もっと自力で ――サポーターよりのメッセージ

京都コンピュータ学院鴨川校校長 京都大学総合人間学部非常勤講師 作花 一志

1.意味ありげなこと

 現在、筆者は総合人間学部で全学共通科目「宇宙科学入門」を担当しているので、まずその講義のこぼれ話を2つほど。

(その1)

 ギリシア神話の星座物語の中で、あまり有名ではありませんが、「へびつかい座」は実に面白い話です。
 再生不死の象徴である蛇をつかんでいる へびつかいは、医師の祖アスクレピウスの姿です。彼はアポロンの子で、実は生まれる前に一度死んでいるのです。彼の母はアポロンの何番目かの妻コロニスですが、アポロンは自分の事は棚に上げ、彼女の不貞を許すことが出来ず、弓で射殺してしまいます。ところがアポロンはコロニスのおなかの中の子だけは助けたいと思い、ケンタウロス族の賢人ケイロンに託しました。ケイロンはその胎児を蘇生させ、養育し、そして学問特に医術を授けました。アスクレピウスは長じてギリシア随一の名医になります。彼に治せない病はなく、戦いで怪我をした勇者や瀕死の病人をたくさん救いました。ところがやがて、この名医は死者をも蘇らせる治療をするようになりました。これは自然の摂理に違うことで、人間がしてはならないことだったのです。死者が来なくなった死の国の王ハデスは激怒し、ゼウスに訴えます。ゼウスもアスクレピウスを許しておくわけにはいかず、しかたなく彼の頭上に雷を落して命を奪ってしまいます。さすがの名医も自分自身を治すことはできませんでした。
 バカバカしい稚拙な話ですが、なにやら現代文明を象徴し警告しているようにもとれます。何を象徴し警告しているかって? ここで私の意見を言ってしまえばおしまいですから、読者諸氏で自由に考えてください。

(その2)

 数年前、多数の世紀末のミステリーが語られました。そのうちで有名なのがノストラダムス予言のいう「1999年の異変」です。それは1999年7月に惑星が異常な配置を起こし、予測できない異変が起こるというものでした。誰が言い始めたかわかりませんが「グランドクロス=大きな十字架」として騒がれたものです。しかし、当然のことながら、このとき変わったことは何も起こりませんでした。確かに、1999年7月末に水星と金星は太陽の方向(かに・しし座)に、火星はそれと90°の方向(てんびん座)に、そして木星と土星は火星の反対側(おひつじ座)にやってきます。さらに太陽・水星・金星・地球の延長上近くに天王星と海王星が並ぶことになります。冥王星以外の8惑星の配置を見ると、十字といえば十字だが随分いびつで非対称な十字架で、 どう見てもグランドクロスと呼ぶには抵抗があります。なぜこんなことにマスコミが騒いだのでしょうか?
 ところがx、yを √ に変換してからプロットすると十字状に見えるのです。なんのことはない、「グランドクロス」 といわれる図は9惑星の配置を1枚のシートに収めるためにスケールを変換して描かれたものだった!

