京都大学ポータルサイトサイトマップ問い合わせ

談話室

ホーム > 談話室 > 法学部・経済学部 > 【山敬】基本書・予備校本について語れ3【早期完結】

【山敬】基本書・予備校本について語れ3【早期完結】


全人類の願い 2006/12/16(土) 23:30:31
山本敬三先生へ。

民法講義を早急に全巻刊行して下さい。
民法講義T(総則)がはじめて刊行されてからもうすでに5年以上たっています。このままのペースで行くと,U・V・W-2・Xが完結するのに一体何年かかってしまうのでしょうか?

とにかく大急ぎで2007年4月までに全巻刊行して下さい。全人類の願いです。

債権総論とか債権各論の後半は講義ノートの冊子があるはずですし,物権は講義で配布したレジュメがあるので,刊行はすぐにできるはずです。

あと,分厚くするくらいなら字を小さくして薄い方がいいと思います。もちろん,内容は薄くしてはいけません。(W-1は字が大きくて分厚すぎます。内容はちょうどいいのですが。)薄くして持ち運びやすくした方が,売上は伸びると思います。

サッカサマー 2006/12/17(日) 00:21:49
おそらくその願いは叶いません。
研究の方にしばらくはシフトするらしいですよ。
師匠である北川先生は確か退官の時期に本をお書きになってますし、山本教授も退官までに全巻そろえばいい方では?

サッカサマー 2006/12/17(日) 01:06:49
どうでもいいけど、「しばらくシフト」って我ながら変な表現だな・・・
まぁ、そこんとこはお許しください。

願いは届かず? 2006/12/17(日) 02:23:13
本人は当分書く気無いみたい。
そんなに山本敬三に拘るなら、講義ノート・講義レジュメを手に入れればいい。

コーヒーブレイクの読書 2006/12/17(日) 05:07:41
下手な基本書・予備校本よりも本書の方が役に立つだろう。とりわけ中長期的ビジョンやキャリア形成において。これを読めば学習意欲も湧いてこよう(インセンティブに最適)。そういえば、本書の文体表現とか論理展開って、司法試験対策テキスト(論文過去問集)に少し似てるなw
活字の印象・見た目・文字の大きさやボリュームもそっくりだなww
☆『ハーバードMBA留学記』(日経BP社)
☆著者:岩瀬大輔
☆ハーバード・ビジネス・スクール(HBS)を成績上位5%で卒業。
☆東大法学部卒(在学中21才で司法試験合格)。
☆高校は開成??
☆小学生時代をロンドンで過ごす(完璧なクイーンズイングリッシュ)。
☆経歴(職歴):米国系コンサル&投資ファンド勤務
☆特技:ピアノ
☆HBSの講義、ケーススタディ、論文、議論、講演者、経営倫理、企業実務、ビジネスモデルなどを紹介。
☆楽天・三木谷氏との会食
☆ビジネス書(日系BP社)には珍しく、なぜか「世界最高の舞台芸術」文楽の話も出てくる。文楽に行き始めたのは、東大の教授(米国人弁護士)に薦められたのがきっかけなんだって。
☆HBS学生144名を連れ10日間のジャパン・トリップ(東京・箱根・名古屋・京都・広島)。
☆世界一流ヘッジファンドの実態を内部調査のごとく解剖(本書後半部分に詳しい)。
☆外国生活の描写も面白い。一例を挙げる(P.134-135)。登場人物は3人。
 一人は著者の岩瀬大輔(当時高校生)。
 二人目は不敵な笑みを浮かべた少年で筋金入りの反日韓国人。
   喧嘩っ早い少年の友達(子分?)。
 三人目は喧嘩っ早い少年(韓国人)で髪型は長髪のオールバック。
  彼はすぐにアメリカ人を捕まえ因縁をつけては喧嘩を吹っかけテコンドーでやっつけていた。
   不敵な笑みを浮かべた少年の友達(親分?)。話の発端は、著者(岩瀬)が不敵な笑みを浮かべた少年と口論したことにはじまる。口論の挙句、著者(岩瀬)は不敵な笑みの少年と韓国に対し「政治的に正しくない」捨て台詞を吐いた。だが、「その晩、喧嘩っ早い少年に話があると呼び出され」不吉な予感がする。で、喧嘩っ早い少年のところに行ってみると、後ろの方に不敵な笑みを浮かべる少年もいた。そして、
 喧嘩っ早い少年:「てめぇ、どこ見てんだよ。昼間なんて言った?
            おい、言ってみろよ。ああん?」
 岩瀬:絡み方は(昔のマンガの)ビー・バップ・ハイスクールの不良よろしく、日韓共通だな。そんなことを考えながら、あぁ、まずいな、と思っていた。

 詳しい顛末は本書で。

切実な訴え 2006/12/17(日) 19:19:02
民法講義が、出版に手間取るのだったら講義ノートだけでも全科目出版して欲しい。

2006/12/17(日) 19:19:46
山敬の講義ノートの法定債権のやつ持っているけど,
最近の法改正に全然対応していなくて内容的にも少し古くなっているので,
本格的に出版するとなるとやっぱり時間がかかる気がする…。

某一回 2006/12/17(日) 22:31:09
1回生の間はシケタイで憲民刑の基本を押さえとこうと思っているのですが
他に1回生のうちに絶対に読んでおくべき本はありますか?

ほいみん@ほらーていすと 2006/12/17(日) 22:57:33
シケタイ。以上

2006/12/18(月) 09:17:59
シケタイだけで十分。基本書買うやつらの神経が理解できん

>>サッカサマー 2006/12/18(月) 23:17:12
>>おそらくその願いは叶いません。
>>研究の方にしばらくはシフトするらしいですよ。

研究のほうは,潮見先生にまかせるべきです。そして,ヤマケイ先生は本を早期完結させるべきです。潮見先生はあれだけ分厚い本をポンポンと書けるのですから,ヤマケイ先生も書けるはずです。そうしたほうが,世の中のためになるし,ヤマケイ先生の収入にもなります。

>>師匠である北川先生は確か退官の時期に本をお書きになってますし、山本教授も退官までに全巻そろえばいい方では?

ヤマケイ先生は北川先生よりも優秀なので退官までとは言わず早期完結を人類みんなが希望しているわけです。
それと,芦部先生の連載「憲法講義ノート」のように,完結しないまま死んでしまったら大きな損失です。

本スレこっち 2006/12/21(木) 23:01:56
とりあえずこっちのスレを使って下さい

幡随院長兵衛 2006/12/22(金) 01:13:16
>1
全人類の願ひといふが、「全人類の願ひ」でも何でもないだらう。
全人類にとつて見れば、山本敬三の教科書が出やうが出まいが、全くもつて関係のないことである。
人類の知の歴史にとつて欠くことのできないやうな代物でもあるまいし、たかが学生相手の教科書の執筆如きで全人類の願ひとは片腹痛し。

山本敬三が教科書を書かないことで困るのは君ぐらいだらう。あとは誰も困りはしまい。
一人の法学部教員による学生相手の教科書をあてにして、それを必要以上に持ち上げ、必要以上に著者を崇拝するが如き真似は、法学部生に比較的多く見られる現象であるのだが、さういふ情けないことではいけない。山本敬三なにするものぞ!といふ気概をもつて、山本敬三を打ち負かすつもりで民法やその他の分野に取り組むべき。何なら山本敬三「民法講義」を遥かに凌駕する教科書をしたためるか、「公序良俗論の再構成」を上回る出来の書物を執筆する程に、只管の道を貫くべきであらう。

山本敬三先生頑張れ! 2006/12/27(水) 23:52:21
>>665 名前: 652 [sage] 投稿日: 2006/11/25(土) 17:32:14 ID:???
えーっと…講義ノートというのは授業で配っているレジュメな感じで、
教科書とは違いますよ。
まぁ、京都にレジュメ文化を根付かせた方だけあって、精緻なレジュメですが。

>>ゼミ会で、しばらくは研究の方をやるとおっしゃってましたよ。
最近教科書ばかり書いているから、自分の研究もしたいと。
憲法と私法の関係について、韓国の学者たちと有意義な議論をしてきたとおっしゃっていました。

最近教科書ばかり書いているといっても,民法Wの半分を書いただけなのに何を言っているのですか?
なんとか,民法U・Vも書いて下さい。

有意義な議論のついでに,憲法も書いて下さい。

サッカサマー 2006/12/28(木) 00:08:31
敬三教授の憲法のテキスト、欲しい!
でも、敬三教授は行政法に関してはそんなに詳しくないから、新司法試験にどこまで対応できるか・・・でも、まぁ既存の憲法テキストも対応してないから問題ないか。

