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日記を書こう3


1. Gackut 2003/02/14(金) 02:32:01
日記を書こう3


人生の醍醐味は、大きく分けて三つ。
「自分」「仕事」「恋愛」です。あらゆる幸せは三つに分類されます。
人間は、結局この三つのために生きているのです。でも大抵、どれかを犠牲にし
ないと世の中が回らないのも悲しき事実。私と仕事どっちが大事、と聞かれ
ても本来答えようがないことなのです。仕事だけに打ち込んで、したかった夢を
達成し、財産と名誉を得てたとしても、家族を犠牲にしたなら、それは人生を
誤っています。成功とは、有名になることでも、お金を貰うことでもありません。
無名の人が、something(何者か)になることが幸せではありません。これまで知ら
なかった別の幸せの形(anything)を知ることが、長い目で見て人生の成功です。
 来年見返して、俺こんなこと書いてるよ、と恥ずかしがりたくて日記を書き始め
ました。良く考えると、日記には、「自分」も、「仕事(勉強または学問)」も、
それにきっと「恋愛」も入ってるんですね。
◆このスレッドは、日記を書くスレッドです。
 一ヶ月に一回のスレッド、記念カキコ、なんでもありです。
 日記仲間募集中です。
 
 過去の日記はこちら
http://www.kyoto-u.com/lounge/talk/html/200212/02120023.html

2. Gackut 2003/02/14(金) 02:33:25
 この世は、不公平だ、という人がいます。人間は生まれなが
らに平等なんだよ、と教えてもらったせいなのか、皆人間は何
でも平等に出来ているのだ、と勘違いしているのです。良く見れば
わかると思いますが、この世は平等ではありません。得をする人
がいれば、いくら頑張っても日の目を浴びない人がいます。世界
中どこへ行っても、平等が約束された世界なんて存在しません。
お金も、土地も、人気も、名誉も、体の大きい人、声の大きい人
、欲の大きい人がおいしいところを、さらえて行きます。

 福沢諭吉は、この世に一つだけ皆に等しく与えられているもの
があることに気が付きました。それが、「幸せ」です。裕福な
家庭に育った金持ち父さんが、道端で一万円を拾ってもそれほど
うれしくなれません。でも、小使い月一万しかもらえないサラリ
ーマンの貧乏父さんが一万円貰うと、タバコにしようか、酒に
しようかと、舞い上がって喜べます。いくら世間が厳しくても、
不況が厳しくなっても、他人の満足感だけは奪えません。
仏教では、このことを輪廻と呼びます。1だけ幸せを貰った
人は1の不幸を受け取ります。100の幸せを受け取った人は、
100の不幸を代償に払います。幸福感は損得で計れません。

3. Gackut 2003/02/14(金) 02:33:38
いっぱい泣き笑いしたい人は、難しいことに果敢に挑戦し、
色々な経験をすればいいのです。温和な人生がいい人は、ゆっくり
余生を過ごせばいい。小さい頃は、皆がみんなスポーツ選手か、
タレントか、とにかく有名人物になりたかった。でも、良く考え
たら彼らは、いいこともあるけど、そのために一日中身を粉にして
働いています。彼らがいるから、私たちはそれをテレビで見て
楽しめるのです。私たちの代わりに、難しいこと、奇怪なことに
彼らが挑戦してくれているのです。良く考えたら、他の人に高度
専門的なことは任せて、それを享受しながら平凡な毎日を過ごせる
なんてすばらしいことではありませんか。いつも何かで一流にな
って有名になりたいと思っているうちは、自分の生活は「平凡」
です。でも、安定した毎日に価値を見出し始めれば、それが「中庸」
に変わります。一生を芸能生活に費やすのも良いけれど、
堂々と「真ん中」を生きるというのもいいではありませんか。
普通の生き方は誰にでも出来ます。黙ってテレビをつければ、
芸能人や、アスリートが自分のために、人生を賭してパフォーマ
ンスをしてくれるのです。考え方を変えれば、王様気分です。
遠いところを探さなくても、一番近いところに、一番豪勢な生活
があるのですよ。

4. Gackut 2003/02/20(木) 13:51:24
「何もしないときが一番疲れる。創造的なことをしているときは、心は疲れない。
 自分の仕事をして、一々疲れていたら、勤まらない。休憩なしでどこまでも疲れない
 人が、仕事人だ。」




 人間はどれくらい怠け続けることができるのか、怠け者実験を行いました。
被験者は、結構な日給をもらいながら、一日中快適で何不自由ない実験環境で過ごします。
一ヶ月は持つだろう、という当初の予想に反して、二週間で多くの被験者が脱落したのです。
人は何でもいいから、働いていないと返ってストレスがたまるのです。人間は、根は真面目
だということが証明されました。
 人間はそこそこ真面目だとわかったのに、一方、働き蜂は、実はその8割が、実務労働をしていないのです。
実際にエサヲを運んできたり、巣を作る「働き蜂」は二割ほどで、残りは、仕事をせずに遊んでいたり、
同じところを延々飛んでいたりします。
 ところが、その「働き」蜂を集めてエリート集団を作ると、その中から怠け者が現れ始めて、結局最後は
最初の比率に戻ると言うのです。それを聞いて、どこかの大学を思い出してしまいました。

