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文学部は必要か?


理系 2003/09/28(日) 23:23:12
国立大学に文学部というのは必要なのだろうか?
この国家の財政も厳しいご時世、社会に直接的に役立つとはいえない研究をわざわざ税金を使ってする必要はあるのだろうか?(私大に文学部があるのはかまわない。文学を研究したいという願望をもった人が自分で費用を負担して勉強できる場所があるのは必要だ)
そもそも文学の発展に大学の文学部が貢献しているといえるのかどうかも疑問である。

2003/09/29(月) 03:25:46
まぁ、落ち着いて京大の文学部がどんな学問を
カバーしているかゆっくりチェックしてください。

http://www.bun.kyoto-u.ac.jp/index-j.html

あなたの考える役に立つというのは 2003/09/29(月) 07:32:43
金になるかならないかだろう。しかし、金になる学問ばかりやればいいのか?どんな研究が役に立つのかわからないんだから。
大学が金儲けに走るのなら、理学部、農学部、経済、法学、教育、総人は潰されるぞ。

2003/09/29(月) 12:15:23
前半には同意。後半は意味不明。
しかし理系のやつってなんであんなに自意識過剰なんやろ。うざいやつ多すぎ。

2003/09/29(月) 20:56:40
>文学の発展に大学の文学部が貢献しているといえるのかどうかも疑問である

文学部が文学だけをやっているとでもお考えなのでしょうか?上の方が仰っているように、何かに対して意見を言おうとするなら、少しはその批判対象の事を調べてからになさったらいかがですか?

さらに、「貢献しているといえるのかどうかも疑問」なのであれば、どこがどう貢献していないのか、まずあなたがハッキリ示されなければ何も始まりませんよ。

1とは別の理系 2003/09/29(月) 22:50:50
別に文学部があってもよいと思われますが、
>しかし理系のやつってなんであんなに自意識過剰なんやろ。うざいやつ多すぎ。
こんなことを言うあほな文学部生はいりません。

1の理系 2003/09/29(月) 23:26:05
別に文学部が文学だけをやってるとは思っておりません。歴史をやったり哲学をやったりいろいろな人がいるでしょう。でもそれらも含めて役に立っているとはどうしても思えないのです。

>?さん
どこがどう貢献していないかはっきり示すことは私にはできません。なぜって貢献している点はほんと微々たるもので探すのは困難であるからです。税金をつかって研究している以上その貢献度をディスクロージャーする義務は文学部にこそあるでしょう。

>あなたの考える役に立つのは さん
どんな研究が役に立つかはわからないというのは確かにそのとおりです。しかし国家の財政の苦しい中費用対効果を考える必要はないでしょうか。私は文学の存在自体を否定しているのではありません。大事だと思いながらも国立大で税金を使って研究するほど国民に直接恩恵を施す学問ではないとおもうのです。それゆえ私大などの民間に完全委託すればよいと考えます。
ちなみに理学、農学、経済、法、教育は全て役に立ってますよ。文学部と比べれば格段に。(法、経済で思想等を研究している連中は除く。また総人については私の予備知識が不足しているのでなんともいえないですが。)

2003/09/30(火) 00:43:10
>貢献している点はほんと微々たるもので探すのは困難であるから

では、「貢献している点が微々たるもの」と判断されている根拠はどこに?具体的に示して頂きたい。それに、「探すのは困難だ」と仰るが、それは、あなたが文学理論を理解されていないだけかもしれない。もし、理解していると仰るのであれば、具体的な文学研究の成果なり理論を取りあげ、その内容がいかに実際の文学と懸け離れたものであるか、を示さなければ、「貢献している点が微々たるもの」だとは言えないのでは?

それと、「役に立っているとはどうしても思えない」と書かれておきながら、「どんな研究が役に立つかはわからない」と仰っておられるが、それは矛盾しておられるのではないでしょうか。「どうしても思えない」のなら、念頭に「役に立つかどうかの基準」を置かれているわけでしょう。それを基準に判定すれば、どんな研究が役に立つかどうかが分かるはずです。

国民の税金を使って研究すべきかどうか、それは大学で行われている学問全体に問いかけるべき問いではありませんか?文学部の哲学、歴史、そういった分野は往々にしてそのような粗雑な批判を受けがちです。なら、どこでどう「研究すべきか否か」を区別するのか、その基準を明確に示すなり(「恩恵」「役に立つか立たないか」では曖昧過ぎます。何を持ってして「恩恵」「役に立つ」とみなすのか?)、また別の判断方法を示すなりしなければ、あなたの議論は全く説得力を持たないと私は思います。

1の理系 2003/09/30(火) 04:05:24
>?さん
予想通りの反応ありがとうございます。私が文学理論を理解していない、というのはおそらく、いや間違いなくそのとおりです。もし文学発展に貢献している文学理論等があるのなら実際研究している方に示してもらいたいと思ったのもこのスレをたてた一因ですので教えていただければ幸いです。(文学発展というものをどう定義づけするかによって変わってくるかもしれませんが・・・。)
後、これは私の書き方が悪かったかもしれないので訂正しておきますが「貢献している点が微々たるもの」というのは文学の発展への貢献ではなく、社会全体への貢献という意味で考えていました。

それと、「役に立っているとはどうしても思えない」と「どんな研究が役に立つかわからない」はたしかに矛盾した書き方になってしまいましたね。現状では役に立っているとは思えないが、将来的にはどうなるかはわからないというつもりで書きました。だから、文学を研究することを全く無駄だというつもりはないけれども、費用対効果の問題や現在の国の財政状況を考えると当面は民間委託でよいのではないかなというのが私の意見です。

>国民の税金を使って研究すべきかどうか、それは大学で行われている学問全体に問いかけるべき問いではありませんか?

