受験勉強の意味と大学への勉強
サスケ
2002/10/25(金) 01:53:07
最近、思います。受験生を教えているのですが、ふと思います。
「京大と近大は何が違うのか??高校の勉強が大学への勉強の掛け橋になるのであれば、また最近の学力論争が意味のあるものであれば、基礎学力はあった方がいいですよね。それでは、どうして求められる基礎力にこんなにも差があるのか。」
自分は法学部にいるのですが、高校までの勉強と大学の勉強の相関性がイマイチ見抜けません。世界史や日本史を知っていればイイ事もありますが、それは別に近大レベルでも構わないでしょう。となると、あとは数学と英語と国語。英語はできたら英語の文献読めるわ。数学はできればいいけど、できなくても法律できる人は沢山いるわ。じゃあ、国語。これも文章読解に必要だけど多分近大くらいでも大丈夫。
では、この要求される基礎力の違いとは何なんでしょう???
理系というと、大学で勉強する事と物理や化学が直結するとはよく聞くのですが、文系は直決する気がしません。
どのようにお考えですか???
無害
2002/10/25(金) 03:23:12
要求される基礎力は大して変わらないけど、受験だから同時に競争力も要求されてしまう。
結果的に過剰な学力が必要になる。
それだけの事のように思うがどうだろ。
まぁ英語に関してはこうは言えないかな。
京大型入試の場合とか特に。
確かに
2002/10/25(金) 07:15:29
専門学校生の19の女が司法試験に合格した例もあるしな。
文系に大学は関係ない気がする。
でも理系は研究費の関係があるから
なんともかんともにんにん
むむ
2002/10/25(金) 08:11:48
というか、高校程度の勉強をできない人は大学の勉強はできないのではないかとの恐れあり。ちなみに俺は工学部だけど、大学受験で得たものは
自分で勉強する習慣だと思ってます。決して大学の授業を理解するための学力
を大学受験で得られたとは考えていません。
ま、要するに大学受験はやる気次第で何でもできることを証明する場では
ないのかなと。
その感覚があればこそ受験勉強は無駄だったと思えるのかも知れませんが。
こと経済系に関しては
2002/10/25(金) 09:14:24
私大と比較するなら、数学、特に数学UBを受験でやらずに入ってくるような学生が、大学で経済学を
理解できるとは到底思えません。まあ、結局就職予
備校感覚で、経済学などよく分からんと漠然と入っ
てくる学生の問題だが・・・・・・
じょうほうがっか
2002/10/25(金) 09:52:59
高校までの全ての科目が論理力を鍛えるための物だと思う。受験は平和な日本の中で競争を味わえる貴重な機会だと思う。
ブラウン貫
2002/10/25(金) 10:44:10
教育社会学では、近代の学校制度は選別と動機付けの装置と考える。近代に入り職業が選べるようになりホワイトカラー、ブルカラー、さらにその中で専門的なもの、とにかく種類がおおくなったので、選別と動機付けの必要ができた。
たとえば寺子屋とくらべてみると、寺子屋は商人になる商人の子が商人に必要な勉強をしていた。
まあとにかく、義務教育9年間プラスαで自分のつく職業はこんなところかなと、決めるわけです。
これを基に個人的に考えると、高校までの勉強内容自体は必然性がない。
論理的思考能力とか文章読解能力とか鍛えるなら別のものでもいいしね。
それはだね
2002/10/25(金) 11:02:44
受験勉強:大学入学者選抜試験に通るため「だけ」のお勉強に尽きるからだと思う!
だから大学でやるお勉強に繋がっていようがいまいが関係ないのでしょう!
ななし
2002/10/25(金) 11:15:34
>むむ氏「自分で勉強する習慣」に同意。受身で塾に通うだけ、では意味ないと思うけど、たとえば「今日何時間勉強して、今月中には全体でここまで進めよう」と計画を立ててから実行したり、一度机に向かったら1〜2,3時間は集中力を維持できるようにすることは大事だと思う。大学入ってからは特に高校までとちがって主体的な学習姿勢が必要じゃないだろうか。
>ブラウン慣氏
寺子屋っていうのは商人の子だけじゃなく、農民の子も学んでいたみたい。で、勉強してたのは「読み・書き・そろばん(算数)」。この3つは必須というか基本的というか今でも、日常生活する上でちゃんと身につけておきたいものだと思う。
でも、高校までに学んだものすべてが大学で役立つわけではないし、大学で学んだものも実社会において役立つ知識なんかはそれほど多くない(技術系に関しては別だと思うけど)。
bomb
2002/10/25(金) 21:26:53
高校で習う知識は大学において絶対重要だし、受験は高校の範囲内のみで応用力を試すものだから受験勉強するのはまんざら損なことでもないと思う。確かに実社会で役立たない知識も多々あるが、それはそれで「教養」(後述のような場合を除く)として肯定してもいいのではないかと思う。だが、それが完全暗記主体の学習になるのはどうかと思う。例えば私立W田大世界史で辛亥革命の発端となった四川暴動が1911年の8月であることを覚えておかなければ解答できない問題があったという(誤文選択問題で問題文には1911年10月とあったのでこれが答えになる)これは極端だけど、この種のような問題が受験勉強の無機質さを作り出している原因になっているのではないのだろうか。大学のほうにも受験に対する悪いイメージを払拭するよう努力してほしいものだは?