5. Gackut 2003/02/20(木) 13:52:01
もし、全員がフル稼働していたら、非常事態に対応できません。かといって、何もしないと飛翔したり、蜜を
集めたりする基本能力が失われるため、余剰集団が「いざ鎌倉」まで、何かしらの運動をして待機するのです。
元来生物は、秘めたる余剰能力があって、普段はそれを節約して遊ばせているのです。
 私は、高校時代、楽な勉強法はないものかと、勉強はほどほどに、そればかり探しておりました。
一時間半で休憩を取るとか、頭の切り替えをするとか、リフレッシュをした方がいいとか、受験には色々それに
見合った工夫があります。でも、本当は一旦休憩を入れると何を勉強していたか忘れるし、一旦テンションが
下がります。
一緒に勉強していた友達は、遊びと勉強の切り替えが抜群にうまかったので、僕も真似しましたが、悉く失敗しました。
休憩のとり方、モチベーションの持って行き方が下手なので、どうしても勉強と遊びの境界が混じってくるのです。
 ある時、切り替えが下手なら、最初から切り替えなければいいんだ、と気がつきました。以来、ひたすら疲れるまで
勉強をぶっとおしで続けるようになりました。やりすぎて、合格後に高熱が出ました。でも、したいことに集中して
いるときは休憩など必要ないことに気がつきました。具体的には、英語なら英語で、ある日から一日中英語だけを
ひたすら英語漬けの世界に入ります。一時間英語、15分休憩、一時間半数学、.....という勉強とは基本的に
伸びが違うのです。時間を無駄にしないための時間術というのがありますが、よほど上手に使わないと時間に追われて
返って基礎的能力の育成には逆効果です。本当に集中している人の周りは、時間が止まります。今も、この文章を書い
ている時間、僕の中で時間が止まっています。楽しい時間は、すぐに過ぎ去ります。もうこんな時間?、と後で思う
時間の使い方は、それが後から見ると、物凄く役に立っています。
 時計を見て、もうそろそろ休憩ね、と言っているうちは、何をしても充実しません。一番上手に時間を使っている
瞬間は、何かに集中して時間の経つのを忘れるときです。けして、スケジュールを綿密に組んで、時計とにらめっこ
しているときではありません。時計なんて身につけていない人が、案外一番ハードな日程をこなしています。

6. Gackut 2003/02/20(木) 13:53:18
P.S.  天才には、三種類あります。創造力がずば抜けている人。普通はこれを天才と呼んでいます。
    次に、異才。記憶力など、ある特定の能力がずば抜けて高い人です。天才と間違われやすいようでが、
    ほかの事では、何だこんなことも出来ないの?、と言われてしまいます。最後に、量才です。
    人間のものとはおもえないような、量を輩出する人のことです。コンスタントに、ヒットを飛ばして、
    それをずっとキープできる人です。小室哲也さん、つんくさん、司馬遼太郎さん、手塚治虫さん、みんな
    (創造力の)天才と呼ばれる人は、量を輩出しています。かといって、いくらなんでも、一日に60枚も
    原稿をかけません。スピードにも物理的限界があります。結局、天才は、一番長く仕事場にいる人です。
    何も思い浮かばなくても、一日中研究室で悶々と考えているのが、研究者です。漫画を描く手塚さんの
    後姿を見て、若き日の富士子富士夫さん(二人)は、漫画道を知ります。アイデアが迸り出て、どんどん
    原稿を書き出す姿に心を奪われ、漫画の神様が何度も何度も、手直しを繰り返すのを見て衝撃を受け、
    手が動かないで、それでも一日中机に向かって苦心する氏の後ろ姿を見て、自分も漫画家になりたいと
    痛切に思ったのでしょう。
     経験したことがないので、天才がどんなものかは知りませんが、一番机に向かっている人であることは   
    確かです。    

●書籍「Neuro Science」
●学部ガイダンス

7. Gackut 2003/02/22(土) 20:42:03
●バッティングセンターにて、180球打つ。
●ブックオフを利用。
●「大人のホテル」「画像でわかる私の体」「これから使うマック」「
  夢幻の中の数学」「嗜好は実現化する」「司法試験短期合格ブック」
  「日本一の私の先生」「20代もっと思い通り生きてみよう」「最強の
  速読術」「ヒトラーとは何か」以上、10冊追加。二月累計で、59冊。
●お酒を頂く。


スーパー「マツモト」の入り口の整理員が、雨合羽を被りながら車の
出入りを補助しているのが見えました。いつも国道を通るたびに見る風景
です。ご苦労様、と言いたい気持ちに駆られて、斜め前の位置から、お辞儀を
しました。勿論相手に見えていないと思って、頭を下げたのです。ところが、間を
あけずに、彼は深々とお辞儀を返してくれました。
 本来、係員は駐車場から車を国道へ出すために、道行く車に道を譲って
もらう役目をおっています。私の二台前の車が、係員によって止められて
いました。ですから係員は、後方の私のことなど見ている暇はないはずなの
です。

8. Gackut 2003/02/22(土) 20:42:23
 事故に巻き込まれないように、周りの車両のドライバーの様子を見抜いて
危険を事前に避けようとする名ドライバーがそうであるように、名先導員
は、事前にニ、三台分前の車両の運転手の状況を先に確認しておくのでし
ょう。運転手の人相を見て、停車を要求したら、迷惑がる人物だろう、とか
判断いるようです。これぞ、仕事人、と感心してしまいました。
誰も見ていないようで、実は見る人は見ているのです。この間、
知り合いの方から、Gackutスレ見てますよ、と教えていただきました。
意外に、多くの人が見ているものだな、と驚きました。
よく考えると、利用するときは、閲覧するレスに比べて、実際にカキコする
数の方が、はるかに少ないですものね。レスしてくれている人の、10倍
見ている人がいるのだ、といっても過言ではないでしょう。面白くないな、と
思ってカキコせずに去られた方もいるかもしれませんが、そのことは、直接
スレに現れません。でも、その潜在レスを捨ててしまうと、レスしてくださった
方の実に9倍の方を失うことになる。スレマスターは、直接返ってきたレスも、
返ってこなかったけど、実に来てくれた人の心の中にあるレスも、両方考慮出来て
初めて、実りのあるスレッドに出来るのではないでしょうか。

P.S. なんにも思いつくことがない時も、見ましたよ、とレスをつけよう。

9. ひまわり 2003/03/04(火) 13:44:59
Gackutさん、こんにちは!
最近、日記を書かれていないね、どうしたの?
大丈夫なの?

