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kyoto-u.com - トピック - FREENOTE in kyoto-u.com
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2013年2月12日(火) 19:04
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2013年2月12日(火) 19:54
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2013年2月12日(火) 20:33
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恋愛においては、異性は常に現実の異性と乖離していく。
あまりに色を塗り重ねた彼女はもはや彼女ではないのではないか?
彼女はあるいは、ナルシシズムの産物ではなかったか。
そう自問したときから、現実の彼女への遡行が始まる。
自らの愚かさと、ある種の暴力性について自省することによって。
性的対象をナルシシズムで汚染することが暴力でなければ、一体暴力とは何であろうか?
暴力とは、物理的制約の有無に関わらず、まず精神においてこそ感受されるものではなかったか。

「現実の」とは曖昧で、現実の彼女そのものを知覚することはできない、といった反論は野暮だろう。
「現実の彼女」という形象は主観的な意味において「現実」なのだから。

現実は、自らのナルシシズムを脱して現実の彼女へと対面しなくてはならない瞬間へと(ex告白)彼を駆り立てる。
してみれば恋とは、ナルシシズムからリアルへの跳躍-それも極限の-ではなかったか?
恋が成就するにしろしないにしろ、現実は、
跳躍のために密やかに彼が捨てずに携えておいたナルシシズムの残余さえも、粉々に打ち砕くのだから。

そのような局面においては、その先に広がる地平はもはや、
それまでの彼-彼女の関係性の延長線上ではなくして、新たな次元に属しているだろう。
そして新たな次元の強度-「恋の強度」-は、彼をして「新たな物語」を語らせるだろう。
彼と彼女の、起源についての物語を。

そのとき彼は、その起源、来歴の刷新によって「生まれ変わっている」のではなかったか。
再誕への途上にこそ、恋の存立基盤は求められなければならない。


2013年2月13日(水) 20:55
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2013年2月14日(木) 13:53
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2013年2月15日(金) 23:37
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 暴力性とは人の心の中にこそ宿る、なるほど心理学はそう教える。しかしその箴言が、ときに現実から遊離した抽象論に堕してしまうことにもまた、僕たちは自覚的であるべきだろう。

 暴力はときに、「彼方より」やってくる。もう2週間くらい前になるだろうか、おぼろげながらも感じていたその命題を、僕は身にしみて実感することとなった。

 地下街を歩いていると、倒れこむ数人の男たちの姿が眼に飛び込んできた。次の瞬間僕は、3人の男が1人のもがく男を抑え込んでいる光景を目にしていた。男が抵抗しもがくと、もっとも力強く抑え込んでいる男が、「おい、動くな!」と怒号をあげる。やがて男は抵抗を止め、顔を苦痛に歪めつつ、焦燥しきった風に四肢を弛緩させて、しっかりと仰向けに横たわった。男の髪は、抑え込む男の手により、今にも引きちぎられんばかりに強く握られて、頭ともども地面に抑えつけられている。胸の上には膝を立てた男がいて、足の腿のも3人目の男に抑えられている。苦痛で顔が歪むのも無理はない。

 いつの間にか楕円形の人だかりが出来ていた。信じられないことに、一瞥しただけですぐに去ってしまう人もたくさんいたが、僕はもちろんその光景をずっと見ていた。立ち去ることなどできるはずはなかった。圧倒的なリアリティでもって暴力が現前していたのだから。

 それはまるで、次元を異にする世界が突如として目の前に顕れたかのようだった。もっとも、あくまで現実的な認識としては、善良な男たちが、ひったくりか何かを働いた男を取り抑えるために「暴力性」を発現させた、なるほどそう考えるのが妥当というものだろう。しかしそんな解釈はもちろん、なんらのリアリティをも説明し得ない。そのときまさに、「暴力」(としか言いようがない!)は、「彼方よりやってきた」のだ。