これはまさにその通りです。そもそも私は国立大学の存在そのものに疑問を感じていました。(自分が京大に通いながらこんなことをいうのも何ですが)一部のものだけが税金による恩恵を受けられるこの制度はおかしいのではないかと。まあそれでも将来的に(何らかの学問の発展によって)国民全体が恩恵を被ることができるのであればそれもありかな、と考えてはいるのですが、文学部から具体的にどのような恩恵を国民が授かるかは思い浮かばないのですよね。マニアックなものを趣味で研究しているとしか思えないのです。
こういう話題になると歴史や哲学等はよくスケープゴードにされて気の毒だとは思いますが、具体的に国民がどういう恩恵をえられるのかを示していただければ私はあっさりと引き下がります。それを知ることが私がこのスレをたてた趣旨ですので。

長文、駄文になりましたが失礼しました。

2003/09/30(火) 16:49:23
では、まずあなたのお考えになる「恩恵を与えている研究」を示されることです。そして、それは何故「恩恵を与えている」と言えるのか、そもそも「恩恵」とは何か、それを明らかにされるべきでしょうね。

2 2003/09/30(火) 16:56:41
このスレの2です。

1の意見に反論するのは簡単でも、納得させるのは非常に難しい。(京大)文学部の一分野について、社会貢献していることを仮に示せたとしても、1にとっては所詮文学のカバーするほんの一部分であり「貢献している点が微々たるもの」となってしまう。

といいつつ、耳学問ではあるが最近ホットな新総長の研究分野に文学部が寄与していることを示しておく。東海・東南海などの発生頻度が低くかつ周期的な地震の被害や発生時期の予測のためには、考古学や古文書解読などの地道な作業が下敷きにされている。つまり遺跡を発掘し当時の被害を調査し過去の地震の規模や被害を計算し、今後の地震の規模や被害を想定する。同様に、過去の古文書や小説を解読し被害の程度を調査し、今後の想定に役に立てる。1のような考え方であれば、各分野の古文書や遺跡発掘が必要な人間がそれをやればよいのではないか、ということになるだろう。しかし、発掘や古文書解読などは一件のみで解決できる問題ではなく、調査や研究の蓄積に基づいて、発掘結果が分類され時代推定がなされ、当時の言葉が解読されていくのである。このような場合、各必要分野が個別に研究するよりもそれらを総括して研究する分野が別にあり、各必要分野がその蓄積結果を利用する、という方が幾分合理的だろう。さらにはおそらく考古学・歴史学の過去の遺産がなければ、地震予知・被害推定に文学や考古学の知識が有効である、という視点が出てこなかったであろう。

地震予知なんてまだ技術と言える段階じゃないから、社会貢献してない、というツッコミもあるとは思うが、地震予知は未熟でも地震の被害想定には結構役に立ってるらしい。とりあえず史学・歴史学や古文書・古文学の研究が社会貢献している例を一例出してみた。これで1が納得するとは思えないが。

2 2003/09/30(火) 17:10:53
別の視点から。

経済学の観点から見れば、市場原理に任せておけばうまくいくもの、つまりは市場原理が働くもの・費用対効果があるもの、については民間に任せておけばうまくいく。市場に任せておいてはうまく機能しないものこそ国や公共団体が着手べきものである、という考え方ができると思う(立花隆や鷲田小弥太と同じ主張になるが)。文学的価値というものが存在しかつそれが市場原理に任せておけばうまくいかないのならば、文学研究こそが国立大学が行うものとなるであろう。この観点からいけば、国の財政状況を考えて、市場であっても活発なバイオ系・情報技術系に対する出費をひかえるべきであって、文学研究をリストラ対象にすべきではない、といえるだろう。

>1 2003/10/01(水) 00:46:03
http://www.kyoto-u.com/lounge/ep/html/200207/02070003.html
参照しろよ。

とりあえず 2003/10/01(水) 00:54:28
直接的なものしか見えていない人は、実際に文学部で色々やってごらんなさい。
運がよければ見えてきますよ(笑)


とりあえず
>2 2003/09/30(火) 17:10:53
の意見には賛成かな。
>バイオ系・情報技術系に対する出費をひかえるべき
の部分ね。

1の理系 2003/10/01(水) 18:15:02
>2
地震の例はなかなか感激しました。なるほど〜、考古学がそんなふうに役立つこともあるのかと。
ただ、文学的研究は市場原理ではうまくいかないから、国が着手すべきというのには納得いかないです。市場原理ではうまくいかない福祉や教育等は国がやるべきだと思います。それは国民に直接恩恵を与えることですから。
ただ文学的価値というものが形成・保持されたとしても具体的に国民がどういう恩恵を授かることができるか、が見えてこないのです。
歴史学の存在の意義はもともとなんとなくわかっていました(先ほどの地震の例をみても)が、哲学や文学はどうなんでしょう?教えていただければ幸いです。