幡随院長兵衛 2006/12/28(木) 01:52:06
民法の体系書すら書けてゐないのに、なぜ他分野である憲法のテキストを書く必要があるのだらうか。
民法学者が法学入門の一環として憲法にも触れるといふことはあつたとしても、憲法学の教科書の類を執筆することなどまずありえぬ話であることぐらいわかるだらう。

確かに山本敬三は、民法学者にしては珍しい程に憲法に興味を示し、民法解釈を国法秩序の最上位に位置する憲法の価値に相即するやうにすべく様々な論文等を通していはば孤軍奮闘してゐるやうだが、しかし憲法のテキストを単独で執筆するといふやうな真似はしないと思はれる。

思ふに、山本はおそらく東京大学の石川健治に多分に刺激を受けてゐるのではないか。
石川のシュミット論に示唆されて確か論文一編ものしてゐたと記憶してゐる。

幡随院長兵衛 2006/12/28(木) 02:02:18
もちろん山本敬三が、民法の憲法からの独立性を強調しすぎる多くの民法学者よりも、国法秩序を規定する憲法との関係から民法解釈を捉えなおす試みやその試みの背後に見へ隠れする憲法への熱い思ひからも察することができるやうに、明らかに憲法規範を特別に重視してゐることは間違ひないだらうし、さういふ姿勢を評価するに吝かではない。

ただ憲法に拘る人はあの世代にしてはかなり珍しいのではないかと思はれる。
憲法に拘りを持つ山本敬三には敬意を表したい気持ちにさせられるし、さういふ山本敬三の思想に興味が募つてくる。

おそらく山本敬三は憲法学の研究を志したことがかつてあつたのではないかと思はれる。

幡随院長兵衛 2006/12/28(木) 02:16:48
山本敬三が大学に入学した頃は、ちやうど全国的に吹き荒れた学園紛争が終息し、享楽的な雰囲気が蔓延した環境であつたと想像される。80年代消費社会を謳歌した世代とも言へる。

本学経済研究所の浅田彰に象徴されるやうに、ニューアカデミズムが席巻し始めたのもこの頃であつただらう。その中で法学など「ダサい」学問とされてゐたであらうに、生真面目に法学を学問として研究しやうと志したであらうの山本敬三の心中とはどのやうなものだつたのであらうか。

おそらく生真面目な性格の山本敬三としては、憲法学に対する興味はあれど、全学を通して有してゐた京大リベラリズムの系譜とは明らかに異質の存在であつた京都大学系の憲法学の講座(もつとも、法学部自身が京都大学が体現してきたリベラリズムからすれば浮いた存在であるのだが)には不満があつて、民法を研究しやうと北川の門を叩いたのかもしれない。
もちろんこれはあくまで推測の域を出ないのであるが。

幡随院長兵衛 2006/12/28(木) 02:25:03
これも推測の域を出ないのであるが、山本敬三が私淑してゐる憲法学者が存在するとするならば、それは佐藤幸治でもなければ、大石義雄でもない。もちろん佐々木惣一でもない。大石眞でもない。初宿正典でもないだらう。松井茂記でもない。東京大学の芦部信喜でもないし、高橋和之でもなければ、日比野勤でもない。ましてや長谷部恭男でもない。
それは、石川健治の師でもあるところの樋口陽一ではないかと思はれるのである。

2006/12/28(木) 14:00:34
いや、それはない。
普通に佐藤幸治

幡随院長兵衛 2006/12/29(金) 12:18:37
佐藤幸治には共感してゐないやうに思はれる。
明らかに毛色が違ひすぎるのではないだらうか。
やはり樋口陽一博士に親和的と思ふのである。

山本敬三先生頑張れ! 2006/12/30(土) 22:33:34
>>民法の体系書すら書けてゐないのに、なぜ他分野である憲法のテキストを書く必要があるのだらうか。

民法の体系書すら書けてゐないわけではありません。
「講義ノート」というかたちで,実際に書いています。
民法第2部のレジュメはそのままでも基本書になるくらいです。それを,出版すればいいだけなのです。

>>民法学者が法学入門の一環として憲法にも触れるといふことはあつたとしても、憲法学の教科書の類を執筆することなどまずありえぬ話であることぐらいわかるだらう。

それだったら,「法学入門」という入門書を書いて欲しいです。

↑↑ 2007/01/05(金) 18:52:56
山敬先生自身が
「私の見解は佐藤幸治13条論に『毒されている』」
と言ってる

普通に考えて佐藤憲法と田中法理学の影響大だろ

幡随院長兵衛 2007/01/06(土) 17:12:43
佐藤幸治に関しては、批判的摂取といふ形容が似つかはしいのではないかと思はれる。
貴殿が「毒されてゐる」と表現してゐるやうに、山本敬三自身が「毒されてゐる」と自覚してゐる訳であらうから、やはり佐藤幸治には共感してゐないと見るべきではなからうか。

ななしさん 2007/01/06(土) 23:05:36
「潮見佳男なにするものぞ!といふ気概をもつて、潮見佳男を打ち負かすつもりで民法やその他の分野に取り組むべき。」

万個 2007/01/07(日) 00:07:22
>民法第2部のレジュメはそのままでも基本書になるくらいです。それを,出版すればいいだけなのです。

出版すべき理由がわからない。
レジュメそのままの内容で構わないのなら、何故本にする必要が?
手持ちのレジュメで勉強しなさいよ。
他人も山敬の本を使うべきだ、という考えなら著者にとっても読者にとっても大きなお世話でしかないっしょ。

どうしても本にしてほしいならこんなところで枡書いているより、メールで山敬に言ってみ。
基地外扱いされるだけだとは思うが。

>>万個 2007/01/07(日) 00:37:50
>>出版すべき理由がわからない。
わからないのは,おまえだけ。

>>レジュメそのままの内容で構わないのなら、何故本にする必要が?
>>手持ちのレジュメで勉強しなさいよ。

「手持ち」といわれてもないのだから仕方がない。
どこに,レジュメを持っていると書いてあるのかな?
勝手な断定をしないで欲しい。どこから「手持ち」が出てくるのか意味不明。

>>他人も山敬の本を使うべきだ、という考えなら著者にとっても読者にとっても大きなお世話でしかないっしょ。

「読者」だったらすでに山敬の本を使っているわけで。
どうして大きなお世話なのか意味不明。
「著者」にとっても何が大きなお世話なのか意味不明。

>>どうしても本にしてほしいならこんなところで枡書いているより、メールで山敬に言ってみ。
>>基地外扱いされるだけだとは思うが。

ここまで意味不明なことを言うお前こそ基地外だろう。

まんこ 2007/01/07(日) 05:59:03
「そのままでも出版できる」と判断なさったのだから手元に置いて熟読されているのかと思ってしまった。
何かの機会で目を通されたことがあるのだろうか。
あのレジュメを熟読もせずに出版可と判断できるのであれば、あなたは相当な実力者であろう。
そのような方に学部レベルのテキストなど不要ではなかろうか。
とにかく誤解してしまい、誠に申し訳ない。

「読者」という言葉は語弊があった。
この点もお詫びする。
「法学徒」という言葉に訂正すればよろしいか。

「全人類の願い」とまで言うのだから、あなたは、例えば内田でもなく大村でもなく、全ての人間が山敬を使うべきだと考えていらっしゃると解釈してしまった。
各々が自身に合った教科書を選べばいいと私は思う。
山敬の本を使え=押し付けがましい、と短絡的に考えてしまった。
この点も重ね重ねお詫びする。

著者=山本教授にとって現在の優先事項は研究であって教科書の執筆ではないという事実に鑑みれば、他人に教科書の執筆を促されるのは大きなお世話でしかないだろう。
この点は正しいと確信している。
お詫びすべきは私の拙い日本語能力であろう。
またもやお詫びしちゃう。

私が基地外であるとしてもあなたが基地外でないことの証明にはならない。
「先生の教科書は全人類の願いです」とでもメールを送ってみれば如何か。
「ようし。じゃあ出版するよぉ」とでも返事が来たらいいね。

2007/01/07(日) 16:45:15
名前はともかく万個(まんこ)さんの姿勢の方が関心できますね☆

>>万個(まんこ) 2007/01/07(日) 22:44:39
朝も早くから長文ご苦労です。

>>著者=山本教授にとって現在の優先事項は研究であって教科書の執筆ではないという事実に鑑みれば、

なぜ,「教科書の執筆ではない」と断定できるのであろうか?「教科書の執筆」も「研究」の一部として,重要な一部ではあるまいか。「教科書の執筆ではないという事実」と断定すること自体,著者=山本教授にとって大きなお世話でしょう。

>>他人に教科書の執筆を促されるのは大きなお世話でしかないだろう。この点は正しいと確信している。

とても良い教科書を書いているからこそ,続きを書いて欲しいと促されるわけで,それはある意味で教科書に対する高い評価のあらわれですよ。

>>万個(まんこ)さんの姿勢の方が関心できますね☆

山本教授の続きが読みたいとは思わないのかな?
それとも,万個(まんこ)さんは相当な実力者であって,そのような方に学部レベルのテキストなど不要ということなのだろうか?