 「彼方」とは何処か?そんな問いは愚問だろう。「彼方」とは、起源を持たざるものに冠せらるる「起源」、起源なき起源の名なのだから。暴力はたしかに、「何処からかは」やってくる、そう言うほかないだろう。しかしそれが何処かであるか、それは誰にも分からない。

 「あいつ、仕事なくなったな。」横にいた学生風の男が、吐き捨てるように言う。その彼女とおぼしき、同じく学生風の女は、彼をとがめるでもなく、人ごとのように言う。「髪すっごい掴まれてるしなw」監獄に放り込まれるべきは、あるいは彼ではなくあなたたちではなかったか。僕は心の中でささやきつつ、男たちに視線を戻した。

 やがて警察がやってきて、見物人たちはちりぢりになり、抑え込んでいた男たちは、1人が警察に呼ばれ、2人は去っていった。そのうちの、強く抑え込んでいた1人は、労力を要したのだろう、去って行く際、足をひきずるようにして歩いて行った。

 そして恐ろしいことに、僕はまるで彼の負傷が、あたかも戦いで傷を負った英雄の「名誉の負傷」であるかのように、いくばくかであれ感じてしまっている自分に気付き愕然とした。

 「暴力」は、その圧倒的な力でもって、僕のシニカルな理性を侵犯したのだ。そこにもはや思惟の主体としての僕はいなかった。ただ眼前の暴力の帰依-男が複数の第三者から暴力を行使される-に、盲目的とは言わずとも、暗に従う奴隷に成り下がってしまっていた。

 彼はしかし、たとえ相手が犯罪者と言えども、抑え込み、怒号を発し、頭を地に打ちつけた人間ではなかったか。いや、犯罪者と言えども、ではない。男が犯罪を行った人間であるという事実と、苦痛に歪む男に同情するということ、この2つはまったくの別問題だ。にもかかわらず、僕は苦痛を与えた男を密かにも称揚してしまっていた。まるで、彼が「悪を撃つヒーロー」であるかのように。なんのことはない、僕もまた、あの嘲笑家のカップルと同じ轍を踏んでしまっていたのだ。 

 暴力は、いつの間にか、いや「あっという間に」、陳腐な正義と悪の対抗図式で僕たちを染め上げてしまう。その圧倒的な圧力に、僕たちはいかにして対抗すべきだろうか?とりもなおさず言葉によって。僕はそう考えている。

 今回も、自省という形で、あの日の光景にささやかなる反抗を示すべく書いたつもりだ。成功しているか否かは、読者に委ねるしかないけれど。

 僕は改めて確信した。いたずらに現実に関わることは、とりもなおさず自らが暴力に巻き込まれる可能性を高めてしまう、と。盲目的な熱狂、有無を言わせない価値の強要、こういったものもまた暴力であることも、言うまでもない。これらから距離をとり、愚直なまでにシニカルさを貫くということ。言葉の剣を磨き上げ、「ベタにシニカルに」振り続けるということ。その過程にこそ、きっと自らの倫理に忠実であり得る契機は潜んでいる。


2013年2月17日(日) 17:12
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登録日時: 2011年1月12日(水) 09:21
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 進化生物学という分野は、厳密に言えば科学とは言えないだろう。進化の過程を再現することは、今はもちろん、どれほど技術革新が進んでも不可能なのだから。あらゆる時空間を観測できるタイムマシンが出来れば別だけど。

 しかしそのことをもって、だから進化生物学はトンデモだ、と言うことはむろん出来ない。そのように言う者がいたとすれば、彼は「蓋然性」という語の意味を学ぶべきだろう。人間が猿から進化したことを証明することは不可能だが、標準的な理性を備えている人間に、「まずもってそう考えるのが妥当であろう」という認識を抱かせるのに十分すぎる素材が揃っている。言うなれば、進化生物学とは、そんな(人々の)「共通了解」を担保にした説得の技法だ。過去に戻れないからと言って、胎盤から出てきたことを疑う人間がいないように、もしすべての人に進化生物学者が講義して回ったとすれば、猿から進化してきたことを疑う人間はいなくなるだろう。
 