>1 2003/10/02(木) 00:02:19
次のうちから、京大にいらない研究室を選びなさい。

中国哲学史研究室
サンスクリット語学サンスクリット文学研究室
インド哲学史研究室
西洋古典学研究室
英語学英米文学研究室
イタリア語学イタリア文学研究室
フランス語学フランス文学研究室
哲学・西洋哲学史研究室
倫理学研究室
キリスト教学研究室
美学美術史学研究室
日本哲学史研究室
西南アジア史研究室
考古学研究室
心理学研究室
言語学研究室
社会学研究室
地理学研究室
科学哲学科学史研究室
二十世紀学研究室
現代史学研究室

しかしそんなことを言ったら他の学部だってどう考えてもいらない研究多いと思うがなー。

2003/10/02(木) 11:18:24
議論スレッドじゃなくてここにこういう書き込みをするのはちょっとすごいなーと思いますね。文学部と教育学部以外の人がどのくらい見てるのか知らないけど、あきらかに議論スレッドより文学部生の割合が多いだろうところでこういうこと・・・

ちなみに私は文学部生です。

まず一つ言いたいこと。
自分で『私が文学理論を理解していない、というのはおそらく、いや間違いなくそのとおりです。』というほどの自覚があるなら、まずタイトルや最初の書き込みの内容は極めて恣意的なものだったと解釈されます。それなのに国立大に文学部はまるで必要ないと言わんばかりの口ぶり、文学部に在籍していて将来そこで飯を食っていこうかと少しでも考える人間にとっては、かなり不愉快です。何らかの論理的根拠があるなら(実際に文学部がどうであるかということは本質に関する議論はおいといて)そう言われても仕方ないとは思いますが・・・確かに、何度かの書き込みで少しずつ「1の理系さん」は自分の思われるところを書き込んでらっしゃいますが、薄弱としか思えない。
というわけで、文学部生にとって自分の学部をテーマとした議論は歓迎するところですが、初手でいきなり馬鹿にするような意気が見えたのは残念なことです。

さてさて、そういう議論に関係ない部分はひとまず措いて、内容に関して反論しましょう。
「1の理系さん」のおっしゃるのを限りなく要約すると、文学部は社会的貢献度が他の学部の学問に比べて相対的に少なく、税金を使って(つまり国立大学で)行う類の学問ではない、ということですね?
文学部の社会的貢献(特に「1の理系さん」が頭に思い描いてるような、現代の生活に直接的な利便性、もしくは技術的進歩をもたらしてくれる貢献)に関しては「2さん」がすごくいい例を出してくださいました。私はもうちょっと、別の側面からいってみたいと思います。

私たちは、高校までの教育の中で、できるだけ等しく教養を得られるように教育されてきました。その中には、文学部で行われる学問の割合が結構高いと思います。高校のときの名称で言えば、現代文、古文、漢文、地理、歴史、倫理、つまり大雑把に言うと国語と社会です(政経などは除きますが)。これはそれらが人間の根本にもっとも必要な教養の一つとして社会的認知を得ている証左です。

だが「1の理系さん」は、これらの学問は現実的に社会の役に立っていない(あるいはたつことが少ない)とおっしゃるでしょう(今までの発言から推測すると、ですが)。ですが、それは違います。歴史や地理、あるいは文学、哲学(これらは、文学部の中でも特にその実用性が疑われやすい学問)という学問がないと、われわれは自己の世界認識に大きな欠落を生じさせてしまいます。
端的に言うと、地理学の研究がなければ、地球上にはいまだに未知の大陸が存在し続けたことでしょう。
歴史がなければ、現代の我々は先人たちの行動を知れず、それを手本に賢く現代を生きることもできないでしょう。
哲学がなければ、形而上のことについて考えることを放棄し、精神的に大変未熟なままだったでしょう。
文学がなければ、人は自分の胸中の思い(必要最小限以上の言葉)を表出させることもなく、多くの人とそれを分かち合うこともできず、感情的に豊かにはなれなかったでしょう。
(最後の方、強引に対句形式にしようとしたせいで苦しいのが混ざってますが、見逃してください・笑)
単純に今どこに住んでいるのか、過去において人間は何をしてきたのか、そういう理解なしに現在の自分を構成することはほぼ不可能かと思います。どう思われますか?自分の行ったことのないところには何があるかわからない(地理学の欠如)、そこに住んでいる人がどういうことを考えているかわからない(歴史学の欠如)、あるいは身近な人が心の奥底でどのような感情を抱いているのかわからない(文学の欠如)などなど、困ることは大変多いと思います。

大変冗長な文章になってすいません。とにかく、すでにある程度の教養を持って社会での経験も積んだ20歳前後の人間としての視点で考えるのではなく、そこに至るまでの自分を作り上げたものを見てみてください。きっと、利便性(などに代表される社会的貢献度)だけではない『物の見方・考え方』に気づくはずです。

1の理系 2003/10/03(金) 06:43:45
>霞さん

非常にわかりやすい説明ありがとうございました。最後に一つだけ疑問があるのですが文学の発展に文学部というものは必要なのでしょうか?実際世間的に活躍している小説家等にも文学部出身でない人が多いですし。(勿論小説家が文学者の全てではないですが)
また、哲学にしても一部の人がマニアックに研究しつづけることが人類の精神的成熟につながつとは思えません・・・。みんなが常にそういうことを意識する必要というのは勿論あるとは思いますが・・・。