10. Gackut 2003/03/04(火) 16:08:22

ご無沙汰です。
最近特に、寂しいな、と思うときがあります。
鏡を見て、なんだか元気がない自分の顔に気が付きました。
日常に対する緊張感がなくなって、怠惰になっているからかも
しれません。
 よし、いっちょ日記を書くか!

11. フェイクファー 2003/03/04(火) 16:40:24
>Gackutさん
こんにちは。いつもあなたのスレを読ませていただいている者ですが、書き込みは初めてです。カキコする人の10倍は閲覧者がいる、という言葉に触発されて、あなたに一読者の存在を知っていただきたいような気持ちになりました。
Gackutスレは最近荒れがちなkyoto-u.comの中では稀に見る良スレだと思いますよ(時々カキコが長くて字を追うのに疲れることがある、と告白せざるをえないのも事実ですが(苦笑))。
最近寂しいな、と思っておられるとのことですが、過去ログを見れば分かるように、あなたの言葉に元気づけられている人がたくさんいます。顔も見知らぬ人々との、言葉だけのふれあいは、時に雲をつかむような気持ちになるものですが、いつも誠実に応えていらっしゃるあなたは素敵だと思います。元気を出してくださいね。もちろん疲れたときはゆっくり休んで。
また質問スレにも登場するかもしれません。そのときはどうぞよろしく。

12. Gackut 2003/03/04(火) 19:24:14
フェイクファーさん

 夜は、誰でもハイテンションです。寝る時間帯が近づく程に、気持ちが高ぶって
きます。ちょっとネットに夢中になると、夜中の二時、三時ななんてことも度々です。
どんな人でも、夜は豪傑になれます。
 朝、目覚めが悪いと、一日気分が優れません。昼間の調子と、朝の目覚めは比例します。
意識は、無意識の奴隷である、という言葉がありましたが、昼間に嫌なことや、不安が
多いと、前の晩、どんなに強く決意したことも、朝になると挫けてしまいます。頭では
わかっているのに、意識化でブレーキをかけてしまっているのです。
 一日のうち、朝が一番無防備です。意識がまだ働かいていないので、意識化で物事を
考えてしまいます。だから、理性でわかっていることが出来なくなってしまうのです。
同じことは、暇なときにも当てはまります。一見忙しいときほど、何か物足りない気持
ちに襲われそうな気がしますが、実際は、暇なとき、まただらだら時間を潰している時
に、人は一番寂しくなります。
 忙しいときは、意識が活発に働いているので、無意識が働く余地はありません。とこ
ろが、毎日を惰性で過ごし始めると、どんどん意識下の感情が、心を埋め始めます。
一旦不安になると、仕事が手に付かなくなって、ますます意識下で物事を考え始める
ようになります。どんどん好きなことや、毎日の雑用をこなしている時は、対人関係も
上手くいきますし、心も晴れ渡っています。ところが、やることがない毎日を送ってい
ると、出会った人が自分をどう思っているのだろうか、と不安になり始めて、外出が
億劫になり、コンビニの店員と介す会話でさえ嫌になってきます。自意識過剰になって
いるのです。

13. Gackut 2003/03/04(火) 19:24:44
 仕事や、勉強が手に付かなくなったときの対処法は、一つしかありません。結局
手近の仕事をどんどんこなす事です。無意識の感情は、いつでも楽をしようと、と
あなたを誘惑します。無意識のうちから、ふつふつとやる気が沸いてくることなんて
ありえません。大抵、やる気は、素晴らしい人に出会ったり、本やテレビで感動した
時です。いつでも、意識が、やる気を起こさせるのです。難しいことから始めると、
ますます気がめいるので、優しいことから始めると、少しずつ仕事が楽しくなります。
 仕事や勉強で悩んだことがない人がいないように、どんなに社交的な人でも、友達や
社交に悩んでいます。大学生は、一日中好きなことが出来るので、人脈が広くなったように見えますが、実は人と接する時間が少ないのです。一日家に篭ってしまうと、誰とも
会話が出来ません。自宅にいると、四六時中家族と顔を会わせますから、中高生より
むしろ大学生の方が、一人で過ごす時間が長いのです。
 そうなると、自然と人との対話が少なくなります。身内以外と話す機会のない人ほど、
ますます街中に出るのが怖くなります。対人恐怖がスパイラルしていくのです。
 毎日の仕事への意欲がなくなったら、学習机から逃げずに仕事をすることでしか
スランプから抜け出せません。一方、他人が怖くなったら、どんどん人と出会うことで
しか、対人恐怖はなくなりません。勉強も、人付き合いも、コツを覚えればなんとか
なるものではありません。仕事がしたければ、机の上のものに取り掛かることです。社
交的になりたければ、人と接することです。勉強も、対人も、蓄積ではありません。

P.S.  元気がなくなったので、コンビニに行きました。少し体が軽くなりました。

P.S.2 こんにちは。これからも、どうぞよろしくお願いします。

14. フェイクファー 2003/03/04(火) 21:43:07
お返事ありがとうございます。
お伺いしてもいいですか?
「勉強も、対人も、蓄積ではない」ということ…過去の蓄積、実績を振り返っても、やる気は沸かない、元気にはならない、ということでしょうか?