まんこ 2007/01/08(月) 00:35:07
>山本敬三先生頑張れ! 2006/12/27(水) 23:52:21

この書き込みをされたのはあなたではないのでしょうか。

全人類の願い氏=山本敬三先生頑張れ!氏=>>万個(まんこ)氏、だとまんこは考えているのですが、違っていたら申し訳ないと謝っちゃおう。
ちなみに万個=まんこです。

これを読む限り、山本教授は教科書執筆よりも研究を当面の仕事と考えている、ということをあなたも前提条件としているように思えるのですが。
もちろん教科書も研究の産物である以上その執筆も研究活動の一部でありえましょう。
しかし、ゼミ会での教授の発言からすれば、教授自身は当面の研究と教科書の執筆とは異なるものと考えている、とみるのが素直です。
だとすれば、自身の教科書がいくら高い評価をされていようとも、その執筆を促されるのは教授にとってはありがた迷惑というものではないのでしょうか。
これはまんこにとっては「常識」から導き出される結論なのですが、あなたにとってはそうではないかもしれないので水掛論になるかもしれません。

もちろんゼミ会での発言の真偽のほどはわかりませんが、それを一応の事実として捉えている点ではあなたもまんこも同じ穴の狢であります(上の書き込みの「何を言っているのですか?〜」以下の文章は、教授の発言を実際にあったものとみなしていなければ出てこないものでしょう)。

まんこ 2007/01/08(月) 00:37:35
>山本教授の続きが読みたいとは思わないのかな?
>それとも,万個(まんこ)さんは相当な実力者であって,

>そのような方に学部レベルのテキストなど不要ということなのだろうか?


という発言の趣旨は理解しかねます。

どなたかもおっしゃっていますが、教授の教科書の続編は当面は期待できそうにない。
この時点であなたの意見はオナニープレイに陥っていることにお気づきになりませんか?

どれだけ要望があろうとも教科書を書く書かないは教授の自由。
それでも無益な無い物ねだりをするならば、教授に直談判してみてはいかがでしょう。
こんな掲示板でごねているより効果的なのでは。
しかし、教授があなたの人間性をどう判断するかはわかりません。
というのがまんこの意見なのです。

続きが読みたくない?読みたいです。
で、どうしろと。
山本教授の教科書が優れたものであることは、一読すれば誰でもわかります。
で、どうしろと。
匿名掲示板で出版要望の署名でも募りますか。

まんこ 2007/01/08(月) 00:40:22
後半部分の発言はまんこの意図が正確に伝わっていないようですので、もう一度ご説明致します。

そもそも手元にないレジュメについて「そのままでも出版可能である」と判断された根拠は何なのでしょうか?
レジュメを熟読した結果の判断ならわかります(そう善意解釈して、あなたを不快なお気持ちにさせてしまったことはお詫びしちゃおっかな)。
しかし、お持ちでないのですから熟読はされていないのでしょう。
あなたがこのレジュメにどういう形で出会われたかは存じませんが、何かの機会で一読した、という程度で「そのまま出版可」と判断されたのですから相当な実力の持ち主であろうとまんこはご推察申し上げたまでです。
ご存知の通り、山本教授は「レジュメはあくまでも講義のためのものである」と考えていらっしゃいます。
つまり講義に出席することを前提に作成されているものですので、理解しにくい箇所や説明不足の箇所も当然あります。
何度も熟読し、判例書やその他基本書でカバーした結果「(ノートとしてならば)そのままでも出版可」と判断したのならともかく、あなたは「教科書」として流通そのまま流通可と判断されたのですから、相当な実力の持ち主でいらっしゃることよ!とまんこには思われたのです。

まんこの考えは間違っているでしょうか?

幡随院長兵衛 2007/01/08(月) 19:21:25
山本敬三の『民法講義T、W』をめぐつて議論が戦はされてゐるところで、法解釈学の教科書ないし基本書について述べてみたい。

わが国最高の法解釈関係の体系的教科書としては、我妻栄『民法講義』が挙げられやうかと思はれるが、さすがに役不足の感は否めないのが正直なところなのである。つまり成書とは言へないといふことである。
内容はもちろんのこと、その表現のみをとつても、洗練されてゐるとまでは言へないのが実情である。
民法解釈学を勉強するのなら、最高の体系書のひとつとされている、我妻栄『民法講義』を読まねばと、なけなしの金をはたいて購入したのだが、表現一つとつてもしつくりこないところが散見され、行論の展開等についても洗練とは程遠い、むしろ「泥臭い」と形容しても過言ではない代物であることに失望した思ひがした。

最高峰の体系的教科書とされてゐる我妻民法ですら、さうなのだから、山本敬三に過度に期待するのはよした方がいいだらう。

幡随院長兵衛 2007/01/08(月) 19:38:33
山本敬三の『民法講義』は、適切に学説・判例の整理に目配せできているといふ利点があり、この点に関して評価するに吝かではないが、しかし「たかが教科書」であることを肝に銘じるべきではなからうか。

尤もかういふと、「されど教科書」といふ返答が齎されるかもしれない。
「されど教科書」といふためにも、教科書として誰もが文句のつけやうのない程に、表現と内容に関して洗練されてゐなければならないはずなのであり、エレガントでないもの、美しくないものまで擁護するべきはないものと思はれる。

他の凡百の教科書と比較して、その出来を称揚するのは簡単なこと。しかしさういふ志の低い段階にとどまることではなからう。勝負すべきは世界なのだから、高い水準でものを考へるべきなのである。

「山本敬三よ!お主は周りの連中に比べて多少とも出来のいい教科書の類を執筆してはゐるが、こんなもので満足できるのか?民法業界の教科書ないし基本書の一般的水準は他の法解釈学のそれらと同様、他分野に比べて惨憺たる有様。このやうな低次元で満足することなく、我妻栄の体系的教科書を遥かに凌駕するエレガントなものを執筆してこそ、我妻以後の民法学者としての価値が上がるといふもの。それ以前に留まつてゐるといふのなら、いてもいなくても同じといふことになつてしまうだらう。尚一層奮励努力せよ!」
といふやうな叱咤激励こそ学者に対して投げかけられるべき言葉ではなからうか。

>>万個=まんこ 2007/01/08(月) 22:46:55
いいたいことはわかりました。推論も正しいです。

>>続きが読みたくない?読みたいです。
で、どうしろと。
山本教授の教科書が優れたものであることは、一読すれば誰でもわかります。

この素直な声が聞きたかったのです。

>>しかし、お持ちでないのですから熟読はされていないのでしょう。

このあたりのことも少し補足しなければなりません。
私は,生協で売っていた「民法講義ノートW」の4分冊は読んでおり,それくらいの内容のレジュメを物権や債権総論でも配布していると思っていました。物権や債権総論については完全に推測や噂に基づいた発言です。

>>「全人類の願い」とまで言うのだから、あなたは、例えば内田でもなく大村でもなく、全ての人間が山敬を使うべきだと考えていらっしゃると解釈してしまった。
各々が自身に合った教科書を選べばいいと私は思う。
山敬の本を使え=押し付けがましい、と短絡的に考えてしまった。

このあたりについてだが,各々が自身にあった教科書を選べばいいのであれば,それこそ選択肢がたくさんあった方がいいのではないでしょうか?
内田・大村を使うのもそれぞれ自由ですが,もし,山敬を使いたくても,完結していないから選択できずやむをえずに内田・大村を使っているのであれば,とても残念です。そして,山本教授が完結することで,潮見先生も負けじとさらによりよいものを完結させたら,それこそ「法学徒」のみならず「公務員試験受験生」にとって選択肢が広がるのではないでしょうか?