後、これは余談ですが学校教育の「国語」という科目にはおおいに問題があるように感じますね。小説に対して作者が意図したものと違う解釈を答えにしているような試験(特にマーク試験などに多い)も多々あると聞きますし・・・。

2 2003/10/03(金) 08:47:24

将棋指し以外に将棋の解説してくれるヤツがいたほうが
見てる人の上達は早いねん。
たとえ指し手の意図とちがったことを
解説されたとしてもね。

2003/10/03(金) 13:33:45
→1の理系さん
長ったらしい文章を読んでいただいたみたいですね(^^;)ちょっとでも理解してもらえるとうれしいです。

ご質問のことですが、分けてお答えします。
まず、文学の発展に文学部は必要か・・・ということですが、これは難しいですね。文学の発展とは何かっていうのを定義するのが、です。とりあえず今は、仰っている例にちなんで、世間で認められるレベルの小説家が増えること、としておきましょう。
小説家全てが文学部出身ではない・・・逆に言うと、小説家は大概文学部である。つまり、小説家になりたいと思う人は大概が文学部に入って何らかの学問をした上で世間で評価されるような小説家になれた、あるいは、意図してではなく文学部に入って色々な学問をした結果小説家になった、ということです。それはつまり、小説家の育成に文学部が何らかの形で寄与していることの間接的な証明です。
もちろん、小説家が増えたからといってそれが文学の発展だとはとてもいえません。しかし、それもごく小さいものではあるが、真実の一面であるといえるでしょう。

さて、では、一番難しそうな疑問について書きます。文学の発展とは・・・ってことです。
確かに、一部の人がひたすら哲学の命題について探求しても、それは一般にはフィードバックされているような気がしません。私は哲学には余り興味がないので、文学部にいながらにして哲学の知識もほとんどなく、何か発展があったとしても恩恵を受けるような気がしません。ですが、世の中は私のような人ばかりでしょうか?哲学が好きな人ももちろん世の中にはいて、その人たちにすればその発展は大変意味があり、何かしらの恩恵を受けることと思います(人生の指針にするとか)。そしてもちろん、そういった人々全てが文学部に入って大学教授になるわけでは決してありません。文学部に入っても一般就職する人、そもそも文学部に入らなかった人も大勢いるわけです。一見哲学とは何の縁もなさそうに見えても、興味を抱いてる人というのは必ずいます。その人たちは、普段は文学部とは何の関係もない立場にいながら、大学での新たな発見などで利益を得ることが絶対にあるはずです。
前に私が出した例示が余りよいものではなかったために誤解されたかもしれませんが、大学の哲学研究が全人類の精神的発達に関与するというのではなく、一部の人に影響を与える、ということなんです。

さて、それではやっぱり文学は社会全体に貢献しているとは言いがたく(興味を持つ一部の人にしか恩恵を与えられないのだから)、全体に貢献できる理系のほうが優先されてしかるべきだ、という議論になるかもしれません。しかし、それも誤りです。理系の学問が社会全体に貢献しているなんていうのは、科学偏重の中で生まれた幻想に過ぎません(ちょっと言い過ぎかな・・・汗)。

つづく

2003/10/03(金) 13:35:04
1の理系さんの専門が何か知りませんが、仮に工学部情報学科、つまりパソコンの発展に寄与している方としましょう。そうすると、より処理の速いパソコン(これはどっちかというと電気電子学科の領域かもしれませんが・・・)、より速いネットワーク、それらを動かすプログラム・・・等々の発展のために研究していると考えると、これは一見いろんな人のためになっているかのように感じます。
ですが、現在パソコンを主として楽しんで使っているのは、仕事で否応なく使わされている世代を除くと、大体が若い世代でしょう。つまり、世間一般の半分以下の人間にしか貢献していないということになります。また、今の若い世代がおじいさんおばあさんになるような時代には、世間のほぼ全ての人がパソコンを使っているということになるかもしれません(今の勢いだとあながち嘘ではない)。「どーだ、情報学が社会を発展させたじゃないか」ということになりそうですが、それも厳密に考えてみるとどうか。それによってより多くの仕事をこなさなくてはいけなくなった、目などの器官に多大な負担をかけるようになった、あるいは今まで人間が処理していた部分をパソコンが代行するようになり仕事がなくなった・・・等々、デメリットも確実に発生します。
この世の中に、メリットだけの現象など存在しないのです。そうすると、恩恵を受けた人にとってはその発展は意味のある発展であり、それを支えた学問は意味のある学問だけども、恩恵を受けなかった人にとってはそう感じるのは困難でしょう。これはまさに、哲学の場合と同じです。

・・・自分で付会(こじつけ)だなーと思いつつ書いちゃいました。これだと、哲学の場合とは逆に、恩恵をこうむる人間が多くなり(哲学で恩恵を受ける人は、どう考えても少数)、社会全体としては弱者切捨ての思考の下にこれを行ってもいいという認識ができるでしょう。
しかし、パソコン万能の社会になったから、情報学万歳文学反対なのか・・・それもまた否。

パソコン上に走るプラグラムで、私たちを楽しませてくれるものにゲームというものがあります。便利さだけではなく、娯楽まで提供してくれるのです。これは、あきらかに情報学ではなく文学の領域です。面白い物語を書くのは、文学部の十八番だから(話をわかりやすくするために、文学と情報の単純な二者択一としています)。そうすると、何がどう発展しようが、人間が娯楽を必要とする限り、文学部は必要とされるわけです。