私も春休みに入って、昼夜が逆転、とまではいきませんが随分リズムが崩れています。夜元気になることで、昼の世界から逃避しているのかもしれません。早く寝ようと思っても、目が冴えてしまう。早く起きようと思っても、瞼が重い…そんな毎日です。
楽しくないだらだらは余計疲れますね。私も、机の上のものに取り掛からなくては。

15. Gackut 2003/03/04(火) 23:33:41
勉強の意味は、
@外部評価(金銭を含む)
A業績の積み上げへの満足感
B広い見識と思考力を得られること(つまり勉強することで世界が広がること)
などなど、それまでの研究人生の総体に関係した楽しみと、
D今、勉強している充実感、または勉強そのものの面白さ
E勉強することで、生活に生きがいが感じられる
といった瞬間の楽しみがあります。
前者は玄人であるほど、専門家であるほど、楽しめますが、後者は、気持ち次第で
誰でも勉強を楽しむことが出来ます。殆どの人は、前者です。勉強は、学問は、いや
殆どあらゆる仕事は、蓄積が物をいいます。努力が勝敗をつける世界だからです。

でも、勉強の楽しさは、業績や実績だけが生み出すとは限りません。例えば私の友人
に、受験数学はジグゾーパズルだ、といった高尚な人がいましたが、ジグソーパズル
は、作ったパズルが完成に近つ゛くことを感じられる、「未来を想像して」の楽しみと、
ピースを探すのに夢中になって「今」を忘れる充実感の楽しさがあります。
 パズルの達人ほど、パズルを組み立てるのは早いと思いますが、素人より
もはるかにパズルを楽しんでいるか、といったらそれはまた別の次元の問題
だと思います。
 勉強するほどに、わかることの蓄積が出来て、楽しさがわかってくる人
と、勉強するほどにどんどんそれが味気なくなる人はいます。名誉や、業績、
金銭が欲しいなら、断然蓄積がモノをいいます。でも、楽しいかどうかは、
現に今、何をやっているかで決まります。一日中勉強しなければいけない
わけではありません。日々の雑用の合間を縫って、少しずつ自主的に勉強を
する人は、十分に勉強を楽しんでいます。楽しむのに、実力は関係ありません。
 蓄積を幸せと換算する人、そしてその成功のピースをつなぎ合わせていくことを
自分の人生と見る人は、集中力を絶やさないで毎日少しでもたくさん頑張ればイイ。
それ以上の策はありません。

16. Gackut 2003/03/04(火) 23:38:53
↑「この続き」は、「Gackutですが質問ある?8」の方に
移しました。お手数かけてすみません。

☆Gackutですが質問ある?8
http://www.kyoto-u.com/lounge/talk/html/200302/03020044.html

17. Gackut 2003/03/04(火) 23:43:03
●中古ではあるが、PDA購入。
 配送日まで待てない。
●最近読んだ本の、スクラップ
●A氏に依頼された、「私の読んだ書籍」一覧つ゛くり。
キーワード
・講談社創業者「面白くて、ためになる本」
・読んだ、面白かった、で終わらない。
・マスターリスト

18. Gackut 2003/03/06(木) 00:11:42
●A氏宅へ 本に対する価値観の座談など。
●K氏が我が家へ来る。数Tを手伝う。


「座右の銘って何ですか?」

 座右の銘を聞かれました。返答に困ってしまいました。
普通、座右の銘に書く内容は、現実的な目標ではありません。
今は出来そうにないけど、いつか叶えたい、という、わが人生最大の
目的地点を、短い言葉の組み合わせで表現するのです。
 中学時代は、成せばなる、でした。自分をうまく表現出来なくて、
そして自分らしさが見つけられなくて、悶々としていた時代です。
自分の可能性に自信がありました。同時に自身の現在に納得できません
でした。だから漠然とした、「成せばなる」の言葉に、共鳴出来たのだと
思います。
 高校時代は、ペンを持つことで、自己表現が出来るようになりました。
信じた言葉は、工夫と継続、です。目線が現実に向いていた時期です。
自分のいる延長上に、近く来るべき甘い世界を想像していました。
 大学時代、今は、強いてありません。言葉を聞いても、共鳴しないのです。
外からの声が、少し客観的に見えるようになりました。座右の銘はありませんが、
あえて言うと、「姿勢」でしょうか。プロセスです。他人の評価を仰いで始めて形を
なす類の成功を求めるのではなく、成功は自己完結のものでありたい、と思うから
です。かつて従業員が仕事場に来て、面白くないような会社は存在意義がない、と
従業員が楽しい職場を、企業方針に上げた創業者がいました。その頃、まだ日本は
高度経済成長の真っ只中。高尚な御人だと、周りは見ました。