 それでは僕たちは、進化生物学の教義を愚直に受け入れる信仰者たるべきだろうか?否。それでは、進化生物学をハナからトンデモだと決めてかかる者と同じ過ちを犯していることになってしまう。反目であれ追随であれ、権威に対して脊髄反射的であるという点で両者は共通している。まるで分析し判断する能力を、自ら放棄したかのごとく。僕たちは、教義の正当性を見極め続ける努力を放棄すれば、あっという間に進化生物学者たちに洗脳されるだろう。進化生物学の教義を、猿の例のような既成事実のみで構成された、単に事実を語った辞典のように捉えるべきではない。進化生物学の教義はあまりに多岐にわたるために、自説や仮説、はたまた俗説をあたかも共通了解≒既成事実であるかのように語る学者が後を絶たず、僕たちは複雑に絡み合ったその糸(意図!)を解きほぐす努力を絶え間なく続けなければならない。しかし、どのようにして?

 そう、まさしく進化生物学を「教義」として捉えることによって。

 教義の土壌は実に肥沃で、心理学や言語学、脳科学など、ありとあらゆる知見を取りこみ入り乱れた難解な教義が形成される。そして肥沃な土壌から様々な作物が育つように、進化生物学は様々な論者を産み出し続けている。このような状況の元では、証拠が十全に蓄積された統一的な知見=共通了解のみが、かろうじて科学の名を冠せられ得る。そしてそんな「科学の芽」を育てることこそが、まさしく「科学」の進歩を促進するだろう。それは厳密な意味での科学とは言えないかもしれないが、自らの母親から生まれてきたことを疑う子がいないように、それは信じるに値する人類共通の知的財産になろう。

 非論理的な部位を持たずに、完璧に設計された航空機のようなシステムのように、科学とは本来、エンジニアリング的精密さにおいてこそ語られるべきものではなかったか。進化生物学(の論者たち)が科学の名を標榜する限りにおいて、僕たちはその動向を絶えず注視し続ける必要があるだろう。そして理性ある存在としてのささやかなる誇りのためにも、牽強付会な布教に抗うのはもちろん、その教義の土壌を、可能な限り近未来的な工学プラントに仕立て上げていくべきではないだろうか。そのために僕たちはまず、幾多の教義の狭間から、科学の芽を救い出さなければならないだろう。


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2013年2月19日(火) 00:39
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2013年3月14日(木) 22:24
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2013年3月14日(木) 23:55
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2013年3月15日(金) 22:09
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登録日時: 2011年1月12日(水) 09:21
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 非定型うつ病バッシング、とでも言うべきものが世間に散見される。「うつは甘え」とか言うあれである。念のため解説しておくと、身体が鉛みたいに動かなくなって傍から見ても明らかに苦しんでいると分かるようなのがうつ病で、逆に、とくに楽しいことをしているときにはむしろ元気に見えるときさえあるものの、自らが少しでも拒絶されるような状況になると調子が悪くなり塞ぎこんでしまうのが非定型うつ病。ざっと分類するとそんな感じ。

 分類するや否やすぐにでも、いやそれ普通に甘えやん、とか言う言葉が聞こえてきそうだが、よく考えてみてほしい。「少しでも拒絶されて」「塞ぎこむ」、この2つが日常的に繋がる人がどれだけいるのか、と。対人関係の少ないことも多分に影響しているだろうが、少なくとも僕はそんな人を見たことがほとんどない。彼(彼女)は少なくとも非定型うつを患っている期間、一般的な人の感じる落ち込みや塞ぎこみとは比にならない塞ぎこみを体験してしまっている(当たり前すぎる話だが)。にも関わらず、人は彼(彼女)を批判する際、常套句のように次のように言う。

「みんな嫌なことを我慢して生きてんねん。あんただけそんなんで休めたら卑怯やん」

 彼らは、一般の人間と彼(彼女)の苦悩の別がつかないらしい。彼ら自身が感じる「嫌なこと」と、非定型うつの人の感じる「嫌なこと」は、まったく別物かもしれない。そんな疑問を抱くことなく済ませることができるのは、想像力の欠如という名の才能のなせる技なのだろうか?