本当に長い上にこじつけが多い・・・まあとにかく、言いたいことくらいはこれでわかってもらえるはずです。世の中は単純ではない。理系だけが社会を発展させているわけではなく、文学部も寄与している。文学部だけが邪魔なのではなく、見る人によっては理系の学問だっていらないものである。
そういう多面的な見方をしてほしいだけです。

それから、↑の将棋の議論、2さんの解説どおりです。作者の意図と同じだろうが違おうが、それなりに知識と思考力のある人間が考えた解釈なら、それは間違いではない。答えは決してひとつではなく、作者が必ずしも唯一不変の解の持ち主ではない。1さんがこんな問いを発するのも、理系的な考えの影響なんでしょうか?(笑)

2003/10/03(金) 13:43:02
余談(あんな長い文章を書いておきながら・・・汗)

私は文学部の歴史学専門ですが、それ以外にもいろんな興味があり、理系の分野では物理の素粒子学、宇宙学、生物では分子生物学、大脳生理学、それから情報学などなど、よく本を読みます。ある学問を好きなら必ずその学部に入ってその研究職になるというわけではなく、一般就職をして関係のない世界を選択する人もたくさんいるわけです。あるいは私のように、好きな中から一つだけを選択するという人もいます。
文学に限った話ではなく、学問をそう区別して考えない方がいいと思いますよ。

それから訂正。将棋の議論ではなく、国語の解釈の議論(将棋という例示)ということでした〜

2 2003/10/04(土) 02:38:27
亀レスになるが。
>市場原理ではうまくいかない福祉や教育等は国がやるべきだと思います。
について。1のいうように、教育等は国がやるべきだから、文学教育・研究も国がやるべきだろう、と。この説明では納得いかないかな。

ぶんがく 1 【文学】
(1)〔literature〕言語表現による芸術作品。詩歌・小説・戯曲・随筆・評論など。文芸。
「―作品」「―書」「―を愛する」
(2)詩・小説・戯曲など文学作品を研究する学問。文芸学。
(3)文芸学・語学・哲学・心理学・史学などの総称。
「―部」
(4)関係ないので省略。

1は文章内では文学という言葉がいろんな意味に使われていて分かりにくい。「文学部」という場合の文学は(3)の意味であろう。1は現在この(3)のうちの文芸学や哲学に疑問を呈している。しかし、話題の中心が(1)の文芸作品にシフトしたり(2)文芸学にもどったりしているので混乱してしまう。上の定義によれば、文芸学とは芸術の解釈学であろう。私見だが、(京都)大学における文学とは(1)文芸作品を追求するものではなく、むしろ(2)文芸学の側面が強いと思う。とすると、大学の文学部における文学の価値を考える際には(1)芸術作品よりも(2)文芸学に主眼を置くべきではないか。(2)文芸学の意味を考えると、結局のところ将棋の例と同じだと思う。文芸作品を研究することにより、文芸作品をより深く理解する手助けをする。特にその文芸作品ひとつだけでなく、同時代・他時代の作者や作品と比較研究することにより理解を深めることを考えれば、全ての人がさまざまな作品を読んで比較するよりも、専門研究員がいるほうが効率はよさそうだ。そこに文芸学の意義があるのではないか。(文芸史という歴史的な視点も重要だが。)

眠くて頭動かない。変なこと書いてるかもしれんが。送信。

ていうか、 2003/10/04(土) 19:33:23
文学理論って、何よ?聞いたこともねぇよ。

歴史が社会の役に立つのを認めるんなら、文学史が文学の役に立つことくらいわかるだろ。あたまわりぃな。

あははは。 2003/10/21(火) 10:38:49
主はあんまり物を知らないみたいだね。
グダグダと理論っぽいことを述べるくらいなら、
文学部の教授に聞いてみればいいじゃん。
文学部は必要ないと思うのですがって。
わたくしの理系のように社会に直接的に寄与するものの方が大事ですってな。

2 2003/10/22(水) 23:13:40
結局、恩恵・価値の定義がしっかりしてないだけじゃないの?

要は 2003/10/23(木) 01:23:36
1がお馬鹿さんだということで。

2003/10/23(木) 10:53:24
経済政策立案=財務キャリア官僚=法学部出身者
経済学者=理学部出身

法律の専門家を除けば、文系学部で一番必要なのは文学部でしょう。文学部ないと人間、貧しくなる。

うへへ 2003/10/23(木) 19:45:34
みんな暇やねー。

2003/10/24(金) 01:16:44
オマエモナー

えっと、、 2004/10/26(火) 21:36:55
いわゆる「文学作品」という時の「文学」についてです。
「文学」を研究して、どんな「いいこと」があるのですか?
源氏物語やシェイクスピアを研究して、どんな「いいこと」があるのでしょうか?
ここでいう「いいこと」とは、利便性・実益性にかぎりません。
わたしは理系だけど、ケンカを売っているつもりはないので。
まじめに応えてくださると、うれしいです。

2004/10/26(火) 22:19:22
やってて自分が楽しいからじゃないの?