19. Gackut 2003/03/06(木) 00:12:03
 それから時代は移ろい、社会は金銭より快適を求めるようになりました。モノが
溢れ始めたからです。企業は、機能的組織の導入と共に、快適な労働をサービスする
ことが求められるようになりました。現場はオートメーションが進み、必ずしも国民
全員が仕事をする必要性がなくなります。いずれ近いうちに、仕事は金銭獲得手段
ではなくなり、働き者の人間に必須の表現活動としての認識がなされるでしょう。
 仕事も、いずれ趣味になります。一日8時間寝て、8時間遊んで、8時間職場で
思い切り面白おかしく仕事をする。平等主義者は、ワークシェアリングを叫び、自由主
義者は、仕事時間拘束からの解放を主張します。
 学歴が立身出世の社会なんて古いといいますが、今でも、英語だ、PCだ、と専門性
の薄い資格に群がる人を見ると、五十歩百歩だと言いたくなります。実力社会だって、
いずれ淘汰されるかもしれません。
 人工知能や、クローンなんて出してこなくても、ノルマや成果に縛られないで
仕事の時間を楽しめる人って、十分未来人ですね。

20. フェイクファー 2003/03/07(金) 11:17:33
>Gackutさん
こんにちは。お返事ありがとうございました。
Gackutさんのレスを読んだ翌日、頑張って早起きを試みたのですが、その次の日には早くも挫折してしまって…また今日もう一度、えいやっ!と気合を入れて一昨日よりも早く起きることができました。朝からお金をおろして、眼科に行って、買いものして…嫌な雨の日だけれどちょこちょこ雑用をこなせたことが、他愛ないけれども久しぶりに嬉しかったです。
雨がだんだん温かくなってきました。もうすぐ春ですね。

21. ☆注意☆ 2003/03/07(金) 21:22:21
フェイクファーさん

 同じ研究室内でも、デキる人はなぜか女性にモテると言われます。
研究と、異性にもてることとは、一見つながりがないように見えます。
でも、学問と、人間関係に共通する点は、意外に多くあります。
20代で女性にモテる人は、細かいことに目が届いて、気配りが出来る
人です。女性の方も大人になっているので、若い頃のようにルックスだけでは
評価されません。
 好きな男性のタイプを聞かれて、女性は圧倒的に「優しい人が」と、
答えます。そう聞くと、自分は大人しいし、我が強くないから的確だな、と
大抵の男性は思ってしまいます。でも、男性の考える優しさと、女性の言うやさしい、
ははっきり違っています。
 優しいという言葉に対して、待ち合わせに遅刻されても短気にならないで待てる
人間性を、男性は思い浮かべます。そこまで出来たら、男性同士の友情は保たれます。
でも女性の場合は、違ってきます。もしかしたら、遅刻したのはデートの前に美容院に
行って、髪型を変えたからかもしれません。服を選ぶのに手間取って時間に遅れたの
かもしれません。そんな時、「待った?」と、聞かれて、小一時間待っていたのに、今来たところだよ、と言うのは男性にとって精一杯の優しさです。でも、女性は、第一声に
髪形変わったね、と言って欲しいのです。

22. ☆注意☆ 2003/03/07(金) 21:23:21
それが、女性の言う優しさです。
 学問も同じです。同じ条件でも前回と違うところ、文献と違うところに気が使いないと
研究は進みません。違いに気が付く、感受性が必要です。本に書いてあることだけ習っ
ていたのでは、永久に発見はありません。なんの学問でもそうですが、教科書に書いて
あることは自然の1%にもなりません。それに、それらが覆されることだってあるの
です。学問は、究極的には仮説を立てる作業です。何も情報がないところから、独創
的な発見は生まれ得ません。必要最低限の基本的な情報は、実はみんな平等に与えられ
ています。後は、その中に、ほんの少しの違いを見つけられるかどうかです。偉大な発
見も、小さな違いに価値を見つけられたことから始まっています。
 言われると当たり前のことでも、自分で気が付くのは大変です。違いは小さいことだ
からこそ、興味がないと、見落としてしまうのです。
 人に好かれる人、イイ仕事をするひとは、何事にも敏感です。雨上がりに、土の匂いを
感じられる人は、時の移ろいに敏感な人です。空気を感じて、そろそろ衣替えね、と
言える人だから、周りの人にも気配りが出来るのでしょう。小さなことにこそ興味が
向けられる人が、心の優しい人です。

P.S. 今日は、昨日より〜、って言えることがあるのって、素敵なことですね。

23. Gackut 2003/03/07(金) 21:24:34

>☆注意☆
じゃなかった。Gackutでした。

24. Gackut 2003/03/07(金) 23:07:04
●カラーボックス、キャビネット、CDケース等購入。
●図書館サロンへ。


絵画には、下のところに日付が書いてあります。
普通は、書き終えた日を書くものですが、中には
書き始めに書いてしまう人がいます。
なぜか。
絵を、生まれてきたものと考えるからです。
書き終わった日で、絵画は終わりではありません。
描いた人にとって、その絵の中に込められたモチーフを愛する人にとって
絵は、描かれた日から進化し続けるのです。
絵画の中に、吐息を感じられる人が、絵描きです。
 漱石が、書くのではない、彫りだすのだ、と言ったのは、
文脈に、生きた何かを感じていたからです。
偉人の記念館に行くと、書斎の雰囲気に、何かとてつもないものを
感じます。既にこの世を去ったものが、残していった得体の知れないもの。
職人の仕事場には、魂が籠もっています。