2002/10/26(土) 00:33:38
英数理は受験がなくって、いきなり大学生になっても理解できないはずだろ?↑
2002/10/26(土) 09:02:58
もう少し具体的に。これだとアオリと変わらない。
↑
2002/10/26(土) 09:32:16
受験は役に立たないという人に対して、受験が無くって高校3年間を普通にすごしてたら英語はからっきしだし、
理系では右も左も分からない状態では?
ということ。
同立や早計の理工に内部から行く人をみて思った。。
サスケ
2002/10/28(月) 02:16:05
今までの発言を読ませていただくと、受験勉強の「知識そのもの」のレベルについてはあまり意味がないという事になるのでしょうか。僕の書き方が悪かったのですが、「法学部」については相関性を見極めにくい気がします。
是非他学部の方も、自分の学部や学科を踏まえた上で議論を展開していただけませんか。
そうしてもらえると、僕自身も分かりやすいですし、受験生にとっても分かり易いと思うのです。
僕自身、受験生の時も同じような疑問を持っていました。
宜しくお願いします。
>サスケ
2002/10/28(月) 16:08:10
たとえば、法や政治を論じるには、世界全体の歴史や地理的状況を踏まえていなければいけないし、とりわけわが国の歴史については詳しくなければいけないでしょう。そして何よりも、古今の文献を読み解くための国語力と語学力。また、実際の社会システムを考える上では、統計調査なども必要とされ、そのためには最低限の数理的思考能力も必要不可欠です。これらをまとめると、国・数・英・社という科目になるのでは?
思うに、受験勉強のレベル云々は、「点をとれるか」という視点で議論するからいけない。「いかに理解しているか」「自分なりのこだわりを持っているか」という視点で見なければいけない。要は、受験なんて、必要最低限度の知識と、勉強の習慣が身についているかどうかを試すだけのものだと考えれば、それはそんなものです。
あれのどこが
2002/10/28(月) 17:31:05
「最低限度」なんだか・・必要最低限っていのうはセンターで8割とれたら十分では?
「これらをまとめると国語数学英語社会」
っていうのはベクトルの方向としては間違ってないけど、
長さが間違ってると思います。
けいざいがくぶの経営方面
2002/10/28(月) 20:24:13
大学は学問する場所とされているので多分その話で展開されていくのでしょうから(受験勉強は学問研究に必要か云々)、
今の大学を使えないと考えている経済の経営屋さんの話は、
畑違いでしょうが、一応参考までに書いてみます。
経営屋さんの勉強では、そもそも大学の勉強自体ほとんど意味がないですし、
高校中学で勉強する知識自体もほとんど役に立っていません。
いかに金儲けをするかが最重要課題で、そのためにどの分野に資源を集中させるか、どうコスト削減するかが話になるわけです。
そんな話は日本の教育では結構タブーのようですから、(金儲けを考えるのは卑しい人間とか、そんなイメージがあるような・・・)
全然学ぶ機会は無いのでしょうね。
ただ、直接的に勉強することじゃなくても、例えば数字を見たときにそれが何をいいたいか分かる力、分析において何の要素が欠けているか・重複しているかを見分ける力は、
大学受験の数学や国語を通して学べてないことは無い感じがするので、
(あくまで感じに過ぎません。)その点ではいいかもぐらいかな。
御免なさい。役に立つか、役に立たないかの話をしてしまって。
ららあ
2002/10/28(月) 22:28:54
司法試験等の大学別合格者などを見ていると確実に直結しているようです。
しゃあ
2002/10/29(火) 17:28:40
何故それほどまでに頑張る?せいら
2002/10/29(火) 23:25:05
頑張ってるうちが華だから?あむろ
2002/10/30(水) 00:02:14
僕にはまだ滑り止めがあったんだこんなうれしいことは無い
サスケ
2002/10/30(水) 00:56:01
ららあ 2002/10/28(月) 22:28:54司法試験等の大学別合格者などを見ていると
確実に直結しているようです。
このことについて意見します。
あくまで私的見解ですが、司法試験の大学別合格者などは、大学受験勉強などの知識などは関係ない気がします。
何故そういう意見に辿りついたかと言えば、法律と高度な受験勉強を結ぶつけることに必然性を感じないからです。
偏差値の高い大学に行くような人が集まるところは、そういう意識をもつ人の集まる可能性が高かったり、そういう流れがあるだけの気がします。
より具体的に言えば、京大に入った人の中で、「私は法律で食っていく、勉強で食っていく」と思う人の割合が単に高いからではないかという事です。
これは必ずしも当てはまることではありませんが、そういう方向で動いていくのではないでしょうか。
更に例えれば、高校までずっと野球をやっていて、甲子園に出たとします。
そして引退後、自分は何を活かしていくかと考えた場合に、スポーツで何かをしたいと考える人の割合が高いのと同じだと思います。
いかがですか?