文理融合を目指して 2004/10/26(火) 22:52:32
その試みとしての総合地球環境学研究所(地球研)な訳ですよ。

http://www.chikyu.ac.jp/

そういうのって 2004/10/27(水) 00:47:27
文から融合を試みるのは無謀だと思う。
あくまで理の道具としてなら使えるだろうけど。

東洋学末席の立場から 2004/10/27(水) 00:59:50
一年振りにこのスレを上げるなんて、なんと無神経な事を…(苦笑)
まあこれは個人的な感想という事で別に置いておいて…

>えっと、、さん
よくこういった掲示板などでは、無神経な他学部生が
興味本位から文学部について、よく知りもしないで
愚問や文学部不要論を持ち出す事が多く、
私も含めて多くの文学部関係者が眉をひそめていると思います。
(多くの場合先方の研究不足、偏見の程度が甚だしい。)
あなたは前置きをしている分、少しマシだとは思います。
けれども、あなたがどれだけ文学部で扱う学問の内容や文学部の現状を理解しているか、
労力をかけて真面目に議論するに値する人物か、その判別がつきかねますので
私個人(恐らく他の文学部関係者も)としては
いろいろ申し上げたい事もありますが、今は様子見したいと思います。

文学部の人間が自分達の学問や研究についてどういう認識・態度でいるか。
文学部にも例えば『伝統派』と『進歩派』というように様々な立場の方がいらっしゃいます。
(あくまで私が勝手に分けた分類です。あまり気にしないで下さい。
どちらの方に関心が強いか、その程度のものです。)
教員と学生、研究者(志望者)と卒業就職者などではその見解も異なるでしょう。

とりあえず、このスレで私も含め文学部関係者と建設的な議論をしたいとお考えでしたら、
このスレの上の方や他のスレの内容を把握の上で
論点をより個別具体的に明示してご質問頂けるとよろしいかと思います。

最後に参考までに…
文学部の人間が、自分達の学問や研究、そしてその将来についてどういう認識・態度でいるか
わりとまとまった等身大で率直な一見解を知りたいとお考えでしたら、
ここでいきなり議論を始めるのではなく、下記の書籍を読んでみることをお奨めします。

砺波 護・藤井 譲治【編】『京大東洋学の百年』京都大学学術出版会

杉山正明『逆説のユーラシア史―モンゴルからのまなざし』日本経済新聞社

どちらもルネ下の書店の奥、人文コーナーに置いてあります。

前者は京大全学を代表する学術分野の一つ、文学部東洋学の歴史をまとめた書籍です。
重厚で伝統的な文学部(理想?)像がおわかりいただけるかと思います。
文学部の学問が決して虚学、素人学問ではないと気付いていただけると思います。

後者は恐らく現在の文学部の看板研究者であるであろう、
東洋史の杉山正明教授の数ある著書の一冊です。
思うに、杉山氏は、文学部の伝統をきちんと踏まえた上で
併せてこれからの文学部の在り方もよく考えておられる
所謂『進歩派』に分類される研究者でいらしゃいます。
全部は読まなくても構いませんので、同書の序章や第一章、
第四章やあとがき(特に第四章)を読んでいただければ
文学部関係者の現状認識、改革意識、ジレンマ、苦悩などを
少しはご理解いただけるのではないかと思います。

↑↑ 2004/10/27(水) 01:08:48
>そういうのって
文学部もいろいろ考えているのですよ。
このままではいけない、とね。
それは肯定的に評価するのが賢明な人間だと思います。
それに「文は理の道具」というのは失礼な言い方ですね。
相互補完関係にあるといった方が適切だと思いますよ。
地球研は理系研究者の割合が多いのは確かですが
その進めるプロジェクトは文の協力がなければ絶対に不可能。
理系の人間では絶対に代替出来ない文系の人材も数多くいらっしゃいます。

むしろ 2004/10/27(水) 01:25:35
理の方が道具っぽいんだけど、単純に。

2004/10/27(水) 12:00:02
懐かしいですね、これ^^;
私も妙なこと書いてるなー(汗)


>源氏物語やシェイクスピアを研究して、どんな「いいこ
>と」があるのでしょうか?
>ここでいう「いいこと」とは、利便性・実益性にかぎりま
>せん。
この前提が、なかなかよいですね。私があちこちで色々話してきた理系の方は、まずこれがわかっていなかった。

さて、ではその前提に則って話します。

あなたは理系とのことですが、もう研究なさってますか?やってる学問は楽しいですか?

私は楽しいです。研究と呼べるようなたいしたことはしてないですが、その真似事をやって学問的な好奇心を満足させてます。だから勉強をやっているし、就職に不利になるけど、大学院進学を決めたわけです。
・・・もちろん、遊びだって楽しいので、勉強ばっかりやってるわけでは決してないです(^^;;;


その結果得られるものは個人的な充足だけでしょうか?たとえば源氏物語を研究して新しいことがわかれば、後世の人間が源氏物語を読むときにより深く正確に楽しく理解できるわけです。これも利便性と呼べるでしょう。


理系の研究で得られるものは何でしょうか?どうも現代の人間はほとんど、工学的技術的な進歩ばかりに目を奪われがちですが、第一に手に入るのはやはり、新しいことがわかって(あるいは新しいことができるようになって)得られる満足感だと思います。

大学では本来、基礎研究がその根幹にあり、企業がそれを自社の利益のために応用研究する。これが自然科学発展の原理だと私は思います。なのにどうも、今は企業の研究所に行くべきタイプの人間が、大学の研究室にいくらか居残っちゃってる気がします。京大でもそう。


研究で得られるものは、自己満足と利便性、これはあらゆる学問に共通のことだと、私は個人的に思っています。



本筋に関係ないことですが、↑↑↑はどなたでしょ?なんとなく想像つきますけど(笑)私もばれてるかな??