また,早期に完結させれば,法改正や判例がでるたびに改訂できるので,山本教授にとっても有斐閣にとっても大きな収入になります。それだけでなく,すでに完結させている内田・大村教授も,山本教授に負けじとさらにエレガントなものを執筆し,それこそ全体として「我妻以後の民法学者としての価値が上がる」ことになると思います。

そうすると,「法学徒」「公務員試験受験生」のみならず「有斐閣」や他の民法学者も,早期完結を願っていると考えているとみるのが自然だと思います。

あと,山本教授も人間です。いつかは死にます。(ちょっと露骨な表現ですが,事実なのですから仕方がありません。いつまでも長生きして欲しいと思っていますが。)
もし,完結させずに突然死んでしまったら,それこそ続きどころではありません。
芦部教授は,法学教室の連載を完結させずに突然死にました。もっとも,芦部教授は最後のほうの連載はとびとびで,完結するまであと何年かかるのやら,150歳まで生きるつもりだったのかという感じでしたが。

「だからどうしろ」といわれても困りますが。

>>幡随院長兵衛 2007/01/08(月) 22:55:43
>>叱咤激励こそ学者に対して投げかけられるべき言葉ではなからうか。

まさにそのとおりです。

>>山本敬三よ!お主は周りの連中に比べて多少とも出来のいい教科書の類を執筆してはゐるが、こんなもので満足できるのか?

もし,そんなことを言って,山本教授が,自分自身で満足できるまで教科書を世に出さなくなってしまったら,えらいことになってしまいます。
世の中に出して,売れ行きという客観的数値で評価を受けたり,引用されたり批判を受けるというかたちで,「叱咤激励」を受けるべきだと思いますが。

幡随院長兵衛 2007/01/08(月) 23:54:56
確かに山本敬三による教科書は、学説・判例を要領よくまとめ、民法解釈学の全体像を見へやすくしてゐる。だから山本敬三による未完部分を江湖に出して欲しいと願ふ気持ちもわからないではない。あれほど学説が簡潔に整理されている民法教科書が、残念ながらわが国は存在しないから。
とはいへ、いつまでも来ないかもしれない恋人を待ち続けるのも、恋愛譚としては鑑賞できても、現実の態度としては如何なものであらうか。

もちろんこちらとしては他の教科書をさして変わらぬものではなく、もっと洗練された教科書を書け!と叱咤してはいる。想定してゐるものは、それぞれ異なるだらうが、こちらとしては『ランダウ=リフシッツ理論物理学教程』のやうな、最高度にエレガントな代物までは期待してはゐないが、せめてその背中を垣間見得るものを書いていただきたいと、否書かねば教科書を出す意味などないだらうとさへ思ふのである。

兎にも角にも、わが国の法学研究および教育の水準は惨憺たる有様で、悲劇ならぬ喜劇に近い様相を呈しつつあるのが実情。民法学はまだしも、憲法学ともなれば、ごく一部の例外を除き、まるで玩具箱をぶっちゃけたやうな破茶目茶で、聴講してゐる我々が思はず赤面してしまふ程であらう。
かういふ無茶苦茶な有様に対して、さすがに山本敬三は敏感に反応してゐるやうに思はれる。これまでの既存の学説の大本にはついぞ疑問を持たないで、その修正ばかりに終始し、適当に判例評釈してゐるだけしか能のない法解釈学者連中とは異なり、山本敬三は果敢に既存学説を懐疑の篩にかけて再考しやうとしてゐる。その姿勢は学者として当然のことながら、さうしない凡百の法解釈学者があまりにも目立つ手前、山本敬三の挑戦に対しては手放しの賞賛を送りたい気持ちになる。

幡随院長兵衛 2007/01/19(金) 23:19:17
山本敬三ばかり評価過ぎたやうにも思へるので、仲良しの潮見佳男のことも一言触れておきたい。
潮見は山本と同様、これまで民法解釈学において支配的であつた我妻民法解釈学体系に対する挑戦を企てやうとしてゐるやうに思はれる。
とりわけ債権法分野を主戦場とする潮見は、我妻説に対して異議申し立て、我妻説の言ふなればドグマティークを叩き潰さうと躍起になつてゐるものと思はれる。契約責任論を前面に押し出す主張は、もちろん契約責任論自体は既存学説の域を出ないものの、明らかに我妻説への批判を包含してゐる。否、包含してゐるといふより、正に攻撃対象の本丸そのものといふべきであらう。
やうやう省みれば、何故に我妻栄がわが国の民法解釈学の世界に君臨できたのか謎であつて、憲法学説における宮澤俊義や芦部信喜についても当てはまるやうに、我妻説そのものは理屈として脆弱な、中には論理的に破綻してゐるとすら思はれる箇所が数多散見されるにもかかはらず、通説の地位を保つてゐることは奇妙奇天烈といふほかなく、一体今までの民法解釈学を生業としてきた連中は何をやつてゐたのかと詰問したいぐらいの体たらくな有様が続いている中で、山本や潮見の挑戦は貴重であらう。

憲法解釈学に関していふならば、毛利透にも憲法学分野で大立ち回りを演じるぐらいのことをしてもらいたい。ただこの御仁、未だハーバーマス曰く未完のプロジエクトとしての近代を信じてゐるかも知れず、もしさういふことなら、不安もないわけではない。
つまらない啓蒙的言説は聞き飽きたといふことである。

幡随院長兵衛 2007/01/20(土) 00:12:14
今年4月に本学法学部に入学予定の受験生や法科大学院に入学することになる法学未修者の人に役立つ情報を提供したい。

法学学修における基本書選びのことなのだが、わたくしの経験から、有名であるものの名と実が乖離してゐる基本書を列挙しておきたい。

憲法に関しては、芦部信喜の『憲法』があるが、これは読んでゐて納得しかねる記述に満ち溢れている。有名すぎるぐらい有名であるが、内容はさして期待できないだらう。とはいへ佐藤幸治によるものがよいかと問はれたならば、これまた首肯しかねる。芦部よりは詳細に学説が紹介されてゐるし、統治分野に関してなら明らかに芦部のそれよりも上であらうが、利点はそれだけである。そもそも憲法学の基本書はどれもみな酷すぎるものばかりであり、どれがいいとは言へない程、惨憺たる有様で最早悲劇ならぬ喜劇の域に達しやうとしてゐる。

民法は、内田貴の基本書が重宝がられてゐるが、これもわたくしにとつて謎である。なぜ重宝がられるのか理解に苦しむ。手に取つた瞬間、即座に手放したくなるだらう。

刑法もろくな基本書がないのが現状であらう。司法試験受験生の中で重宝がられてゐた大谷實や前田雅英の教科書が真つ先に紹介されてゐるかもしれないが、両者の教科書にはかぎ括弧をつけなければ、とても江湖に出せる代物にならないほどである。冒頭に「お笑ひ」といふ字をつけるべき本である。しかしたとへさうしたとしても、ナンセンス喜劇としてさへもおそらく失敗するだらう。
何かを文字にして世に出すといふならば、出されたものに対して責任をとるといふのが、大人の態度。とするなら、自らの手で絶版にするといふことこそ最も相応しい責任の取り方といふべきであらうと思はれる。

幡随院長兵衛 2007/01/20(土) 01:30:03
芦部信喜の博士論文は憲法制定権力に関するものである。憲法学者の力量を測るのに学生向けの教科書が審査対象であるといふのも妙と言へやうからして、学術論文としての博士論文を是非拝見すべきと思ひ、当該論文に目を通したところ、さしたる内容もなかつたのである。書かれていたことは、シエイエスやシュミットの憲法制定権力論の整理と、憲法改正無限界説への批判とその根拠としての法実証主義批判があるばかりで、法学博士論文としては極めて粗雑な代物でしかなつたのである。憲法制定権力についてのシュミットの論説なら原典に当たれば事足りるのであり、何も芦部に整理されるまでもなく、芦部よりも深く読み込んでゐる学生は数多存在するに違ひない。これは同じくシュミットを論じた小林直樹の論文にも当てはまることであり、かういふ「研究」が東京大学法学部教授によつて学術論文として江湖に出ること自体、わが国憲法学のレヴェルの低さを満天下に知らしめるところであるが、最近では石川健治のやうな相対的に優れた憲法学者が出現してゐるので、石川のやうな憲法学者が他にも数人程度現れて欲しいと思ふ。でなければ、日本憲法学界は物の見事に完全な崩壊に立ち至るだらう。

2007/01/22(月) 18:37:11
なんでこんなにえらそうなの?