25. Gackut 2003/03/09(日) 00:16:47
●書店

若者が本を読まなくなったと言われています。
確かに、出版数は右肩下がりの傾向を示しています。
でも、実際は書籍に取って代わる情報媒体が普及してきたことを
考えると、出版会の悩みであって、国民の悩みではないように思います。
むしろ、本を読む人は増えています。市立(町村立)図書館が、経営赤字を
改善するため、ベストセラーを揃え始めました。図書館で読む人が増えて
います。
 日本人は、一年に10冊本を読むといわれています。ところが、この数字は
意味がありません。本を読む若者が減ったのではなくて、猛烈に書籍を読む
若い世代と、マンガさえ読むのがだるい世代に分かれたのです。一方は速読
の勉強をし、もう一方はゆとり教育とやらに浸かっているので、二極化が
進んでいるのです。書籍の文面には、さも読書が国民の娯楽のように書かれ
ていますが、無作為アンケートで、趣味読書と答えた人は、趣味の50位
以内に中に入りませんでした。テニス、ゴルフに負けるならともかく、水
泳、ゲートボールにまで負けるような勢いです。いくら出版界がけしかけて
も、もはや読書は進学校の中の局所的な伝統でしかないのです。
 本は教養だといいますが、テレビも教養です。ネットも新しい教養になる
でしょう。かつて現代人の文化性を高めるのに貢献した(とされる)文芸書は、
売れません。無差別テロ、環境問題といった複雑で日本だけでは解決できな
い問題が社会面を覆うようになると、演歌が廃れたように、純文芸は生き残
れそうにありません。

26. Gackut 2003/03/09(日) 00:17:06
 本屋で売れているのは、実用書です。特に、ビジネス書。だから、後参
考書、仕事関連の書籍。老人のいる家庭なら、介護とか。
 そんなわけで、面白くてためになる、を経営方針にした創始者がいた
講談社が売り上げを伸ばして、岩波あたりの堅い9ところが軒並み売り
上げを下げたのには、頷けるような気もします。そんなわけでベストセラ
ーの条件も、当然昭和の時代とは違ってくるわけで、@役に立つ(立ちそう)
A中学生でも読める文体と構成B著者の経歴が凄かったり、賞を受賞して
キャッチコピーが付きやすいC切り口こそ違えど、保守的で当たり障りが
ない、といった誰にでも読める仕立てのものが、中小規模の書店の店頭を
埋めてしまいます。一方で絵、毎年出版される本の数は膨大ですから、
欲しかった本も買いに行きそびれると、どんどん店頭から消えていきます。
 罪と罰、みたいな超級の作品は生き残っているとしても、その他は、
ごてごて帯にコピーが付いた新刊のベストセラーとその類書に店頭を埋め
尽くされた書店に行くのも、足取りが重いなあ、と思いながら、近所の
本屋へ行ったわけですが、手にとって見てベストセラーには何か引き付ける
ものがある、と感じました。「金持ちとうさん〜」「チーズは〜」といった、二番煎じに
紛れて、「片落ち」があったたりするから、やっぱりベストセラーに期待してしまう
のでしょうか。

P.S. 片落ち?チーズと変わらんがな、と言われそうで。

27. Gackut 2003/03/11(火) 01:49:33
 司馬遼太郎の「花神」を、ビデオで見ました。だいぶ前のNHK
大河ドラマの総集編です。原作の冒頭一行目は、「適塾という。」
であったように思います。適塾とは、創立者であった緒方洪庵の
別名、滴々斎から取ったもので、橋本佐内、吉田松陰といった幕末から
維新にかけての立役者達を排出しています。物語は、主人公である村田
蔵六、のちの大村益次郎が適塾に入門するところから始まります。
 物語前半部は、蔵六よりむしろ、のちに松下村塾を開き松蔭を
名乗ることになる吉田寅次郎が、主人公のような配役を務めます。
軍艦の脅威を見せ付けられた寅次郎は、日本が欧米諸国の植民地になる
ことを阻止するため、ペリーとの対外条約妨害や、老中暗殺を企て、
最後は江戸で打ち首になるのですが、志を抑えきれなかった寅次郎は、
それまでに脱藩など、何度も大罪を犯します。凄いのは、寅次郎の家族が
それを全然気に留めていないことです。普通、家族から罪人が出れば、親戚
縁者から総スカンでしょう。
 その寅次郎が帰省を許されて実家に帰った時の場面で、印象に残ったシーンが
あります。送れて自宅に帰った父親が、寅次郎の帰宅に気が付くところですが、
父親は片手に勉強道具を揃えた風呂敷堤を抱えていました。小さなシーンですが、
司馬遼太郎以前の映画では、手に風呂敷、はありえなかったことはないでしょうか。
武士は刀を携え、筆など持たぬ、という固定観念は、イメージ先行で、日常生活に
とって非実用的です。吉田家は、貧しい百姓侍ではありますが、学問を志す空気が
ありました。日本中に、そんな武士や、町人、民衆がいたはずです。司馬が歴史観
を塗り替えた、と言われるのは、この当たりにあるのではないでしょうか。
日本の文化は、明治維新により西欧文明に感化されたのではなく、平行に自国の
文明を育ててきた、と考えたのは京大理学部の先輩、梅竿忠夫です。フィールド
ワークをホームグラウンドにしてきた梅竿は、阪大の探検隊として、アフガニス
タン、パキスタン、インドを調査する中で、インドが東洋よりも、イスラムに近い
文明を持つことに気が付きます。定説となっていた西洋−東洋の二分論ではなく、
西洋と東洋の間に存在する広大な大陸乾燥地、アフガンから、インドまでを独立した
文明地帯として、みなします。