 さて、僕は先に、「少なくとも非定型うつを患っている期間」と書いた。これはとりもなおさず、非定型うつとは言えなくとも、わがままなどとは別の次元で過剰に傷つきやすい人間がいる、という(これまた当たり前の)事実による。つまり、非定型うつになりそうになりながらもなんとか耐えて皆と同じように振舞っている、「潜在的な非定型うつ」とでも言うべき人はそれなりにいる、と考えることができる。そうすると、上述の一見粗暴でしかない理屈も考慮しなくならない事態になる。もっとも、明らかに丈夫であったり普通であったりする人間が言う権利はないので、潜在的な非定型うつの人を発言の主語にすべきだろう。そうすると、次のようになるだろう。

「私たちは本当毎日つらいしだるいけど、それでもなんとか我慢してみんなに合わせて生きていってる。あんただけそんな風に休むのは卑怯やん」

 さて、僕たちはこのような発言にある種の重みを感じないほどに軽薄でいられるだろうか?多くの人にとって、否だろう。おそらく、苦しみながらも前進をやめないという表明に対して敬意を表すのは、ほとんど人間の本能のようなものだ。しかし僕は思うのだ。まさしくこういった、僕たちに巣くう「当事者への盲目的な敬意」とでも言うべきものこそが、他でもなく、苦しみの渦中にある人たちへの更なる重石となるのだ、と。

 上の発言が公的な場面でなされたとき、病者の反論可能性は、事実上剥奪されてしまっている。主語はもちろん、上述の、僕たちの無意識のうちの盲目的な敬意である。僕たちと潜在的な病者(もっとも、僕も潜在的な病者とも言えるかもしれないが、ここでは問わない)が共謀して病者を追い詰めるという悲しい構図が、そこにはある。
 
 しかし、現実にそういった潜在的な病者の語りがないとしても、僕たちはおそらく同じように振舞うのではないだろうか?潜在的な病者の存在を推定することは、うつをスペクトラム的に捉えるならば、自然に出てくる発想だからだ。言うなれば、僕たちは勝手に辛くてもがんばって前を向いて必死で生きてる人(潜在的病者)の身になりつつ、病者を糾弾してるわけだ。自身はと言えば、まったくもって悠々と、とまでは言わずとも、特に苦痛に悶えることなしに日々を過ごせているにもかかわらず!

 そう考えると、僕たちの無意識のうちの偏向は、病者に対する更なる重石というよりは、まさに中核的な役割を果たしていると言わなければならない。そしてその背景に、甘えやワガママとうつの間の線引き問題があることは言うまでもない。僕たちはおそらく、うつをスペクトラム的であると考える一方で、もうこれ以上つらくなったら破たんする、とでもいうような臨界点の存在を疑っていない。辛いという訴えに対して、僕たちが同じような症状を持ち辛い思いをしながらもがんばっている人を想定(というより妄想といったほうがいいだろうか)し、(あたかもテストで合格点に達していないとでもいうように!)彼(彼女)がその臨界点に達していないと見なすとき、彼(彼女)は、「甘えている健常者」という名の牢獄に閉じ込められてしまう。

 しかし僕は思うのだ。線を引くことがそんなに大事だろうか?と。どちらにしたって苦しいのだ。甘えたくなるとき(一見甘えであるかのような訴えをするとき)、ワガママ(のようなもの)を言いたくなるとき、人は苦しみの只中にいる。病気か病気でないかの明確な指標がないのならば、むしろ2分法を放棄してしまえばいいのではないか?少なくとも、そのような2分法の背後に、「あいつだけ休むのはずるい」という姑息な心性が働いていないか点検してみることには意義があるだろう。