2007/01/22(月) 19:00:09
そうか?俺は個性的な人でおもしろいと思うけど。

ただ、なんかすごいこと書いてありそうで、よく読んだら大したこと書いてない。。笑

社会主義者 2007/01/22(月) 19:33:34
他説を批判する事は比較的容易な事である。
他説に対して自分はこう考えると述べれば済む話だからである。
しかしそれは本質的に研究では無い。
他説に依らずに自説を述べる事が即ち研究である。
他説に従順せずに批判的であると言う事は確かに研究の第一歩ではある。
しかしそれだけではまだ他説の支配下から抜け出ていない。
他説を完全に抹殺する為には自説を打ち立てる他無い。

ほいみん@ほらーていすと 2007/01/22(月) 22:19:43
学説なんて不要なの。以上

ただ、山本権兵衛?氏のW‐1は拝読したけど、
やっちゃった感があったけど、今読み返すと、
わかりやすい感じもある。

>幡随院長兵衛 2007/01/23(火) 02:07:29
商法・会社法についても、コメントしてほしい。

2007/01/23(火) 11:36:58
で、結局何を読めばいいんでしょうね、と。

そもそも、初めて法律学を学ぶ者にとっては、「芦部」「内田」でも難しすぎるでしょう。
いきなり大部な書物を薦めるのではなく、いわゆる入門書の類を薦めたほうがよいのでは。

ほいみん@ほらーていすと 2007/01/23(火) 16:58:04
しけたいだね。

ch 2007/01/23(火) 23:23:30
http://2log.blog9.fc2.com/blog-entry-1610.html

たぶん 2007/01/24(水) 02:43:18
>>なんでこんなにえらそうなの?

幡随院長兵衛さんは,松岡先生か大石眞先生でしょう。
それか意外と錦織先生だったりして。

幡随院長兵衛 2007/02/03(土) 21:42:50
わたくしの発言内容が傲岸不遜に響くのかもしれない。
しかし、それは単にわたくしの傲慢さから来るものではなく、わが国の法学界における悲惨な現状に起因するものであらうと思はれるのである。

前にも触れた憲法学の現状を見ると、いはゆる基本書と呼ばれる教科書の類も、また分野別の解説書なり研究書を見ても、更には最高裁判所判例解説も、どれもこれも碌なものがないではないか。
通常どの分野においても、多少はまともな研究書があらうかと思はれるが、殊憲法学に関していふならば、ほぼ皆無であらう。

では会社法にまもとなものがあるのだらうか。
他分野に比べて教科書の類はまだ少ないので、如何とも言ひ難いのだが、出版されてゐるものを参照する限りでは、まともなものは少ないと言へるだらう。
江頭の株式会社法に関しては、比較的まともな方だし、神田の会社法も読まうと思へば読めなくもない。しかし、弥永のリーガルマインドなんとかといふ類の本は、まさに醜悪の一語に尽きるといふべきではないか。何故同業者は放置したまま何もしないのであらうか。何でもよいから、兎にも角にも何かを書き連ねたものならば、江湖に出すことが倫理的であらうとでもいふのだらうか、さういふ無邪気な確信を抱いてゐるのだらうか。
全く理解に苦しむと言はなければならない。
書評の場を借りて絶版勧告でもすればよいものを、同業者の義理なのか、はたまた単なる馴合ひなのかについてわたくしは知る由もない。ただ、はつきりともの申すべきことは、声を大にしていふべきなのである。

幡随院長兵衛 2007/02/03(土) 22:21:44
以下の書物は法律といふものを理解する上で障害になるのではないかと思はれる、言ふなればわたくしがおすすめしない各分野別ワースト教科書である。

憲法
この分野の教科書はどれをとつても碌なものがないので、酷すぎるといふ一点を以つてワーストのつけやうがない。


民法
内田貴「民法U」「民法V」
TとWに関してはまだ読めるが、UとVはいただけない。特に債権各論を扱つたUは酷い。もちろん債権総論と担保物権を扱つたVでは、特に債権総論部分の解説が最悪一歩手前である。ただ絶版すべき程には至つてゐない。もちろんおすすめもしない。

刑法
大谷實「刑法総論講義」「刑法各論講義」
正に「最悪」を絵に描いたやうなお笑ひ本といふべき。わたくしからすれば、書店の清算窓口に持つて行くことすら羞恥心を伴わない訳には行かないといふ類の書物である。論理破綻が散見される醜悪さにかけては、天下一品といふべきかもしれない。

商法
弥永真生「リーガルマインド会社法」
弥永真生「リーガルマインド商法総則・商行為」
などの「弥永物」。
一読して明らかなので敢へていふまでもなからう。
わからないといふのなら、その御仁がおかしいといふべきであらう。

民事訴訟法
上田徹一郎「民事訴訟法」
これを読み民事訴訟法を理解したといふ人をわたくしは見た覚へがない。

刑事訴訟法
田口守一「刑事訴訟法」
ふざけながら書いたとしか思へないやうな教科書である。ある程度刑事訴訟法を勉強した者が実力試しのつもりで間違ひ探しに使用して見るとよいかもしれない。

>>幡随院長兵衛殿 2007/02/04(日) 03:14:58
貴殿に質問致す。
貴殿曰く,憲法学の基本書にはろくなものがないとのことだが,樋口編『ホーンブック憲法』はいかがかな。これを基本書,というカテゴリーに入れるか否かは疑問があるが。

幡随院長兵衛 2007/02/04(日) 10:48:07
上に挙げられた本については、まだ読める内容を持つてゐたと記憶してゐる。確か石川健治も執筆者の一人ではなかつたか。樋口陽一系統の学者は他の憲法学者に比べて相対的に優れてゐるだらうが、彼らはまともな基本書といふか教科書の類を執筆しやうといふ気はさらさらないのではないだらうか。さういふ仕事は二流・三流の連中がやればよいと心の奥底で思つてゐるのではあるまいか。

もちろん樋口陽一は一応教科書として使用できる著作をものしてはゐるが、樋口が本気で書いたものとは思へないのである。
教科書執筆は一流どころの学者のやる仕事ではないのかも知れないが、しかし誰かがやらねば、憲法学を志す者の裾野は拡がらないだらうし、無理やりつまらなくさせやうとして編集されたとしか思へない、野中・中村といつた連中が執筆した有斐閣の教科書が席巻する現状は打破されないのではないだらうか。
あれでは、「憲法学とはかくも貧困なものであるのか」といふことを宣伝してゐるやうなもの。

石川健治にしても教科書を執筆する気は毛頭ないに相違ない。わたくしが希望するのは(実現はないだらうが)、石川健治とその畏友である和仁陽(専門は憲法学ではないが)がこれまでの憲法学で席巻してゐる奇妙奇天烈な理解に基づく解釈を全て撫で斬りにするやうな著作を江湖に出すことである。さしづめ憲法制定権力論あたりから説き起こし、主権論に入つてから、石川が研究対象とした制度体保障・論に直行するのもよし。

2007/02/04(日) 11:40:13
それだけ批判するならばあなたが憲法学の教科書を書いたらどうですか?
他説の批判は結構だが何ら生産的では無い。
本当の批判とは他説に対して自説を打ち立てる事。
いきなり教科書を書けと言うのは無理としても批判を試みるならば自説を一つ位述べて欲しい。
あなたはもっともらしく言っているが、あなたの批判は単なる無責任に難癖をつけているだけに過ぎない。
批判とはそう言うものでは無い。
鑑みるにあなたはバカでは無いと思う。
従って批判の本質が何かと言う事は知っていると思う。
問題はそれをあなたが出来るかどうかである。

2007/02/04(日) 13:37:47
別に単なる掲示板なんだし、そこまで目くじら立てなくてもいいのでは?
俺は普通に面白いと思うが。
各分野別ベスト1を示して欲しい

2007/02/04(日) 15:10:05
同意。どういう教科書を使ってるのかを見たほうが本人の資質が現れそうな気がする。

2007/02/04(日) 15:54:22
刑訴は渥美東洋以外ありえないだろ。

>>幡随院長兵衛殿 2007/02/04(日) 16:10:29
ありがとう。
上でも他の人が言っておられるが,貴殿のすすめる本(まだマトモな本)を教科別に拝聴申し上げたい。都合が悪くなければ聞かせてもらえないかな。

2007/02/04(日) 18:49:30
なかなか面白いのでもっとやって欲しい。

上の「他説批判」「自説」については、「自分が薦める本」を示せば、「自説」になるのかな。
何はともあれ、ご自身が評価する本を知りたいね。

2007/02/04(日) 20:29:39
自分が薦める本や自分が認める本を述べた所で自説の言述には全くならない。
それは単なる二番煎じ、あるいは追従であって非常にみっともないし情けない。
但し単に良い教科書を「紹介」するだけならば何の問題も無い。
しかし仮にも「批判」するならば、難癖を付けるだけでは全く話にならない。
先にも書いたが恐らく本人もこの事には気付いていると思う。
だから自説があるならばそれを述べて欲しい。
難癖を付けるにも関わらず自説を一つも持っていない無能教官は掃いて捨てる程見てきた。
仮に自説が無いならば無責任な難癖付けをやめて単なる紹介にとどめるべきだと思う。