28. Gackut 2003/03/11(火) 01:50:20
 それから、文明の生態史観、日本文明の歴史的独自性が世に出るまで、時間はかかりませんでした。一介の生態学者が、世界の歴史観を覆す大きな思想を生み出したのです。梅竿の「生態史観」の出版が50年中頃のことですから、司馬にも影響を与えたのでは
ないでしょうか。大政奉還、天皇制以来、天皇の逆賊とみなされた徳川江戸文化は、
価値を埋めてきました。戦後、それを掘り起こしたのが、梅竿であり、司馬です。
歴史観を変えた、とは天皇から政権を奪って文化を生み出してきた、源、北条、足
利、徳川の文化を、見直したところにその最大の功績があります。
 一方で、夜八時の時代劇も、大河ドラマといった、歴史バラエティは、明治、大
正、昭和を克明に描くことを避けてきました。「武蔵」「暴れん坊将軍」はあっても、
小村寿太郎は、映画やテレビの主人公になれないのです。私たちが、目にする歴史
小説や、時代劇は、すべて、江戸時代かそれ以前のものです。敗戦以来、日本では
帝国主義を掲げた日本の歴史は、触れてはいけないものとして、扱われてきました。
 対アジア諸国への謝罪問題と、戦争への反省の志気が戦後文化を支えてきたから
です。帝国主義国家なんてけしからん、ということでした。しかし、帝国主義時代にも
愛すべき政治家、軍師、思想家、技術家がいたことは、真実です。政策に間違いあれ
ど、民衆に謝りなし、です。時代に、よいも悪いもありません。帝国主義が悪いの
ではなく、軍隊の暴走を止められなかったのが、悪かったのです。そして帝国主義
時代の崩壊に気付かず、遅れを取ったのが悪かったのです。

29. Gackut 2003/03/11(火) 01:50:35
 東郷平八郎も、東条英機も、時代の子です。悪意の人間ではなく、良かれと思って
やったものの、結果的に時代を読み間違えたのです。歴史とは、事実ではなく、評価
です。当然、歴史観は時代の洗礼を受けて、塗り変わります。大日本帝国主義が刃を
向いたのは、何も過去の韓国人や、中国人に対してだけではありません。一番の被害を
蒙ったのは間違いなく、日本人です。刃は、日本人そのものに向いていたと見るべき
です。帝国時代、多くの素晴らしい歴史人が生まれて、命を国のために費やしました。それは、江戸も、平成も、昭和も、同じです。維新後、敗戦までの文化の美しさを
描がくことのできる、勇気ある歴史時代小説家が生まれることを、望みます。司馬遼
太郎の意思を受け継ぐということ、吉田寅次郎の無念を受け継ぐということは、
そういうことではないでしょうか。

30. Gackut 2003/03/12(水) 02:22:26
 雪男には、一つや二つは命を落としかけた経験をしているものです。
アンナプルナ登頂に成功したフランスの英雄、ルイ=ラシュナルは、
ホームグラウンドの山でクレバスに落ちて、あっけなく命を落としました。
雪山に、ベテランはありません。山の危険性を熟知したベテランはいても、
山を知り尽くすことは出え来ません。少なくとも、どんな登山家も、クレ
バスを踏むまで、その存在を知ることは出来ないのですから。
 エスキモーは、泳ぎを知りません。泳ぐ必要がないからです。北極海の
海水温は大抵一、ニ℃。氷の割れ目に落ちても、それ自体では死に至るこ
とはありません。ただ、氷を上った上には、零下二十何度の吹雪が待って
いるのです。北極で海に落ちれば、命はありません。ものの10分もあ
れば、冷凍人間になるからです。
 地上世界最速の男も、一回のレースでマシンとともに、燃え尽きました。
ただ、あっけないものでした。成功するまで、頂上に上りつく経験と体力を
持つまでは、長い年月と数え切れぬ鍛錬が必要です。ところが、失敗の方は
簡単で、一回の本番で、全てが無に帰すこともあります。
 30代で、命が惜しいと思ったものは、40代ではもっと自らの体が、寿
命が恋しくなります。年齢を取れば、自然に命を失うことへの覚悟が出来る
と考えるのは間違いです。年を取るほどに、老化と、死が怖くなります。
志も同じ。明日になったら立てるぞと思っていたら、士気はどんどん下がり
ます。もっと勉強して情報が入って、判断がしやすくなったら、決めようと
思っているうちは、永久に何も決まりません。今すぐ決断して、その判断が
結果的に失敗だったとしても、それは自身にとって前進になります。将来ど
うしようかな、と迷っていることは、本当はクレバスにはまっているのと
同じなのです。

31. Gackut 2003/03/12(水) 02:23:18
3月11日
●本多勝一、船井幸雄を読む。

32. Gackut 2003/03/13(木) 00:00:53
3月12日。

 小学校三年のときに書いた日本地図が出てきた。あまりの精巧さに
自分でも驚いた。当時は、地図が好きで仕方がなかった。何か目的が
あるわけでもなくただ、興味本位で生活していた頃のこと。
 あるときやっていたことが、将来何の役に立つかなんて、わかるはず
ないように思えた。一週間後に即効で効果のあるような勉強は、長い目で
見てそんなに役に立ちはしない。安易なものは、それだけのものだ。逆に、
10年後となると、はるか霞んでしまって全然見えてこない。
結論はオーソドックスだけど、堂々と精一杯やるしかない、ってこと
でしょうか。

33. 白いカラス 2003/04/28(月) 01:22:03
4月28日
人に質問する前にまず自分で書いたほうが良いなと思っ
たので、書かせていただきます。Gackutさんの素晴らし
い文章がたくさん書かれているなかで、私のようなもの
の稚拙な文章を書くことをお許し下さい。