2004/10/27(水) 15:18:12
色落ち???
霞さんってコテハンじゃなかった?

2004/10/27(水) 15:42:22
コテハンですよ。でもなぜか、最近色が出ないんです。ここ半年くらい・・・もう諦めてます(^^;;

2004/10/27(水) 15:50:32
色落ちの原因は、
1.パスワードを忘れた
2.色気がなくなった
どちらかですかね。

2004/10/27(水) 16:04:31
すみません、冗談です。
お気を悪くなさらないでください・・・。

2004/10/27(水) 17:10:08
両方ですかね(笑)


パスワードは忘れてないと思うんですが。。そういうの覚えるの得意なんで。しかも、おかしくなってから一度だけ色出たんですよ。だからパス忘れでもないような気がします。


それくらいの冗談わかりますよ(^^;; 私ってそんなに怖くて堅苦しい人間だと思われてるのかな??お気楽にどうぞ^^


スレ違い申し訳ない。

下下下の幾多郎 2004/10/28(木) 15:22:50
文学部は役立つか、の問いを二つに分けたい。
@「役立つ」とは何か。
Aそのために文学部は役立つか。

@今の時代、学部の「役立つ・役立たない」が問題になっているのは、
他でもない教育改革、法人化の分野である。つまりは教育の国家支配。
ということは国家にとって、強いて言えば国家権力にとって役立つか否かなのである。

Aその上で文学部や理学部は一番に潰される学部であるのは通説である。
もちろんそれは役に立たない、国益・国力に貢献しないから。
しかし戦前の事実からすれば、天皇制イデオロギーを正当化する哲学、
国家主義、排外主義を煽動するような歴史学、などは重宝されうる。

B語弊はあるが、僕は文学部でやる学問など趣味の領域だと思う。
その上で、個人的な趣味を援助することこそ正しい税金の使い道だと言いたい。
もちろん、みんなの役に立つことに税金は使うべきだが、
その一環として、個人的な楽しみを保障することも含まれるはずだ。
役に立つ・立たないを問題にすること自体が、国際競争という時代の産物だと思う。
役に立たない学問を堂々とやれるのが健全な社会なのではないか。

素朴な意見だが 2004/10/28(木) 23:35:49
単純に考えてみて、東大・京大文学部は存在価値があると思うな。

スタッフ、所蔵資料その他の研究環境は整っている。
日本の人文科学分野を支える有能な研究者を育成する場として残しておかなければならない。
また聞いた話では授業料その他自前のお金でランニングコストは賄えているようだし。

現に博士課程まで進んだ人間の多くは、修了後きちんとそれなりのポストを得ているようだ。
(最近は苦労している人もいるみたいだが…)
他業種に就職するにしても元々ポテンシャルの高い人間が多いから、
他の実学系学部出身者に較べて多少出遅れの感はあっても、
気持ちの切り替え、学習意欲さえあれば直ぐに追いつけるみたいだしね。

問題は他の大学に設置された文学部(特に文学研究科)かと。
旧帝や有力私大だと分野によってはまだ可能性があるが、
多くの場合大学院に進学しても研究者になれる見込みは殆どない。
(そういった大学の教員のポストは大抵東大・京大閥の植民地。生え抜きは少し。)
大学院生の平均レベルも東大・京大と比較するとかなり落ちる。

一般就職もせず、研究者になれる見込みも殆どないのに
大学院に居残っている他大学文学研究科の人たちを見ていると
少なくとも人文科学における大学院重点化政策(ここでは定員増加など)は
やらない方がよかったのではないかなと思ってしまいます。
いっそのこと、少数精鋭化でいってもいいような気がしないでもない。

同じ文学部の人間でも他大学の人文系学部の在り方は
どうなのかなあと考えてしまう今日この頃です。

そりゃ 2004/10/29(金) 05:31:13
>一般就職もせず、研究者になれる見込みも殆どないのに
大学院に居残っている他大学文学研究科の人たち

いまや京大も例外ではないと思いますが。

勿論これを前提に 2004/10/29(金) 07:06:17
して議論を続けて下さいね。
http://www.miyadai.com/texts/kumanichi/07.php

2004/10/29(金) 07:17:01
マルチウザイ

最高裁 2004/10/30(土) 00:04:07
金田章裕現副総長のご研究に
税金投入は、国民の同意を得ず。

2004/10/31(日) 00:59:51
何で金田ってそんな嫌われてんの?

副学長の割には全く知られてないね。

地理学っていまさら 2004/10/31(日) 17:24:25
地理学教室の学生に聞いたらわかる。

もっとも、この教室は不要なんだが。

もっとも、彼を選んだ罪は重い。


ヒント:アホで研究していないのにCOE担当

2004/10/31(日) 18:24:34
地理にしろ科学哲学にしろ、
京大(というかその影響下にある西日本の大学)は
文学部に入れてるのがよくない。
理学部に入れてもらえ。

理学部とは違うでしょ。 2004/10/31(日) 19:52:32
京大の文学部は非常に広い分野をカバーしている。
法・経済・教育に当てはまらない文系分野は全部文学部。

地理学っていまさら 2004/10/31(日) 20:36:49
趣味分野は、生涯学習短期学部を作り、移管。

へぇ 2004/10/31(日) 21:20:19
地理学って理学部でやるようなことやるんですか?