2007/02/04(日) 20:59:34
なんでそんなに難しく考える必要があるの?
ここは娯楽掲示板だろ。
論文を投稿してるわけじゃないんだぜ。

幡随院長兵衛 2007/02/04(日) 21:27:07
自説、自説を連呼されてゐる方が一人存在するやうだが、わたくしは別に自説をここに於いて開陳する気など毛頭ないし、そもそもまだ学部学生である浅学非才の身。先学の研究を差置いて駄説を弄するが如き真似は出来かねる。

ただ学部学生からしても、余りに醜悪さが目立つものを若干ながらご紹介したまでのこと。それ程までの惨憺たる有様を呈してゐるのが、わが国の法学界の現状であるといふことを直視するべきではなからうかと思はれるのである。学部学生に「難癖」をつけられる程度の代物ともいへるかもしれない。

明らかにおかしな教科書に関して批判する場合に、一々自説なるものを述べなければならないとでもいふのだらうか。わたくしはさう思はない。
そもそもこの場は、他説を批判して自説を述べる場ではない。題を見ればわかるやうに、基本書・予備校本について語れとある。各人が思ひのままに書けばよいのである。

あい 2007/02/04(日) 22:07:57
http://2chart.fc2web.com/2chart/barentainde-mochuushi.html

2007/02/05(月) 03:13:48
上の方によると、教科書の批評をするのに、「自説」を述べる必要がある。
しかも、「自説」を述べるというためには、自分で教科書を書かないといけないらしい。

日本には、批評する資格を有する人間がほとんど存在しないですね。

某1回生 2007/02/05(月) 09:36:02
推奨しない本も書いてくださったほうが参考になります。
できれば推奨する本も書いてくれればと思います。

カールのおぢさん 2007/02/05(月) 10:31:32
>>わが国最高の法解釈関係の体系的教科書としては、我妻栄『民法講義』が挙げられやうかと思はれるが、さすがに役不足の感は否めないのが正直なところなのである。つまり成書とは言へないといふことである。
×:役不足
○:役者不足

↑↑↑ 2007/02/05(月) 19:22:21
同意。
上の人の言うような人でないと批判できないのであれば、それこそ学問の停滞を招くような気がするが・・・
どういう趣旨で書いておられるのか分かりかねる

>>幡随院長兵衛 2007/02/05(月) 23:30:59
>>そもそもまだ学部学生である浅学非才の身。

これってマジ!?
普段どんな生活してるんだろう。
この口調で潮見先生と対決して欲しいですね。

2007/02/06(火) 09:57:19
しおみんも
論破できないが
(完全には)理解もできない
良くも悪くも法律学の「森」

幡随院長兵衛 2007/02/07(水) 00:18:15
推奨する本と言へば、明らかに我妻栄「民法講義」であらう。尤も不満もないわけではないが、これ以上の体系書があるかとなれば、どこにも我妻民法体系を凌駕するものが存在しないのであつて、「民法講義」に勝る著作が現れるのは果たしていつになるのやらと思ふことしばしばである。

潮見に関しては、法律学の森として刊行された4冊のうち、債権総論T、Uおよび契約各論Tは非常に面白く読める著作であらうと思はれる。
契約責任論を前面に押し出し、伝統的通説を形成してゐた我妻民法体系に果敢に挑戦しやうといふ姿勢が端的にあふれ出てゐる。
総論・各論に貫く潮見の契約責任論は、特に債務不履行三分体系やら瑕疵担保責任の箇所等に最も刺激的に現れてゐるやうに思はれるのである。

潮見の著作には、あの御茶目な性格とどのやうな関係に立つのかわからぬが、兎にも角にも並々ならぬ自信があふれ出てゐるし、確かに巷で見られる数々の債権法関係の教科書の類と比べるならば、その出来は抜きん出てゐると言へるのかも知れない。とはいへ、未だ我妻民法体系を凌駕出来る程の域にまでは達してゐないといふべきであらう。

おいおい 2007/02/07(水) 00:19:09
学部学生でようこんなけいろいろ知ってるな
あんた、なにもんだ?

幡随院長兵衛 2007/02/07(水) 00:32:12
わたくしは京都大学法学部に籍を置いてゐる一人。
法学部に入学したものの、わが国法学界の低水準かつ醜悪な情況に半ば失望し、今や愚連隊稼業が板についてきた与太者といつた方が正確かも知れない。

幡随院長兵衛 2007/02/07(水) 00:47:55
そもそも京都大学に入学を決めたのも、「京都大学」といふ名がもたらすイメージに誘はれたからであり、この大学に入学し、「本物の知性」に出会ふことを期待してのこと。

しかしながら、期待はその裏腹としての失望に容易く転化し、教員はゐても「正真正銘の学者」といふべき知性に出会ふことがほとんどなかつたことから、法学といふ学問に対する猜疑心が生じてきて、色々と勉強する内に、わが国法学界がいかに低水準に留まつてゐるか、そしてその原因をどこに求めることができるのかといふことに俄然関心が沸き始めてきたのである。

尤も、他学部には「本物の知性」と形容して何ら差し支へない学者が何人か存在しやう。事実、わたくしが興味本位で聴講しに行つた先には、真に驚くべき知性を持つ学者に遭遇したし、その体験が大学での学修の意欲を辛うじて支へてもゐるのだが、この体験は再度法学とは何かといふことを考え直す契機をも供してくれたと思はれる。

法学と適度な距離をとることで法学を対象化して把捉する。このことでかへつて法学とは何かを照射することができるのではないか。さういふ風に思ふことにしてゐる。

>>幡随院長兵衛 2007/02/07(水) 01:44:22
旧司法試験を受験してください。
潮見先生と対決してぎゃふんと言わせて下さい。

幡随院長兵衛 2007/02/07(水) 23:29:50
幸か不幸かは判断しかねるが、わたくしにとつて司法試験は眼中にない。司法試験が下らないと言つてゐるわけでも、また容易く合格できるやうな試験であるから興味がないといふ意味ではない。
司法試験は資格試験である。試験には試験独特の難しさがあるに相違ない。単に興味に任せて勉強してゐればよいといふものでもないだらう。相応の方法に則りつつ、相応の努力をそこに傾注し、相応の時間を費やすことが求められるやうに思はれる。かかる時間も労力も要する資格試験の勉強を、柔軟な頭を持つこの年頃においてやるのは、明らかに人生総体から見て愚かなことであらうと考へるし、更には仮に司法試験に合格したところで、さしてやりたいこともないので、わたくしにとつて動機付けができない仕儀なのである。

とはいえ学問的興味に任せて今から理学部を再受験する訳にも行かぬし、大学院から理学研究科を受験するのもわたくしの知識や能力の点から言つて明らかに無謀であるので、進路変更を断念するより他ない。

と言つても法解釈学は干からびてゐるやうに思へるし、法社会学やら法哲学にしてもさしてわたくしの興味を喚起するものではないだらうから、敢へて探すとすれば政治学系統の学問を考へるしかないのか、それとも理論経済学の方向性もあるのか、正直わからず思ひあぐねてゐるところである。

したがつて、旧司法試験を受験する気もなければ、潮見佳男と対決する気もない(そもそも、方や今を時めく債権法分野における第一人者である潮見佳男と只の学生に過ぎないわたくしとでは、土台両者の関係は月と鼈の関係であつて、潮見に失礼といふべきだらう)。

2007/02/08(木) 10:28:52
マル経はいかがですか?
社会主義革命なんかは血が騒ぎませんか?
私は血が騒ぎます。

2007/02/08(木) 13:04:49
法解釈学が干からびているからこそ、研究の余地はいくらでもある。
既存の学者と対決する必要はないが、新たな道を切り開いてみては如何だろうか。

2007/02/08(木) 16:11:17
同意。
幡長はただ難癖をつけているに過ぎない。
難癖と批判は似て非なるものである。
ある学説に難癖をつける事は非常に結構な事である。
しかしそれだけでは不十分なのである。
言わば政治屋に難癖をつける事と同じなのである。
つまり代替の意見を述べなければならないのである。
学問であれば他説に対して自説を述べる。
自民党がおかしいのは明白である。
しかし民主党の様におかしいと言うだけでは不十分なのである。
政治の話はともかく、学問上の批判とはそう言うものだと思う。
そしてそう言う事が真の研究だと思う。
幡長の話は全く研究的では無いのである。
言わば単なる辛口書評に過ぎないのである。

幡随院長兵衛 2007/02/08(木) 23:45:33
法解釈学は既に多くの学者や実務家によつて解釈の体系が形成され、残された仕事といへば判例評釈やら既存学説に対する若干の修正案を提示するぐらいなのではないかと思はれるからこそ、事実わたくしは法解釈学を「干からびた」と形容してゐるのだが、確かにご指摘の通り、逆に干からびた分野の拠つて立つ土台そのものを揺さ振る程の画期的なパラダイムを提示することを目的とするならば、おそらくはその仕事は新たな研究として有意義なものとなるだらう。