 この図を作った人はニタニタ笑っていたかもしれません。情報は案外簡単に操作できるのです。またそのシカケを見破るのも案外簡単なところにあります。

2.当たり前のこと

 昨年ノーベル物理学受賞者である小柴昌俊博士は、中学1年のときアインシュタインとインフェルトの共著「物理学はいかに創られたか」という本を読んだのが物理学を志す契機だったそうです。1冊の本が将来の道を決めるなんて老大家の回顧談にすぎないと言わずに耳を傾けましょう。誰にとってもインパクトを与えた本は必ずあるはずです。
 私の場合は小学生か中学生のときか忘れたけれど、野尻抱影著「星のギリシア神話」が天文への関心をもたらしたようです。当時、子供向きの天文解説書もない、きれいなイラスト付の科学雑誌もない、科学館プラネタリウムもない、ましてやそんなテレビ番組やビデオはありません。情報が少なかったからかえって印象が鮮明だったのかもしれません。理学部に入学したものの、専攻を決めたのは2回生の終わり頃でした。そのころから京大は学生教育に不熱心であると言われていました。最近、アメリカの某大学が学生交流協定の破棄を申し入れて来たというニュースがありましたが、これは多分京大100年の歴史の間、言われていたことで、今さら驚くことはないし、あわてて何かを始める必要もありません。
 私たち60年代後半の世代は、授業から知識を得ること大学から面倒をみてもらうことなどはあまり期待していませんでした。講義を聴いてその場ですべて理解できるなんてまず信じられない、それだけの理解力があるなら自力で本を読めばよい。また理解できない講義に出席するくらいなら自分のペースで本を読めばよい・・・。というとサボリの口実になりますが、その代わり正規のカリキュラムで学ぶ以上に、友人や先輩間の交流から学ぶことはたくさんありました。最終的にはコンパになっても、読書会とか自主ゼミとかでdiscussionしながら得たものは貴重でした。それは自分(達)でやっていかなければ何も始まらないという当たり前のことです。自分(達)で本を読み、計算し、調査し、文章を綴って・・・今ならコンピュータプログラムも作って。その当たり前の結論を時間をかけて体験する過程が必要なのではないでしょうか。そんな非能率な回り道に時間をかける余裕はないということはありえないでしょう。この当たり前のことは体験しなくても理解できるような天才は別にして、それに気づかず大学を通り過ぎる多数の学生は気の毒です。近年、読書会とか自主ゼミとかは流行らないようで、かといってみんなまじめに講義に出席しているというわけでもなし、すべて自力で学んでいる天才ばかりというわけでもなし・・・。カリキュラムが整備され休講が減り、学生にとっての学習環境は改善され、また高性能のパソコンを自分で所有して自室で扱える時代です。自分達でできることをもっともっと見つけましょう。

3.気づかないこと

 ちょうど100年前、ライト兄弟の飛行機が初めて空を飛び、人類は3Dの世界へ飛び出しました。しかし、これが新しい時代の幕開けと思った人は当時何人いたでしょうか? 宇宙へ行くことはFictionというより、Fantasyにしか過ぎなかった時代です。20年前、第3の波が押し寄せると言われ始めた頃でも、今日のITの進歩は考えられませんでした。小さな箱の中から宇宙を眺め、世界と交流できるなんて当時何人の人が予想したでしょうか? 変革期に変革に気づかない例は世界文化史の中に多数あります。200年前に今が産業革命の真っ只中だと思った人はまずいないでしょう。今、世界は急速に確実に動いていますが、いまだそれに気づかない人もいます。「ITなんて単なる流行語でもう古い。」という人はITで一儲けしようとして失敗した人です。20年前に20年後を予測すること以上に、これから20年後を予測することは困難です。アスクレピウスのように、してはならない技術(それは某国の大量破壊兵器よりもっと怖いものかもしれない)を作り上げてしまうかも知れません。
 高等教育もまた変革期です。日本は長寿高齢化社会に入り、子供はどんどん減っていき、大学全入も目前です。しかしながら入学トラブル・学力不足などの話題が相変わらず後を絶たず、大学の価値は単調減少をたどっています。今日、さまざまな形で大学改革が進行中ですが、従来の大学制度が自然崩壊していくことは明らかでしょう。学生に見捨てられていく大学、第3者に売却された大学などのニュースも珍しくなくなりました。一方、大学以上に力を持ってきた専門学校も現れています。大学だけでなく専門学校・短大などをも含めた高等教育機関全体の再編成が必要になってくるでしょう。大学とは入るには難しいが一旦入ってしまえば、よほどのことがない限り何とかなっていくものです。これは学生だけでなく教員の場合も似たようなもので、今の世の中一般から見れば不思議な現象です。しかしそれを不思議と気づいている人は少ないようです。
 日本の大学はほとんど文系であるのに、わが京大は理系が過半数という例外的な大学ですが、文科省ペースで改革が進む中で、研究面では「実学」中心に走り過ぎないことを願っています。京大理系は一見役に立たない基礎科学の研究で世界に評価されていることは周知の事実です。次に教育面では懇切丁寧な授業の制度を作るよりも、自力学習を勧めその重要性を伝えていくべきでしょう。また京大文化は教授会・教職員のみならず卒業生・在学生をも含めて作り上げていくものと考えます。卒業生は卒業したら縁が切れるのではなく、京大文化発展のためのサポーターの役を担っているのですから。

 最後に読者諸氏にはモーツァルトやゴッホを鑑賞するのと同じレベルで、星空を眺める心を持ち続けてほしいと願うものです。

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