 「万人が万人に対するカウンセラーに」。到底実現不可能な絵空事にすぎないが、理念として自らの心の中に宿しておくことで、殺伐とした対人関係を、わずかながらでも緩和する灯火となり得る。そう信じたい。


2013年3月17日(日) 14:56
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2013年3月18日(月) 23:52
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2013年3月19日(火) 01:50
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 言葉が次から次へと湧いてくる。あるいは、様々な着想が生まれて、芋づる式に検討していく。前者は言葉が脳を乗っ取ったようであり、後者は思考しているというよりも、思考する衝動が初めにあり、その衝動が強すぎるために、周囲の出来事や記憶や感覚などから強引にネタを引っ張ってくるという感じだ。そんなとき、僕は異様に冴えている、覚醒しているという感覚がある。

 一方、イメージの内にまどろんでいるようなときがある。言葉は完全に排されているとは言わずとも、遠い空を穏やかに流れてゆく雲のようであり、眼前に広がる心像風景にこそ注意は集中している。そんなとき、僕は上述のような過覚醒とでもいうべき状態とは正反対の、低いエネルギー水準にあると感じている。エネルギー水準なんて言うと、そのエネルギーとは何を指すのか、とかややこしい話になるかもしれないが、自らの感覚としてベクトルが反対だということを言いたいのだ。

 そして、一個人の感覚を一般化するというのは、この統計全盛の時代にあってタブーに近いものがあるかもしれないけれども、あえて禁を犯しつつ言い切りたい。右脳とか左脳うとか言うのは典型的な疑似科学でトンデモとかいう人もいるけれど、やっぱり右脳と左脳の別には普遍性がある、と。それくらい、両者は感覚として明らかに異質なのだ。

 なぜ左脳が言語に結び付けられ、イメージや空間把握がなぜ右脳に結び付けられるかというのは、研究の歴史の堆積があまりにも多岐にわたっている上ほんの少しかじっているだけだから明瞭に言うことはできないのだけど、たとえば言語の発声にかかわるブローカ野は左脳の前頭野にあると言われているとか、右脳に障害を負った人は、イメージを操る能力が障害されるから「~は~よりも大きい」といった文の意味が分からなくなるとか、そういった事実の堆積から察すした際、おおまかに言って言語的なことは左脳が、イメージ、空間的なことは右脳が担っているんじゃないかなと推測できる、そんな言うなれば蓋然性としての事実と捉えるべきだと僕は考えている。

 だから端的に言って、右脳左脳の別はないという論者は、蓋然性がまだまだ足りん、もっと証拠をかき集めないと何も言えない、と言っており、別はあると考えている論者は、完全に判明したとは言えないけれどアウトラインとして右と左に分けておくというのはさしあたり穏当な認識でしょう、例外的な状況、事例についてはその都度検討していけばいいじゃないですか、と言っている。それだけのことだと思うのだ。

 にもかかわらず、右脳と左脳の区別はあるのかないのか、みたいな論調で書いてある本を読むにつけ、2元論ではないでしょ、とつっこみたくなってしまう。少なくとも、体の右左とかと違って、ある程度機能の分化があることは事実なんだから、「左右の別は思ったよりも少なそうだ」とは言えても、「右左の別はない」と言うのは論理的にあり得ない。

 もっとも、そういう著者にもし、「ということは、あなたは方角としての右と左と同じように右脳と左脳を捉えているのですね?」と聞いたなら、ほとんどの著者はさすがにそこまでは考えてないと答えるだろう。そうでなければ素人以下だし、まぁ当たり前のことなんだけど、それにも関わらず、文章としては左脳右脳の区別はあるのか、「ない」のか、というガチガチの2分法を連想させる書き方をしていて、やはり人間の中に巣くう2分法への認知傾向というのは筋金入りであるな、と改めて驚愕してしまうのだった。

