に数が減り、ついにはある一つの文献のみがその事象が事実だと叫ぶ歴史の証人となってしまうでしょう。
よって歴史学者は、他の文献に直接的な記述がなくても、周囲の環境からの推測などによってそれを信じようと、あるいは反駁しようとします。他の資料からその時代の社会の姿を構築し、それに相応しいかどうか判断するとかね。
んで、最終的にこの業界(?)での鉄則としては、明確な反証がない限り文献に書いてあることはひとまず信じてみることとなっているのです。
ですが、あなたの仰る通り、説が覆ることと、なにより論理構造があやふやとなる危険性を恐れて、そういった資料や事象を論の中心に据えることはあまりしません^^;
私は古代をやってるので、そういった不安はかなり強い方です。実際に勉強をしてて、怖くなることもあります。でもまあ、最後には、
>「だって他に頼るものがないんだからそんなこと言ったっ
>てしょうがないじゃない」
と考えますよ(笑)
霞
2004/07/10(土) 22:56:39
あれ、コテハンカラーが出てない。なんでやろ・・・と言いながら、パスワードを試してみるための投稿(笑)
霞
2004/07/10(土) 22:58:27
また失敗した。まあどうでもいいや。とか言いながら再びテスト(笑)
もう思いつくパスがないので、これでラストにしますが・・・
東北人2
2004/07/10(土) 23:16:24
↑×5。藤村しんじ氏のような人物が出た場合、事実関係が、むちゃくちゃになるんでないの?ということでしょうか?そんなことよりさぁ
2004/07/11(日) 00:57:06
>霞さんレスありがとうございます。「最終的にこの業界(?)での鉄則としては、明確な反証がない限り文献に書いてあることはひとまず信じてみることとなっている」のですね、なるほど。
>東北人2さん
寡聞にして藤村しんじ氏を知りません。上の疑問において、事実関係との整合性云々は二の次です。私の興味は、「歴史を学ぶ人の文字資料に対するスタンス」にありました。どの程度まで信用しているのか、嘘かも知れない情報を根底に置いて不安はないのか、と。霞さんが「そういった不安はかなり強い」「実際に勉強をしてて、怖くなることもあります」と考えているのを知って、何というか、少し安心しました。ちゃんと危険性を強く感じつつ研究している人がいると知って、安心しました。
霞
2004/07/11(日) 14:24:59
「そんなことよりさあ」さんがどこの学部で何を勉強してはるのか知りませんが、それはちょっとあんまりです++;;;;;;京大まできて勉強している学生や、それを飯の種にしている教授たちが、その程度のことに気付かないわけありません。
ある一つの史料にしかかかれていない事象を問題にするのなら、他の様々な資料から間接的に論証或いは反駁しようとする(論理的合理的現実的に)、それが無理ならひとまず書いてあることを信じる、でもそれを論の中心には置かない。
こういう研究の姿勢は、中国では唐代や宋代から芽生えています(1000年以上前ですね)。日本は思想やその他諸々の文化を輸入してきた国だから、ちょっと事情は違うけど、それでも室町から江戸時代辺りで、そういった実証的な態度を取る学者が現れ始めています(もちろんそれは中国の影響もあり、日本人自身がそういう疑問を感じたからでもあるわけですが)。
きっと文学部の方じゃないんでしょうが、門外漢が気付くようなことはほぼわかっていますよ^^
なんかきついこと書いちゃってごめんなさい。でも、自分の専門外の学問に興味を持って、さらに問題点を感じて問い掛けるというその姿勢は素晴らしいものだと思います^^
そんなことよりさぁ
2004/07/11(日) 16:11:30
>門外漢が気付くようなことはほぼわかっていますよ^^そうですか。そうですよね。門外漢には、専門の方が素人よりもずっと深く分かっていはるという当たり前のことに想像力がいかなかったのでした、、、。失礼な発言をしたことを謝ります。
>自分の専門外の学問に興味を持って、さらに問題点を感じて問い掛けるというその姿勢は素晴らしいものだと思います^^
無知にもかかわらず色々なことに首を突っ込みたがってその道の人に無礼に振る舞ってしまう…悪い癖です。いつもその度に気をつけようと思うのですが。こ、今度こそ気をつけたいです。
文学部のページちらっと見たけど
2004/07/11(日) 17:28:30
科学哲学とかって、理系人から見るとひどい有様やね。「エントロピーという言葉をはじめて用いたのはランキンである」
いや、カルノーだと思うんですけど。
まぁ、きっと僕らみたいなのには理解できない世界なんでしょうし
口は出さないでおきますが。
↑おもいっきり
2004/07/11(日) 17:38:31
口だししてるやん!↑
2004/07/11(日) 17:48:27
いや、だから俺とかから見るとひどいと思うけどそれは俺が馬鹿だからなのかもしれないし、っていう。
霞
2004/07/11(日) 19:53:16
↑×4こっちこそ、失礼な発言ごめんなさい。
他にも何か疑問があったら、書いてみてくださいな〜^^
私もいろんな学問をちょっとずつかじって専門の人としゃべるの好きですから、気持ちはよく分かります☆これに懲りずに、何でも聞いてみたほうがいいとおもいますよ。勉強になりますから。
ちなみに、そんなことよりさあさんの専門は?
そんなことよりさぁ
2004/07/11(日) 20:11:38
>きっと文学部の方じゃないんでしょうが>ちなみに、そんなことよりさあさんの専門は?
実は文学部なんです。。下回生なので、まだ専門とかはありません、その上、三回生になる時に何を専攻にするかも決めていないし…。興味の方向があっちにもこっちにも向いているので、決めかねます。三回生までには決めないと(汗)
ちなみに興味の方向とは、文学だったり哲学だったり心理学だったり史学だったり…要するに、とりとめがありません。志は浅く広く。
霞
2004/07/11(日) 21:32:59
あらら。。そりゃ失礼しました。同じ文学部とは(汗汗私もそんな感じでしたよ。あちこち行きたくて迷ってましたから。
それまでにしっかり本を読んで、特殊講義とかにも顔を出して、できれば研究論文とかも読んでみたりすると、今までとは違った興味が見つかるかもしれないですよ^^
それだけ色々と悩む余地があるのはいいことです。がんばって悔いのない道を探しましょう〜
歩き出した迷子
2004/07/12(月) 00:00:48
>そんなことよりさぁさん俺も三回になるまではそんな感じでしたよ。
なんか興味のある分野も似てたなぁ、俺はさらにひろかったけども(笑)
でもいろんなことを知りたいと思うのはいいことだと思いますよ。
様々な知識があればそれだけ多様な切り口や考え方で研究を行うこともできるようになると思いますし。
霞さんもおっしゃってますが特講顔出したり、論文や本を読むのはいいでしょうね。
俺はそんなことしてなかったので今苦労してます…(汗)
一部のゴミ理系は相手にするな!
2005/11/23(水) 09:11:59
経済研究所の浅田彰や数理解析の望月教授を見習え!!追加発言