2004/10/31(日) 21:37:50
日本の地理学は

関東:理学部(自然科学系)
関西:文学部(人文科学系)

京大の地理学は関東(東大)の地理学に対して
独自色を出す為にあえて人文地理学にしたらしい。
京大の地理学は元々京大東洋学系列に属するものだし、
現に戦前の京大東洋学は政府や軍に対して
中国大陸の地理や歴史などを研究・分析・報告する
役割を担わされていた。
京大の地理学が文学部に置かれているにはそれなりの理由があった。

大雑把に言うとこういう事じゃなかった?
今では環境問題などとの関連で自然地理学の方が
重要性が高くなっているみたいだが…。

地理学っていまさら 2004/10/31(日) 21:54:31
金田の研究は中世荘園絵図の研究だw

地理学っていまさら 2004/10/31(日) 22:01:00
東大では、自然地理の専攻はなくなった。
一部教官が細々やっている程度。
人文地理は駒場(教養学部)で、小さくやっている。

自然地理の人数は、筑波 > 都立 > 東大・東北の
順だろうが、理学部で人文地理のスタッフも多く、
地理学教室自体、奇形でもう意味がない。

2004/10/31(日) 22:44:59
京大文学部地理学教室の初代教授は、かの湯川秀樹の父・小川琢治先生。
この人は元々帝大の地質学出身だけど漢籍に関する造詣も深かったから、
地理学教室にいるあいだは人文地理学・歴史地理学中心にやっていた。
後にこれも新設の京大理学部地質学教室に移って自然地理・地質学に戻った。

あとの人はもうずっと史学系の人が教授をやってきてる。
東洋史の大先生、宮崎市定が兼任で教授職についてたこともある。
今更方向性を変えるのも難しいのではないだろうか。

地理学っていまさら 2004/10/31(日) 22:57:02
なぜ、総人におなじものがあるか。

教養の教室が衣替えしたわけだが、
税金の無駄。
まず、文学部地理を総人に統合し、
その後、総人もろとも廃止がベストか。

>地理学っていまさら 2004/10/31(日) 23:13:45
君、どこの人間?少し興味があるw

地理学っていまさら 2004/10/31(日) 23:19:29
推論してみて

>地理学っていまさら 2004/10/31(日) 23:21:23
えー、面倒くさいよー

うむ 2004/10/31(日) 23:26:03
京大の人間っぽいな。
2ちゃんの地理板を再起不能なまでに荒らしてるのも
京大関係者だったら欝だ・・・

地理学の議論はこちらで 2004/10/31(日) 23:32:58
地理学の議論はこちらで

地理学ってどうですか?
http://www.kyoto-u.com/lounge/ep/html/200304/03040003.html

地理学っていまさら 2004/11/01(月) 07:02:55
総人と文学部はあわせて議論必要

ああ 2005/01/27(木) 00:24:53
いわゆる「虚學」が無駄という人は
先ほどの「文化大革命」をどう考えているのか、と。
「人民にとって無駄な學問」を排斥した結果、中國の學問(自然科學も含む)は二十年遅れたと言われてますね。

そもそも社會科學は社會を監視・評價するものであり、社會に評價されるべきものではないんですよ。根本的に。

まぁ、文學研究生も當然そのような原理にあぐらをかいていてはいけませんが。

部外者から見ると 2005/01/27(木) 09:57:24
文化大革命って、別に文学部関係無いんじゃ…

あと、実際そういうものであったとしても
現在、本当にそうあれているのかねぇ…

お名前 2005/01/28(金) 01:16:20
必ず文化大革命について言及しなければならない
って問題ではないわな

虚学かどうかなんて誰も判断できんよ
とは言いつつも漏れは社会学を否定する

2005/01/28(金) 14:06:52
後半2行が意味不明なんですが・・・
ひょっとして社会学→社会科学のまちがいですか?











2005/01/29(土) 00:29:52
つまらん煽りだね

総人ですが 2005/01/30(日) 00:26:52
地理はやってませんので詳細は説明できません。
でも、総人の地理のカリキュラムは文のそれとは若干異なるようです。どうも研究の方向性が違うようです。
因みに、兄貴が文の地理学でしたが、時々必要な本が総人にあったりしていったりきたり面倒だった、と言ってました。
現状は、やはり問題があるようです。

総人は、自由な風土で、専攻内で全然立場や理解が異なる場合でも、何故か共存してます。
研究の方向が違ってもたぶん、受け入れるでしょう。
従って、文の地理ともっと交流する機会があっても良いでしょうね。

もっと簡潔にいってくれ 2005/02/28(月) 21:35:10
文学とか評論とかの問題はたいした内容でもないことをウダウダともったいつけて長々と表現すること。どうしてもっと簡単明瞭に言えないのかね。

ああ 2005/03/01(火) 01:23:04
文学や哲学の大学教授はやたらと鬱が多いらしい。
わからんでもないがw

↑↑ 2005/03/01(火) 20:43:26
例えば誰のこと?

2005/03/09(水) 16:49:24
春の健康診断の際の問診票。

文学部の院生の、鬱病と書いてある率が異常に高いと聞いたことがある。

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