しかしながら、その新たな研究になるであらう仕事が法解釈を生業とする者たちの共同体内で受容され得なければ、徒労となりかねないこともまた確かなことであらうと思はれる。
誰もが有無を言へないやうな証拠をつきつけたり、あるいは絶対的な証明を供することで、当該共同体の成員が現在は兎も角将来において必ず納得するであらうことを期待できるやうな例へば数学や物理学等の学問ならば格別、さうでない教義学としての色彩が濃厚な法解釈学にあつて、さういふ試みは明らかな暴挙と化してしまいかねないとさへ言へるので、それゆえ仮に全く新たなパラダイムのもとに法解釈学を再構築/脱構築しへたとしても、法解釈学者共同体に受容されることは望み薄といはなければならないのではあるまいか。それほどまでに法解釈学者共同体は頑迷で保守的であらうと思はれるのである。

幡随院長兵衛 2007/02/08(木) 23:55:26
わたくしは、いはゆるマルクス経済学に対して別段興味がある訳ではないので、テクストとしてのマルクスを読むことで十分満足してゐる。
したがつて、マルクス経済学の研究を志すことは今のところないだらう。

そして社会主義革命にも興味はない。社会主義革命が必然だとも、あるいは社会主義革命を必要とする考へもわたくしは同意できないし、またそれを唱導する前衛気取にむしろ反感すら持つてゐるので、わたくしとしては社会主義革命とやらに何ら血が騒ぐこともない。むしろ革命ごつこに対しては失笑を禁じ得ない。

>> 2007/02/09(金) 00:47:32
批判的精神を前面に押し出し、京大通説を形成してゐた潮見佳男民法に果敢に挑戦しやうといふ姿勢が端的にあふれ出てゐる。

幡随院長兵衛 2007/02/09(金) 22:52:33
わたくしは別に潮見佳男に挑戦しやうなどといふ心積りは持ち合はせてゐない。潮見佳男の試みは概観したところでは中々面白ひが、我妻民法体系を凌駕できる程には至つてゐないといふことを指摘してゐるに過ぎない。

かういふとわたくしが我妻栄を絶賛してゐるやうに思はれるかも知れないが、前にも述べた通り、我妻であらうとやはり不満が残る訳である。にもかかはらず一定程度の評価をせざるを得ないのは、わが国の法解釈学者の中ではやはり抜けてゐる存在であるからである。

しかし、これはあくまで法解釈学の世界の中での話に過ぎない。周りを見渡せばわが国の法解釈学の水準は極めて低いと言はざるを得ず、事実アカデミズム全体での法解釈学への評価は著しく低い。
その証拠の一つとして、日本学士院賞ならびに恩賜賞の受賞者一覧を見ればわかる。
帝国学士院時代から現在までの受賞者を見ても法学者の受賞者は驚くほど低く、更に法解釈学者による研究で評価されてゐるのは、わずかに憲法学者樋口陽一の研究などである。それも比較憲法学であつて、純然たる法解釈学の研究での受賞者は皆無といつてよいであらう。恩賜賞は皆無である。況や最近の研究者の研究となれば絶望的なまでの情況である。

尤も、このことは他人の受け売りであるし、わたくし自身賞の持つ権威のみで研究の価値を判断することはできないとは思ふものの、アカデミズム全体からの法解釈学に対する評価の一端が見へてくるやうな気がするので、例として取り上げたみた次第である。

2007/02/09(金) 23:35:14
一言で言えば、あなたは物凄く保守右翼的である。
イデオロギーやマル経に関しては一先ず措いておくが、学問に対する姿勢が極めて保守的に見える。
パラダイムの転換は極めて困難であり、まして市民権を得るのは更に困難であろうと思う。
しかしそう言う困難に立ち向かう事こそが研究ではないだろうか。
あなたが研究者を目指しているかどうかは知らないが、認識が研究の本質に到達していない様に見受けられる。
別の解釈をすると一種の諦観とも考えられる。
ただし研究を志向する私としては、あなたの解釈は保守右翼的、あるいは非研究的だと言わざるを得ない。
一つ良く分からないのはあなたが何を目指しているのかと言う事。
司法試験でもないし研究者でもないとしたら、あなたの批判は一体何に向けられているのだろうか?
私はあなたが保守右翼的、あるいは非研究的だと思うが、あなた自身は諦観を感じているのだろうか?
あるいは全く別の観念なのだろうか?
あなたの批判は十分評価し得るが、しかしあなたのイデオロギーは全く見えない。
単にイデオロギーを持っていないだけかも知れないが、しかしあなたの文章を読む限りそうは考えられない。

幡随院長兵衛 2007/02/10(土) 00:43:30
わたくしは思想の面において保守的ないしは右翼的だなどと自己規定したこともなければ、他者からもそのやうな認定を受けたこともないので、わたくしとしては自らを保守的ないしは右翼的な傾向を持つ者としては聊かも認識してゐない。
わたくしとしてはイデオロギーなるものをそもそも信用してゐないのである。つまりそれを単なる意匠の一つに過ぎないとさへ思つてゐる。イデオロギー対立といつても所詮は「様々なる意匠」として画廊や街中で展示されて鑑賞されるものに過ぎないといふ考へが根底にあるのかも知れない。
しかしながらイデオロギーといふものは一見単純ながら、その正体が皆目わからなくなるやうなものであつて、グラムシを読まうとイーグルトンを読まうと、終ぞ疑問が氷解することはなかつた。

更に加えて、学問研究に対する姿勢として保守的ないしは右翼的とは何を意味するか詳らかになつてゐないので、どのやうな含意があるのかは測りかね、何とも応えやうがない。

しかしながらわたくしは自分自身の発言を顧みたとき、わたくしの発言がことによると最も保守的かつ反動的な役回りを演じるかも知れないとの「危惧」を常に持つてゐることも確かなのである。

それはさて置き、わたくしが志向するものとは何かといふことに関して言ふと、前にも触れたやうに、方向性が見出せないでゐるといふのが正直なところである。
現在の境遇からして、法科大学院に進学し法曹の道を志向するといふ選択もあり得ることかも知れないが、今のところそれほど強い動機付けはなされてゐないし、さりとて研究者の道を歩む気もない。
高度の蓋然性がある選択肢は、帰郷して家業を手伝ふことかも知れない。

幡随院長兵衛 2007/02/10(土) 20:30:39
Critique de la raison dialectiqueならぬ
Critique de la jurisprudence dialectiqueでもやるのがわたくしに似つかはしいのかも知れないが、今のところ気力が出ないのが実情である。
確かに批判ばかりではなく、何か一つ生産的ないしは建設的な仕事ができればと思ふものの、数歩先が透かし見へてしまひ、結局何もする気が起こらないといふのである。

勿論、何かを為すべきであることに違ひないのである。レエニンではないが、「何をなすべきか」をわたくし自身深く問ふてみる必要があるやうに思はれる。
仮に書くとすれば先に挙げた
Critique de la jurisprudence dialectique
といふことになるだらうが、勿論サルトルのやうな繊細な文体でものするなど到底期待できやうはずもなく、また縦しむばそれが可能だとしても、わたくしとしてはそれこそレエニンの「国家と革命」のごとき毒舌極まりない舌鋒で糊塗した文体で法学批判を展開することになるであらうこと必定。
その時周囲からどのやうな反応が来るか、若干楽しみでもある。
問題は気力だらう。

憲法判例百選 2007/02/11(日) 12:50:49
来月(だったと思う)に改訂版が出るらしいですね。
買い換えた方がいいのでしょうか。
憲法は判例が命ですし・・・

2007/02/11(日) 14:21:08
イトマコの憲法判例買え
まぁ何を目指してるのかにもよるが

幡随院長兵衛 2007/02/11(日) 20:35:13
判例百選を買ふのも悪くはないが、解説に関しては絶対におすすめできないだらう。
要するにどの判例が重要な判例として位置づけられてゐるのか、そしてそこで最高裁ないしは下級裁判所がいかなる判断をくだしてゐるのかといふ知識の整理として概観するだけに留めて置くべきであらう。
といふのも解説部分は、比較的まともなものもあるが、中には醜悪そのものといつたやうな解説が見られるからである。
それよりも最高裁判所判例解説を読むべきであらう。こちらの方が断然詳しいし、裁判所がいかなる考へのもとで判断を下してゐるのかが手に取るやうに理解できるはずである。判例学習は畢竟裁判所の判断の内容や、当該判例がどの程度の射程を持つのかなどをしるためのものであつて、それ以上でも以下でもないのである。