ある本を読んでいて、ふと中学時代のことを
思い出した。私は中学のとき「お前はいつも
笑っているな」と言われたことがあった。
私は別に笑顔を作っている意識は全くなかった。
むしろその言葉を聞いて、初めて常に笑顔だった
ことを自覚した。

だが、その言葉がからかい気味だったからであろう。
当時、私にはその言葉が腹立たしく聞こえた。だから
それ以来、意識して笑顔でいつづけることを避けるよ
うになった。そして、高校、大学に来るにつれ笑顔で
いる時間が減っていった気がする。

しかし今考えると、作り物でない笑顔で毎日を過ごす、
なんとなく笑顔でいられるというのは、私の特技だったよ
うに思う。その特技を過去のものとしておくのは惜しい。
もちろん中学より、高校、大学のほうがいろいろなこと
がある。常に楽しく、笑顔でというわけには行かないだろ
う。でも今日からは、なんとなく笑顔で(周りの人
から怪しく思われない程度に)。笑顔が私の特技だと
言えるように。

34. 某エロ 2003/04/28(月) 06:15:54
スタジオジブリの「海が聞こえる」を見ました


高校時代にちょっと戻りたくなった

35. パン屋の小林 2003/04/28(月) 10:42:29
すげー分かるその気持ち。もっとちゃんと恋愛一生懸命しとけばよかったと思った。

36. Gackut 2003/04/28(月) 14:34:06
「なぜ春は来ないのか」

生命には四季がある。
一人の一生にも、繰り返される四季がある。
いいことが淡々と続くということはない。
人は、S字に成長していく。
いいことと悪いことが、縄の目のように交互にやって来るといいたいのではない。
実際、夏と冬で、そんなに生活が違うわけではない。
傍目から見たら、殆どの人の人生は、代わり映えのない、長く平坦なものだ。
そうではなくて、本人の心の中でだけ、四季がめまぐるしく移り変わるのだ。
現実に対する、受け止めかた、感じ方が、刻々と変化するのだ。

人生に夏と、冬とがあるのではない。
まるで夏であるかのように、感じられる時期と、そうでない時期があるのだ。
家を出たら、外がそんなに寒いわけではない。でも自分から寒いに違いないと、
決め付けてしまっているのだ。
夏に、勝負を降りる人はいない。
春がもう直ぐ来るというのに、冬に負けて、投げてしまう人がいる。
秋が来て、もう収穫は終わったというのに、新しい種をまこうとせず、
刈り終わった田にたたずむ人がいる。苦しくなると、過去の成功を思い出したくなる。
だが、振り向いてはいけない。

37. Gackut 2003/04/28(月) 14:34:25
過去の成功と努力を踏み台にして、過去をけって、登っていく。
自分の汗と涙の結晶を足にするとき、足が焼けるように痛む。
自分が書いたもの、読んできたものは、足蹴にできない。
だから、過去を蹴る。

受験時代を通して、物事に春と冬があることを知った。どうしても上手くいかない
時期と、面白いほどはかどる時期を乗り越えてきた。
自分が向かっている方向には、大きな慣性力が働いていることを感じた。
昨日までの自分史の総体ベクトルのようなものが自分の行き先を決めていて、
自分を叱咤激励することが、努力だとするのなら、努力ではどうにもならないことが
わかった。
冬に動じなくなった。春に撒いた新しい種を、春から夏にかけて育てることに
専心し、秋に収穫し終わって冬が近づくと、今年のことは過去として蹴って、
次の年の芽の準備を心がけ始めた。
ビジネスにも、開始期、繁栄期、成熟期、衰退期がある。
商売人は、秋口を見抜けないで、まだまだ行けると手を広げてしまうと、失敗する。
勉強人は、今やっていることに固執してはいけない。

あなたのところにやってきている季節は、何ですか。
季節を、感じとることができますか。

38. 2003/05/05(月) 21:44:30
空っぽの自分で生きていることが、今とてもしんどいです。
未来に対する夢や希望。
自分には何にもなくて、でも毎日それに出来るだけ気付かないふりをして
生きています。
成長の意味。努力の意味。私には分かりません。
それらは人にとってそんなに大切なものなのですか。
例えば誰かや何かと比較して気付く、自分にないものを補う必要はあるのですか。

成長。努力。進歩。発展。
これが私が感じている世の中の基本であり、そして生きているなかの様々な状況で
それらと向かい合わなければならず、日々私は自分の生き方や考え方への否定を
感じずにはいられません。
そして、それに対して強い気持ちではいられないでいます。
今までのすべてが後悔するべき種類のもののように感じられて、悲しいような
情けないような、そのような気持ちでいっぱいになっています。

日々何かに励んで。夢を追って。
成長すること、努力すること。
本当は自分でもその大切さに気付いているのでしょうか。
私はただ逃げているだけなのでしょうか。

Gackutさんの文章に触れて、
何故だか無性に今の自分のことをここに書きたくなりました。

39. きもをた 2006/06/09(金) 13:55:43
・実験休む
・昼寝
・スタバ(車で20分)でテスト勉

40. 2007/01/06(土) 00:19:26
今日は、研究室初出勤
仕事の山ですた

44. K 2007/01/07(日) 16:16:40
今日は朝からくびがいたい。
でも、ねちがえじゃない。
おきていたときに急にいたくなった。
これはおきちがえだ。



今日はさいあくのいちにちでした。

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