 最も、右脳と左脳の別は普遍的である、と先に言い切ってしまった僕にもその偏向は強固に巣くっていると言わなければならない。しかし認知としては、まず右脳と左脳に分けないことには始まらないことも事実だ。そもそも右脳と左脳を分けて考えること自体が2分法的認知だから、2分法から逃れることは論理的にあり得ないと言える。つまり、右脳とか左脳とかいう概念を扱う時点で2分法認知を基にして思考しているわけであり、2分法を攻撃することは得策ではないと今気づいた。そこで、2分法について知った風な口を訊きながら普遍性を喧伝するという失態を犯してしまったことの償いのためにも、右脳と左脳の2分法の只中に沈滞しつつ新たな打開策を考えることとしたい。

 最初のほうで述べたように、左脳が言語で、右脳はイメージ、空間を司っているとされているのは有名だ。でもよく考えると、それが事実として、それは4次元空間などと同じように、非現実的な掴みどころのない代物でしかないのではないか。言語を司るのが実は左脳でなくて右脳でしたと言われたとしても、多くの人はふーんそうですかと反応するだけだろう。識者とて、自らの左脳も右脳も感じることはできない。言葉で思考している際に左脳が熱くなると感じる人がいたとしたら、それはおそらく脳科学にのめりこみすぎている嗜癖からくる幻覚にすぎない。僕はそこまで情熱的ではないが、僕が右脳と左脳は普遍的だと言い切る欲望を抑えきれなかったのも、脳科学の著作を定期的に摂取しているためだろう。右脳と左脳は言うなれば、真空地帯に宙ぶらりんになっている名札のようなものだ。実態が曖昧であるのかないのか分からないままに、名前だけが肥大してゆくという現象に対する生理的な嫌悪感が、識者をして、右脳と左脳の別は無意味であるという陳腐な2分法を語らせる。

 もっとも、いくら感覚的に理解しにくい掴みどころのないものであるとは言え、「右脳も左脳も存在しない」などと言ってしまうのは「ぱちもんの唯幻論」にすぎない。掴めなくても!それらは在る、のだ。そう、僕はここで物自体として右脳左脳を捉えることを提唱したい。あるのかないのかといって退けてしまうのでもなく、言語やイメージの起源として確信してしまうのでもなく、肝臓やすい臓のような臓器に対する僕たちの認識のように、「確かにあるらしいもの」とシニカルに把握すること。そうした認識を経由させるとき、右脳であれ左脳であれ、言葉やイメージの起源というよりは、それらと同期して発現するらしい現象にすぎないと把握されるはずだ。そのとき僕たちはきっと、2分法の手中から逃れつつある。

右であろうが左であろうがどっちだっていいじゃないか。
右と左を分けようが分けまいが好きにすることだ。
自分から見れば右でも相手から見れば左なのさ。


2013年3月20日(水) 01:30
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 ケーキ製造の仕事探してるけどまったく求人ない。

 父親曰く、何か仕事をすれば視野が広がり仕事観の変化に繋がって、選択肢が増える、だから正社員になれるかどうかに関わらずやってみるべき、とのことだけど、楽観的にすぎる。そもそも呪いのような顔のせいでできる仕事なんて限られてる。人前に出たり交渉したりとか、そういった類はすべて選択肢にはなり得ない。そして大きな音や臭いは無理なので機械、化学関係は除外、20分もネットすれば目が充血し頭が朦朧となるインターネット化敏症(最近は悪化し、5分と見ていられない。しばらく文章を書いていなかたのもそのためだ。これからは短めのをぽつぽつと書いていこうと思う。)のためデスクワークも無理。となると残るのは食品製造くらいだろう。だから結果はほとんど決まっている。なのになにが視野かと。