またまた意見を待ってますよ(^o^)v
むーん
2002/10/30(水) 02:15:34
意識差はもちろんあると思うよ。司法試験と受験勉強は知識的で被る所はないけど、
司法試験でも受験勉強でも求められるのは暗記が中心だから、
(もちろん論理的思考能力というやつも必要ですが)
暗記を効率よくしなくちゃ入りにくい大学に入れる人は、
当然司法試験に受かりやすいでしょうし、短期合格もしやすいでしょう。
法律学者に必要な力と司法試験を受かるのに必要な力とに、
関係があるのかという話はよく分かりませんが。
うーむ
2002/11/11(月) 13:46:29
当方文学部生ですが、受験勉強は全くムダになってませんな。むしろ、受験生のころもっと歴史を勉強しておけばよかった、
と思うことが度々です。
私見ですが、受験における数学は、数学特有の記号、
つまり<数学語>の運用能力を計るための教科だと思っています。
また、既に↑で多数の方が指摘されているように、
論理的な思考能力を育成するための教科でもあります。
京大に限らず近年の大学では以前にもまして、
広い視野を持ち、複眼的な思考ができる学生を求めているように思います。
つまり、いろんな物の見方ができる人間を必要としているのです。
受験勉強に限らず、勉強はそのためにあるのではないでしょうか。
A_Musician
2002/11/11(月) 18:07:27
最近思いついたことだが、ライブでメトロノームと一緒にやるやつはまあいないだろうが、
本気のやつならメトロノーム相手に練習はするだろう。
知識を使う使わないが重要なのではなくて、その裏にある哲学を学ぶことが重要なんだと思う。
↑↑
2002/11/11(月) 19:08:51
じゃあ、論理的思考を試すのに何故数学なのか?が分からん。
無
2002/11/13(水) 20:42:34
大学の方がもっと無機質で詰め込み。そう思わない人がいるとしたら、それはきっと
教授のリップサービスのせい。
その激しい詰め込みに耐えながら自分なりの考えや
認識を発見し、持ち続けなくてはいけない。
だから体力がいるの。
数学をやれとか本を読めとかいうのはその為。
そりゃあ
2002/11/13(水) 21:08:55
法学部の人が法律を覚えたり化学系の人が反応式を覚えたり・・
って言う詰め込みは分かるけど、文系に数学をさせなくても・・しかもあの配点。
何か「数学」を重要視しすぎ。
無
2002/11/13(水) 21:17:46
数学を重視するのはそれを勉強する負担が大きいからなんだよ。有
2002/11/14(木) 12:52:00
高校数学なんて一般常識だよ。よくわかんち
2002/11/15(金) 11:40:04
数学の話になってきたけど、イマイチよく分からないな。誰かもう少し詳しくお話してケロ!!
むーん
2002/11/15(金) 12:57:48
私は数学も論理学も勉強したことがないので、上記の質問に正確に答えられるか分からないけど。
論理的思考とは、何かを根拠付けるときに、たくさんの中から、
一番納得で来うる事実を探し出して、上手く説明する思考だと思います。
あとは、抽象と具体のフィードバッグとかも関係ありそう。
(帰納法と演繹法のことです)
ですから、数学がテキトウなペーパー上の問題を定理を使うなり、
状況にある証拠をガリガリ使って、勉強する教科だとしたら、
論理的思考能力を鍛えるとかありそうとか。
苦痛に耐える精神を鍛えるために数学があるというのが、
本当かも知れません。
追加発言