予備校が判例集を出版してゐるとは知らないが、わたくしが書店などでさつと目を通す限りでは、とても正気で読めるやうな代物ではない。はつきり言ふならば、目が腐るし、ついでに頭も腐る。
少なくとも京都大学の学生が読むべき本ではないといふことだけは確かであらう。
せいぜい中学の公民を勉強する中で中学生が憲法判例とはいかなるものであるのかをざつと概観するためのものでしかないだらう。
大学生にもなつてわざわざ中学生用の補助教材に手を出す必要もあるまい。

幡随院長兵衛 2007/02/11(日) 20:50:59
憲法(あるいは刑事訴訟法もさうだらうが)の学修にとつて判例は確かに大切である。
勿論、全てにおいて判例は大切であるが、中でも憲法や刑訴法は判例がなくては全く成り立ちやうのない分野である。
判例百選は、いかに裁判官や憲法学者の多くが粗雑な頭脳しか持ち合わせてゐないかを知る上でならば、「役に立つ」書物と言へるだらう。
折角大学にまで行つたのだから、あのやうな間抜けな人間になりたくない、そのためには一にも二にも勉強あるのみと自己自身を叱咤するための反面教師ともなり得るかも知れない。

>>幡随院長兵衛殿 2007/02/11(日) 22:11:30
幡随院長兵衛殿
小生もう21年生きているが、貴殿のような人を同世代の中ではじめてお見受けした。是非弟子にして頂きたい。

冗談はさておき、貴殿は一体どういう勉強のやり方をしたのであるか?差し支えなければ教授願いたい。やはり、片っ端から本を読んでゆく、ということであるのですか?

幡随院長兵衛 2007/02/11(日) 23:05:20
勉強のやり方といつても、何を目的とするかによりやり方も異ならうと思はれる。受験勉強のやり方と、大学での勉強はまるで異なる。受験勉強に要求されることは、与えられた時間内で所定の範囲から作られた「答へ」のある問いに対して適切な解を供し、それを採点者が期待するやうなものであるかの否かで得点化され行く訳だから、マニユアル通りの解を短時間で書き切る訓練が必要となるからである。

勿論、このやうな勉強は真に勉強とは言へず、単なる訓練に過ぎないものであらう。法学部の試験などは司法試験などと同様に、この受験勉強型の勉強で事足りてしまふとのが滑稽極まりない所以である。要するにどれだけ訓練したか、どれだけマニユアル通りの答へを機械のごとく量産できるかが問はれてゐるといふのである。

わたくしが勉強といふことでイメエジしてゐるやり方についていふと、抽象的にならうが、兎にも角にも「注意すること」、つまりは注意力が肝要であらうと思はれる。これは一般に集中力と言はれてゐるものとは異なる。何の注意もなければやり過ごしてしまふだらう微細な差異に敏感になる感性を鍛へることが、物事の理解にとつて最も大切なことであらうと思はれるのである。

それからかかる細部に敏感たれといつても、それは何が核心部分であるのかを見抜くために貢献することになる。したがつて、微小な差異に注意するのと並行して、一般化・抽象化することを忘れてはならないだらう。形式化できるものならば形式化して徹底的に抽象化させる。徹底的な抽象化によつてかへつて物事の本質が見へてくる。微小な差異への注意力と抽象化の徹底は、ある兄妹にとつて強調されたことであり、これは周知の通り、フランスのアンドレイ・ヴエイユとシモオヌ・ヴエイユの兄妹である。
前者は20世紀を代表する数学者、後者はナチへのレジスタンスにも参加しながら、殆ど自殺同然の餓死といふ悲劇的な死を遂げた哲学者である。
Quel est ton tourment?と常に問ひを発することに人間にとつての注意力の肝要さを示した妹のシモオヌ、そして最高度の抽象化の産物である数学の中でもブルバキ等で更なる抽象化を試みた兄アンドレイの知的営為に、わたくしは大きな影響を受けてゐる。

尤も、この兄妹に比べれば、その才能や知性に関してわたくしは塵芥同然の身であるが。

幡随院長兵衛 2007/02/11(日) 23:15:14
後はシヨウペンハウエルも喝破してゐるやうに、悪書を読まず良書を読むことであらう。

とはいへ、この言葉は悪書と良書の違ひに触れられてゐない。もし悪書と良書の違ひがわからうものならば、当初からこの言葉は無意味なものであつた訳で、どのやうにその違ひを見出すかといふことこそ肝要なと思はれやう。
しかしその違ひを見出すためには、何もわからず我武者羅に読みまくる他ないのである。したがつて中には悪書も含まれてゐることだらう。大量に読まずしては何が悪書で何が良書かなどわからうはずもないからである。大量の読書の体験から悪書か良書かの見極めが可能とならうから、先に挙げたシヨウペンハウエルの言葉は、潜在的に論点先取といふ構造になつていやうかと思はれる。

彼もそれには気がついてゐたに相違ない。にもかかはらずさういふ風に言ふしかなかつたのだらう。

>>幡随院長兵衛様 2007/02/11(日) 23:27:44
>>勿論、このやうな勉強は真に勉強とは言へず、単なる訓練に過ぎないものであらう。法学部の試験などは司法試験などと同様に、この受験勉強型の勉強で事足りてしまふとのが滑稽極まりない所以である。

ここまで言い切ってしまうのは恐れ入ります。お見事です。ところで,このような「訓練」だけで旧司法試験に3回生とかで合格した者が横綱感覚(女王様感覚)で大威張りし,その後の人生においても苦労することなく一生安泰であることについてはどう思われますか?

>>幡随院長兵衛殿 2007/02/11(日) 23:35:00
幡随院長兵衛殿
回答ありがたく存じます。更に努力します。

幡随院長兵衛 2007/02/11(日) 23:42:52
司法試験合格は遅いより早いに越したことはないだらう。しかしながら、もし試験勉強のみに身を窶してゐたといふのならば、極めて貧困な知性しかないであらうから、その貧困な知性で以つて周囲を睥睨してゐるといふのは極めて滑稽であらうし、否滑稽といふより本人にとつても悲劇であらう。
マルクスではないが、悲劇と喜劇は表裏一体の関係にある。このことは一度目は悲劇として二度目は喜劇として反復されることのみならず、悲劇と喜劇が同時存在してゐることをも包含すると読むならば、正しくルイ・ボナパルトの更なる出来損なひといふべきであらうか。

尤も、試験ごときはとつとと突破するのは悪くはない。その後の時間を有意義に活用できるといふならば。むしろ長時間試験対策に云々することは人生にとつて損であらうと思はれる。長時間も労力を傾注する価値がないからである。

苦労するかしないかについては、わたくしには知る由もないし関心もない。願はくば、単なる受験ブロイラアで終わつて欲しくないものである。特に法学部にはこの手のブロイラアが多いやうに思はれる。勿論、それは知性とは無縁の社会的量産物に過ぎないだらう。

社会主義者 2007/02/12(月) 00:13:20
悲劇喜劇の話はマルクスではなくシュムペーターです。
確かそう言う指摘を八木さんもしていた様な記憶がありますが、ともかくマルクスではない。
しかし保守的なあなたが受けるとは意外なものです。
雑談スレではまた虐められました。
結局いつの時代も保守右翼が勝つのでしょうか?
私はマル経専攻なのであなたの法律解釈の細部は分かりません。
ただその解釈が極めて保守的だと言う事だけははっきりと分かります。
マル経を専攻する事や左翼路線を採る事は誤りなのだろうか?
私はどうしても誤りだとは思えない。
敢えて時流に逆らっているつもりは全くない。
ただ自らが正しいと信じている事を実践しているだけである。

幡随院長兵衛 2007/02/12(月) 00:24:32
わたくしがマルクスの言葉はある。
フランス三部作の一つである
ルイ・ボナパルト、ブリユメエル18日から取つてきたもの。
明確に書かれてゐる。
歴史は二度繰り返す。一度は悲劇として、二度目は喜劇(滑稽)として、と。

幡随院長兵衛 2007/02/12(月) 00:27:54
意味不明の文があるので訂正。
マルクスの言葉としてあるといふこと。

よろしくお願いいたします 2007/02/12(月) 00:32:38
http://www.kyoto-u.com/lounge/tokeidai/html/200702/07020013.html
次スレ立てました

このトピックは発言数が100件に達しました。
これ以上の書き込みはできません。
続きは次のスレッドでお楽しみください。
ホーム > 談話室 > 法学部・経済学部 > 【山敬】基本書・予備校本について語れ3【早期完結】