 さらには選択肢以前に、そもそも完全に対人恐怖になりつつある。通りすがりの人間とすれ違う際、目をまん丸にされるのなんてまだいい方で、露骨にしかめ面される場合さえある。すれ違った後、なにか嫌な予感がして振り向くと、測ったように相手に振り向かれるなんていうのも数えられないほど経験してきた。そんな僕にとり、そもそも人が集団で働いている場所に行くということ自体が運命の分岐点というか、そんな重みをもったものとして感じられる。まぁ実際分岐点だけれど(蝶の羽ばたきが竜巻と関係し得るというカオス理論を持ち出すまでもなく)。そういう意味に満ちた選択を、単に視野を広げるとかいう曖昧な目標で決定するなんて、ロシアンルーレットに人生を委ねるようなものだと感じる。


2013年4月14日(日) 22:23
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2013年4月17日(水) 22:18
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2013年4月18日(木) 22:01
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2013年4月20日(土) 15:00
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 これから作ろうとしている作品の概要未満の(あくまで)展望を述べたに過ぎないので、心に響くものが感じられなくともご容赦ください。

 ジャンルについてはとやかく言うような素養はないですが、僕としては、分野の枠や形式、技法にとらわれず、自らの内からこみ上げてくる語りの衝動(とでもいうほかないもの)がいかなる着地点を見出すのかと胸を躍らせるのが面白いのではないかと思っています。言葉の自律的的な生成に身を委ねた結果が小説であれ、詩であれ、戯曲であれ、あるいはそれらのどれとも言えずどれでもあるものであれ。異星人のような人物が出来ても、自身の影のような真反対の人物が登場しても、自らの一部をどこまでも肥大させてしまったとしても、自分自身を語り尽くしてしまったとしても、構わない。そう思います。

 もちろん、初めに述べたように、一般の小説の書き方についてこう考えるべきと言いたいのではなく、僕自身がそういう志向で書いてみたいというだけのことです。自らの衝動を満たすための形式が確固としてある、そういう人も多いでしょうし、そもそも僕だって奈良時代や平安時代に生まれていたら上の記事で書いた展望なんて絶対思いついていないでしょう(他の人たちと同じく、既存の作品の色濃い影響下にあるわけです)。ですから今回の僕の発言を、「既存のジャンルとは無縁の文学の異端児」を気取っている、などと間違っても捉えられることなきようお願いします。


2013年4月20日(土) 23:47
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2013年4月21日(日) 13:20
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 小説の賞一覧が載っている本を見る。川上未映子氏と桐野氏が選考委員を務めているの、早稲田文学じゃなくて新潮だった。どんなメッセージだったか具体的には思い出せないのだけど、内面から沸き起こるものを大切にせよ的なニュアンスのお二人顔写真つきメッセージが添えられてる募集広告をいつだったか見てそれがずっと記憶に残ってたのだけど、川上氏が早稲田出身だからか勘違いしていたみたい。

 他に講談社のメフィスト賞というのがあって、随時受け付けでジャンル不問。これは大きな候補になったし、今回だけでなく今後も候補であり続けるだろう。下読みなしで編集部で全て読んでもらえるというのが素晴らしく、締切もない。だからメフィスト賞の選考とは、締切日まで判断を留保される-一定期間テクストが(投稿者と選者との)コミュニケーションの位相から(あたかも真空地帯に宙ぶらりんにされるかのように)阻害される-他の賞と違い、この掲示板に投稿することに近いものがあり、出来上がったら即他者に伝達されるという幻想的なコミュニケーションの位相を担保してくれるシステムと言えるのではないか。そんなこの賞は応募するにあたり、編集者に対する(匿名の人間に対する)テロルとでもいうべき魔術的なコミュニケーションの快楽をもたらしてくれるだろう。自らの言葉、テクストが、ボタン1つで(ポストに入れるやいなや)他者に伝達される-もっと言えば、他者を浸食する-。一方的ではあるが、いや一方的であるがゆえにこそ、それはまさしくコミュニケーションと言わなければならない。コミュニケーションとは何よりもまず、自らを(まさに「自ら」を)他者に伝達することをその目的とするのだから。

 そしてこれは他の文学賞についても同様だが、編集者からの返信は、そのテクストへの審判としてなされる。そこには遅延があり、留保がある。しかし、それがいかほどのことだと言うのか。言葉足らずになるのは言うまでもなく、曖昧に茶を濁されたり流されたり、単に次の話題の踏み台にされることすらあるリアルでのコミュニケーションとは異なり、そこでは語り尽くした言葉が "ただ" 審判される。なんと純粋なコミュニケーションであることか。コミュニケーションを、もっぱら自らの言葉の強度、そして他者への侵襲の技法として問題にしている者にとっては。

 自らの内奥で錬成され結晶化した言葉が、命がけで投げ出され、全身全霊で受け止められ審判される。してみれば、それこそがコミュニケーションの帰依すべき様態ではなかったか。文学の選考という場において、応募する者、また審判するものは、コミュニケーションを根源において問い直し続けている。

 他者へと向かって、無限大の跳躍をする。息をひそめつつ、その飛来を全身で受け止める。しかしその交信の位相に、「不特定の匿名の他者」という表象は似つかわしくない。「僕」が投げて「あなた」が受ける。そう言うほかないではないか。ここで、僕は前言を撤回しなければならない。匿名の他者ではなく、1人の他者へこそ自らを投げ出すのだ。読者は不特定多数でも、理念として、いや衝動として、1個人への伝達を志すということ。「名のなき1人」に、自らを託しきること。それはコミュニケーションであり、文学であり、祈りだ。


2013年4月21日(日) 22:59
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2013年4月25日(木) 16:11
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HinagikuKingdomさんのチャンネル(つまりは僕のチャンネル)
http://www.youtube.com/playlist?list=FL ... iTZSdh9d9A


(追記)
disillusionの中毒性やばい。聞きまくってるなうw

disillusion 高音質
http://www.youtube.com/watch?v=t-iVAfuO ... iTZSdh9d9A

 つか、目隠ししてるお姉さんの太ももの魅力すごい。目隠してる=個別性の剥奪、みたいな効果があるんじゃないか。そこでは太ももは「彼女の」太ももではなく、太ももそれ自体として迫ってくる。

 関連するところで言えば、写真で脚だけが映ってるとエロく見えるのは、単に注意が太ももだけに向くというだけじゃないだろう。そのとき太ももは、個の太ももから普遍的な太ももへと変換されることで甚大な強度を獲得している。

 もっとも、目隠しには、逆説的に私性を高める作用も感じるときがあり、僕もほのかに彼女の人となりが浮かび上がってくる様を予感した気がする。ただどちらの場合も、被写体の自明性、自然な現前性は失われているという意味では共通している。前者ではパーツが個を離れ普遍化を蒙り、後者では目≒顔が隠されることにより、見る者の想像を掻き立てることで、個としての身体、そして個としての人格がまるで暗闇から浮かび上がるかのように前景化してくる。

 いやむしろ、前者と後者の絶え間ぬ相克こそが、目≒顔を隠された女に宿る質感の本質かもしれない。見えざる瞳を見たいと願い、その先に彼女の憂いを想う。まるで所有を放棄され投げ出されたかのような太ももの生々しさに、ただ圧倒される。太ももはただ彼女を象る繊細な部位であるようでいて、淫靡な女体の象徴としての肉の塊のようでもある。その逆説の強度こそ、「彼女」を見た際に感じた眩暈の正体ではなかったか。

 そのとき彼女から儚さや悲しみが漂ってくるように感じたなら、それはおそらく女の性を見ているためだ。生々しい肉体は自らの意志や思惑を越えて晒され続ける。目隠しは、そんな女の性を炙りだすのだろう。見られる限りにおいて、肉と魂に引き裂かれざるを得ない女の、弄ばれる性としての悲しみを。

しかし、彼女はそれを受け入れている気がした。
沈黙と、諦念と。
彼女の見えざる瞳に宿る荘厳なる気配に、耳を澄ます。


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2013年4月30日(火) 21:06
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2013年5月03日(金) 22:37
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